振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

スペインの自治体記事を作り続ける

2014年からスペインの自治体記事を作り続けている。ウィキペディアの根幹となるのが地名/自治体記事だと思っている(地理学徒のうぬぼれ)。

バルセロナなどの大都市、パンプローナなどの州都/県都クラスの都市はすでに記事があった。人口5万人以下の自治体は未作成の自治体も多かった。新規作成したスペインの自治体は100自治体弱、スペイン以外の自治体を含めると100自治体を越えた。ひとつひとつ、コツコツと作り続けている。

スペインには約8,100の基礎自治体がある。Xaponesさんが約400自治体を、Magyonさんが約200自治体を、私が約100自治体を作成し、この3人以外が約100自治体を作成している。記事があるのは約800自治体。自治体総数のたった10%でしかない。

これらの自治体の多くは、日本語ではまったく言及されることがないか、たった1つの視点からしか言及されない。これらの自治体について初めて日本語で言及するメディアがウィキペディアとなることも多い。おもしろい。

新規作成した自治体の中からいくつか紹介。

 

 

スペイン北部・東部

アウリッツ/ブルゲテのホテルにはヘミングウェイが泊まった。『日はまた昇る』の主人公ジェイク・バーンズによるとこのホテルは「高すぎる」。(ナバーラ州)

ランツの謝肉祭では人形が村中を引き回された上に焼き殺される。フランコ政権が問題視したもの無理もない。(ナバーラ州)

スガラムルディには魔女が住む洞窟がある。今日でも毎年「魔女の集会」が行われるが、若者が乱痴気騒ぎを楽しむ場になってしまったらしい。(ナバーラ州)

ソペラにはヌーディストビーチがある。老若男女130人がフルヌードで走るマラソン大会が開催されている。集団で駆ける参加者の画像への外部リンク有。(バスク州

ビジャロヤの人口は8人。選挙になると9時前から投票所前に住民が集まる。9時に投票所が開くと一斉に投票を行い、9時1分には閉まってしまう。イリャン・デ・バカスはれっきとした基礎自治体なのに登録人口が0人だったこともある。(ラ・リオハ州

マンシージャ・デ・ラ・シエラダム湖の底に沈んだ。乾季には湖の底から廃墟が現れる。(ラ・リオハ州

ベルチテはスペイン内戦で市街地が完全に破壊されたが、フランコ政権によって意図的に「廃墟が残された」。(アラゴン州

サン・サドゥルニ・ダノヤビラフランカ・ダル・パナデスはカバワインの拠点であり、スペインを代表するワイナリーが集まっている。(カタルーニャ州

カステリョー・ダンプリアスには「スペインのヴェネツィア」がある。何もない湿地帯に別荘併設型マリーナを築いた。(カタルーニャ州

マニゼスはスペインにおける窯業の首都であり、その根底にはイスラーム教徒の製陶技術がある。(バレンシア州

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(左)ランツの謝肉祭(右)スガラムルディの洞窟

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 (左)ベルチテの廃墟(右)マニゼス陶器

 

スペイン中央部・南部

メホラーダ・デル・カンポには、1人の修道士が手作業で作り続けている「大聖堂」があるが、56年経ってもまだ完成していない。(マドリード州

世界遺産に登録されたアルマデンには世界最大の水銀鉱床がある。かつて囚人労働者や奴隷労働者が強制的に働かされた負の歴史を持つ。(カスティーリャ=ラ・マンチャ州

コンスエグラカンポ・デ・クリプターナには十数基の風車がある。ドン・キホーテがどちらの町に突進したのかは判明していない。(カスティーリャ=ラ・マンチャ州

アンテケーラはアンダルシア4大都市を結ぶ四角形の中央にあり、「アンダルシアの心臓」と呼ばれる。2016年にはヨーロッパ有数のドルメンが世界遺産に登録された。(アンダルシア州

マリナレーダ共産主義者ユートピアであり、この自治体に来ればみな平等。(アンダルシア州

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(左)フスト大聖堂(右)コンスエグラの風車


スペイン島嶼

インカはスペインにおける靴製造の中心地だ。フィロキセラでブドウの木が壊滅したことがきっかけだった。(バレアレス諸島州

・人口700人のデイアには国外の上流階級が別荘を持つ。「ブランド品を付けているのは村人、サンダルや麦わら帽子で生活しているのは上流階級」というジョークがある。(バレアレス諸島州

テルデは日本のマグロ漁船の基地があったラス・パルマスに近い。日本国憲法9条に共感した首長によってヒロシマナガサキ広場が建てられた。(カナリア諸島州

・1492年、大西洋横断前のコロンブス氏はサン・セバスティアン・デ・ラ・ゴメラに立ち寄った。(カナリア諸島州

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 (写真)コロンブスが立ち寄った島

 

 

 

写真はいずれもWikimedia Commonsより。

ランツの謝肉祭("Panzermix" CC BY-SA 3.0)、スガラムルディの洞窟("Argia.com" CC BY-SA 3.0)、ベルチテの廃墟(CC0)、マニゼス陶器("team a" CC BY-SA 2.5)、フスト大聖堂("Tony Rotondas" CC BY-SA 3.0)、コンスエグラの風車("Hugo Díaz-Regañón" CC BY-SA 2.0)、コロンブスが立ち寄った島("Andree Stephan" CC BY-SA 2.0)

カタラン・カルチャー・チャレンジ2017

この種の物としては、まことに世界一の本じゃ。よいかね、この物語では、騎士というものが飯をちゃんとくうし、眠るにも死ぬにも床へはいるし、臨終には遺言をしたためるし、どんな騎士物語にも書いてないいろいろの事をするのじゃ。

セルバンテスドン・キホーテ』第1部第6章より。マルトゥレイの『ティラン・ロ・ブラン』を評して

 

マルトゥレイ、セルバンテスディケンズバルザックトルストイコンラッドトーマス・マン、彼らは小説において物量と野望が文学的巧緻と語りの戦略と同様に大事であることを教えてくれました。

バルガス=リョサノーベル文学賞受賞演説より

 

昨秋から今春にかけて、いくつかの図書館の新着図書コーナーでジュアノット・マルトゥレイ『ティラン・ロ・ブラン』(岩波文庫)をみかけました。カタルーニャ語学者の田澤耕が2007年に刊行した単行本を基に、2016年10月から1か月に1巻ずつ文庫化。2017年1月の第4巻で完結しました。セルバンテスドン・キホーテの口を借りて『ティラン・ロ・ブラン』を絶賛。バルセロナ在住経験のあるマリオ・バルガス=リョサは、2010年のノーベル文学賞受賞演説でマルトゥレイの名前を挙げています。

マルトゥレイは15世紀カタルーニャの騎士道小説作家。地中海の覇権を握っていたこともあるカタルーニャ君主国において、15世紀は「カタルーニャ語文学の黄金時代」であり、「スペイン文学の黄金時代」(16-17世紀)より一足早く文学が花開いています。詳しくはカタルーニャ語文学 - Wikipediaにて。

 

アナ・マリア・マトゥテやフアン・ゴイティソーロカタルーニャ出身だし、ガルシア=マルケスやバルガス=リョサバルセロナで暮らしていたことがある。一方、カタルーニャ語の現代作家で邦訳されている作家は少ない。私の乏しい知識の中では、都会的で洗練されているキム・ムンゾーは日本人好みだと思われます。村上春樹的。そういえば村上氏は「バルセロナのサイン会で女性読者がキスを迫って来るので大変だった」と語っており、日本人とカタルーニャ人の感性は似通っているのかもしれません。

 

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さて、3月前半にはWikipedia:Catalan culture challenge - Wikipedia(カタラン・カルチャー・チャレンジ)というオンラインの執筆コンテストに参加しました。ウィキメディア財団カタルーニャ支部が主催し、全言語版の執筆者が参加可能。あらかじめ指定された10人の人物記事(現代カタルーニャの学者)を自言語版に翻訳するコンテストです。私はジュアン・ウロー - Wikipediaなどを作成してポイントを得ています。2016年大会では22人中3位となったこのコンテスト、今回も7人中3位となって入賞することができました。

前回は副賞として「Wikipedia15周年記念Tシャツ」をもらいました。今回の副賞は「1 novel (in English language) from a Catalan speaking author」。何が届くのか楽しみにしていたら、ジュアン・サレスという作家の『Uncertainly Glory』というペーパーバックが送られてきました。オリジナルは1956年にカタルーニャ語で書かれた本であり、送られてきたのはイギリス人翻訳家のピーター・ブッシュによって2014年に英訳された版です。

この著者のことは全く知りませんが、ウィキペディアには8言語版に単独記事がありました。1912年生まれで1983年死去。共産主義的思想を持ち、共和国派としてスペイン内戦に従軍、内戦後はフランスに亡命し、1948年に帰国すると現代カタルーニャ語文学で重要な位置を占める作家になったようです。1955年にはこの『Uncertain Glory』でサン・ジョルディ文学賞を受賞。ただし、1955年当時のこの文学賞はジュアノット・マルトゥレイ賞という名前でした。

カタルーニャから(正確にはアメリカから)送ってくれたのはうれしいのだけど、写真も図もない460ページもの英語小説を読むだけの英語力と根気がありません。この本どうしよう。

(おわり)

 

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シネ・エスパニョーラ2017

3月25日からシネマート新宿とシネマート心斎橋でスペイン映画5本の特集上映「シネ・エスパニョーラ」が開催されています。ウィキペディアタウンin東久留米の前日には、シネマート新宿で『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』と『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』を観賞しました。

 

「シネ・エスパニョーラ」で上映中の5作品

『ザ・レイジ 果てしなき怒り』監督:キケ・マイーリョ

『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』監督:オリオル・パウロ

『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』監督:イニャキ・ドロンソロ

『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア

『キリング・ファミリー 殺しあう一家』監督:アドリアン・カエターノ

 

この5本の中だけでも、マリオ・カサス - Wikipediaは3本、ルイス・トサール - Wikipediaは2本に出ています。シネコンではなかなかお目にかかれませんが、特集上映/映画祭上映やDVDでの鑑賞を含めれば、彼らはいまいちばんよく見るスペイン人俳優かもしれない。

 

『クリミナル・プラン』は2時間前にチケットを買って残り12席でした。実は現地での公開日は4月末であり、日本公開は現地よりも1か月以上早い。作品中ではマドリードが舞台となっていますが、バスク州ビルバオの中心市街地でロケが行われています。

監督のイニャキ・ドロンソロもバスク州ビトリア=ガステイス出身。金庫破りに扮した潜入捜査官が、犯人グループを一網打尽にしたのになぜか銀行強盗を続行する、というストーリー。副題やあらすじが面白そうだったので期待していた下が、やや拍子抜け。ヒロインのアルバ・ガローチャはモデル出身。

 

『クローズド・バル』はベルリン国際映画祭のコンペ外で上映された。スペイン公開は日本公開の前日、実質的には同日公開。アレックス・デ・ラ・イグレシア監督は日本にもファンが多く、この日も4時間前にチケット買ったのに残り8席でした。この監督らしい悪趣味なコメディで、バルに取り残された8人の客がばったばったと死んでいく。

ヒロインはブランカスアレス。『クリミナル・プラン』よりも娯楽要素・お色気要素が強く、胸の大きさを強調するシーンもあります。スアレスは正統派の美人ですが、物語後半にはオリーブオイルを塗りたくった下着姿で下水道内を逃げ回ります。

 

www.albatros-film.com

 

WikipediaLIB@信州に参加する(2)イベント当日

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みんなの一体感とか表情がすごくいいので再掲載。

 

3月19日は京都・大原にて「ウィキペディアタウン大原」に参加。「もっと大原里山研究所」が主催、是住さんらのししょまろはんが協力、東京から始発で来たというくさかさんが講師でした。くさかさんとは400km離れた長野でも顔を合わせることになります。

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長野に向かう

くさかさんは東京の自宅に帰って翌朝の新幹線に乗ったそうですが、私はその日のうちに長野に入る。定番の東海道新幹線&特急しなの(名古屋経由)では芸がないため、特急サンダーバード&北陸新幹線(金沢経由)というルートを選びました。交通費や所要時間はほぼ同等であり、大原を出る時間によっては名古屋経由に切り替えることも検討していました。

長野到着時には翌日に発表するスライドが1枚もできていない状態。20日のWikipediaLIB@信州当日は朝早く起き、スライドと発表のための原稿を準備して県立長野図書館に向かいます。9時に到着したらもう宮澤さんがおり、小澤さん・篠田さん・槌賀さんが最終準備をしています。宮澤くんに挨拶する気持ちの余裕もなかったのですが(ごめんねー)、どこかでお会いしたことのある方が何人かおり、Facebookで名前や顔を見かけたことのある方も多かったので落ち着きました。

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ウィキペディアとは何か」

 司会は小澤さん。館長に続いて篠田さんが本日のイベントの趣旨を説明します。アーバンデータチャレンジ、1月の高遠ぶらりに続いてこの手のイベントが3回目だという篠田さんは、「何を書いていいかわからない」ということを強調されていました。ウィキペディアを始めて編集する方から何度か聞いたことのあるコメントですが、編集に慣れすぎているウィキペディアンはこのことになかなか気付かない。調べる楽しさのあるイベント、立場の違いに関係なく考えるプロセスや考える機会を提供するイベントという言葉もありました。

 

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 10時20分からは槌賀さんが担当の書庫ツアー。実は昨年8月に県立長野図書館を訪れた際に、今回のイベントにも参加されていた北原さんに館内ツアーをしてもらっています。もちろんアポなしの訪問で、館内の写真を撮りたいという怪しいお願いをしたところ、書庫も含めた館内を説明してくれたのでした。

 書庫ツアー後にはらっこさんによる「ウィキペディアとは何か」。3月6日にも尾道でらっこさんの説明を聞いていますが、司書が多い今回の参加者層に合わせてグレードアップさせた印象です。スライドに何回も表示していた短縮URLはホワイトボードへのメモでもよかった気が。

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ウィキペディアと図書館をつなぐ」

 11時25分からは宮澤さんの「ウィキペディアと図書館をつなぐ」。私にとっては宮澤さんの発表がこの日のハイライトでした。小学生の調べ学習から入り、なぜウィキペディアを使うのかということ、レファレンスとウィキペディアの関わりについて説明します。宮澤さんは是住さんや藤井さんとはまた違った視点でウィキペディアを見ています。

 私が図書館の記事に手を出し始めた時には、図書館が社会教育施設であるという当たり前の知識がなく、図書館にある379の棚で文献を探すことを思いつきませんでした。郷土写真集に古い図書館の写真が載っていることにも気づかなかった。自力で一通り文献を探してみたものの思うように文献が集まらなかった時に、いつもヒントをくれるのは愛知県図書館の司書さんです。文献はできる限り自力で探したいと思っていますが、より充実した記事にしたいとき、未知の分野に手を出すときなどにはレファレンスを行っています。

「伊勢春慶」という記事があります。昨年9月のウィキペディアタウンin伊勢で執筆対象となった記事です。私はこのイベントには参加しなかったのですが、図書館総合展で岡野先生に挨拶したことでこの記事に興味を持ち、ネットで検索したり、伊勢春慶デザイン工房や桑名市立図書館を訪れて文献を探しました。デザイン工房では文献がほとんどないという話を聞き、自分で調べても確かに文献が少ないことがわかりました。最後に三重県立図書館の地域資料コーナーに行ってレファレンスを行うと、対応してくださった司書さんは私の話を聞く前から伊勢春慶の文献の少なさを知っており、PCで検索もせずに書棚に向かうと、私が気付かなかった文献をいくつか引っぱり出してくださったのでした。司書に頼ることを学びました。

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ウィキペディアに記事を書くこと」

  らっこさん・宮澤さん・諸田さんとは違い、私は人前で話し慣れていません。「ウィキペディアとは何か」や「ウィキペディアの編集方法」についての最低限の説明はできますが、平賀さんから与えられたお題は「ウィキペディアに図書館記事を書く」です。

今回のイベントは「図書館」という明確なテーマを持っており、司書の参加が多いことが想定されました。日ごろから司書の業務とウィキペディアの執筆の共通点を感じており、また一般的な司書の能力の高さからしても、話すことがあるのだろうかという不安を感じていました。2月中旬には練っていないスライドを作成していたものの、話す内容が固まらないまま時間が過ぎ、長野入りした午前3時から本番用のスライドを作ったのでした。なお、発表用の原稿はA4 5枚分のうち1枚分話し忘れた。スライドに入れなかった部分なので違和感がなかったのかも。下にリンク先を示した発表用原稿には入っています。

www.slideshare.net

2017年3月20日 「WikipediaLIB@信州」県立長野図書館... - Cantabrio Asturio | Facebook

 

編集ワークショップ

役目が終わって気持ちが軽くなってたので諸田さんの説明はほとんど聞いてませんでしたー。

 午後の編集ワークショップは2時間20分ですが、主催者によって【方針・準備】【調査】【構成】【執筆】に4分割されています。ワークショップでやるべき内容を理解しているからこその4分割だと感じました。一方でくさかさんやらっこさんがプログラム作成を担当する場合は、参加者の自主性に任せるべく、わざわざ分割しないのではないかと思います。

 私はふだん、ウィキペディアタウンでは必ずどこかのグループに入って作業を行います。今回は悲しいことにグループに入れてもらえなかったので、会場内を徘徊して写真を撮りつつ、何か聞かれたらそれに答えて、また写真を撮りながら会場内を徘徊していました。ウィキペディアタウンの講師として場数を踏んでいるくさかさんやらっこさんは、参加者が何か疑問を投げかけてくるまで待つ、というのがうまい。こちらからあれこれ教えてしまってはいけないイベントだということがわかってきました。

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発表・講評・意見交換

 5班 下條村立図書館 - Wikipedia(新規)

「奇跡の村」下條村には「サンモリーユ下條」という施設があり、愛知県刈谷市在住・在勤・在学者と下條村在住者しか宿泊できないという決まりがあります。私は刈谷市民、宮澤さんは下條村民です。下條村立図書館を担当した5班は全員が図書館関係者。2種類の統計によって蔵書数や貸出数が異なっているという問題を、両方の数値を示すこと、ただしインフォボックス内にはより信頼性の高い(?)ほうを示すことでクリアしています。これが最適な方法なのかどうかはわかりませんが、6人が一緒に頭を悩ませたようです。

このグループは編集競合を避けるためにGoogleドキュメントを使用していました。文章がリアルタイムで更新されていきます。良いアイデア信濃毎日新聞の記事を出典として使用しているのも嬉しいです。出典=書籍というイメージを持ってしまいがちですが、地域の話題を書くときには地方紙が頼りになり、データベースを利用できる図書館で開催した甲斐がありました。

翌日にはMiyuki Meinakaさんというウィキペディアンが内容を加筆していることに気づかれたでしょうか。履歴表示画面から差分を見ると、ベテランのウィキペディアンがどのような文章を追加し、どのような修正を行ったのかがよくわかります。Miyukiさんは「指宿市立図書館」や「川上村文化センター図書館」などを書かれた方です。

 

6班 県立長野図書館 - Wikipedia(加筆)

この図書館で開催されるからには、県立長野図書館という記事の加筆は必須でした。6班は参加者の属性がいちばん多様だったグループかも。今回のイベントに講師として参加したウィキペディアンは私・らっこさん・くさかさんの3人ですが、実はこのグループには4人目のウィキペディアンが紛れ込んでいました。

イベント中に部屋から出るのには勇気がいりますが、このグループはイベント中に館長室の写真を撮ってきて記事に使用しています。私が「歴史的な記述が貧弱」と言ったせいか、信濃図書館時代、旧館時代、現行館時代の歴史がバランスよく書かれており、『保科百助の揮毫』という興味深い写真も掲載されています。書庫には県立の魯桃桜それ自体について書かれた文献もあるようです。開花時の写真は4月になったら平賀さんが追加してくれるのでしょうか。

 

2班 市立小諸図書館 - Wikipedia(新規のはずだったが加筆)

長野県有数の歴史を持つ市立小諸図書館を担当したのは2班。新規作成を行うはずでしたが、イベント前日に記事が作成されていました。とはいえ加筆の余地が十分にあったため、2班にはそのままこの記事を担当してもらいました。このグループはとても堅実な加筆を行っています。出典がまったくなかった記事に出典を追加し、沿革や特色に関する文章も追加しています。

「県内第一号(の図書館)」という言葉が追加されました。出典のことばを独自に解釈して「長野県最古」などという言葉に置き換えてしまいがち(「最古」はとてもあやふやな言葉)ですが、文献の記述通りの言葉を使ったようです。自治体広報誌も引っぱりだしたとか。このブログ冒頭部の写真は2班ですが、加筆度合い以上の達成感があったようです。 

 

7班 松本市図書館 - Wikipedia(加筆)

 1月には松本市中央図書館を訪れました。カウンターではいつも通り写真撮影の可否を尋ねたところ、カウンター近くにいた年配の男性職員が「撮影していいに決まっている」という反応をしていたのが印象的でした。撮影の可否を訪ねて館長や副館長クラスに持ち込まれてしまう場合、良い結果が得られないことも多いです。あの方は誰だったのでしょう。

7班が担当した松本市図書館はインフォボックスすらなく、県内有数の歴史を持つのに開館年しかわからなかった記事。インフォボックスには地図も加えていただきました。文章部分ではイベント中に長い歴史に関して加筆されたほか、イベント翌日にも参加者によって特殊文庫の記述が加えられています。

 

1班 諏訪市図書館 - Wikipedia(新規)

意外にも記事がなかった諏訪市図書館。諏訪市図書館本館のほかに専門図書館諏訪市立信州風樹文庫があるということで、1班は節構成について悩んだのではないかと思います。まずは作成したインフォボックスや文章のみを投稿し、その後出典を加えていったようです。リンクがないこと、名称の誤り、地図や座標がないことなどに一つ一つ気づいて修正していった過程がよくわかります。

 

3班 中野市立図書館 - Wikipedia(新規)

新規立項の6分後に即時削除依頼を出されるという、ちょっとした混乱があったグループです。結果的には削除されることもなく、編集に対して即座に反応があるというウィキペディアの特徴がわかる例として受け取ってもらいたいです。図書館プロジェクトテンプレートを使用して内容の更新を進めていったグループで、履歴には編集プロセスがわかりやすい形で残っています。

 編集中に外部から介入されると厄介なため、一般的なウィキペディアタウンには“不慣れな編集があったり、一時的に編集回数が増加したりしますが、何とぞご容赦願います。”などという文章をノートに記す「おまじない」をすることが多い。今回講師となった3人のウィキペディアン全員が忘れていたのか、それとも「おまじない」の必要性まで主催者に気付いてほしかったのでしょうか。

 

4班 辰野町立図書館 - Wikipedia(新規)

辰野町立図書館は2館からなる点で諏訪市図書館と似ていますが、4班は1班とは異なり、「沿革」という大節の中に2館をまとめる方法を取りました。2館とも歴史ある図書館。出典のひとつに1928年の『小野村誌』を使っているほかに、著作権面の問題がないことをはっきりさせたうえで、県立長野図書館が所蔵していた小野図書館の古い写真も掲載しています。この写真が撮影された時期についての説明がないため、どなたか説明を補ってください。

 

8班 小布施町立図書館まちとしょテラソ - Wikipedia(加筆)

昨年8月に訪れた図書館です。まちづくりと図書館を絡めた例として知名度の高い図書館であり、愛知に戻ってから加筆を試みましたが、文献の少なさから断念していた館です。手を加えていただきありがとうございました。訪問時に撮った館内の写真をCategory:Machi tosho terrasow - Wikimedia Commonsに上げており、今回の加筆時には何枚か使用していただきました。

目立つ新館があると忘れられがちなのが新館以前の歴史。人口1万人の自治体なのに1923年/1951年から図書館があるとは知りませんでした。後日加筆された「習わし」についての一文は興味深いです。まったく触れられていなかった建築についての文章も加筆されました。やりたいことに作業が追い付かないという言葉があり、「おぶせまちじゅう図書館」などまちづくりとの関わりが加筆されることも期待しています。

トップ画像は写真家の大井川茂さんによる写真。前館長の花井裕一郎さん本人が投稿しているように見えます。ライセンスはこのままで大丈夫なのかという心配はありますが、私が撮影した写真とは比較にならない抜群の存在感を放っています。

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 くさかさんのありがたい講評時には、書いた経験が読み手の気持ちを成長させるという言葉がありました。最善を尽くしたうえでまず書いてみるということが大事とも。ありがたい。

 

 2016年に図書館記事を書き始めたのは、「ウィキペディア/ウィキペディアタウンに興味を持つ図書館員が増えれば」「ウィキペディアを書く図書館員が増えれば」という気持ちからでした。藤井さんや宮澤さんはもうすっかりウィキペディアを自分のモノにしており、それもこちらの想定を超えた踏み込み方をしているように見えます。

講師陣があれこれ出した意見を、小澤さん・篠田さん・槌賀さんの3人がうまくまとめてくださいました。らっこ→宮澤→かんた→諸田と4人のゲストがうまくバトンをつなげたのは練りこんだプログラムのおかげでした。

昨夏に「図書館をテーマとするウィキペディアタウン」の構想を聞いた時には現実的ではないと思って笑っていましたが、平賀さんはほんとうにこのイベントを開催し、講師として呼んでくださいました。イベントの主役は参加者。次につながらなければ意味がないというイベントでした。私が役目を果たせたかどうかは怪しいですが、次回も呼んでもらえたらより洗練された発表をしたいと思います。

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・懇親会で撮った写真はたいていぶれているのに、小澤さんが某氏にセクハラされてる写真だけはぶれてなかった。