振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

北方町立図書館を訪れる

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 (写真)北方町立図書館。「冠木門」(かぶきもん)と呼ばれる門。

 

1 北方町を訪れる

2019年6月、岐阜県本巣郡北方町を訪れ、北方町立図書館や「北方映画劇場」の跡地を回りました。「北方映画劇場」について調べた結果は「消えた映画館の記憶 - 岐阜県の映画館」に掲載しており、また「消えた映画館の記憶地図(全国版)」にもポイントを登録しています。

hekikaicinema.memo.wiki

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1-1 岐阜県本巣郡北方町

北方町 - Wikipedia岐阜市の西側に隣接している自治体。近代には本巣郡の郡役所があった町であり、1889年(明治22年)には本巣郡で初めて町制を施行。平成の大合併時には本巣郡の各町が合併して誕生した本巣市に加わらず、岐阜市との合併も合意に至らなかったため、この2019年(令和元年)には町制施行130周年を迎えています。

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(地図)愛知県名古屋市からみた岐阜県北方町の位置。©OpenStreetMap contributors

 

2005年(平成17年)には名鉄揖斐線が廃止され、北方町から鉄道路線がなくなりました。しかし、JR岐阜駅/名鉄岐阜駅からは毎時5本程度の路線バスが運行されており、公共交通機関でのアクセスは良好といえます。2010年(平成22年)には町の中心部に北方バスターミナルが完成し、2016年(平成28年)には北方町役場が北方バスターミナルの南側すぐに移転しています。傾斜した大屋根は伝統的とも未来的ともいえる不思議な雰囲気で、シンボル性は抜群です。庁舎の設計はC+A・武藤圭太郎建築設計共同体。

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(写真)2016年開庁の北方町役場。

 

北方バスターミナルや北方町役場の南西側にある県営北方団地(ハイタウン北方)が目につきます。ハイタウン北方は1960年から1965年に建設された団地であり、2000年代になってから建て替えが行われました。男性建築家の磯崎新がコーディネーターを務め、妹島和世など4人の女性建築家が設計しています。建物の外観は見栄えがいいものの、入居者からは批判も多いようであり、県営住宅の設計に求められるものは何なのか考えさせられます。そのジェンダー視点を「このHKSのプロジェクトにおいてジェンダーの視点は、居住性を高めるという名目のための単なるレトリックとして、男性建築家によって利用されたにすぎず、女性設計者は、あたかもその視点を実現するかのようにみせるための主体として選定されたのであるといえる」と痛烈に批判する論考もありました。

ハイタウン北方の北端には磯崎新アトリエが設計した北方町生涯学習センター「きらり」があり、屋根のうねりが異様な存在感を放っています。北方町生涯学習センター「きらり」は北方町立図書館と向かい合っており、銀色の屋根や白色・黄土色の壁面は図書館の外観を意識しているのかもしれません。

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 (左)北方バスターミナル。(中)北方町生涯学習センター「きらり」。(右)解体中の旧北方町役場。

 

1-2 北方町立図書館

北方町立図書館は1988年(昭和63年)7月に開館した図書館であり、本巣郡で初の公共図書館であると思われます。鉄筋コンクリート造ではありますが、白壁・格子・うだつなど和風デザインが取り入れられており、冒頭の写真にある「冠木門」(かぶきもん)をくぐって敷地内に入ります。「冠木門」は北方町における伝統的な門であり、各町の入口に設置されていたようです。

建物入口を入ると右手が図書館であり、左手が歴史資料展示室と企画展示室となっています。延床面積は1,143.61m2であり、図書館の開架室は400m2程度でしょうか。2階には和室やテラス席がありますが、1階の開架室を見下ろせるテラス席はあまり有効に活用されていないようです。写真のように開架室の南側は庭園となっており、開架室から見ると障子や格子の向こう側に緑が見えます。

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(写真)和風の外観をした北方町立図書館。

 

1-3 北方町の映画館

1-3-1 図書館でのレファレンス

時事通信社が刊行した『映画年鑑 別冊 映画便覧』(映画館名簿)を確認すると、1955年・1960年・1963年の映画館名簿などに北方町唯一の映画館として「北方映画劇場」が登場します。今回は「北方映画劇場」がどこに所在したか図書館の郷土資料で調査してみました。

まずは『北方町史 通史編』(北方町、1982年)を確認。「戦後には増屋町の三枡屋の跡地に映画館が開館したが、現在はパチンコ屋となっている」という記述がありました。「北方映画劇場」が閉館したのは1960年代中頃ですが、「1980年代前半の増屋町にあったパチンコ屋」をで探せばよいわけであり、住宅地図さえ閲覧できれば簡単に判明しそうな気がしました。そもそも "増屋町" という町名は現存しないのですが、北方町商店街の西側半分を含む一帯を指します。

ただしこの映画館は曲者でした。北方町立図書館が所蔵するもっとも古い住宅地図は1986年のゼンリン住宅地図ですが、この住宅地図にはもうパチンコ店が掲載されていません。大正末期から戦間期にあった「北方劇場」という劇場については複数の文献に言及が見られますが、戦後にあった映画館は存在感が薄かったようです。

岐阜県北方町 町制施行100年記念要覧』(北方町、1989年)には「終戦後から1957年頃まで、増屋町には北方映画館があった」という記述がありましたが、映画館名簿にある「北方映画劇場」という6文字が掲載された文献はひとつも見つけられませんでした。図書館のカウンターで映画館の所在地についてレファレンスしたところ、図書館の男性職員も熱心に探してくれましたが、この男性職員が1時間かけても正確な場所は判明しませんでした。

小規模自治体の場合、郷土資料からその町にあった映画館の所在地が判明しないのはざらです。地方都市であれば映画館の建物が閉館後もずっと残っている場合もあり、図書館職員が映画館の建物を記憶している場合もありますが、北方町立図書館ではそのようなこともありませんでした。

 

1-3-2 現地調査

映画館名簿では「北方映画劇場」の所在地は "本巣郡北方町" としかわかりませんでしたが、図書館を訪れて "本巣郡北方町にある北方町商店街の西部" にまで絞り込むことができました。図書館から150mの距離にある北方町商店街を訪れ、伝統ありそうな和菓子舗に入って尋ねてみると、80代と思われる主人が映画館の所在地を教えてくれました。「右手に見える辻を北に向かってすぐの喫茶店」の場所に映画館があったとのことであり、この和菓子舗からは40mほどしか離れていませんでした。家に帰ってから調べてみると、この「恵比須屋」は1917年(大正6年)創業の歴史ある和菓子舗です。「恵比須屋」では美濃地方の夏の風物詩だというみょうがぼち - Wikipediaを購入。そら豆の餡を小麦粉の生地でくるみ、ミョウガの葉で包んだ饅頭です。

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 (写真)北方町商店街にある和菓子舗「恵比須屋」。

 

1時間に1本しか走っていない樽見鉄道の時間調整もかねて、「北方映画劇場」の跡地に建つ純喫茶「喫茶麻雀サンパール」に入って休憩しました。店内にいるときは何の変哲もない喫茶店だと思ったのですが、帰ってから外観の写真や航空写真を確認してみると、建物の形状や大きさが映画館の建物に見えてきて、映画館時代の建物を改修して喫茶店に転用しているのではないかという考えが頭をよぎりました。喫茶店の主人に聞いてみればよかった。

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(写真)喫茶麻雀「サンパール」。

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(左)喫茶麻雀「サンパール」。(右)美濃地方の初夏の風物詩「みょうがぼち」。

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(地図)北方町商店街西部の地図。地理院地図に加筆

 

 

2 北方町を歩く

2-1 円鏡寺・大井神社

旧庁舎の南東のブロックにある円鏡寺 - Wikipediaは「美濃の正倉院」とも呼ばれているそうで、楼門や金剛力士像など4点が国の重要文化財に指定されています。町の中心にありながら境内は緑豊かであり、ここだけ別世界のようです。

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(写真)円鏡寺の楼門。

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 (写真)円鏡寺。(左)境内。(中)本堂。(右)三重塔。

 

円鏡寺から見て鬼門の方角、北方町商店街の東端には旧郷社の大井神社 (北方町) - Wikipediaがありました。例祭の北方まつりは北方町最大の祭礼のようです。

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(写真)大井神社。

 

2-2 北方町商店街(東部)

北方町商店街は東西約1kmに伸びる商店街です。中央部はクランク状になっており、アーチが設置されています。商店街の北200mには国道303号が並行しており、商業の中心は国道沿いに移ってしまったため、日曜日の昼にもかかわらず商店街を歩いているのは私くらいでした。

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(地図)北方町中心市街地。黒線は2005年に廃線となった名鉄揖斐線。緑線は明治時代からある道路。地理院地図に加筆

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 (写真)北方町商店街東部。(左)銭湯「北方温泉」。(右)洋品店「松島屋」や「坂釣具店」。

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(写真)北方町商店街東部。(左)洋菓子店「長崎屋」。(右)「寺島書店」や仕出し屋「わかのや」や「大野仏壇店」。

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(写真)北方町商店街のアーチ。

 

2-3 北方町商店街(西部)

北方町商店街の西部には1926年(大正15年)竣工の啓文社記念館という印象的な建物があります。本巣郡最古の鉄筋コンクリート造の建物だそうで、2011年(平成23年)に記念館となってからは地域の催しなどに使用されているようですが、文化財指定や登録はされていません。啓文社とは戦前に法令集や教育法規集などを手掛けた出版社だそうで、北方町商工会は「(かつて)全国一の規模を誇る(出版社)」であるとしています。

北方町商店街は閑散としてはいますが、よく見ると営業している店舗もそれなりに多く、特に書店は梅田文書堂俵町店・梅田文書堂俵町店・寺島書店と3軒もありました。啓文社が存在したことと関係あるのでしょうか。

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 (写真)北方町商店街西部。(右)書店「梅田文書堂俵町店」や金物店「かじ久」。

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(写真)啓文社記念館。

 

「喫茶麻雀サンパール」は名鉄揖斐線美濃北方駅からわずか50mの距離にありました。駅舎は解体済みとのことですが、ホームやバラストはまだ残っています。名鉄揖斐線廃線から14年が経過したものの、美濃北方駅前では「喫茶麻雀サンパール」、喫茶店「ハイライト」、お好み焼き店「つくし」、「スナック123」と、4軒の飲食店が健在です。

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(左)名鉄揖斐線美濃北方駅跡地。(右)名鉄揖斐線跡地。

 

2-4 樽見鉄道北方真桑駅

北方町本巣市の境界から本巣市側にすぐの場所には樽見鉄道北方真桑駅があり、駅舎の正面にある丸形ポストが印象的です。北方町とその周辺には計7本の丸形ポストが残っており、岐阜市などと比べて顕著に多いとのこと。角型ポストに変えられずに残った理由は不明だそうですが、北方町文化財保護協会が丸形ポストの所在地図を発行しています。

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(写真)樽見鉄道北方真桑駅

 

列車内は閑散としていると予想していましたが、立ち客もいる混み具合でした。私が乗車した北方真桑駅は私立岐阜第一高校岐阜県立本巣松陽高等学校の最寄駅で、特に岐阜第一高校の生徒が多いようです。

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(左)北方真桑駅に停車中の列車。(右)樽見鉄道の車内。

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(左)樽見鉄道の高架化工事。(右)樽見鉄道揖斐川橋梁。