振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

中京競馬場前の映画館

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(写真)中京競馬場駅前商店街とアーチ。 奥は名鉄名古屋本線中京競馬場前駅。

2020年(令和2年)4月、愛知県名古屋市緑区名鉄名古屋本線中京競馬場前駅を訪れました。かつて中京競馬場前駅前には映画館「BS劇場」がありました。

 

 

1. 中京競馬場前を訪れる

名古屋市緑区の東側は丘陵地帯を開発してできた住宅地です。1953年(昭和28年)に中京競馬場が開場すると、同年には名鉄名古屋本線中京競馬場前駅も開業し、駅前は緑区東部の他地域に先駆けて住宅地が開発されたようです。駅前には長さ100mの「中京競馬場駅前商店街」があります。なお、中京競馬場自体は名古屋市緑区に隣接する豊明市にあります。

地名としては名古屋市緑区大将ケ根(たいしょうがね)ですが、大将ケ根は商店や会社などの少ない静かな住宅地であり、ひとつのまちと呼べるほどの規模ではないため、本ブログのタイトルには知名度の高い駅名を採用して「『中京競馬場前』を訪れる」としました。

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(地図)名古屋市周辺における中京競馬場前の位置。©OpenStreetMap contributors

 

 

2. 中京競馬場前を歩く

商店街東側の50mは、片側のみ片持ち式アーケードが設置されており、1964年(昭和39年)に開店した喫茶店エリカなどがあります。商店街西側はアーケードではありませんが、同時期に建てられたと思われる色鮮やかな小規模店舗が目立ちます。赤色に塗られた辻岡時計店で話を聞くと、この店は1970年(昭和45年)に開店したとのことで、2020年(令和2年)でちょうど半世紀を迎えたようです。

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(左)商店街の西側。赤色は辻岡時計店、黄色はたこ焼き店 かなちゃん、黒色は古書店 安藤書店。(右)現存最古の店舗の可能性がある喫茶店エリカ。

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(左)商店街の東側。奥がアーチ。(右)1970年の商店街。『豊明・日進・長久手・東郷の昭和』樹林舎、2020年。

 

上の写真ではわかりにくいものの、赤色の辻岡時計店と白色の空き店舗の間には幅3mの路地が通っており、この路地の両側には居酒屋ばっかす、パブ キャンドル、焼肉じゅうじゅうがありました。パブは廃業していると思われますが、居酒屋と焼肉店は現在も営業しているようです。この路地は中京競馬場前駅から映画館「BS劇場」に向かって延びており、映画の観客はこの路地を行き来したと思われます。

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 (写真)BS劇場入口の正面にあった路地。右は辻岡時計店。

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(写真)BS劇場入口の正面にあった路地。(左)路地の左側。居酒屋 ばっかす。(右)路地の右側。パブ キャンドルと焼肉じゅうじゅう。

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(写真)BS劇場入口の正面にあった路地。正面奥は中京競馬場前駅の駅舎。

 

 

3. 中京競馬場前の映画館

3.1 BS劇場(1960年代初頭-1960年代後半)

所在地 : 愛知県愛知郡鳴海町大将ヶ根(1963年)、愛知県名古屋市緑区鳴海町大将ヶ根13(1966年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1964年?、1966年?
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1961年の全商工住宅案内図帳では「BS映劇」。1963年・1965年の全商工住宅案内図帳では「BS映劇」であり「BSアパート」が併設されている。1963年には愛知郡鳴海町が名古屋市編入された。1963年の映画館名簿では「BS劇場」。1966年の映画館名簿では「鳴海BS劇場」。1967年・1969年の映画館名簿には掲載されていない。1967年の住宅協会デラックス住宅地図では跡地に「中京アパート」。1969年・1971年の全商工住宅案内図帳では跡地に「中京アパート」。跡地は「辻岡時計店」の30m北にあるマンション「CASA CARICO」。最寄駅は名鉄名古屋本線中京競馬場前駅。

中京競馬場前駅から映画館に向かって延びていた路地の先にあるのは、2008年(平成20年)竣工のマンション CASA CARICOです。かつてこの場所にBS劇場があり、少なくとも昭和末期までは映画館時代の建物が残っていました。CASA CARICOの建物の一部は道路にかぶさるような形状をしていますが、この道路は通勤者などの通行が許可された私道のようです。

辻岡時計店の2人の店主(いずれも60代?)に話を聞きました。辻岡時計店が開店した1970年(昭和45年)時点で、BS劇場はすでに映画館としては営業しておらず、建物は内部を区切ったアパートのようだったとのことです。正確な閉館年はわかりませんが、『映画館名簿』では1967年(昭和42年)版から掲載されなくなります。1960年代末から1970年代初頭の住宅地図には、この場所に「中京アパート」が描かれています。なお、この地域が名古屋市編入されたのは1963年(昭和38年)のことであり、1963年以前のBS劇場の住所は愛知郡鳴海町でした。

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(写真)BS劇場跡地にあるマンション CASA CARICO。

 

『映画館名簿』によるとBS劇場が開館したのは1960年代初頭であり、1966年(昭和41年)頃にはすでに閉館しています。商店街東側の喫茶エリカのシャッターには「CAFE ERIKA SINCE 1964」の文字が。1964年(昭和39年)という開館時期は現存する店舗では最古でしょうか。商店街西側の辻岡時計店の開店は1970年(昭和45年)であり、エリカや辻岡時計店が開店して駅前商店街が形成される頃には、BS劇場の営業は終了しているのです。下に掲載した1960年代の航空写真を見るとわかるように、1960年代のこの地域は開発の初期であり、簡単に数えられるほどしか建物が存在していません。1953年(昭和28年)に開場した中京競馬場に関係しているのかもしれませんが、なぜこの地に映画館があったのかわかりません。

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(写真)2007年のBS劇場跡地。CASA CARICOが建つ直前。国土地理院 地理院地図

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(写真)1960年代のBS劇場。駅前商店街は形成途中。国土地理院 地理院地図

 

愛知県図書館で再び住宅地図を確認したところ、1963年(昭和38年)の住宅地図には「BS映劇」がBSアパートとともに掲載されていました。 

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(地図)『名古屋市新住宅宝典 昭和38年』1963年。中央上にBS映劇。左下が中京競馬場前駅。愛知県図書館所蔵。

 

2021年(令和3年)10月に刊行された『緑区史跡巡り』(中日出版、2021年)には、字大将ヶ根の項に「BS映画劇場」が掲載されています。

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(写真)BS映画劇場に言及している榊原邦彦緑区史跡巡り』中日出版、2021年。

 

中京競馬場前の映画館について調べたことは「名古屋市南東部地方の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめており、跡地については「消えた映画館の記憶地図」にマッピングしています。