振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

大垣市の映画館

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(写真)JR大垣駅

2020年(令和2年)11月、岐阜県大垣市を訪れました。

映画黄金期の大垣市街地には9館の映画館があり、昭和末期には「大垣東宝会館」と「大垣東映会館」の2施設5スクリーンとなりました。2000年(平成12年)には大垣市から映画館がなくなりますが、2005年(平成17年)には10スクリーンのシネコン「大垣コロナシネマワールド」が開館しています。

 

1. 大垣市を歩く

1.1 OKBストリート郭町商店街

2007年(平成19年)JRに大垣駅北側に開店したアクアウォーク大垣(アピタ大垣店)などの影響で、大垣駅南側の中心市街地の商店街が衰退著しい大垣市。戦後に建設された商店兼住宅の鉄筋コンクリート造商店街は、大垣市中心市街地活性化基本計画に「地方都市としては規模も大きく近代的な建築が全国の商業関係者の注目を集めた」と書かれています。レトロな街並みが好きな方を吸い寄せているようで、「お城街」と呼ばれる路地には撮影禁止の貼り紙がありましたが、これらの街並みはいつまで残るのだろうか。

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(写真)戦後に建設された鉄筋コンクリート造建築が並ぶOKBストリート郭町商店街。

 

OKBストリート郭町商店街の南側、大垣のへそと言える郭町交差点の南東角には大垣共立銀行 - Wikipedia(OKB)本店があります。1973年(昭和48年)の竣工から50年近く建っていますが、青空に映える白い建物は古さを感じません。ライバルの十六銀行を超えるという意味がある17階建てで、60mという高さは岐阜県一だったそう。

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(写真)大垣共立銀行本店。

 

2 大垣市立図書館

2.1 映画館に関する文献

大垣市の映画館に関して、『大垣市史』など書籍ではこれといった言及がなく、『写真アルバム 大垣市の昭和』などに個別館の断片的な情報が掲載されているのみです。『中日新聞』や『岐阜新聞』などの新聞記事には個別館の開館や閉館に関する記事が掲載されていることもありますが、『岐阜新聞』のデータベースはやや使いづらい上に、『中日新聞』と比べた際の優位性はあまり感じられません。集めた情報は「岐阜県の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめてあります。

1977年(昭和52年)から2011年(平成23年)まで、西濃地域では内容の濃いタウン誌『西美濃わが街』(有限会社西美濃わが街)が発行されており、1987年の124号には江巣奨による記事「大垣映画館ものがたり」が掲載されています。大垣市立図書館では準備室(閉架)が『西美濃わが街』の所蔵場所となっており、開架にあると便利なのですが。

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(写真)大垣市立図書館。

 

大垣市立図書館には「大垣にあった映画館」という新聞スクラップブックがあり、3階の郷土資料室カウンター脇に別置されています。2016年(平成28年)に寄せられた「昭和30年から40年代にかけて大垣市内にあった映画館の数や場所が知りたい」というレファレンスの際に作成したと思われますが、作成した男性職員はまだ若い方でした。1950年代・1960年代の新聞記事のコピー、映画黄金期の映画館名簿のコピー、1950年代末の住宅地図のコピーなどが集められた価値のあるファイルです。

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(写真)「大垣にあった映画館」。(中)文献一覧。(右)新聞記事。

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(地図)映画黄金期の郭町・竹島町周辺の住宅地図。『大垣市住宅明細地図』(日新出版部、1958年)。

 

 

3. 大垣市の映画館

大垣市の映画館街は郭町や竹島町に形成されており、大垣市街地の9館中7館はこのエリアにありました。大垣共立銀行本店の裏手のエリアです。「大垣東宝会館」は郭町交差点と大垣駅の中間付近の栗屋町に、「主婦の店会館」は大垣駅北側の林町にありました。その他の大垣市域では赤坂町に「赤坂劇場」があり、平成の大合併大垣市になった地域では墨俣町に「盛栄座」がありました。

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(地図)大垣市の映画館。Google My Maps

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(地図)大垣市郭町・竹島町の映画館。Google My Maps

 

3.1 日本劇場(1946年-1960年代中頃)

所在地 : 岐阜県大垣市郭町3-82(1964年)
開館年 : 1946年3月21日
閉館年 : 1964年以後1966年以前
『全国映画館総覧1955』によると1946年2月開館。1950年・1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「日本劇場」。1964年の映画館名簿では「大垣大映」。1960年-1965年のゼンリン住宅地図では「パチンコ金生」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。1969年のゼンリン住宅地図では「日劇」。1977年のゼンリン住宅地図では跡地に「駐車場」。1984年のゼンリン住宅地図では跡地に駐車場。1986年・1991年のゼンリン住宅地図では跡地に「月極駐車場」。跡地は「セブンイレブン大垣郭町3丁目店」建物部分。

1946年(昭和21年)に開館したのが日本劇場であり、開館を報じる新聞記事には「2000人を収容できる」とありますが、いささか "盛っている" 数字に思われます。「日本劇場」の跡地はパチンコ店を経て駐車場になり、2016年(平成28年)にはセブンイレブンが開店しました。セブンイレブンの建物部分に「日本劇場」があり、駐車場部分には「大垣松竹」がありました。

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(写真)日本劇場跡地のセブンイレブン大垣郭町3丁目店。奥は大垣共立銀行本店。

 

3.2 主婦の店会館(1958年-1960年代後半)

所在地 : 岐阜県大垣市林町2-111(1966年)
開館年 : 1958年6月1日
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「主婦の店会館」。1965年の映画館名簿では「ニュース劇場」。1966年の映画館名簿では「大垣主婦会館」。1969年のゼンリン住宅地図では「主婦の店」。大垣駅北側にあった唯一の映画館。跡地は「コメダ珈琲店大垣林町店」駐車場。

近代的スーパーマーケットである主婦の店大垣店に付随する施設として、1958年(昭和33年)に大垣市連合婦人会員らの出資によって開館したのが「主婦の店会館」です。営利より社会事業面に重点を置いた全国でも珍しい映画館とされ、開館記念式典には武藤嘉門岐阜県知事も出席しています。

1970年代後半から1980年代前半の跡地は食品会社の倉庫となり、1980年代後半から1990年代はパチンコ店となりました。2005年(平成17年)には跡地の東側にコメダ珈琲店が開店し、跡地はその駐車場となりました。

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(写真)主婦の店会館跡地のコメダ珈琲店大垣林町店駐車場。

 

3.3 大垣日活(1956年-1973年)

所在地 : 岐阜県大垣市郭町3-207(1973年)
開館年 : 1956年3月6日
閉館年 : 1973年前半
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年の映画館名簿では「大垣シャトル」。1960年の映画館名簿では「大垣シヤトル」。1963年の映画館名簿では「大垣日活」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「大垣日活劇場」。1976年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「大垣共立銀行本店」から岐阜県道57号を挟んで西にあるパン屋「ヒシヤの店リボリ」。

1956年(昭和31年)に「大垣シヤトル」として開館。劇場を意味するtheaterが館名の由来かとも思いましたが、大垣市の伝統産業として繊維産業があることから、織機に使用する杼を意味するshuttleが由来かもしれません。1973年(昭和48年)の閉館後、1980年代にはパン屋のヒシヤの店リボリ(ヒシヤパン)となりました。

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(左)大垣日活跡地のヒシヤの店リボリ。(右)大垣日活跡地とその周辺。右はキックス中央ビル。

 

3.4 初代大垣松竹(1946年-1976年)

所在地 : 岐阜県大垣市郭町3-84(1973年)
開館年 : 1946年3月、1954年6月25日(ビル化)
閉館年 : 1976年11月23日
『全国映画館総覧1955』によると1946年3月開館。1950年・1953年・1955年の映画館名簿では「スイト会館」。1958年の映画館名簿では「大垣スイト会館」。1960年の映画館名簿では「スイト会館」。1963年の映画館名簿では「大垣松竹」。1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「大垣松竹映画劇場」。1976年11月、休館中のロマン座の建物に移転。跡地は「セブンイレブン大垣郭町3丁目店」の駐車場部分。

1946年(昭和21年)には木造の「スイト会館」が開館。1954年(昭和29年)には西濃地域初の鉄筋4階建てに建て替え、「大垣松竹」として松竹系作品を上映しました。1980年代以降は駐車場として使われ、2016年(平成28年)にはセブンイレブンが開店しました。セブンイレブンの建物部分に「日本劇場」があり、駐車場部分には「大垣松竹」がありました。

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(写真)日本劇場跡地のセブンイレブン大垣郭町3丁目店。奥は大垣共立銀行本店。

 

3.5 大垣テアトル国際(1948年-1980年代前半)

所在地 : 岐阜県大垣市竹島町43(1980年)
開館年 : 1948年12月
閉館年 : 1982年以後1984年以前
『全国映画館総覧1955』によると1948年12月開館。1958年の映画館名簿では「大垣国際劇場」。1960年の映画館名簿では「大垣国際日活劇場」。1963年・1966年の映画館名簿では「大垣国際劇場」。1969年・1973年・1976年・1980年・1982年の映画館名簿では「大垣テアトル国際」。1984年・1985年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は雑貨店「バルーンアート&ギフト アリサ」。

1948年(昭和23年)には洋画上映館として「国際劇場」が開館。やがて「大垣テアトル国際」となり、1980年代前半に閉館しています。

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(左)大垣テアトル国際跡地のバルーンアート&ギフト アリサ。(右)大垣テアトル国際跡地とロマン座/大垣松竹跡地の駐車場。中央奥は大垣共立銀行本店。

 

3.6 竹島劇場(1959年-1985年)

所在地 : 岐阜県大垣市竹島町38(1985年)
開館年 : 1959年5月
閉館年 : 1985年11月25日
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1966年の映画館名簿では「竹島劇場」。1969年の映画館名簿では「大垣大映竹島劇場」。1973年・1976年・1980年・1985年の映画館名簿では「大垣竹島劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はバー「WAVE」などが入っている「ホライゾンビル」。

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(写真)竹島劇場跡地のホライゾンビル。

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(写真)竹島劇場跡地のホライゾンビル。

 

3.7 ロマン座/大垣松竹(1952年-1986年)

所在地 : 岐阜県大垣市竹島町60(1958年・1960年・1966年・1969年・1973年・1980年・1985年)
開館年 : 1952年12月30日(ロマン座)、1976年11月26日(大垣松竹)
閉館年 : 1974年(ロマン座)、1986年1月(大垣松竹)
『全国映画館総覧1955』によると1952年12月開館。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「ロマン座」。1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「大垣ロマン座」。1974年にロマン座が閉館。1976年の映画館名簿には掲載されていない。1976年11月26日に大垣松竹がロマン座跡地に移転開館。1980・1985年の映画館名簿では「大垣松竹映画劇場」。現在の跡地は「田中工業契約駐車場」。

1952年(昭和27年)に洋画専門館として「ロマン座」が開館。座席は個別でビロード張り、ウエスタン式の高級発声装置、開館当初から冷暖房装置も備えていました。1974年(昭和49年)にロマン座が閉館すると、1976年(昭和51年)には80m北にあった「大垣松竹」がロマン座跡地に移転し、1986年(昭和61年)まで営業しています。

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(写真)ロマン座/大垣松竹跡地の駐車場。左奥は大垣テアトル国際跡地。

 

3.8 大垣東映会館(1948年-1997年)

所在地 : 岐阜県大垣市郭町3-69(1995年)
開館年 : 1945年10月(芝居小屋?)、1948年(映画館化)、1969年(ビル化)
閉館年 : 1997年1月17日
『全国映画館総覧1955』によると1945年10月開館。1950年・1953年・1955年の映画館名簿では「大垣劇場」。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「大垣東映劇場」。1973年・1976年・1980年・1985年・1990年の映画館名簿では「大垣東映劇場・大垣スター劇場」(2館)。跡地はマンション「キャッスルハイツ大垣郭町」。

1948年(昭和23年)に映画館「大垣劇場」(後に「大垣東映劇場」)が開館。1969年に鉄筋コンクリート造4階建ての「大垣東映会館」が開館し、東映や日活の作品を上映していました。1994年(平成6年)1月には外壁の一部が崩れる事故が発生、同年5月には社長の松岡稔が71歳で死去し、1997年(平成9年)に閉館しました。

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(写真)大垣東映会館跡地のキャッスルハイツ大垣郭町。

 

3.9 大垣東宝会館(1950年代後半-2000年)

所在地 : 岐阜県大垣市栗屋町47(1958年・1960年・1966年・1969年・1973年・1976年)、岐阜県大垣市栗屋町34(1980年・1985年・1990年・1995年・2000年)
開館年 : 1955年以後1958年以前、1977年8月2日(ビル化)
閉館年 : 2000年秋頃
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「大垣東宝劇場」。1977年7月30日に大垣東宝会館ビルが開館。1980年・1985年・1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「大垣東宝劇場・大垣スカラ座・大垣シネマ」(3館)。大垣市最後の従来型映画館。跡地は有料駐車場「名鉄協商大垣栗屋町駐車場」。

大垣東宝会館の竣工から8年後、1977年(昭和52年)には大垣東宝劇場も鉄筋コンクリート造6階建のビルを建て、3スクリーンからなる大垣東宝会館が開館しました。1997年(平成9年)には大垣市唯一の映画館となりました。2000年(平成12年)3月に約8kmの距離に「ユナイテッド・シネマ真正16」が開館すると、大垣東宝会館は同年秋に閉館し、大垣市から映画館がなくなりました。

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(写真)大垣東宝会館跡地の駐車場。

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(左)西から東を見る。右奥の駐車場が大垣東宝会館跡地。(右)東から西を見る。左奥の駐車場が大垣東宝会館跡地。

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(写真)栗屋町周辺の大垣市商工案内図。製作時期不明。(右)大垣市商工案内図の拡大。中央にうっすら東宝会館。

 

3.10 大垣コロナシネマワールド(2005年-営業中)

所在地 : 岐阜県大垣市三塚町字西沼523-1(2020年)
開館年 : 2005年12月17日
閉館年 : 営業中
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「大垣コロナワールド1-10」(10館)。2015年・2020年の映画館名簿では「大垣コロナシネマワールド1-10」(10館)。

「大垣東宝会館」が閉館してから5年後の2005年(平成17年)に開館したのが10スクリーンのシネコン「大垣コロナシネマワールド」です。2000年代中頃の岐阜県では相次いでシネコンが開館。「県南部から愛知県北部にかけての地域は全国屈指の映画館激戦区」とされ、大垣市に近い場所では2011年(平成23年)に本巣市の「ユナイテッド・シネマ真正16」が閉館しています。

 

大垣市にあった映画館について調べたことは「岐阜県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(中部版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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