振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

有楽荘跡を訪れる

(写真)有楽荘跡の建物。

2022年(令和4年)11月12日(土)、愛知県豊橋市豊橋市中央図書館で開催された歴史フォーラム「豊橋の遊郭を考える」に参加しました。イベント前には図書館から徒歩圏内にある特飲街「有楽荘」跡を訪れました。

 

1. 有楽荘

歴史フォーラム「豊橋の遊郭を考える」は豊橋市中央図書館と東海遊里史研究会が主催。東海遊里史研究会のことぶきさんによる発表と、ことぶきさんと図書館の岩瀬彰利さんの対談の2部構成です。岩瀬さんは考古学が専門の学芸員であり、『戦前の豊橋』や『令和に語り継ぐ豊橋空襲』などの著書もある方ですが、豊橋の遊廓については初めて知ったことも多かったみたい。

 

豊橋の花街といえば吾妻町の東田遊廓(吾妻遊廓)が有名ですが、有楽荘は戦時中に形成された特飲街であり、戦後の1951年(昭和26年)頃に建った建物が多いようです。

1957年(昭和32年)には売春防止法が施行されたため、特飲街としての歴史は数年程度。有楽荘の店舗は旅館などに転業しましたが、現在も数軒の建物に特飲街時代の名残があります。2022年(令和4年)9月には東海遊里史研究会によって『東海遊里史研究 2』が刊行され、有楽荘についてもことぶきさんが詳しく書いています。

(写真)2020年の有楽荘跡。地理院地図

(写真)1960年代の有楽荘跡。地理院地図

 

(写真)有楽荘跡の目抜き通り。

 

2. 有楽荘跡の建物

2.1 富久有(A)

(写真)富久有。

(写真)富久有。

(写真)富久有。

(写真)富久有。

 

2.2 秀の家(B)

(写真)秀の家。

(写真)秀の家。

(写真)秀の家。

 

2.3 三楽(C)

(写真)三楽。

(写真)三楽。

(写真)三楽。

(写真)三楽。

 

2.4 D

(写真)有楽荘跡の建物。

(写真)有楽荘跡の建物。

(写真)有楽荘跡の建物。

 

2.5 浜長(E)

(写真)浜長。

(写真)浜長。

 

3. HAYASHI珈琲

2022年(令和4年)7月、有楽荘跡の中心部に喫茶店HAYASHI珈琲が開店しました。

2020年(令和2年)頃まで、この場所には廃業した旅館 杜月の建物がありました。土地と建物を継いだ店主が喫茶店を新築。旅館で用いられていた装飾性の高い欄間が飾られているほか、カウンター席の天板も旅館時代のものだそうです。

(写真)HAYASHI珈琲。

(写真)HAYASHI珈琲。

(写真)HAYASHI珈琲。

(写真)HAYASHI珈琲。

(写真)HAYASHI珈琲。