振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

日出町立図書館を訪れる

(写真)図書館の館内。

2024年(令和6年)3月、大分県速見郡日出町(ひじまち)の日出町立図書館を訪れました。「日出町の映画館」からの続きです。

 

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1. 日出町立図書館

1.1 図書館の歴史

1910年(明治43年)6月14日、子爵の木下俊哲などの有志によって、日出町立暘谷尋常小学校の一角に帆足紀念文庫が開館。1923年(大正12年)に旧藩校の致道館に移転した際に帆足紀念図書館に改称し、その後帆足記念図書館と呼ばれるようになります。1928年(昭和3年)には財団法人帆足記念図書館となり、1950年(昭和25年)に日出町に移管されて日出町立萬里図書館となりました。

 

1956年(昭和31年)7月には致道館の東側に移転し、1984年(昭和59年)5月7日には同一地点で建て替えを行いました。2010年(平成22年)には図書館創立100周年記念講演会を開催し、株式会社童話屋の代表である田中和雄が講演を行っています。

建物の老朽化や狭隘化などが理由で、2015年(平成27年)7月18日にはJR暘谷駅前のBiVi日出に移転して日出町立図書館に改称しました。旧館の建物は日出町歴史資料館・帆足萬里記念館に転用されて現存しています。

参考:「図書館においでよ!」『広報ひじ』日出町、2010年6月号

 

1.2 人名を冠した図書館

帆足や萬里という名称は豊後三賢の一人とされた儒学者帆足万里 - Wikipediaに由来します。

なお、日田市には日田市立淡窓図書館がありますが、こちらの名称の由来となった廣瀬淡窓 - Wikipediaも豊後三賢の一人です。中津市中津市立小幡記念図書館も人名を冠していますが、こちらは教育者の小幡篤次郎 - Wikipediaが蔵書・土地・建物を寄贈したことによるものであり、日出町立萬里図書館や日田市立淡窓図書館とはやや異なります。

中津市のように寄贈者の名を冠する図書館は全国に一定数ありましたが、日出町や日田市のように郷土の偉人の名を冠する図書館は珍しいように思えます。

(写真)日田市立淡窓図書館。湯川秀樹博士が揮毫した扁額「長竿石磯中」(ちょうかんせっきちゅう)。廣瀬淡窓の詩「江村」の結句「長竿挿在石磯中」を縮めたものとされる。

 

1.3 図書館の施設

2010年代以後にはJR暘谷駅前の土地区画整理事業が行われ、スーパーマーケットを核とする商業施設のBiVi日出、家電量販店、ビジネスホテルが誘致されました。BiVi日出は当初の計画では平屋建てだったようですが、日出町の意向で2階建てとし、2階に日出町立図書館を核とする公共施設が入っています。

(写真)BiVi日出。スーパーマーケットの入口部分。

(写真)BiVi日出。日出町立図書館の入口部分。

 

BiVi日出は通勤通学時の車利用者と鉄道利用者の双方に便利な場所であり、一般的には郊外でないと難しい広い床面積も確保しています。地方のベッドタウンとしては意欲的・野心的な移転だと感じました。

なお、2010年代後半以後には主に大都市圏で「駅前」かつ「既存の商業施設内」への図書館の移転が目立ち、日出町立図書館の移転もこのトレンドに当てはまるかもしれません。

(写真)BiVi日出。日出町立図書館がある2階のフロアマップ。

 

1.4 図書館の館内

(写真)館内にある多目的スペース。

(写真)帆足萬里や脇蘭室に関する別置資料。

(写真)日出藩に関する別置資料。