振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

熱海市立図書館を訪れる

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(写真)熱海市立図書館。

 

 

熱海市立図書館

2019年3月末、静岡県最東部の熱海市にある熱海市立図書館を訪れました。

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(地図)静岡県熱海市の位置。©OpenStreetMap contributors

 

図書館の歴史と特徴

熱海の図書館は1915年(大正4年)に町立熱海図書館として開館。しばしば熱海に滞在した評論家の坪内逍遥も図書館の設置に協力しており、開館時の蔵書の中心は逍遥の蔵書でした。その後は、逍遥先生記念町立熱海図書館、逍遥先生記念市立熱海図書館、市立熱海図書館、熱海市立図書館と名を変えながら、100年以上に渡って途切れることなく歴史が続いており、「静岡県に現存する最古の図書館」であるとされます。その歴史の深さに興味を持ち、2016年9月には「熱海市立図書館 - Wikipedia」を作成しました。

施設面では東京電力熱海営業センタービルを賃貸借している点、蔵書面では温泉資料コーナーや熱海市立図書館デジタルライブラリーなど、運営面ではカウンターボランティアの存在が特徴として挙げられます。建物に入ってすぐの場所には大きな文字で「熱海の歩みを学べる図書館」「市民が集える図書館」「市民と共に創っていく図書館」という方針が掲げられています。

 

 民間施設の賃貸借

熱海市は2009年から、東京電力熱海営業ビルの3階から5階を賃貸借して図書館として利用しています。東電ビルは傾斜地にあるため、図書館への入口は4階。4階にはブラウジングコーナー・地域資料・文芸書などがあり、3階には児童書、5階には一般書があります。図書室外の階段またはエレベーターを使って移動する必要があり、各階で図書館が分断されてしまっています。3階層それぞれにカウンターが設置されており、各階にカウンターボランティアが常駐しています。

なお、多目的ホールや図書館が入る複合施設「熱海フォーラム」の建設して移転する構想がありますが、PFI方式の採用に対する市民からの反対意見もあり、2020年東京オリンピック後まで凍結されているようです。

 

地域資料と温泉資料

熱海市の市制施行は1937年。静岡市浜松市沼津市清水市に次いで静岡県で5番目でした。地域資料コーナーには戦前や戦後すぐの時代の熱海について書かれた資料も多数あります。保養地として東京方面との交流が深く、神奈川県に接していることもあって、地域資料は「熱海市」、「静岡県」、「神奈川県」に分類されています。

地域資料コーナーの隣には温泉資料コーナーがあります。2019年3月29日の蔵書点検日に、それまで展示書架にあったコーナーを移動させたばかりだそうです。なお、空いた展示書架にはヤングアダルトコーナーの拡張に用いられる予定で、『この世界の片隅に』などの漫画が置かれるのだそうです。

温泉資料コーナーの蔵書は約200冊。雑誌の『温泉批評』『温泉科学』『週刊 日本の名湯』から、参考図書の『温泉大百科』、学術書の『温泉権の研究』まで、温泉に関する様々な文献が集められているのですが、観光客などが「熱海の温泉」について簡潔に知りたい時に役に立つかといえば疑問でした。熱海市には公立の資料館や博物館はないようであり、温泉資料を書架に詰め込むだけでなく、よりわかりやすい形で提示する意義はあると思います。

 

新聞コーナーには「2019年4月から日本経済新聞の紙媒体の購読を取りやめる」旨の貼り紙がありました。熱海市立図書館では「静岡新聞データベース plus 日経テレコン」を導入しており、紙媒体からデータベースへの移行を促したいのだと思われますが、購読を取りやめてしばらくは苦情もありそうです。

豊富にある歴史的な文献を活かすための熱海市立図書館デジタルライブラリーの存在は大きいです。2018年12月には電子書籍の貸出も開始されていますが、静岡県では磐田市浜松市に次いで3番目。地域の歴史を重視し、かつ文献のデジタル化も重視している点に好感が持てます。

 

カウンターボランティア

熱海市立図書館にはカウンターボランティアが配置されており、図書の貸出・返却、書架の図書整理、図書の修復作業を行っています。『広報あたみ』によると同様のボランティアの存在は「全国でも例がない」のだそうです。私が観察していた限りでは、カウンターにはボランティアしかいませんでした。複写の申請や書庫資料の出納を行いましたが、対応してくださったのはいずれもボランティアでした。

60代以上と思われるボランティアも複数いましたが、30代・40代と思われる男性のボランティアも複数いました。30代のボランティアの方と軽く話しましたが、この方は熱海市民ではなく沼津市民とのことです。JR東海道線で来るとしたら交通費がかかるし、自家用車で来るとしたら峠を越える必要があります。カウンターボランティアという制度がどのような仕組みで成り立っているのか気になりました。逍遥のように白いヒゲを蓄えたボランティアの方もいましたが、この方は名物ボランティアとして知られているに違いないです。

珍しい存在が興味深い一方で、カウンターボランティアの利用者への対応はややルーズで危なっかしさも感じます。また、司書や正規職員の顔が見えず、最初に対応してくださるのがボランティアだとわかっているため、レファレンスもしづらいです。

 

写真撮影申請の対応

 カウンターで(ボランティアの方に)「館内の写真を撮りたい」と言ったところ、まずは正規職員と思われる方に取り次いでくれ、それから管理室長という肩書の方に取り次いでくれました。この日は館長が不在であり、この方は館長に次ぐ地位の方だと思われます。

「写真は撮ってもよいが、肖像権などの問題があるため利用者を写さないように」「写真を(論文などで)外部に出す場合は、図書館に対してメールで改めて申請してほしい」とのことでした。

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(左)利用者用入口脇が定位置(?)という珍しい移動図書館車。(右)図書館入口と図書返却ポスト

 

 熱海市の映画館

現在の熱海市に映画館はありませんが、かつては多くの映画館がありました。私が作成しているサイト「1960年の映画館(東海地方) - 消えた映画館の記憶」によると、1960年の熱海市には7館の映画館があったようです。1969年の熱海市にもやはり7館があったようで、住宅地図から場所を特定してマッピングした上で跡地を訪れてみました。熱海市の映画館について調べたことはすべて「静岡県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しています。

www.google.com


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(地図)熱海市街地全体の地図。かつてあった映画館。地理院地図

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(地図)市街地北部。熱海銀座通り商店街周辺。地理院地図

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(地図)市街地南部。初川周辺。地理院地図

 

熱海国際劇場(1950年-1970年代初頭)
熱海アカデミー劇場(1970年代初頭-1980年

熱海銀座通り商店街の中央部付近、静岡中央銀行熱海支店の西側の駐車場の場所には、熱海で初めて映画を上映した電気館がありました。

銀座通り商店街周辺でひときわ目立つ熱海ニューフジヤホテル地下には、1980年に閉館したアカデミー劇場がありました。熱海ニューフジヤホテルの現行館が建つ前には、アカデミー劇場の前身館である国際劇場が1950年代以前からあったようです。

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 (写真)熱海銀座通り商店街。

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 (写真)奥はアカデミー劇場があった熱海ニューフジヤホテル。手前左は国際劇場があった商店群。

 

熱海ロマンス座(1951年-2002年)

熱海市で最後まで残っていた映画館が熱海ロマンス座です。熱海銀座通りから南側に入った路地沿いにあり、劇場の正面のみアーケードとなっています。『全国映画館総覧1955』によると1951年11月開館。1953年時点の熱海市に3館あった映画館のひとつです。2001年12月には運営会社の社長が死去し、2002年1月19日から休館となったようです。ただし各年版『映画館名簿』には2005年版や2010年版にも掲載されています。
この記事
の写真に見える「ロマンス座」の看板はすでに撤去されており、「上映中」という文字を除けば映画館の痕跡は残っていないように見えます。いつ閉館したのかは判然としません。

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(写真)ロマンス座跡。

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 (左)喫茶店「ボンネット」とロマンス座跡。(右)ロマンス座跡。

 

熱海日活名画座(1950年代後半-1980年代前半)

熱海市役所前の道路を南に向かうと、清水橋で初川を渡ってすぐの場所に熱海日活名画座がありました。現在は1階に「高橋薬局」があるビルの位置です。

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 (写真)中央右の茶色い建物の地点が熱海日活名画座跡。

 

熱海東宝劇場(1937年-1970年代中頃)
熱海大映(1954年-1970年代初頭)

熱海日活名画座から初川沿いを下ると、初川の両岸には熱海東宝劇場と熱海大映がありました。熱海東宝劇場の跡地には「国際観光専門学校熱海校」があり、熱海大映の跡地には「マルゲン59ビル」があります。いずれも大きな躯体で存在感のあるビルですが、往年の両映画館もこのエリアで存在感のあるビルに入っていたようです。

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(写真)右手前の建物の地点が熱海東宝劇場跡。中央の建物の地点が熱海大映跡。

 

熱海日活(1960年代前半-1970年代初頭)

熱海東宝劇場や熱海大映国道135号に面していますが、国道135号から海に向かう路地に入ると熱海日活がありました。沖縄料理店「てぃだ」と飲み屋「Swagger」がある雑居ビルの東側にある駐車場の場所です。

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(写真)左の駐車場の地点が熱海日活跡。

 

熱海東映ナギサ(1950年代後半-1980年代後半)

海岸沿いの道路に出てから北上すると、ローソン熱海渚店の場所には熱海東映ナギサがありました。映画館だった建物に増築してコンビニとしているのかどうか。東側の道路に面して上映案内掲示板のようなものがあります。建物外部から階段を上ると、ローソンの直上はテラス席のあるカフェ&レストラン「Nagisa」があります。熱海東映ナギサは1980年代後半に閉館していますが、たまたま外に出てきた20代(?)の店員さんはこの場所に映画館があったことを知っているようでした。ローソンの奥にある「ナギサコーヒー店」は1947年創業だそうで、映画館の観客も多く訪れたことでしょう。ナギサコーヒーに入って話を聞けばよかった。

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(左)ローソンが熱海東映ナギサ跡。(右)上映案内掲示板の遺構?

 

熱海銀座劇場(ストリップ)

銀座通りにはストリップ劇場の熱海銀座劇場があります。熱海銀座劇場は静岡県に唯一残るストリップ劇場であり、中部地方全体を見渡しても、まさご座(岐阜市)、あわらミュージック劇場(福井県あわら市)、熱海銀座劇場の3館のみ。全国を見渡しても、現役のストリップ劇場は約20館しかないようです。

観光客の多い銀座通りに面している現役の劇場ということで、ロマンス座よりもはるかに目に留まりやすい。私が2度通りかかったときには、いずれも女性2人組の観光客(?)がポスターをしげしげと眺めていました。「女性お一人様でもお気軽にどうぞ カップルも大歓迎!!」と書いてあります。成人映画のポスターもコミカルなタイトルに惹かれますが、ストリップ劇場のポスターもおもしろい。

 "特別出演ファイヤーヨーコ あの伝説の花電車 この目で是非!"

 "〇〇〇から火を噴くファイヤーショー!"

温泉地のストリップ劇場というと、会社の慰安旅行で訪れた中年男性が夜に繰り出す場所というイメージがあります。令和時代のストリップ劇場にはどのような客が来るのでしょう。訪れたのは日曜の午後でしたが、開きそうな気配はありませんでした。

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(写真)熱海銀座通り商店街のアーチと熱海銀座劇場。女性2人組の観光客がポスターを眺めている。

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 (写真)熱海銀座劇場。