(写真)益田市立図書館。
2022年(令和4年)8月、島根県益田市を訪れました。「益田市の映画館(2)」に続きます。
現在の益田市街地にはミニシアター「Shimane Cinema ONOZAWA」があります。かつて益田市街地には「デジタルシアター益田中央」、「石見館」、「益田中央映画劇場」(デジタルシアター益田中央の前身)、「益田東映劇場」、「マルハ映劇」、「益田館」、「第三中央劇場」、「第二中央劇場」、「連理会館」と多数の映画館がありました。
1. 益田市立図書館
1993年(平成5年)竣工の益田市立図書館は、益田パルカディア・インテリジェンスセンターという名称で第2回しまね景観賞を受賞しています。バブル期に構想された時代性を感じる立派な建物であり、曲線を描く屋根や2階・3階部分の青色タイルは日本海をイメージしているようです。
(写真)益田市立図書館の入口。
(写真)益田市立図書館の書架と閲覧席。
(写真)地方紙『石見実業時報』と『石見タイムズ』。
2. 小野沢興行
2.1 小野沢勝太郎
日本の映画館数がピークを迎えた1960年(昭和35年)、益田市には中央劇場、益田東映、第三中央劇場、石見館、連理会館、益田館の6館の映画館がありましたが、前者3館は小野沢興行(小野沢勝太郎)の経営、後者3館は橋本興行(橋本啓蔵)の経営と、益田市の興行界は完全に二分されていました。
(写真)益田市に6館が掲載されている『映画便覧 1960』時事通信社、1960年。
(写真)小野沢興行の小野沢勝太郎。『島根県議会 1950』島根県議会、1950年。
中央劇場は小野沢ビルへの建て替えを経て、益田市最後の映画館であるデジタルシアター益田中央として2008年(平成20年)まで営業を続けました。2022年(令和4年)にはデジタルシアター益田中央の施設を引き継いでShimane Cinema ONOZAWAが開館しますが、経営面では小野沢興行からの連続性はありません。小野沢ビルの西側には小野沢勝太郎胸像があり、小野沢ビルの南側には小野沢勝太郎立像があります。
(左)小野沢勝太郎胸像。(右)小野沢勝太郎立像。
2.2 「小野沢勝太郎胸像」
小野沢勝太郎胸像は1964年(昭和39年)に建立された銅像。下部には「小野澤勝太郎翁略歴」と「小野澤勝太郎翁之像 建設協賛者芳名」が書かれているので文字起こししてみました。大臣、国会議員、政務次官、島根県議会議長、島根県議会議員、益田市議会議長、匹見町長と、錚々たる顔ぶれが並んでいます。
小野澤勝太郎翁略歴
昭和7年 益田町議会議員
昭和9年 小野澤興行創立
昭和22年 島根県議会議員
昭和27年 益田市体育協会長
昭和31年 自由民主党鳩山総裁ヨリ感謝状ヲ受ク
昭和34年 島根県興行環境衛生同業組合理事長
昭和35年 全国興行環境衛生組合連合会理事
昭和39年 紺綬褒章受領
小野澤勝太郎翁之像 建設協賛者芳名
中村英男 衆議院議員
室崎勝造 前島根県議会議長
増野元三 島根県議会議員
大谷武嘉 美濃郡匹見町長
津田辰夫 津田商店社長
藤原政夫 いさみ食堂社長 益田タクシー社長
宮内亭一 元益田町議会議員 元京町自治会長
坂本善一 小野沢産業常務
昭和39年10月吉日
2.3 「小野沢勝太郎立像」
小野沢勝太郎立像は1983年(昭和58年)に建立された銅像。下部に書かれている内容は胸像と似通っていますが、小野沢興行の創立50周年を記念して改めて建立したようです。
明治24年1月5日 長野県小県郡東部町滋野原口に生まる 若干16歳で郷里を出立ち 爾来 艱難辛苦の末
昭和7年 益田町議会議員
昭和9年 小野沢興行を創立
昭和22年 島根県議会議員
昭和27年 益田市体育協会長
昭和34年 島根県興行環境衛生同業組合理事長
昭和35年 全国興行環境衛生組合連合会理事
昭和39年 郷里の東部中・小学校への寄金により紺綬褒章受章
昭和50年1月2日 長野県小県郡東部町滋野原口名誉区民
昭和50年3月1日 天寿を全うす 享年85歳
小野沢興行株式会社創立50周年に当たり ここに業績を記し建立す
昭和58年10月1日 取締役社長 小野沢明男