振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

福知山市の映画館

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(写真)福知山駅と市民交流プラザふくちやま。2018年11月。

 

2020年(令和2年)3月、京都府北部の福知山市を訪れました。

現在は福知山市唯一の映画館として「福知山シネマ」があります。かつて福知山市には映画館「福知山外映劇場」「福知山松竹座」「福知山駅東映」「福知山東宝劇場・福知山スカラ座」の4施設(5館)の映画館がありました。

 

1. 福知山市を訪れる

福知山市京都府北部に位置する市。近世には福知山城の城下町となり、近代には京都市伏見市に次いで京都府で3番目に市制施行した自治体です。福知山城は明智光秀が縄張を築いた城であり、2020年のNHK大河ドラマ麒麟がくる」に合わせて、期間限定で福知山光秀ミュージアムが開館しています。

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(地図)京都府における福知山市の位置。©OpenStreetMap contributors

 

 

2. 福知山市を歩く

2.1 新町商店街

現在の福知山市唯一のアーケード商店街として新町商店街があります。北端は広小路通り、南端はお城通り付近。全長470mのアーケード商店街であり、南端部の一部分は内記新町商店街と呼ばれているようです。建物や看板が残っている商店は多く、跡地が駐車場や洋風住宅になる歯抜け商店街とは言えないものの、シャッターを閉めた商店が目立ちました。

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(写真)新町商店街の看板。(左)南端部の内記新町商店街。(右)新町商店街。

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(写真)新町商店街のアーケード。

 

新町商店街の中央部には、紳士服店「愛友堂」の空き店舗を利用した厨房付きレンタルスペース「アーキテンポ」がありました。2019年(令和元年)6月からレンタルスペースとして運用されており、日替わりで食堂・エスニック料理店・ラーメン店・洋菓子店・カフェバーが運営されています。この日は農家の夫婦による「ミヤサイ食堂」が営業していました。

新町商店街の南部には、やはり空き店舗を利用した福知山公立大学まちかどキャンパス吹風舎(ふくちしゃ)があります。福知山公立大学のメインキャンパスは郊外の丘陵地にあり、吹風舎は課外活動の拠点になっているようです。この大学は2000年(平成12年)に学校法人成美学園による成美大学として開学し、2016年(平成28年)に福知山市が設置者となって福知山公立大学に移行した大学です。舞鶴市宮津市豊岡市なども含めた北近畿唯一の4年制大学であり、高校卒業後も若者を北近畿につなぎ留めておくためにも、公立化の意義は大きいと思われます。

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(写真)新町商店街にあるリノベ物件。(左)レンタルスペースのアーキテンポ。(右)福知山公立大学まちかどキャンパス吹風舎。

 

2.2 広小路商店街

福知山市中心市街地には広小路商店街(広小路通り)があります。広小路通りの幅員は23m。江戸時代初期に市街地が全焼する大火が相次いだことから、福知山藩は元禄12年(1699年)に火除地として広小路を造成し、近世には茶店や旅館が並ぶ繁華街に、近代には貸座敷や芝居小屋が増えて歓楽街にもなったようです。戦後には福知山市に4施設あった映画館のうち3施設が広小路にありました。2012年(平成24年)から2019年(令和元年)にはアーケード撤去と電線地中化の工事が行われ、いっそう広々とした印象になりました。

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(写真)広小路商店街。正面は御霊神社と御霊公園。

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(写真)広小路商店街。左写真のビルが福知山市商工会館、右写真の三角屋根が福知山シネマ。

 

2.3 御霊神社周辺

広小路商店街の西側、御霊神社と御霊公園周辺では広小路通りがクランク状になっています。御霊神社の創建はそれほど古くなく宝永2年(1705年)とのこと。明智光秀を祭神として祀っているため、NHK大河ドラマ麒麟がくる」の影響で今年は参拝者が多いかもしれません。境内には1953年(昭和28年)の台風13号由良川が氾濫した際の水位を示す看板が立っているほか、堤防をご神体とする全国唯一の神社である堤防神社もありました。

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(写真)御霊神社がある御霊公園。

 

御霊神社の南側には中ノ町飲食街があり、約100mの道路沿いにスナックなどが多数あるほか、料理旅館「三到」や「京屋旅館」といった旅館もありました。中ノ町飲食街の途中からは東側に浮世小路という路地が分岐しています。

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(写真)中ノ町飲食街。

 

2.4 福知山駅

北近畿でショッピングセンターやスーパーマーケットを多数展開する企業としてさとうがあります。1971年にはさとうの旗艦店として福知山駅前店が開店。その巨大さと古びた外観には存在感がありますが、2019年11月14日に閉店しています。

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(写真)閉店したさとう福知山駅前店。

 

 

3. 福知山市立図書館本館

1995年(平成7年)から2016年(平成28年)まで、福知山市は約20年をかけて福知山駅の高架化にともなう土地区画整理事業を行いました。北口と南口に広大な駅前広場が作られ、2014年(平成26年)6月21日には福知山駅前に市民交流プラザふくちやまが開館しました。核となる施設は福知山市立図書館本館であり、1972年(昭和47年)開館の福知山市民会館から移転しています。

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(写真)図書館が入る市民交流プラザふくちやま。2014年開館。

 

福知山市立図書館本館の書架や椅子は白色、カーペットは緑色で統一され、サインなどの赤色がアクセントになっています。従来の図書館のイメージを覆す配色であり、全面がガラス張りのファサードも含めて気分が高揚する施設です。

郷土資料コーナーの前には開館時から鍵付きの貴重資料書架があります。この貴重資料書架にはほとんど資料が収められておらず、数年にわたって無意味な書架と化していましたが、2019年(令和元年)後半には福知山城にあった明智光秀関連資料が図書館に移管されたことで、「明智光秀コレクション」の書架となりました。鍵がかかっているのは相変わらずであり、利用者が自由に手に取って見ることはできません。見せ方の下手さが歯がゆい。

市民交流プラザふくちやまや福知山駅にはフリーWi-Fiが設置されていません。この種の駅前型複合施設には必須の設備だと思われますが、設置の要望は多くないのでしょうか。

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(左)福知山市立図書館本館の館内。(右)新着図書。

 

 

4. 福知山市の映画館

現在は福知山市唯一の映画館として「福知山シネマ」があります。かつて福知山市の広小路には映画館「福知山外映劇場」「福知山松竹座」「福知山東宝劇場・福知山スカラ座」が、福知山駅前には映画館「福知山駅東映」がありました。

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(写真)現在の航空写真における福知山市の映画館の位置。国土地理院 地理院地図

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(写真)1970年代の航空写真における広小路周辺の映画館の位置。国土地理院 地理院地図

 

4.1 福知山外映劇場(1938年-1960年代中頃)

所在地 : 京都府福知山市東中之町37(1963年)
開館年 : 1938年
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1953年の映画館名簿では「福知山第二日活館」。1955年の映画館名簿では「福知山第二日活」。1960年・1963年の映画館名簿では「福知山外映劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。1979年・1983年のゼンリン住宅地図では跡地に「有料広小路モータープール」。現在の跡地は「広小路パーキング」。

1903年明治36年)9月1日にはこの場所に劇場「福知座」が落成し、1918年(大正7年)に広小路が西側に拡張された際に建て替えられました。1932年(昭和7年)に焼失したものの、1938年(昭和13年)頃には跡地に映画館「松竹座」(初代)が建てられ、『愛染かつら』などを上映して大ヒットを記録しています。戦後には「福知山第二日活」や「福知山外映」などに改称しましたが、1960年代中頃に閉館しました。広小路の西端、御霊神社前の公園のすぐ東側にあり、現在の跡地は「広小路パーキング」です。

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(写真)「福知山外映劇場」跡地の広小路パーキング。(左)右は御霊神社前の公園。

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(左)劇場「福知座」。『目でみるふくちやまの100年』より。パブリック・ドメイン。(右)映画館「初代松竹座」。『目で見る福知山・綾部の100年』より。パブリック・ドメイン

 

4.2 福知山松竹座(1947年-1973年)

所在地 : 京都府福知山市東中の27(1973年)
開館年 : 1947年
閉館年 : 1973年
1950年の映画館名簿では「福知山松竹座」。1953年・1955年の映画館名簿では「松竹座」。1960年・1963年・1966年・1969年・1973年の映画館名簿では「福知山松竹座」。1966年の関西図書出版社福知山市住宅地図では「松竹座」。1977年・1980年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「福知山商工会議所」。

前身は戦前にあった劇場「福知山劇場」。後に映画館「松竹座」に改称され、松竹作品などを上映しました。1973年(昭和48年)に閉館し、1970年代半ばには跡地に4階建ての福知山市商工会館が竣工しました。現在も跡地には4階建ての福知山市商工会館が建っています。広小路を挟んで向かいには福知山東宝劇場がありました。

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(写真)「福知山松竹座跡地」にある福知山市商工会館

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(左)映画館「2代目松竹座」。『目でみるふくちやまの100年』。パブリック・ドメイン

 

4.3 福知山駅東映(1950年代後半-1982年頃)

所在地 : 京都府福知山市布下川田21(1980年)
開館年 : 1955年以後1960年以前
閉館年 : 1982年頃
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年の映画館名簿では「福知山駅東映」。1963年・1966年の映画館名簿では「福知山駅東映劇場」。1966年の関西図書出版社福知山市住宅地図では「駅前東映」。1969年の映画館名簿では「福知山駅東映劇場」。1973年・1980年の映画館名簿では「福知山駅東映」。1979年のゼンリン住宅地図では「駅前東映」。1983年のゼンリン住宅地図では跡地に「駅前新明和ビル」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。現在の跡地は「駅前新明和ビル」。

福知山市にあった4館の中で唯一、国鉄福知山駅前にあった映画館です。けやき通り(駅前通り)の「駅前」交差点すぐ北にありました。跡地には駅前新明和ビルが建っており、1階には喫茶店のフランズが、2階には広告会社のオフィス102が入居しています。

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(写真)福知山駅東映跡地にある駅前新明和ビルとけやき通り。

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(左)左側の4階建てビルが福知山駅東映跡地にある駅前新明和ビル(右)けやき通り。

 

4.4 福知山東宝劇場・福知山スカラ座(1953年-2006年)

所在地 : 京都府福知山市東中ノ28(2005年)
開館年 : 1953年(福知山東宝劇場)、1986年(福知山スカラ座
閉館年 : 2006年2月
1950年の映画館名簿では「福知山日活館」。1953年の映画館名簿では「福知山第一日活館」。1955年の映画館名簿では「福知山第一日活」。1960年・1963年・1966年の映画館名簿では「福知山第一映画」。1966年の関西図書出版社福知山市住宅地図では「福知山第一映画」。1969年の映画館名簿では「福知山第一映画劇場」。1979年のゼンリン住宅地図では「福知山第一映画劇場」。1980年の映画館名簿では「福知山東宝第一映画劇場」。1983年のゼンリン住宅地図では「福知山東宝第一映画劇場」。1985年・1990年・1995年・2000年・2005年の映画館名簿では「福知山東宝劇場・福知山スカラ座」(2スクリーン)。2010年の映画館名簿には掲載されていない。

福知山東宝劇場・福知山スカラ座は広小路の中央部北側にありました。港町キネマ通りの映画館紹介によると、福知山東宝劇場の開館は1953年、福知山スカラ座の開館は1986年です。1983年の住宅地図では「福知山東宝第一映画劇場」なのが1985年のゼンリン住宅地図では「福知山第一ビル 2階福知山スカラ座東宝劇場」となっていることから、1983年以後1985年以前に建て替えを行ったと思われ、福知山スカラ座の開館は1986年ではなく1983年以後1985年以前だと思われます。

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(写真)「福知山東宝劇場・福知山スカラ座」跡地にある「福知山シネマ」。

 

4.5 福知山シネマ(2007年-)

所在地 : 京都府福知山市東中ノ町28-1
開館年 : 2007年8月4日
閉館年 : 営業中
Wikipedia : 「福知山シネマ

2006年2月に福知山東宝劇場が閉館した後、舞鶴市の映画会社であるシマフィルムが2007年8月4日に開館させたのが福知山シネマであり、開館当時は2スクリーンでした。シマフィルムは2008年に3スクリーンの舞鶴八千代館の運営会社となり、2013年には京都市で立誠シネマの運営も開始、2017年には立誠シネマを閉館させて出町座を開館させています。

2014年には隣接地のビルに多目的スペース「まちのば」がオープン。2階は常設のブックカフェ「古本と珈琲モジカ」であり、1階のホールは福知山シネマの別館という位置づけとなり、福知山シネマの公式サイトでは "3スクリーンの映画館" を自称しています。

2016年11月公開の映画『この世界の片隅に』は日本中でブームとなり、福知山シネマでは2017年2月に公開されました。原作者であるこうの史代さんは福知山市在住であり、2月4日には満員の観客を集めてこうのさんと片渕須直監督のトークショーが行われています。映画館が少ない北近畿という立地から、頻繁に俳優や映画監督の舞台挨拶を行うことは難しそうですが、舞台挨拶は確実に一定数の新規ファンを集められるメリットがあります。上映に合わせて2月から3月には『この世界の片隅に』のパネル展も開催され、私もパネル展を見に行きました。

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(写真)中央の三角屋根が現在の「福知山シネマ」。建物は「福知山東宝劇場・福知山スカラ座」と同一。右は「古本と珈琲モジカ」がある多目的スペース「まちのば」。

 

福知山市の映画館について調べたことは「京都府の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(全国版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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