振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

水戸市の映画館

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(写真)水戸市中心市街地。

2020年(令和2年)8月、茨城県水戸市を訪れました。現在の水戸市にはシネコン2施設と成人映画館の3施設計17スクリーンの映画館があります。

 

 

1. 水戸市を歩く

初めて水戸市を訪れました。台地の先端部分に中心市街地が形成されており、水戸駅は台地の下にありました。水戸駅の標高は約8m、台地の標高は約25-30mであり、水戸駅北口から銀杏坂を高低差20m近くも上って中心市街地に向かいます。

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(左)水戸駅北口。(右)水戸駅南口。

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(写真)水戸駅前の銀杏坂。

 

水戸駅から北西に延びる国道50号がメインストリートであり、特にご当地百貨店のボンベルタ伊勢甚跡地にある京成百貨店が目立ちます。

水戸駅前の銀杏坂交差点、国道50号から国道118号が分岐する中央郵便局前の交差点、中心歓楽街の大工町交差点と、中心市街地の要所には横断歩道橋が残っていました。これらの横断歩道橋の場所、銀杏坂交差点や大工町交差点では道路がわずかに曲がっているのですが、これはかつて町と町の境目だった痕跡のようです。近世にはこの2つの交差点の場所に外堀があり、明治になって外堀を埋め立てて道路をつなげたことで曲がった道路が生まれたようです。

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(写真)大工町交差点。

 

茨城県立図書館は2020年(令和2年)5月7日から「カフェ整備工事や資料の整理作業等のため」に長期休館中。コロナ禍以前から計画されていた休館のようです。再開予定日の9月1日を過ぎても休館が続いていましたが、「新型コロナウイルス感染症の影響により工事着工が遅延している」ことから、9月24日から11月15日まで一時的に開館するとのことです。11月16日からはまた長期休館に入るのかな。水戸市立中央図書館は郷土資料も住宅地図も少なく、茨城県立図書館に入館できなかったのは残念でした。

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(左)茨城県立図書館。(右)水戸市立中央図書館。

 

2. 水戸市の映画館

大正期・昭和戦前期の水戸市には、(水戸駅前ではなく)泉町から大工町までの区域に映画館があったようです。大正期には泉町1丁目の「泉館」、泉町2丁目の「美都里館」、向井町広小路の「偕楽館」の3館の映画館があり、昭和戦前期には「美登里館」と「偕楽館」の2館の映画館があったようです。
 
昭和30年代の映画黄金期以降の水戸市にあった映画館の場所は以下の図の通り。水戸駅から大工町にかけての上市エリアに11施設が集まっているほか、中心市街地から北西に離れた袴塚に孤立して「水戸銀星映画劇場」があります。水戸駅南東の下市エリアには3館がありましたが、場所が特定できた「水戸みゆき座」のみ図に書き入れました。
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(地図)水戸市の映画館。赤は閉館した映画館、緑は営業中の映画館。地理院地図

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(写真)1960年代の水戸駅周辺。地理院地図

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(左)1960年代の大工町周辺。(右)1980年代の大工町周辺。地理院地図


1. 水戸栄楽映画劇場(1951年-1960年代初頭)

所在地 : 茨城県水戸市本町5-863(1960年)
開館年 : 1951年10月
閉館年 : 1960年以後1963年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1951年10月開館。1953年の映画館名簿では「栄楽映画劇場」。1955年・1960年の映画館名簿では「水戸栄楽映画劇場」。1955年の映画館名簿では経営者は坂場義雄、200席、松竹・大映を上映。1963年の映画館名簿には掲載されていない。

「水戸みゆき座」や「水戸シネマ映画劇場」とともに、下市エリアにあった3館の映画館のひとつが「水戸栄楽映画劇場」です。1960年代初頭に閉館。水戸市立図書館にある住宅地図は1967年版が最古(『水戸市住宅詳細図』三洋堂)であり、正確な場所はわかりません。

 

2. 水戸シネマ映画劇場(1950年代後半-1960年代中頃)

所在地 : 茨城県水戸市本3丁目1082(1963年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「水戸シネマ映画劇場」。1963年の映画館名簿では経営者は鈴木興業社、410席、邦画を上映。1966年の映画館名簿には掲載されていない。

「水戸みゆき座」や「水戸栄楽映画劇場」とともに、下市エリアにあった3館の映画館のひとつが「水戸シネマ映画劇場」です。1960年代初頭に閉館。水戸市立図書館にある住宅地図は1967年版が最古(『水戸市住宅詳細図』三洋堂)であり、正確な場所はわかりません。

 

3. 水戸大映映画劇場(1950年代後半-1960年代中頃)

所在地 : 茨城県水戸市泉町4-1049(1963年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「水戸大映映画劇場」。1963年の映画館名簿では経営者は京王映画、473席、大映を上映。1966年の映画館名簿には掲載されていない。

1963年時点で京王映画は水戸市内で「水戸松竹映画劇場」(後の水戸京王グランド)、「水戸大映映画劇場」、「水戸宝塚映画劇場」(後の水戸サンリオ東宝)、「水戸日活映画劇場」の4館を経営しており、この中で最も早く閉館したのが「水戸大映映画劇場」です。京王映画は1956年(昭和31年)に設立された京王グループの企業であり、「水戸京王グランド」閉館後の1989年(平成元年)に解散しています。1960年代中頃に閉館していますが、水戸市立図書館にある住宅地図は1967年版が最古(『水戸市住宅詳細図』三洋堂)であり、正確な場所はわかりません。

 

4. 水戸東宝映画劇場(1950年-1960年代後半)

所在地 : 茨城県水戸市裡信願寺町1280(1963年)
開館年 : 1950年9月
閉館年 : 1967年以後1969年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1950年9月開館。1953年・1955年の映画館名簿では「水戸東宝劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「水戸東宝映画劇場」。1967年の住宅地図では「東宝劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「リカーマウンテン水戸大工町店」などが入る「大工町ビル」。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

「三笠会館」(後の水戸パンテオン)とともに、大工町にあった2施設の片方が水戸東宝映画劇場です。1966年(昭和41年)の『映画館名簿』によると633席の映画館。経営者は北日本興行という企業であり、東宝グループの六部興行とは異なるようであり、上映作品も東宝ではなく特選洋画となっています。跡地には1970年(昭和45年)竣工の大工町ビルが建っており、リカーマウンテンなどが入居しています。

 

5. 水戸みゆき座(1952年-1970年代初頭)

所在地 : 茨城県水戸市本町4-1088(1966年・1969年)
開館年 : 1952年11月
閉館年 : 1969年以後1973年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1952年11月開館。1953年・1955年・1960年の映画館名簿では「水戸国文館」。1963年の映画館名簿では「みゆき座」。1966年・1969年の映画館名簿では「水戸みゆき座」。1967年の住宅地図では「みゆき屋」(誤字か?)。1973年の映画館名簿には掲載されていない。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

下市エリアでもっとも遅くまで営業していたのが「水戸みゆき座」であり、現在のイオンスタイル水戸下市の南にありました。1960年代の航空写真を見ると、国道51号はまだ開通しておらず、ハミングロードとふれあいロードは鍵型に接続しています。跡地はイオンスタイルの平面駐車場となっています。

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(地図)1960年代の水戸みゆき座周辺。地理院地図

 

6. 水戸オデオン座(1953年-1984年)

所在地 : 茨城県水戸市宮町2-5-14 新水戸会館(閉館時)
開館年 : 1953年1月
閉館年 : 1984年8月31日
『全国映画館総覧 1955』によると1953年1月開館。1953年の映画館名簿では「オデオン座」。1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「水戸オデオン座」。1966年・1969年の映画館名簿には掲載されていない。1973年の映画館名簿では「水戸オデオン」。1977年の住宅地図では「新水戸会館 オデオン座」。1980年の映画館名簿では「水戸オデオン座」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「水戸東照宮」南の有料駐車場「宮之下駐車場」。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

「水戸東映シネマ」から水戸東照宮を挟んで反対側、新水戸会館の1階には洋画上映館「水戸オデオン座」がありました。1953年(昭和28年)の開館時には国道50号より北の仲町(現在の大町3丁目など)にあり、1963年(昭和38年)末に火災で営業を休止した後、1970年代初頭に新水戸会館に入居したと思われます。1965年(昭和40年)12月に竣工した新水戸会館は、結婚式場・ボウリング場・回転展望レストランなどを備えた豪華な施設。跡地は宮之下駐車場となっています。

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(写真)水戸オデオン座跡地の駐車場 宮之下駐車場。

 

7. 水戸ロマンス座(1950年代後半-1980年代後半)

所在地 : 茨城県水戸市宮町2-3-2(1985年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1985年以後1989年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「ロマンス座」。1963年・1969年・1973年・1980年・1985年の映画館名簿では「水戸ロマンス座」。1967年の住宅地図では「富士ビル 映画ロマンス座など」。1977年の住宅地図では「富士ビル 地下1階ロマンス座」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「東進衛星予備校水戸校」などが入る1989年竣工の(2代)「富士ビル」。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

水戸駅前の銀杏坂交差点の西角、初代富士ビルの地下1階には「水戸ロマンス座」がありました。遅くとも1970年代後半には成人映画館となっていたようです。1980年代後半の映画館閉館後、跡地には1989年(平成元年)に2代目富士ビルが竣工しています。

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(写真)左が水戸ロマンス座跡地の富士ビル。 

 

8. スカイシネマ(1978年-1980年代後半)

所在地 : 茨城県水戸市南町1-2-22(1985年)
開館年 : 1978年5月26日
閉館年 : 1985年以後1990年以前
1973年の映画館名簿には掲載されていない。1977年の住宅地図では後の映画館の場所に「サントピア水戸(建)」。1980年の映画館名簿では「スカイシネマ」。1985年の映画館名簿では「水戸スカイシネマ」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「ライオンズシティ水戸」北60mの有料駐車場「ONE'S PARK南町第10駐車場」。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

1978年(昭和53年)5月26日に開業したファッションビルのサントピア - Wikipediaには、最上階の7階に映画館「スカイシネマ」があったようです。サントピアは国道50号にも面していましたが、逆「L」字型の建物だったため、ビルの重心は建物1軒分奥まった場所にあります。「スカイシネマ」は1980年代後半に閉館しましたが、サントピア自体は2007年(平成19年)5月31日まで営業していました。サントピアは2016年(平成28年)に取り壊され、跡地は駐車場 ONE'S PARK南町第10駐車場となっています。

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(写真)サントピア跡地の駐車場 ONE'S PARK南町第10駐車場。

 

9. 水戸京王グランド(1952年-1988年)

所在地 : 茨城県水戸市天王町4-27(1980年)
開館年 : 1952年9月(松竹映画劇場)、1963年(京王グランド・京王東宝
閉館年 : 1988年10月28日(京王プラザ)、1988年11月25日(京王グランド)
『全国映画館総覧 1955』によると1952年9月開館。1953年・1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「水戸松竹映画劇場」。1966年の映画館名簿では「水戸京王グランド・水戸京王東宝映画劇場」(2館)。1967年の住宅地図では「京王グランド 京王東宝劇場 京王映画水戸営業所 喫茶モンブランなど」。1969年の映画館名簿では「水戸京王グランド・水戸日活映画劇場」(2館)。1973年の映画館名簿では「水戸京王グランド・水戸京王日活」(2館)。1977年の住宅地図では「京王グランド劇場」。1980年の映画館名簿では「水戸京王グランド・水戸京王プラザ」(2館)。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「ライオンズマンション水戸」。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

大工町から国道50号を超えて南側、泉町3丁目や天王町にも歓楽街が続いています。国道50号に並行する通りにはソープランド・メンズエステ・ファッションヘルスなどがあり、この通りの東端に「水戸京王グランド」がありました。ビルの2階に「京王グランド」が、地下1階に「京王プラザ」があったようであり、全盛期の京王グランドは880席の大劇場だったようです。1988年(昭和63年)の閉館後、1992年(平成4年)には14階建てのライオンズマンション水戸が竣工しています。

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(写真)水戸京王グランド跡地のライオンズマンション水戸

 

10. 水戸サンリオ東宝(1953年-1992年)

所在地 : 茨城県水戸市南町1-4-14(1990年)
開館年 : 1953年1月
閉館年 : 1992年1月26日
『全国映画館総覧 1955』によると1953年1月開館。1955年の映画館名簿では「水戸銀座映画劇場」。1966年の映画館名簿では「水戸宝塚劇場」。1967年の住宅地図では「水戸日活」。1969年の映画館名簿では「水戸京王東宝劇場」。1977年の住宅地図では「京王東宝」。1973年・1980年の映画館名簿では「水戸京王東宝」。1990年の映画館名簿では「水戸サンリオ東宝」。1995年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は有料駐車場「ONE'S PARK 南町第6駐車場」。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

水戸駅から銀杏坂を北西に500m、中央郵便局前の三差路の南西側のエリアにあったのが「水戸サンリオ東宝」と「スカイシネマ」です。水戸サンリオ東宝の歴史は古く、1953年(昭和28年)に開館した「水戸銀座映画劇場」に起源を持つようです。1992年(平成4年)に「水戸サンリオ東宝」が閉店した後、2010年代中頃までは跡地にゲームセンターのプレイステージウインがあったようですが、現在の跡地は有料駐車場となっています。

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(写真)右が水戸サンリオ東宝跡地の駐車場 ONE'S PARK 南町第6駐車場

 

11. 水戸パンテオン(1960年代初頭-2001年)

所在地 : 茨城県水戸市大工町1-6-1(2000年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 2001年
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1963年の映画館名簿では「日活三笠館」。1966年の映画館名簿では「日活三笠会館」。1967年の住宅地図では「三笠OP劇場・三笠松竹・三笠大映」。1969年の映画館名簿では「三笠OP劇場・水戸三笠松竹・水戸三笠大映」(3館)。1973年の映画館名簿では「三笠OP劇場・三笠松竹・三笠東映」(3館)。1980年の映画館名簿には掲載されていない。1990年・1995年の映画館名簿では「水戸パンテオン1・2」(2館)。2000年の映画館名簿では「水戸パンテオン」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「大工町交番」北の「三笠会館ベルスポットビル」。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

水戸パンテオンが4階・5階に入っていた三笠会館ベルスポットビルは大工町のランドマーク的なビルのひとつです。水戸パンテオン跡地は改修されてクラブハウス「VOICE」となり、月曜夜や土日を中心に「Cinema VOICE」という映画上映イベントが開催されているようです。

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(写真)水戸パンテオンが入っていた三笠会館ベルスポットビル。


12. 水戸スカラ座(1960年代後半-2001年)

 所在地 : 茨城県水戸市泉町2-1-25(2000年)
開館年 : 1966年以後1969年以前
閉館年 : 2001年
1966年の映画館名簿には掲載されていない。1969年・1973年の映画館名簿では「水戸アート名画座」。1980年の映画館名簿では「水戸にっかつ劇場」。1990年・1995年・2000年の映画館名簿では「水戸スカラ座」。2005年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「ライオンズマンション水戸」南西40mの有料駐車場「ファーストパーク水戸泉町第6」。

水戸京王グランドの近くには水戸スカラ座もあったようです。

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(写真)左前の駐車場が水戸スカラ座跡地。左奥のマンションが水戸京王グランド跡地。

 

13. 水戸東映シネマ(1954年-2006年)

所在地 : 茨城県水戸市宮町2-5-45(2005年)
開館年 : 1954年9月
閉館年 : 2006年2月10日

『全国映画館総覧 1955』によると1954年9月開館。1955年の映画館名簿では「水戸セントラル劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「水戸東映映画劇場」。1966年・1969年・1973年・1980年の映画館名簿では「水戸東映劇場」。1967年・1977年の住宅地図では「水戸東映」。1990年・1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「水戸東映シネマ1・2」(2館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「水戸東照宮」北東の有料駐車場「水戸東照宮駐車場」。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

水戸東照宮の北側には東映直営の封切館「水戸東映シネマ」がありました。1954年(昭和29年)の開館当初は木造館だったものの、映画全盛期の昭和30年代に鉄筋コンクリート造2階建ての建物に建て替えたと思われます。全蓋式アーケードを有する宮下銀座商店街の北端に隣接しており、商店街型映画館といえます。2006年(平成18年)に閉館を報じる新聞記事には「建物は取り壊して更地にしたうえで水戸東照宮に返還する予定」とあり、もともと敷地は水戸東照宮が所有していたようです。

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(写真)水戸東映シネマ跡地の水戸東照宮駐車場。左は宮下銀座商店街。右奥は水戸東照宮

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(左)水戸東映シネマ跡地の水戸東照宮駐車場。左は水戸東照宮の石段。(右)宮下銀座商店街。


14. 水戸リードシネマ(1980年代-2008年)

所在地 : 茨城県水戸市南町3-3-33 水戸リードビル5階・4階・1階・地下1階(閉館時)
開館年 : 1980年以後1985年以前
閉館年 : 2008年4月
1980年の映画館名簿には掲載されていない。1985年の映画館名簿では「コートワンシネマ」。1990年・1995年の映画館名簿では「水戸リードシネマ1・2・3」(3館)。2000年・2005年の映画館名簿では「水戸リードシネマ 5階A・5階B・4階・1階・地下」(5館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。5スクリーンの映画館。

水戸駅前と大工町の中間付近、南町3丁目交差点東の水戸リードビルには、ビル内の5階・4階・1階・地下1階に計5スクリーンを有する水戸リードシネマがありました。1985年(昭和60年)の映画館名簿には1スクリーンの「コートワンシネマ」として登場。1990年代には3スクリーン体制、2000年代には5スクリーン体制であり、水戸献血ルーム読売・日本テレビ文化センター水戸やライブハウスも同一ビルにあったようです。水戸リードシネマを運営していたのはビルの所有者である関東地産ですが、2008年(平成20年)4月の映画館閉館から半年後には水戸リードビルも閉鎖されています。

 

15. 水戸テアトル西友(1988年-2008年)

 所在地 : 茨城県水戸市三の丸1-1-12(2005年)
開館年 : 1988年4月28日
閉館年 : 2008年8月31日
1980年の映画館名簿には掲載されていない。1990年・1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「水戸テアトル西友1・2」(2館)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「水戸地方法務局」が入る「駿優教育会館」東側の空き地。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

1971年(昭和46年)に西友水戸店が開店し、1988年(昭和63年)に水戸西武店に改称した際に「水戸テアトル西友」が開館。水戸西武店は2000年(平成12年)にリヴィン水戸店に改称しています。2008年(平成20年)8月31日には水戸テアトル西友が閉館し、2009年(平成21年)3月31日にはリヴィン水戸店も閉店しています。リヴィン水戸店の建物は2012年(平成24年)に取り壊されましたが、8年経つ現在も雑草が茂る更地のままです。

 

16. 水戸銀星映画劇場(1951年-営業中)

所在地 : 茨城県水戸市袴塚1-6-16(2020年)
開館年 : 1951年11月
閉館年 : 営業中1953年・1955年の映画館名簿では「銀星映画劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「水戸銀星映画劇場」。1966年・1969年・1973年・1980年の映画館名簿では「水戸銀星劇場」。1967年の住宅地図では「銀星映画劇場 中華・喫茶パール」。1977年の住宅地図では「銀星映画劇場」。1990年・1995年・2000年・2005年・2010年・2020年の映画館名簿では「水戸銀星映画劇場」。成人映画館。最寄駅はJR常磐線赤塚駅

1951年(昭和26年)に吉村修太郎によって開館。港町キネマ通りによると、開館当初は洋画上映館であり「シルバースター劇場」という館名だったとのことですが、1953年(昭和28年)の『映画館名簿』には現在と同じく「銀星映画劇場」として掲載されています。1955年(昭和30年)の『映画館名簿』によると上映作品は大映東映東宝、1966年(昭和41年)の『映画館名簿』によると上映作品は東宝大映東映・日活とのこと。水戸市では1館だけ離れた場所にある立地のためか、邦画各社の作品を数か月遅れで上映する二番館だったようです。

「観客数の減少」以外の映画館の閉館理由としては、「賃貸借契約の満了」や「建物や施設の老朽化」などが挙げられます。建て替えを行ってまで営業を継続する映画館はそれほど多くない中で、水戸銀星映画劇場は木造館から鉄筋コンクリート造の3階建てビルに建て替えています。モザイクタイルの壁画は遠くからでも目を引き、周辺では一種のランドマーク的存在になっているのではないかと思いました。

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(写真)水戸銀星映画劇場。

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(地図)1906年水戸市街地。市街地の北西端に袴塚がある。今昔マップ on the web

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(地図)1960年代の水戸銀星映画劇場周辺。水浜線のこの区間は1944年に休止されているが跡地の道路が残ってる。地理院地図


 

17. TOHOシネマズ水戸内原(2005年-営業中)

所在地 : 茨城県水戸市中原2丁目1 イオンモール水戸内原3階(2020年)
開館年 : 2005年11月9日
閉館年 : 営業中
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2010年・2020年の映画館名簿では「TOHOシネマズ水戸内原1-8」(8館)。最寄駅はJR常磐線内原駅

「TOHOシネマズ水戸内原」は水戸市に2施設あるシネコンの片方であり、水戸駅から2駅西の内原駅に近いイオンモール水戸内原に入っています。郊外型シネコンとも駅前型シネコンともいえる立地。水戸市最大のショッピングセンターであり、水戸市西部や笠間市などから、自動車・鉄道それぞれで交通手段の観客を集めていると思われます。座席数は8スクリーン計1596席、8スクリーン計1,467席のユナイテッド・シネマ水戸とそれほど変わりません。

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(写真)TOHOシネマズ水戸内原が入るイオンモール水戸内原Wikipedia - TC 411-507 - CC BY-SA 3.0

 

18. ユナイテッド・シネマ水戸(2006年-営業中)

所在地 : 茨城県水戸市宮町1-7-44 COMBOX310内(2020年)
開館年 : 2006年4月26日
閉館年 : 営業中
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2010年の映画館名簿では「シネプレックス水戸」(8館)。2020年の映画館名簿では「ユナイテッド・シネマ水戸」(8館)。最寄駅はJR常磐線水郡線鹿島臨海鉄道大洗鹿島線水戸駅

ユナイテッド・シネマ水戸」は水戸市に2施設あるシネコンの片方であり、水戸駅南口の複合商業施設「COMBOX310」に入っています。TOHOシネマズ水戸内原の開館の半年後、2006年(平成18年)4月に「シネプレックス水戸」として開館し、2017年(平成29年)8月に「ユナイテッド・シネマ水戸」に改称しています。シネプレックスつくばに次いで茨城県2番目、全国では8番目と後発のシネプレックスのようです。

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(写真)ユナイテッド・シネマ水戸が入るCOMBOX310。

 

参考

70年代のぴあに載っていた水戸の映画館の現在」水戸時層学会

水戸の映画館跡地を巡る」izumi_ginna(Togetter)

 

水戸市にあった映画館について調べたことは「茨城県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(関東版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki


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