振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

朽木市場の映画館

(写真)朽木図書サロン。

2022年(令和4年)9月、滋賀県高島市朽木市場(旧・高島郡朽木村)を訪れました。かつて朽木市場には映画館「柳映画館」があったようです。

※2024年2月には本記事から「朽木市場を訪れる」を分割しました。

 

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1. 高島市立朽木図書サロン

1.1 図書室の施設

高島市文化交流施設やまびこ館には公民館図書室である高島市立朽木図書サロンが入っています。図書サロンという名称から期待してなかったのですが、施設は図書館といっていいくらい立派でした。書架などの什器、フローリングには地元産ヒノキの間伐材が用いられており、2003年度には全国間伐材利用コンクールで林野庁長官賞を受賞しています。

(写真)図書サロンの館内。

(写真)図書サロンの館内。

 

『日本の図書館 統計と名簿 2021』(日本図書館協会、2022年)によると、朽木図書サロンの床面積は508m2。蔵書冊数は5.9万冊、貸出冊数は1.7万冊/年。2500人という人口規模を考えると床面積と蔵書冊数は極めて大きい。蔵書冊数を考えると貸出冊数が少なく見えますが、住民1人あたり貸出冊数6.8冊という数字はおそらく滋賀県平均を超えており、僻地の図書施設としてはとても立派です。

(写真)図書サロンの入口。

(写真)郷土資料の提供のお願い。

 

1.2 郷土資料

開架室には高島市滋賀県の郷土資料があり、職員に声を掛けると入れる別室には朽木村の郷土資料があります。雑誌『湖国と文化』のバックナンバーがずらりと並んでいる点で期待が膨らみましたが、朽木村関係ではコピーをファイルに入れて蔵書扱いにしているなど、郷土資料を丹念に集めている印象を受けました。

(写真)開架室の郷土資料コーナー。

(写真)雑誌『湖国と文化』。

 

(写真)別室にある朽木村の郷土資料。

(左・右)別室にある朽木村の郷土資料。

 

2. 朽木市場の映画館

2.1 柳映画館(昭和20年代-昭和30年代)

映画館名簿によると朽木村に映画館は存在しなかったようです。ただし、丸八百貨店には昭和30年代の市場商店街を描いた地図があり、現在の高島市朽木支所の裏手に "映画館" が記されています。

(写真)昭和30年代の市場商店街。丸八百貨店に展示。

 

丸八百貨店は年配の方でにぎわっており、いろいろな話を聞けました。

映画館の名前は "柳映画館" である。戦後になってから建った映画館であり、トタン屋根の建物だったため雨が降ると音がした。(Aさんが)私が1960年に嫁に来た時にはまだあった。(Bさんが)私が1963年に嫁に来た時にはもうなかった

美空ひばりの映画を観た記憶がある。午前、昼、夜と映画を上映していたこともある。朽木の映画館はここだけだった。朽木には韓国の方が多く、映画館も韓国の方が経営していた

1953年には安曇川が氾濫し、市場の集落が水に漬かったこともある。朽木には人がたくさん働きに来ており、当時の人口は4000人くらいあった。

(写真)柳映画館跡地。

(写真)中央の建物が柳映画館跡地。背後は高島市朽木支所。

 

(写真)朽木市場の立樋と映画館跡地。地理院地図

朽木市場にあった映画館について調べたことは「滋賀県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(滋賀県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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