振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

氷上町成松の映画館

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(写真)ヱビスシネマ。の看板。

2021年(令和3年)10月、丹波市氷上町成松を訪れました。かつて成松には映画館「成松劇場」と「戎シネマ」がありました。2021年7月30日には「ヱビスシネマ。」(エビスシネマ)が開館し、約53年ぶりに映画館が復活しています。

 

1. 成松を訪れる

丹波市は2004年(平成16年)に氷上郡の6町が合併して発足した自治体。6町で最大の人口を有していたのが氷上町であり、その中心地区である成松には丹波市役所が置かれています。丹波市役所から見ると甲賀山の反対側が成松の旧市街地であり、南北にメインストリートが伸びています。

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(写真)成松のメインストリート。右奥は甲賀山。

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(写真)成松のメインストリート。右奥は甲賀山。

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(写真)上町商店街の北端から西すぐにある食堂 志乃さ起。

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(写真)新田商店街の街路灯。

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(写真)1964年の航空写真における成松の映画館。地図・空中写真閲覧サービス

 

 

2. 成松の映画館

各年版の映画館名簿によると、1960年代以前の成松には映画館「成松劇場」と「戎シネマ」がありました。2021年(令和3年)7月30日には「ヱビスシネマ。」(エビスシネマ)が開館しており、約53年ぶりに映画館が復活しました。2022年(令和4年)版の映画館名簿には掲載されると思われます。

 

『映画年鑑 昭和18年』日本映画協会、1943年 ※「▼」は休館中の印

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『全国映画館総覧 1955』時事通信社、1955年

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『映画便覧 1967年版』時事通信社、1966年

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(写真)成松の映画館跡地。Google My Maps

 

2.1 戎シネマ(1948年-1961年頃)

所在地 : 兵庫県氷上郡氷上町成松(1961年)
開館年 : 1948年
閉館年 : 1961年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1948年開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1960年・1961年の映画館名簿では「戎シネマ」。1962年・1963年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「エビスシネマ」南東40mにある建物。最寄駅はJR福知山線石生駅

1961年の映画館名簿では経営者が小南松太郎、支配人が前田慶一、木造2階、定員500、邦画・洋画を上映。成松のメインストリートの東側、裏通りに相当する宮前商店街にありました。宮前商店街の北端には中井権次 - Wikipediaによる彫り物がある大護神社があり、社殿は丹波市指定文化財となっています。

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(写真)戎シネマ跡地にある建物。

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(写真)戎シネマ跡地にある建物と宮前商店街。

 

2.2 成松劇場(1913年-1968年頃)

所在地 : 兵庫県氷上郡氷上町(1968年)
開館年 : 1913年
閉館年 : 1968年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1913年開館。1930年・1936年の映画館名簿には掲載されていない。1943年の映画館名簿では「成松劇場」。1947年・1949年・1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年の映画館名簿では「成松映画劇場」。1955年の映画館名簿では「成松映劇」。1958年・1960年の映画館名簿では「成松映画劇場」。1963年・1966年・1967年・1968年の映画館名簿では「成松劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「だいまん」とその北側の道路とその北側の「だいまん駐車場」。最寄駅はJR福知山線石生駅

1968年の映画館名簿によると、成松劇場の経営者は池田四郎、支配人は前田慶一。木造2階、定員400。

経営者の池田四郎は兵庫県北部と鳥取県鳥取市で多数の映画館を経営していた興行主であり、成松劇場はその旗艦館だったと思われます。映画が1960年代後半に急速に斜陽産業化した結果、1969年版を最後に池田氏の名前は登場せず、1970年版では池田氏が経営していた映画館の他の人物の経営となっています。

なお、兵庫県北部で複数の映画館を経営していた人物には、京都府竹野郡丹後町を拠点としていた東史郎 - Wikipediaなどもいます。

 

池田四郎が経営していた映画館

兵庫県・・・江原池田映画劇場(日高町)、香住大黒座(香住町)、和田映画劇場(山南町)、佐治劇場(青垣町)、山東ヤナセ映劇(山東町)、出石映画劇場(出石町)、浜坂映劇(浜坂町)、温泉座(温泉町)、竹野会館(竹野町

鳥取県・・・大盛映劇(鳥取市)、立川映劇(鳥取市

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(写真)成松劇場。右下の巨大な屋根は行雲寺。

 

跡地の南側には呉服店であるだいまん丹波田舎や)の建物が建ち、跡地の北側は道路とだいまんの駐車場となっています。だいまんの実店舗は閉店していますが、在庫商品のネット通販は続けられており、実店舗の一部は経営者夫妻の写真・絵画展示ギャラリーとなっています。このギャラリーの一部には成松劇場の写真が飾られていました。

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(写真)だいまん。

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(写真)だいまんに飾られていた成松劇場の写真。

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(写真)だいまんの公式サイト。

 

2.3 ヱビスシネマ。(2021年7月30日-)

所在地 : 兵庫県丹波市氷上町成松263-3
開館年 : 2021年7月30日
閉館年 : 営業中
運営会社は株式会社コドルニス。運営会社の代表者と映画館の支配人は映画監督の近兼拓史。

2009年(平成21年)には成松に山口組暴力団が進出しますが、住民運動の末に2014年(平成26年)に追い出しに成功し、暴力団事務所の建物は暫定的に公民館となりました。

跡地の活用を模索した結果、丹波市を舞台とする映画を製作したことがある映画監督の近兼拓史が建物を取得。丹波布を用いた50席の木製座席などを設置し、2021年(令和3年)7月30日に「ヱビスシネマ。」(エビスシネマ)が開館しました。名称は東側の裏手にあった戎シネマに由来しています。近兼監督によると音響面も売りのようです。

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(写真)ヱビスシネマ。の建物。

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(写真)ヱビスシネマ。のホール入口。

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(写真)ヱビスシネマ。のホール。

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(写真)丹波布を用いたヱビスシネマ。の座席。

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(写真)ヱビスシネマ。のスピーカー。

 

成松の映画館について調べたことは「兵庫県の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(兵庫県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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