振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

飛騨市神岡町を訪れる

(写真)飛騨市神岡町

2023年(令和5年)4月、岐阜県飛騨市神岡町を訪れました。「飛騨市神岡町の映画館」に続きます。

 

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1. 神岡町の町・通り

岐阜県飛騨市神岡町岐阜県の最北端にある町。神通川支流の高原川が作った盆地に市街地が形成されています。市街地の標高は約400mですが、標高以上に冬季の寒さが厳しいようで、赤色のトタン屋根で覆われた民家が多い。低温と積雪で瓦が割れてしまうため、瓦で屋根を葺くことが難しいようです。

(写真)トタン屋根で葺かれた神岡町の民家。

 

ざっくり言えば高原川の左岸が大字船津、右岸が大字東町です。大字船津も山田川によって二分されており、山田川の左岸と右岸で町の成り立ちが異なるようです。

山田川には赤い欄干の千歳橋が架かっており、山田川の左岸では千歳橋から南北に、右岸では千歳橋から東西に、それぞれメインストリートと言える通りが伸びています。千歳橋からは西に大津神社の参道が伸びており、神社が町の中心にあるという印象を受けました。

(写真)山田川の桜並木。

(写真)大津神社。

 

かつて大津神社の参道脇には大正座/船津劇場がありました。1928年(昭和3年)の大鳥居の竣工記念写真にも大正座が写っています。

(写真)1928年の大津神社の大鳥居竣工時。右奥が大正座。『飛騨の昭和』樹林舎、2015年。飛騨市神岡図書館所蔵。

 

1.1 山田川左岸

明治時代以後の山田川左岸には船津宮下遊廓と呼ばれる花街があったようで、飛騨市が取得した妓楼の若松家(旧深山邸)では見学会なども開催されています。料亭や旅館などだったと思われる建物も複数あるのですが、1968年(昭和43年)の住宅地図を見てもよくわかりませんでした。

(写真)山田川左岸のメインストリート。

(写真)新富町の建物。

(写真)新富町の建物。

(写真)塔屋のある民家。

 

山田川左岸の中でも山田川に近い場所は飲み屋街になっています。

(写真)亀谷醤油店。

(写真)亀谷醤油店。

 

1.2 山田川右岸(本町通り)

(写真)本町通り。飛騨信用金庫神岡支店など。

(写真)本町通り。パチンコマルサンの廃墟など。

 

1.3 山田川右岸(西里通り・大津通り)

山田川の右岸には五差路になっている場所があり、西里通りと大津通りが鋭角に交差しています。この場所は象徴的な場所のようで、古い神岡町勢要覧には何度も写真が掲載されています。

(写真)西里通りと大津通り。

(写真)1959年の西里通りと大津通り。『神岡町 町勢要覧1959』神岡町、1959年。飛騨市神岡図書館所蔵。

(写真)1968年の西里通りと大津通り。『神岡町史写真編』飛騨市教育委員会、2010年。飛騨市図書館所蔵。

 

(写真)西里通り。

 

(写真)大津通り。

(写真)大津通り。

(写真)大津通り。

 

2. 神岡町の建築物

2.1 フナツフォト

山田川西岸のメインストリートの一本東の通りにはフナツフォト(坂下写真館)という近代建築があります。玄関脇に掲げられている青緑色のプレートは登録有形文化財プレートではなく、「社団法人 日本写真文化協会岐阜県写真師会員」と書かれています。

木造2階建てで外壁はモルタル塗り、腰壁部分はタイル張り、玄関や2階のパラペットに鋸歯形の模様があるなど、神岡町で最も近代建築らしい建物です。神岡町は何度も大火に見舞われていますが、1932年(昭和7年)の船津大火後の1933年(昭和8年)に竣工したようです。

 

2.2 浅井銃砲火薬店

大津通りに南面して洋館付き住宅があります。現地では単なる民家だと思っていたのですが、登録有形文化財の浅井銃砲火薬店でした。文化遺産オンラインによると竣工年は昭和前期(1926年~1945年)です。

(写真)浅井銃砲火薬店。

 

2.3 旧大上歯科医院

浅井銃砲火薬店と同じブロックの南東端にも気になる建物がありますが、Google検索では情報が出てこない。古い住宅地図を見るとこの場所に大上歯科医院が描かれていて、現在もこの姓の表札が掲げられているので、暫定的に旧大上歯科医院とします。

『日本歯科医籍録』によると創業者は大上外一。1902年(明治35年)に生まれ、1923年(大正12年)に大阪歯科医学専門学校(現・大阪歯科大学)を卒業後、名古屋市中区に歯科医院を開業。1944年(昭和19年)11月に神岡町船津に移転したとのことです。

(写真)旧大上歯科医院。

(写真)旧大上歯科医院。

 

2.4 その他

(写真)老田商店。

(写真)神岡町船津の蔵。

(左・右)神岡町船津の蔵。

 

3. 高原郷土館

高原側の右岸には神岡城の模擬天守があり、この神岡城、旧松葉家、鉱山資料館の3施設を総称して高原郷土館と呼ばれるようです。

戦国時代から江戸初期の城、明治初期の民家、近現代の産業の資料館が同じ場所にあるのは奇妙な気もしますが、高度経済成長期に整備された博物館の定番にも見えます。ざっくり言えば高原側の右岸が武家町、左岸が町人町だったようで、右岸には飛騨市神岡振興事務所(旧・神岡町役場)や飛騨市民病院などの公共施設が集まっています。

 

3.1 神岡城

(写真)神岡城の模擬天守

(写真)神岡城の模擬天守

 

3.2 旧松葉家

(写真)旧松葉家。

(写真)旧松葉家。

(写真)旧松葉家。

 

3.3 鉱山資料館

(写真)鉱山資料館。

(写真)鉱山資料館。