振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

北茨城市立図書館を訪れる

(写真)北茨城市立図書館。

2023年(令和5年)7月、茨城県北茨城市磯原町を訪れました。かつて北茨城市磯原町には映画館「磯原東映」「磯原劇場」がありました。

 

1. 北茨城市立図書館を訪れる

北茨城市茨城県の最北端にある人口約4万人の自治体。水戸市から北に約50km、日立市から北に約25kmの場所に位置しています。こじんまりとした磯原市街地の南端部、大北川に面した場所に北茨城市立図書館があります。

(写真)北茨城市立図書館。

 

北茨城市立図書館は2016年(平成28年)に開館した図書館です。設計は岡田新一設計+柴建築設計事務所共同事業体。岡田新一は多数の図書館建築を手掛けている建築家であり、公式サイトの一覧によると31の図書館を設計しているようです。

 

岡田新一による図書館建築

苫小牧市立中央図書館(北海道)、幕別町立図書館(北海道)、八雲町立図書館(北海道)、黒松内町ふれあいの森情報館(北海道)、八戸市立図書館(青森県)、気仙沼図書館(宮城県)、郡山市立図書館(福島県)、最高裁判所図書館(東京都)、あきる野市東部図書館エル(東京都)、あきる野市中央図書館(東京都)、藤沢市総合市民図書館(神奈川県)、小田原市立かもめ図書館(神奈川県)、我孫子市立図書館アビスタ(千葉県)、八千代市立中央図書館(千葉県)、所沢市立図書館(埼玉県)、秩父市立図書館(埼玉県)、取手市立ふじしろ図書館(茨城県)、藤代町立図書館(茨城県)、筑波大学附属中央図書館(茨城県)、群馬県立図書館(群馬県)、新潟市立中央図書館(新潟県)、金沢市立泉野図書館(石川県)、吉田町立図書館(静岡県)、岐阜県図書館(岐阜県)、日進市立図書館(愛知県)、和歌山市民図書館(和歌山県)、倉敷市立児島図書館 ※旧館(岡山県)、徳島県立図書館徳島県)など。

(左)北茨城市立図書館の入口。(右)撮影許可証。

 

1.1 図書館の歴史

なお、図書館駐車場の東端部の場所には北茨城市立図書館の旧館がありました。1976年(昭和51年)12月に竣工した3階建ての北茨城市開発公社事務所を転用し、1989年(平成元年)に北茨城市立図書館が開館。建物の老朽化の進行に加えて、利用者の動線の問題や閉架書庫不足などもあって新館の建設が構想されたようです。

2012年度(平成24年度)に基本構想を策定し、2013年度(平成25年度)に基本設計と実施設計を完了させると、2014年度(平成26年度)に建物の本体工事を、2015年度(平成27年度)に休館の解体工事を行い、2016年(平成28年)6月1日に新館が開館しています。

太平洋岸にある北茨城市では2011年(平成23年)の東日本大震災で5人の死者が出ており、市民からは図書館に "避難ビル的な役割" を持たせる意見も出たようです。北茨城市立図書館は基本的には2階建ての建物ですが、屋上部分(3階部分)は広いスペースが確保されており、一時避難場所に指定されています。

(写真)2013年の北茨城市立図書館(旧館)。Googleストリートビュー

 

1.2 児童書フロア(1階)

カウンターで撮影許可証を受け取ります。北茨城市立図書館の延床面積は2510m2であり、主に1階が児童書フロアとカフェ、主に2階が一般書フロアです。自治体人口を考えると延床面積は広いと思われ、図書館がある磯原市街地の規模を考えると多くの利用者がいると感じました。

詩人の野口雨情は多賀郡磯原村(現・北茨城市磯原町)出身であり、北茨城市歴史民俗資料館には野口雨情記念館が併設されているようです。建物入口やおはなしの部屋は印象的な球形ですが、野口雨情が作詞した童謡「シャボン玉」(♪しゃぼん玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた♪)に因んでいるとのこと。シャボン玉よりはタマゴに見えるけど。

(写真)おはなしのへや。

 

什器はキハラ社製。1階の児童書フロアと2階の一般書フロアで書架から受けるイメージが大きく異なります。児童書フロアは温かみのある木製書架であり、従来の図書館のイメージに近い。一方で一般書フロアはスチール製の本体と木製の底板を組み合わせた書架であり、半透明の側板の効果もあって涼しげです。

(右)「図書館からのおすすめ本」。(右)雑誌コーナー&カフェ。

 

1階の雑誌コーナーとカフェの境界は曖昧であり、飲み物を飲みながら雑誌をめくれる雰囲気があります。カフェはホットドッグ110円、パスタ570円、アイスコーヒー170円などであり、子どもや年配者が利用しやすい安価に設定されています。

(写真)カフェのメニュー。

 

1.3 一般書フロア(2階)

本の森」のように書架が複雑に配置されている児童書フロアとは異なり、一般書フロアは書架が整然と並べられており、開架だけでかなりの冊数がありそうです。半透明の側板が海沿いの町を意識させ、夏季にはフロア全体の印象がとても軽やかです。

(写真)一般書の書架。

(写真)テーマ展示「あなたの推しは何ですか?」。

 

図書館の建物は大北川と平行方向に長く、大北川に面する南東側は大きな窓になっています。閲覧席からは大北川を見下ろすことができますが、野鳥に配慮した自然に近い河川敷として整備されているので、図書館利用者の目にも優しい。

(左)新聞コーナー。(右)大北川が見える閲覧席。

 

6段の書架は上から3段目が面展示用の段になっています。書架の奥を見通すことができるほか、この段だけへこんでいることからも、圧迫感の軽減に役立っていると感じました。

(写真)中央の列が面展示となっている一般書の書架。

(左)「236 スペイン」。開架には9冊。(右)金属製見出し板。

 

1.3 郷土資料

郷土資料では全号が開架に並べられたタウン誌『月刊びばじょいふる』(創刊時は『ジョイフル』)が気になりました。北茨城市を中心とする県北地域の情報を発信しており、1979年(昭和54年)7月から2019年(令和元年)12月まで41年間で計450号が発行されています。

(写真)郷土資料の書架。

(写真)北茨城市の郷土雑誌『月刊びばじょいふる』。

 

北茨城市立図書館の公式サイトには、2024年(令和6年)3月にリリース予定の「北茨城市デジタルアーカイブ」の案内があります。図書館カウンターで古写真の提供を受け付けているとのことで、一般書フロアの入口にもデジタルアーカイブに関する展示がありました。募集要項を読む限りではクリエイティブ・コモンズ・ライセンス "に近い" ライセンスで公開するようです。

(写真)北茨城市デジタルアーカイブの公開に向けた写真提供のお願い。

(左)北茨城市に関する新聞記事スクラップブック。(右)北茨城市関連新聞記事の展示。

 

2. 北茨城市磯原町の映画館

各年版の映画館名簿には北茨城市磯原町の映画館として磯原劇場と磯原東映の2館が掲載されています。映画館名簿だけでは2館の関係や正確な所在地が判然としませんが、2015年(平成27年)5月30日の『茨城新聞』には「わがまち今昔物語(30)磯原劇場・東映北茨城市)」という記事が掲載されており、2館が同一経営者であったこと、それぞれ独立した建物だったことなどがわかります。

(写真)北茨城市磯原町に2館が掲載されている『映画便覧 1963』時事通信社、1963年。

 

1961年(昭和36年)の航空写真には磯原劇場と磯原東映の建物がはっきり写っており、通りに対して斜めに建っていたことが分かります。磯原劇場跡地の北茨城市商工会館は通りに対して並行ですが、磯原東映跡地にはレオパレス杏が通りに対して斜めに建っており、映画館時代の名残りだと思われます。

(写真)1961年の航空写真における北茨城市磯原町の映画館。地図・空中写真閲覧サービス

 

2.1 磯原劇場(1943年-1967年頃)

所在地 : 茨城県北茨城市磯原町714(1967年)
開館年 : 1943年
閉館年 : 1967年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1943年開館。1943年の映画館名簿には掲載されていない。1947年・1950年・1953年・1955年の映画館名簿では「磯原劇場」。1955年の映画館名簿では「テアトル磯原」。1960年・1963年・1964年・1965年・1966年・1967年の映画館名簿では「磯原劇場」。1968年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「北茨城市商工会館」。最寄駅はJR常磐線磯原駅

『全国映画館総覧 1955』によると磯原劇場の開館年は1943年(昭和18年)とのことであり、同年の映画館名簿に磯原劇場は掲載されていませんが、1942年(昭和17年)の映画館名簿には既に磯原劇場が掲載されています。

1942年(昭和17年)の映画館名簿によると磯原劇場の館主は宇野弁蔵であり、支配人は宇野もととなっています。宇野弁蔵は多賀郡豊浦町の開盛座、多賀郡大津街の大津座でも館主を務めているほか、多賀郡磯原町の重内倶楽部、多賀郡高萩町の秋山倶楽部では興行主という肩書となっています。

(写真)1955年頃の磯原劇場。『目で見る 日立・高萩・北茨城の100年』郷土出版社、1998年。

(写真)磯原劇場跡地にある北茨城市商工会館

 

2.2 磯原東映(1959年頃-1970年代初頭)

所在地 : 茨城県北茨城市磯原町310-4(1970年)
開館年 : 1959年頃
閉館年 : 1970年以後1973年以前
1958年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「磯原東映映画劇場」。1963年の映画館名簿では「磯原東映」。1964年の映画館名簿では「磯原東映劇場」。1965年の映画館名簿では「磯原東映」。1966年・1967年の映画館名簿には掲載されていない。1968年の映画館名簿では「磯原東映」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。1970年の映画館名簿では「磯原東映」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はアパート「レオパレス杏」とその南の駐車場。最寄駅はJR常磐線磯原駅

(写真)磯原東映跡地にあるレオパレス杏と駐車場。

 

北茨城市の映画館について調べたことは「茨城県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(茨城県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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