振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

鳥取市青谷町の映画館

(写真)JR山陰本線青谷駅

2023年(令和5年)12月、鳥取県鳥取市青谷町を訪れました。かつて青谷町には映画館「寿座」と「青谷映劇」がありました。

 

1. 青谷町を訪れる

1.1 中町通りの街並み

気高郡青谷町(あおやちょう)は鳥取市の20km西にあった町。2004年(平成16年)に鳥取市編入されて鳥取市青谷町となりました。

歴史的には日本海沿いを通っていた山陰道伯耆往来)の宿場町でした。潮津村(うしおづむら、今日の青谷町青谷)は北前船の寄港地でもあり、2018年(平成30年)には日本遺産「北前船寄港地・船主集落」の認定地となっています。当時の町の中心は日置川の北側でしたが、1905年(明治38年)には日置川の南側に青谷駅が開業して鉄道が通じ、町の中心が青谷駅前に移行。商家や旅籠などもあった中町通りは静かな町並みとなっています。

(写真)中町通り(山陰道)。中央奥は山名家住宅。

(写真)中町通り(山陰道)。

 

山名家住宅

中町通りが湾曲する場所には潮津神社や専念寺があり、これらの寺社の前にはひときわ目立つ山名家住宅があります。亀屋という屋号で廻船問屋を営んでいた家であり、街道沿いにある主屋は江戸後期の建築だそうです。

(写真)山名家住宅。

 

1.2 中町通りの醸造

西本酒造場

西本酒造場は元治元年(1864年)創業の酒蔵。女性杜氏の西本恵美(豊澤恵美)がおり、銘柄は「美人長」と「笑」。

青谷町は黒色の瓦と赤色の瓦が混じる地域ですが、西本酒造場は赤色の石州瓦で葺かれています。主屋は1階・2階のほぼ全面が格子であり、北側には出格子が用いられています。

(写真)西本酒造場。

(写真)西本酒造場。

 

主屋の南側にはやや背の低い建物があります。かつての主屋でしょうか。2階の壁は漆喰塗りであり、窓は虫籠窓ではなくガラス窓。窓枠部分は漆喰に凹凸を施したうえで青く塗られています。

(写真)西本酒造場。

(写真)西本酒造場。

 

山崎醸造本舗

西本酒造場から中町通りを50mほど東に入った場所には、醤油醸造メーカーの山崎醸造本舗があり、周囲には醤油の香りが漂っていました。

(写真)山崎醸造本舗。

 

青谷町には押縁のある下見板張の家が多い。それだけ裕福な集落だったのでしょう。

(写真)民家の下見板張。

 

1.3 中町通りの史跡

潮津神社

中町通りの中心には潮津神社(うしおづじんじゃ)があります。北前船で栄えた町の氏神としては小規模な境内ですが、唐破風には立派な棟鬼や懸魚が付いています。

(写真)潮津神社。

(写真)潮津神社。

 

海石を台座にした安政4年(1857年)の狛犬、上部に狛犬が乗った慶応2年(1866年)作の石灯籠。これらの作品の石工は川六(かわろく)とのこと。

(左)潮津神社の狛犬。(右)潮津神社の石灯籠。

 

専念寺

(写真)専念寺。

 

1.4 鳥取市立青谷町図書室

組織としての鳥取市立図書館は、鳥取駅南口にある中央図書館を本館として、用瀬図書館と気高図書館の計3館の図書館、青谷町図書室(青谷コミュニティセンター図書室)を含む6館の図書室からなります。

(左)鳥取市立青谷町図書室。(右)あおや郷土館。

 

青谷町の郷土資料は青色の棚に並べられており、「因幡の源左」、「青谷上寺地遺跡」、「因州和紙」、「石工 川六」については見出しが付けられていました。

(写真)鳥取市立青谷町図書室の郷土資料。

 

2. 青谷町の映画館

2.1 青谷映劇(1952年8月-閉館年不明)

所在地 : 鳥取県気高郡青谷町
開館年 : 1952年8月
閉館年 : 不明
映画館名簿には掲載されていない。2022年に建物解体。跡地はスーパー「サンマート青谷店」北西80mの更地。

『青谷町誌』によると青谷町には映画館として青谷映劇と寿座があったとのこと。戦後の1952年(昭和27年)8月、玉川登喜夫によって青谷映劇が開館しました。戦時中から青谷町にあった寿座は劇場であり、青谷映劇は青谷町初の映画専門館でした。その町初の映画専門館は「〇〇劇場」ではなく「〇〇映劇」という名称のことが多いです。

青谷映劇は映画館名簿に掲載されていないため閉館年は不明。なお、青谷映劇は閉館後も建物が長らく現存していました。

(写真)2022年6月時点の青谷映劇の廃墟。Googleストリートビュー

(写真)2022年6月時点の青谷映劇の廃墟。Googleストリートビュー

(写真)2022年6月時点の青谷映劇の廃墟。Googleマップ

 

青谷コミュニティセンター図書室とあおや郷土館を訪れ、それぞれの職員に青谷映劇の話を伺うと、「JR青谷駅からは北西に2本の駅前通りが延びている。北側の通りが勝部川に突き当たった場所の南側に『玉川さんの映画館』があった。建物が崩れたり壊れたことで2022年に取り壊され、跡地は空地になっている」とのことでした。

名称についてははっきりせず「玉川さんの映画館」とだけ。昭和20年代から30年代のみ存在した映画館については、その地域で単に「映画館」として呼ばれていた映画館が一定数存在します。

(写真)青谷映劇跡地。

(写真)青谷映劇跡地。

 

2.2 寿座(1941年-1968年頃)

所在地 : 鳥取県気高郡青谷町(1968年)
開館年 : 1941年
閉館年 : 1968年頃
1959年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「寿座」。1963年・1966年・1968年の映画館名簿では「青谷寿座」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「青谷郵便局」北北西130mの民家。

各年版の映画館名簿を見ると、1960年(昭和35年)版から1968年(昭和43年)版まで気高郡青谷町の映画館として寿座が掲載されています。1960年(昭和35年)時点の経営者は姫村末吉です。

1968年(昭和43年)時点の鳥取県郡部にあった映画館はわずか6館であり、映画館名簿によると経営者が岡本照虎、8年前に経営者だった姫村末吉は支配人に代わっています。岡本照虎は鳥取市周辺で複数館を経営していた興行主。1968年(昭和43年)時点では寿座、智頭劇場(八頭郡智頭町)、東伯金市座(東伯郡東伯町)の3館を経営しており、智頭劇場が旗艦館だったと思われます。

(写真)青谷町の映画館として青谷寿座が掲載されている『映画便覧 1968』時事通信社、1968年。

 

『青谷町誌』には寿座に関する記述もありますが、文献では正確な場所がわかりませんでした。あおや郷土館の職員に尋ねると、青谷町の歴史に詳しい人物に電話で問い合わせてくれた上で、現在の住宅地図を見ながら「打吹電気の西30mくらいの場所に『姫村さんの映画館』があったようだ。」と教えてくださいました。(※正確にはその南30mの場所にあった)

跡地に近い酒屋の小泉商店で店主の男性(80代?)に話を聞くと、「小泉商店の前の路地を北に入った場所に『寿座』(ことぶきざ)があった。現在は経営者の子孫の家が建っている」とのことです。

(写真)寿座跡地。中央の民家。

(写真)寿座跡地。左の民家と右のガレージを合わせた場所だったと思われる。

(地図)1980年の住宅地図における青谷映劇と寿座の跡地。

 

鳥取市青谷町の映画館について調べたことは「鳥取市の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(鳥取県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

www.google.com