振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

鳥取市の映画館

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(写真)鳥取砂丘

2020年(令和2年)9月、鳥取県鳥取市を訪れました。2018年(平成30年)4月には鳥取県西部の米子市境港市を訪れていますが、鳥取県東部には足を踏み入れるのすら初めてです。

 

1. 鳥取市を歩く

1.1 鳥取市中心市街地

鳥取市散策の起点はJR鳥取駅。米子市米子駅には2016年(平成28年)に自動改札機が導入されていますが、鳥取駅は自動改札機のない有人改札でした。駅前に銅像が建つ低めの高架駅であるところに地方中核都市の雰囲気を感じます。

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(写真)JR鳥取駅。(左)南口。(中)改札。(右)北口。 

 

駅前には鳥取県唯一の百貨店だという鳥取大丸がありました。駅前からは鳥取城がある久松山に向かって駅前通りの若桜街道が伸びています。駅前通りの突き当りには鳥取県庁があり、その周辺には鳥取県警察本部・鳥取県立図書館鳥取県民文化会館などの公共施設群がある点は好みの街並みです。駅前には全蓋式アーケード商店街のサンロードがありますが、この町の商業やにぎわいの中心という雰囲気は感じませんでした。

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(左)鳥取大丸。(中・右)全蓋式アーケード商店街のサンロード。

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(写真)片持ち式アーケード商店街の若桜街道。

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(写真)鳥取市中心部にある商店街。地理院地図

 

1.2 鳥取砂丘

鳥取市では手始めに鳥取砂丘を訪れました。9月中旬ということで暑さが和らぎ、行動自粛の風潮も弱まったことで、駐車場は近畿地方など他県ナンバーばかりでした。砂像を専門に展示する世界初の美術館「鳥取砂丘 砂の美術館」ではチェコスロバキアに関する展示が行われており、さすが日本一の砂場だと感じました。

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(写真)鳥取砂丘日本海

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(写真)鳥取砂丘 砂の美術館。(左)ミュシャ風の造形の「リブシェの予言」。(右)展示室の全景。手前は世界遺産の街「チェスキークルムロフ」。

 

鳥取砂丘を訪れた後には、鳥取市有数の観光名所であるすなば珈琲鳥取駅前店を訪れました。47都道府県で唯一スターバックスがなかった鳥取県平井伸治知事が「スタバはないけど日本一の“すなば(砂場)”はある」と発言したことに着想を得て、2014年(平成26年)に開店した新しい喫茶店チェーンです。

看板メニューの砂焼きコーヒーは248度に熱した鳥取砂丘の砂でじっくり焙煎した豆を使用したコーヒーだとか。炭焼きコーヒーのようで酸味がないので好みでした。なお、鳥取駅の反対側には2015年(平成27年)に開店したスターバックスシャミネ鳥取店もあります。

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(写真)すなば珈琲鳥取駅前店。

 

 

2. 鳥取県立図書館

鳥取市では鳥取県立図書館鳥取市立中央図書館を訪れました。鳥取県立図書館と言えば、2018年(平成30年)6月にオンラインデータベース「ルーラル電子図書館」を県内すべての市町村立図書館で利用可能とし、2020年(令和2年)4月にはオンラインデータベース「聞蔵Ⅱビジュアル」「ヨミダス歴史館」を県内すべての市町村立図書館で利用可能とするなど、自治体規模が小さいことによる情報へのアクセス可能性の低さを補うビジネス支援サービスに定評があります。この4月には県立長野図書館の支援によって北アルプス地域5市町村でも「聞蔵Ⅱビジュアル」の共同利用が開始されたように、全国の都道府県に広がってほしい取り組みです。地方紙(県紙)のデータベースは郷土の情報へのアクセス可能性を大きく広げるものであり、いずれ日本海新聞信濃毎日新聞でも同様のサービスが行えるといいですね。

鳥取県立図書館2階の郷土資料コーナーでは、2000年1月1日以降の新聞記事をワード検索で閲覧することができる日本海新聞のデータベースを利用しました。愛知県内の公共図書館では利用できないWeb OYA-bunko(大宅壮一文庫雑誌記事索引)も使いたかったのですが、コロナ禍によるデータベースの利用時間制限(30分)のために断念しています。

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(左)鳥取県立図書館。(右)鳥取市立中央図書館。

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(写真)日本海新聞を発行する新日本海新聞社

 

3. 鳥取市の映画館

3.0 鳥取市の映画館史

2020年(令和2年)現在の鳥取県には「MOVIX日吉津」(6館)、「倉吉パープルタウン シネマエポック」(3館)、「鳥取シネマ」(2館)の3施設の映画館があり、それぞれ西部の米子都市圏、中部の倉吉都市圏、東部の鳥取都市圏に所在します。県庁所在地である鳥取市にはわずか2館しかなく、山口県山口市(0館)、奈良県奈良市(0館、実質的には9館)に次いで日本で3番目にスクリーン数が少ない県庁所在地です。その他でスクリーン数が少ない県庁所在地には、山梨県甲府市(3館)、島根県松江市(5館)などがあります。

鳥取県全体で3施設という映画館施設数も少ないのですが、隣接する島根県は「松江東宝5」(5館)と「T・ジョイ出雲」(10館)のわずか2施設。鳥取市のスクリーン数は47都道府県中45位、鳥取県の施設数は47都道府県中46位と、どちらも最下位を回避しています。

 

各年版の『映画館名簿』に掲載されている映画館について、鳥取県立図書館が所蔵する住宅地図で場所を特定しました。また鳥取県立図書館の郷土資料や日本海新聞のデータベースで映画館の情報を探し、「消えた映画館の記憶 - 中国地方の映画館」に登録しています。

昭和30年代の鳥取市における最大の映画館街は末広温泉町であり、現在も飲食店やホテルが集中する繁華街です。2014年(平成26年)まで全蓋式アーケードがあった川端通り(川端銀座)にも2館があり、川端通りも袋川北側における繁華街だったようです。鳥取都市圏にはシネコンが存在したことがないため、映画館が閉館した時期はばらばらで傾向を見いだせません。

2000年(平成12年)以降の新聞記事を閲覧できる日本海新聞のデータベースによると、2000年(平成12年)に「鳥取映画史 第5部」という連載が、2005年(平成17年)に「鳥取映画史 第6部」という連載があり、自治体別/館別にかつて存在した鳥取県の映画館が紹介されています。オンラインデータベースには登録されていない第1部から第4部の内容も気になります。

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(写真)1960年代の航空写真における鳥取市中心市街地の映画館。

 

3.1 スパル映劇(1948年-1961年)

所在地 : 鳥取県鳥取市吉方町777(1960年)
開館年 : 1948年、1953年12月(新築?)
閉館年 : 1961年8月
『全国映画館総覧 1955』によると1953年12月開館。1950年の映画館名簿では「文化映劇」。1953年の映画館名簿では「丸十映画劇場」。1955年の映画館名簿では「鳥取スバル座」。1958年の鳥取市住宅案内図では「スパル座」。1958年・1960年の映画館名簿では「鳥取スバル」。1960年の鳥取市住宅詳細図では「スパル映劇」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。1969年の住宅地図では跡地に「アキチ」。跡地はビジネスホテル「ホテルアルファーワン鳥取」南南東70mの居酒屋「因幡宿」。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

東京の有楽町スバル座に由来するのが1948年(昭和23年)開館の「鳥取ル」。スバル興行から離れる際に改称し、1956年(昭和31年)には「スル映劇」という奇妙な名称になっています。1956年以後も『映画館名簿』には(誤字とみなされたようで)鳥取スバルとして掲載されています。

 

3.2 大森映劇(1956年-1962年)

所在地 : 鳥取県鳥取市大森町780(1963年)
開館年 : 1956年3月
閉館年 : 1962年11月
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の住宅地図では「大森劇場」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「大森映劇」。1960年の住宅地図では「大森映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。1969年の住宅地図では跡地に「安東」邸と「シバタフードセンター大森店」。跡地は「マルワ相生店」敷地南西角。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

末広温泉町の映画館街から1.5km北、川端通りの映画館街から1km北にあったのが「大森映劇」です。1960年代の航空写真に映っている住宅群は鳥取市営大森団地や鳥取県相生町団地のようで、住宅地図によるとこれらの団地の一角に映画館がありました。経営者は同じく二番館の「立川映画劇場」と同一です。1960年代の航空写真では団地の西側に農地が広がっていますが、現在は鳥取城北高校などが立地しています。

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(写真)1960年代の航空写真における大森映劇。

 

3.3 栄楽館(1961年-1972年)

所在地 : 鳥取県鳥取市東品治町113-7(1969年)
開館年 : 1961年12月
閉館年 : 1972年6月
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の鳥取市住宅詳細図では「栄楽館」。1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「栄楽館」。1969年の住宅地図には掲載されていない。1973年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はビジネスホテル「ホテルナショナル」北西の居酒屋「大阪新世界山ちゃん鳥取駅前店」。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

末広温泉町の映画館街では後発組だったのが、永楽通りに面する洋画上映館の「栄楽館」です。通りの名前と映画館名が異なりますが誤りではないようです。

 

3.4 日の丸劇場(1955年-1969年)

所在地 : 鳥取県鳥取市今町2(1969年)
開館年 : 1955年4月
閉館年 : 1969年7月
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の鳥取市住宅案内図では「日の丸劇場」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「日ノ丸劇場」。1960年の鳥取市住宅詳細図では「日の丸映劇」。1966年・1969年の映画館名簿では「鳥取日の丸劇場」。1969年の住宅地図では鳥取大丸の北側に「日ノ丸映劇」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。1980年の住宅地図では跡地に「鳥取大丸」。跡地は「鳥取大丸」建物北東角。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

1955年(昭和30年)4月、鳥取大丸の北側に建設費1億円をかけて開館したのが「日の丸劇場」ですが、1969年(昭和44年)にはもう閉館したとのこと。建物の写真を見てみたいのですが発見できていません。

 

3.5 立川映画劇場(1954年-1970年代中頃)

所在地 : 鳥取県鳥取市立川2(1973年)
開館年 : 1954年6月
閉館年 : 1973年以後1976年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1954年6月開館。1953年の映画館名簿には掲載されていない。1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「松竹座」。1958年の鳥取市住宅案内図では「松竹座」。1960年の鳥取市住宅詳細図では「立川映劇」。1963年の映画館名簿では「立川映劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。1969年の住宅地図では「立川映劇」。1969年・1973年の映画館名簿では「鳥取立川映画劇場」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「立川公園」西のアパート「スタンドリバー」。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

鳥取市街地東部の立川町にあったのが「立川映画劇場」です。岩美郡の町から鳥取城下を訪れる際に必ず通る町であり、江戸時代後期から栄えていたようです。1952年(昭和27年)の鳥取大火で被害を受けていない町であり、戦前の商家なども残っているようです。近くには中川酒造があります。鳥取市中心市街地から離れた場所にある「大森映劇」と「立川映画劇場」は同一の経営者でした。

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(写真)1960年代の航空写真における立川映画劇場。

 

3.6 鳥取世界館(1914年-1978年)

所在地 :鳥取県鳥取市川端2丁目(1976年)
開館年 : 1914年、1947年8月
閉館年 : 1978年(移転閉館)
『全国映画館総覧 1955』によると1947年8月開館。1950年・1953年・1955年・1958年の映画館名簿では「世界館」。1958年の鳥取市住宅案内図では「世界館」。1960年の映画館名簿では「鳥取世界館」。1960年の鳥取市住宅詳細図では「世界館映画劇場」。1963年の映画館名簿では「世界館」。1969年の住宅地図では「世界館映劇」。1969年・1973年の映画館名簿では「鳥取世界館」。1976年の映画館名簿では「鳥取ニュー世界」。1978年に川端から南吉方に移転。1980年の住宅地図では跡地に「Sマート(シバタフードセンター)」。跡地はスーパーマーケット「エスマート川端店」。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

1914年(大正3年)に鳥取県3番目の映画館として開館した歴史のある映画館が「鳥取世界館」です。1978年(昭和53年)には鳥取駅南側に移転し、やがて「シネマスポットフェイドイン」に改称しています。川端通り時代の跡地にあるスーパーマーケットのエスマート川端店の建物は古そうに見え、1978年以後に建てた建物かどうか疑問が残るのですが、古い鳥取世界館の写真とは異なるように思われます。

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(写真)川端通り。右のスーパーが鳥取世界館跡地、右奥のマンションが鳥取名画座跡地。街路灯の場所にかつて世界館のアーチがあった。

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(左)1970年の世界館。『写真アルバム 鳥取因幡の昭和』(いき出版、2012年)。(右)川端通りにあった世界館のアーチ。上の写真とほぼ同じ構図であり、右側の三角屋根の建物は現存。

 

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(左)川端通り。2014年までこの部分には全蓋式アーケードが設置されていた。(右)世界館も登場する川端二丁目の説明。

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(写真)エスマート川端店。(左)とうふ竹輪。(中)砂丘地農業のらっきょう畑。(右)鳥取砂丘らっきょう。

 

3.7 鳥取名画座(1955年-1986年)

所在地 : 鳥取県鳥取市川端町1-214(1985年)
開館年 : 1955年12月末
閉館年 : 1986年1月
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「名画座」。1958年の鳥取市住宅案内図では「名画座」。1960年の鳥取市住宅詳細図では「名画座映画劇場」。1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1985年の映画館名簿では「鳥取名画座」。1969年の住宅地図では「名画座」。1980年の住宅地図では「名画座(豊島商事)」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は2002年竣工のマンション「ポレスター鳥取川端」専用駐車場。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

鳥取世界館」と同じく川端通りにあった映画館が日活封切館の「鳥取名画座」です。1972年(昭和47年)以降は日活ロマンポルノの上映が多かったようで、鳥取世界館よりも遅くまで川端通りで存続しています。

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(写真)鳥取名画座跡地のマンション。右側の専用駐車場の場所に映画館があった。 

 

3.8 鳥取末広映劇(-1980年代後半)

所在地 : 鳥取県鳥取市末広温泉町(1985年)
開館年 : 1950年以前
閉館年 : 1985年以後1990年以前
『全国映画館総覧 1955』には開館年が書かれていない。1950年・1953年・1955年の映画館名簿では「末広映画劇場」。1958年の鳥取市住宅案内図では「末広映劇」。1958年・1960年の映画館名簿では「鳥取末広映画劇場」。1960年の鳥取市住宅詳細図では「末広映画劇場」。1963年の映画館名簿では「末広映画劇場」。1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「鳥取末広映画劇場」。1969年の住宅地図では「末広映劇」。1980年・1985年の映画館名簿では「鳥取末広映劇」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はスーパーマーケット「エスマート末広店」建物南側。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

末広温泉町に1980年代後半まで存続した東宝系の映画館が「鳥取末広映劇」です。川端通りの「鳥取世界館」と同じく、跡地はスーパーマーケットのエスマートです。

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(写真)1984年の鳥取末広映劇。『写真アルバム 鳥取因幡の昭和』(樹林舎、2012年)。

 

3.9 松竹鳥取映劇(1956年-1991年)

所在地 : 鳥取県鳥取市末広温泉町779(1990年)
開館年 : 1956年4月
閉館年 : 1991年2月
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の鳥取市住宅案内図では「鳥取映劇」。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1976年・1980年の映画館名簿では「鳥取映劇」。1960年の鳥取市住宅詳細図では「鳥取映劇」。1969年の住宅地図では「鳥映会館」。1985年・1990年の映画館名簿では「松竹鳥取映劇」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はビジネスホテル「ホテルアルファーワン鳥取」東南東50mの有料駐車場「Tパーク末広」。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

1956年(昭和31年)に開館した鳥取市初のシネマスコープ劇場であり、1961年(昭和36年)の火災後に再建されてからも鳥取市最大の洋画上映館だったのが「鳥取映劇」です。1975年(昭和50年)には松竹の直営館となり、館名に松竹が冠されています。

 

3.10 シネマスポットフェイドイン(1978年-2006年) 

所在地 : 鳥取県鳥取市南吉方1-112(2005年)
開館年 : 1978年(世界館移転)、1991年(フェイドイン)
閉館年 : 2006年10月29日
1978年に川端から南吉方に移転。1980年の住宅地図では「世界館」。1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「鳥取世界館」。1995年の映画館名簿では「シネマスポットフェイド インWEST・EAST」(2館)。2000年の映画館名簿では「シネマスポットフェイドインWest・East」(2館)。2005年の映画館名簿では「シネマスポットフェイド インWEST・EAST」(2館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「東富安公園」東の整骨院「はっぴー骨盤 猫背整骨院整体院」。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

1978年(昭和53年)には川端通りにあった「鳥取世界館」が鳥取駅南側に移転し、110席と70席の小規模映画館として再出発。1991年(平成3年)には改装して「シネマスポットフェイドイン」に改称し、2006年(平成18年)に閉館しています。

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(写真)2000年代の航空写真におけるシネマスポットフェイドイン。

 

3.11 鳥取シネマ(1949年-営業中)

所在地 : 鳥取県鳥取市栄町606 まるもビル3階(2020年)
開館年 : 1949年12月、1979年7月(ビル化)
閉館年 : 営業中
『全国映画館総覧 1955』によると1949年12月開館。1953年・1955年の映画館名簿では「富士館」。1958年の鳥取市住宅案内図では「鳥取東映」。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「鳥取東映」。1960年の鳥取市住宅詳細図では「鳥取東映劇場」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「鳥取東映劇場」。1969年の住宅地図では「鳥取東映」。1976年の映画館名簿では「鳥取東映」。1980年ビル化。1980年の映画館名簿では「鳥取東映劇場・鳥取東映パラス劇場」(2館)。1985年の映画館名簿では「鳥取東映劇場・鳥取東映パラス」(2館)。1990年の映画館名簿では「鳥取東映鳥取東映パラス」(2館)。1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「鳥取東映シネマ1・2」(2館)。2010年・2015年・2020年の映画館名簿では「鳥取シネマ1・2」(2館)。鳥取県東部唯一の映画館。最寄駅はJR山陰本線因美線鳥取駅。

鳥取シネマはまるもビルという商業ビルに入っているビル型映画館であり、2006年(平成18年)以後は鳥取市唯一の映画館です。JR鳥取駅から徒歩3分程度の好立地であり、大通りに面している点でも見つけやすい映画館です。ビルの3階と4階に1つずつスクリーンがあり、チケット販売やグッズ/飲食物の売店は4階のみのようですが、エレベーター内の階数ボタン横にも上映作品名が書かれている点が親切だと思いました。

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(写真)駅前通りの若桜街道。右の高いビルが鳥取シネマ。

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(左)鳥取東映シネマという旧称が残るビルの看板。(左)鳥取シネマのビルの入口。(右)ビルのエレベーター内。

 

鳥取市にあった映画館について調べたことは「中国地方の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(中国・四国版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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