この種の物としては、まことに世界一の本じゃ。よいかね、この物語では、騎士というものが飯をちゃんとくうし、眠るにも死ぬにも床へはいるし、臨終には遺言をしたためるし、どんな騎士物語にも書いてないいろいろの事をするのじゃ。
マルトゥレイ、セルバンテス、ディケンズ、バルザック、トルストイ、コンラッド、トーマス・マン、彼らは小説において物量と野望が文学的巧緻と語りの戦略と同様に大事であることを教えてくれました。
昨秋から今春にかけて、いくつかの図書館の新着図書コーナーでジュアノット・マルトゥレイ『ティラン・ロ・ブラン』(岩波文庫)をみかけました。カタルーニャ語学者の田澤耕が2007年に刊行した単行本を基に、2016年10月から1か月に1巻ずつ文庫化。2017年1月の第4巻で完結しました。セルバンテスはドン・キホーテの口を借りて『ティラン・ロ・ブラン』を絶賛。バルセロナ在住経験のあるマリオ・バルガス=リョサは、2010年のノーベル文学賞受賞演説でマルトゥレイの名前を挙げています。
マルトゥレイは15世紀カタルーニャの騎士道小説作家。地中海の覇権を握っていたこともあるカタルーニャ君主国において、15世紀は「カタルーニャ語文学の黄金時代」であり、「スペイン文学の黄金時代」(16-17世紀)より一足早く文学が花開いています。詳しくはカタルーニャ語文学 - Wikipediaにて。
アナ・マリア・マトゥテやフアン・ゴイティソーロはカタルーニャ出身だし、ガルシア=マルケスやバルガス=リョサはバルセロナで暮らしていたことがある。一方、カタルーニャ語の現代作家で邦訳されている作家は少ない。私の乏しい知識の中では、都会的で洗練されているキム・ムンゾーは日本人好みだと思われます。村上春樹的。そういえば村上氏は「バルセロナのサイン会で女性読者がキスを迫って来るので大変だった」と語っており、日本人とカタルーニャ人の感性は似通っているのかもしれません。
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さて、3月前半にはWikipedia:Catalan culture challenge - Wikipedia(カタラン・カルチャー・チャレンジ)というオンラインの執筆コンテストに参加しました。ウィキメディア財団カタルーニャ支部が主催し、全言語版の執筆者が参加可能。あらかじめ指定された10人の人物記事(現代カタルーニャの学者)を自言語版に翻訳するコンテストです。私はジュアン・ウロー - Wikipediaなどを作成してポイントを得ています。2016年大会では22人中3位となったこのコンテスト、今回も7人中3位となって入賞することができました。
前回は副賞として「Wikipedia15周年記念Tシャツ」をもらいました。今回の副賞は「1 novel (in English language) from a Catalan speaking author」。何が届くのか楽しみにしていたら、ジュアン・サレスという作家の『Uncertainly Glory』というペーパーバックが送られてきました。オリジナルは1956年にカタルーニャ語で書かれた本であり、送られてきたのはイギリス人翻訳家のピーター・ブッシュによって2014年に英訳された版です。
この著者のことは全く知りませんが、ウィキペディアには8言語版に単独記事がありました。1912年生まれで1983年死去。共産主義的思想を持ち、共和国派としてスペイン内戦に従軍、内戦後はフランスに亡命し、1948年に帰国すると現代カタルーニャ語文学で重要な位置を占める作家になったようです。1955年にはこの『Uncertain Glory』でサン・ジョルディ文学賞を受賞。ただし、1955年当時のこの文学賞はジュアノット・マルトゥレイ賞という名前でした。
カタルーニャから(正確にはアメリカから)送ってくれたのはうれしいのだけど、写真も図もない460ページもの英語小説を読むだけの英語力と根気がありません。この本どうしよう。
(おわり)