振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

日野町鎌掛を訪れる

(写真)鎌掛集落の遠景。

2022年(令和4年)9月、滋賀県蒲生郡日野町鎌掛(かいがけ)を訪れました。

なお、2020年(令和2年)8月と2022年(令和4年)2月には日野市街地を訪れています。日野市街地には映画館「日野映画劇場」がありましたが、鎌掛には映画館がありませんでした。

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1. 鎌掛を訪れる

1.1 鎌掛の街並み

日野町鎌掛(かいがけ)は日野市街地から約3km南にある集落であり、近世には東海道中山道を結ぶ御代参街道(ごだいさんかいどう)の宿場町でした。御代参街道沿いには歴史を感じさせる町屋が多く残っています。

 

鎌掛の歴史については地元の歴史研究会が書籍を出しています。2000年(平成12年)から2005年(平成17年)には鎌掛の歴史を学ぶ会が1巻から3巻を出版し、この2022年(令和4年)6月には鎌掛の歴史学習会が第4巻を出版したばかりです。

『ふるさと鎌掛の歴史 第1巻』

瀬川欣一 著、鎌掛の歴史を学ぶ会、2000年。副題「古代より関ケ原合戦まで」。

『ふるさと鎌掛の歴史 第2巻』

瀬川欣一 著、鎌掛の歴史を学ぶ会、2000年。副題「宿場町として賑わった江戸時代」。

『ふるさと鎌掛の歴史 第3巻』

瀬川欣一 著、鎌掛の歴史を学ぶ会、2005年。副題「激動期明治維新より昭和30年町村合併まで」。

『ふるさと鎌掛の歴史 第4巻』

福本英一 編著、鎌掛の歴史学習会、2022年。副題「昭和30年町村合併から令和まで」。

(写真)御代参街道。鎌掛第二区。

(写真)御代参街道。鎌掛第三区。

 

鎌掛集落内の主要道路は「ト」の字になっています。御代参街道から分岐する通りには鎌掛公民館や日野鎌掛郵便局がありますが、その途中には近代建築の旧鎌掛郵便局の建物がありました。郵便局だった痕跡はないので言われないと見落としてしまいそう。

同じ日野町の中之郷には、ファサードに「〒」マークがある旧東桜谷郵便局の建物が残っています。

(写真)鎌掛公民館や日野鎌掛郵便局がある通り。中央左の赤瓦が旧鎌掛郵便局。

(写真)旧鎌掛郵便局。

 

鎌掛の近代建築といえば旧鎌掛小学校であり、2001年(平成13年)に閉校となった後も木造校舎が残っています。2012年(平成24年)のアニメ『中二病でも恋がしたい!』で登場人物が通う学校のモデルになったそうで、聖地巡礼を行うファンが一定数いるみたい。日野駅前でレンタサイクルを借りる際に「鎌掛に行く」と話したら「旧鎌掛小学校ですか?」と聞かれました。2022年(令和4年)8月にNHK BSで放送された『二十四の瞳』などでもロケ地となったようです。

(写真)旧鎌掛小学校。

 

日野市街地とはほどほどに距離があり、独立意識が強そう。日野市街地と同様に、鎌掛でもベンガラが塗られた格子状の板塀が目につきますは、日野市街地の板塀にある "桟敷窓" (日野祭を観覧するための開口部)はないようです。板塀のある民家と入母屋屋根の民家が混在しているところから、マチとムラの双方の要素を持った集落に思えました。

(写真)板塀を持つ典型的な鎌掛の民家。

 

1.2 鎌掛の神社と寺院

日野町には国の天然記念物が4件もあり、「鎌掛の屏風岩」と「鎌掛谷のホンシャクナゲ群落」は鎌掛にあります。さかおりさんが "日野町は天然記念物の宝庫" と言っていたのを思い出しました。4件のうち3件はさかおりさんによってWikipedia記事が作成されています。

鎌掛の屏風岩 - Wikipedia - 日野町鎌掛。

鎌掛谷のホンシャクナゲ群落 - 日野町鎌掛。Wikipedia記事なし。

熊野のヒダリマキガヤ - Wikipedia - 日野町熊野。

綿向山麓の接触変質地帯 - Wikipedia - 日野町北畑。

 

鎌掛の村社は集落の北西端にある日吉神社。鎌掛で最も目立つ寺院は集落の南東端にある正法寺であり、日吉神社正法寺が集落を挟んでいる形です。正法寺は藤の寺として知られ、墓地の脇には重要文化財の石造宝塔があるようですが、石造宝塔は見落としました。集落からやや離れた正法寺のほかに、集落内には3軒の寺院があります。

(写真)日吉神社。村社。

(写真)正法寺臨済宗妙心寺派。(右)樹齢約300年の藤。

(写真)専明寺。真宗大谷派。(右)袴腰を持つ鐘楼。

(写真)誓敬寺。真宗本願寺派。(右)山門と鐘楼。

 

2. 日野町の入母屋屋根

近江鉄道日野駅から鎌掛に向かう際に入母屋屋根の民家が目につきました。日野駅前(内池/里口/上野田)と鎌掛に分けて地図化してみました。対象地域を網羅的に歩いたわけではないので、これ以外にも入母屋屋根の民家があると思われます。

 

2.1 日野駅前の入母屋屋根

内池1

日野商人街道の南側。内池2の北隣。

 

内池2

日野商人街道の南側。内池1の南隣。

 

内池3

日野商人街道の南側。

 

内池4

日野商人街道の北側。

 

内池5

日野商人街道の北側。

 

内池6

日野商人街道の北側。

 

里口1

御代参街道に南面。株式会社伊藤祐の北側。

 

上野田1

御代参街道に南面。五社神社の参道入口脇。

 

(写真)日野駅前の航空写真。黄色は入母屋屋根の民家。

 

2.2 鎌掛の入母屋屋根

鎌掛1

鎌掛第一区。御代参街道に北面。

 

鎌掛2

鎌掛第二区。御代参街道に東面。

 

鎌掛3

鎌掛第三区。御代参街道に東面。鎌掛4のはす向かい。

 

鎌掛4

鎌掛第三区。御代参街道に西面。鎌掛3のはす向かい。

 

鎌掛5

鎌掛第四区。

 

鎌掛6

鎌掛第二区。鎌掛7のはす向かい。

 

鎌掛7

鎌掛第三区。鎌掛6のはす向かい。

 

鎌掛8

鎌掛第二区。やまびこ遊園地のはす向かい。

※2012年時点のGoogleストリートビュー。現存は確認したが写真を撮り忘れた。

 

(写真)鎌掛の航空写真。黄色は入母屋屋根の民家。