振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。図書館におけるウィキペディアタウンの開催を推進しています。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

愛西市立田町福原地区を訪れる

f:id:AyC:20190115013441j:plain

 (写真)愛西市立立田南部小学校福原分校。

 

1. 愛西市立田町福原地区を訪れる

愛知・岐阜・三重の3県境に近い愛西市立田町福原地区を訪れました。福原地区は木曽川の西側にある愛知県唯一の地区。愛西市立立田南部小学校 - Wikipedia福原分校は愛知県で唯一の小学校の分校です。

f:id:AyC:20190115022550p:plain

(地図)愛知県における愛西市立田町福原地区の位置。©OpenStreetMap contributor。

f:id:AyC:20190115022553p:plain

(地図)愛西市立田町福原地区の拡大図。©OpenStreetMap contributor。

 

「今昔マップ」で1888年-1898年の地形図を確認すると、デ・レーケによる木曽三川分流工事 - Wikipedia以前の福原地区は愛知県と陸続きだったことがわかります。分流工事後から1984年に立田大橋が開通するまでの間、福原地区と愛知県を結ぶ交通手段は立田渡船しかなかったそうです。なお、明治時代の分流工事によって、福原地区は三重県桑名市長島地区(旧長島町)と陸続きとなりました。

f:id:AyC:20190115022229p:plain

(地図)木曽三川分流工事前の地形図と現在の地形図の比較。時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」©谷謙二。

 

2. 愛西市立立田南部小学校福原分校を訪れる

2017年度の福原分校に在籍していた児童は6年生と3年生1人ずつの計2人。6年生の児童が卒業し、4年生に進級予定の児童が本校への通学を希望したため、福原分校の児童数がゼロとなり、2017年度末をもって休校となりました。福原地区には2019年度に小学校入学予定の児童が2人いるそうですが、保護者が本校への入学を希望したため、福原分校は2018年度末をもって廃校となる予定です。

廃校が報じられたのは2018年11月。コスト面だけを考えればスクールバス等を導入して分校など廃止してしまうだろうに、児童数がゼロになるまで分校を維持していたことに驚きます。なお、愛西市立田地区(旧立田村)と八開地区(旧八開村)の5小学校2中学校は、これから小中一貫校1校に統合される予定があります。

5小学と2中学 統合へ 愛西の旧八開、立田村内 小中一貫校設ける方針 」『中日新聞』、2017年9月9日

立田南部小学校福原分校休校に愛西市政策研究会、2017年11月9日

愛西・立田南部小 福原分校、廃校へ 140年の歴史に幕 来年3月」『毎日新聞』、2018年11月22日

『輪中』の分校 140年の歴史に幕」『朝日新聞』、2018年11月25日
f:id:AyC:20190115013443j:plainf:id:AyC:20190115013446j:plain

(写真)愛西市立立田南部小学校福原分校。

f:id:AyC:20190115013537j:plainf:id:AyC:20190115013540j:plain

 (左)Google mapには出てこない誓光寺。福原地区の寺院はここだけ。(右)やはりGoogle mapには出てこない国土交通省長良川大橋水質観測所。気になる建物。左奥は木曽三川公園センター「水と緑の館・展望タワー」。

f:id:AyC:20190115015027j:plainf:id:AyC:20190115013504j:plainf:id:AyC:20190115015044j:plain

f:id:AyC:20190115015040j:plainf:id:AyC:20190115013510j:plainf:id:AyC:20190115015047j:plain
(写真)福原地区のねこ。

 

3. 愛西市立田地区を歩く

愛西市立田地区(旧・海部郡立田村)の特産品といえばレンコン。全国的に見ると茨城県霞ケ浦周辺の生産量が多いけれど、愛西市の生産量は自治体別で4位だそうです。立田地区には枯れた蓮の茎が目立つ水田が至る所にあり、いくつかの蓮田ではミニショベル(バックホー)も見かけました。ミニショベルで表土を取り除いてからくわで掘ることで、くわのみの場合と比較すると約半分の労力で済むらしいです。収穫作業がもはや土木作業。

稲作を行う水田も多いのですが、地形図上では稲田と蓮田は区別されず、どちらも「田」の記号で表されています。昔は「蓮田」という地図記号もあったらしい。なお、立田村における1993年時点の作付面積は、陸稲が549ヘクタールでレンコンが290ヘクタールでした。

なお、立田地区にはビニールハウスも多い。野菜か何か作っているのかと思いきや、ビニールハウスでもやはりレンコンを生産しているのだそうです。

f:id:AyC:20190115013554j:plainf:id:AyC:20190115013557j:plain

(写真)立田地区の蓮田。(右)赤蓮保存田。

f:id:AyC:20190115023326p:plain

(地図)国土地理院 地理院地図における立田地区中心部。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章・写真は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

長浜市立長浜図書館を訪れる

f:id:AyC:20190109192844j:plain

 (写真)長浜別院大通寺表参道。

 

 

2019年1月初頭、滋賀県長浜市長浜市立長浜図書館を訪れました。

 

1. 滋賀県長浜市を訪れる

滋賀県長浜市は湖北地方にある人口11.5万人の自治体。琵琶湖岸には秀吉が整備した長浜城があり、市街地には長浜別院大通寺や長浜八幡宮があります。市街地を縦断するように北国街道が通り、北国街道と大通寺の間は黒壁スクエアを中心とするまちづくり事業の成功例として知られています。

平成の大合併では〈旧〉長浜市を含む1市8町が合併して〈新〉長浜市が発足。組織名としての長浜市立図書館は、長浜市立長浜図書館を中心とする6図書館3図書室の大所帯となりました。南部の平野部に6図書館が集まっており、北部に3図書室が集まっています。これらに加えて、滋賀県における現存最古の図書館である財団法人江北図書館 - Wikipediaがあります。

f:id:AyC:20190111122324p:plain

(地図)滋賀県長浜市の位置。©OpenStreetMap contributor。

f:id:AyC:20190111122326p:plain

(地図)長浜市における旧自治体と6図書館の位置。©OpenStreetMap contributor。


2. 長浜市立長浜図書館を訪れる

1952年(昭和27年)時点の滋賀県にあった公立図書館は、滋賀県立図書館、彦根市立図書館、水口町立図書館の3館のみ。1983年(昭和58年)には、戦後初・滋賀県4番目の公立図書館として長浜市立図書館が開館しました。滋賀県が図書館先進県となったのは1980年代以後のようです。このように、長浜市立長浜図書館はまだ37年目ですが、組織としての設立・建物の竣工年ともに滋賀県内では古い部類の図書館に入ります。

館内での写真撮影は不可とのこと。団体見学等のイベント時には撮影を許可することもあるそうですが、それ以外は一律で撮影不可としているようです。明快な回答だったので好感が持てました。なお、2016年に訪れた彦根市立図書館でも撮影不可と言われました。

f:id:AyC:20190109192809j:plainf:id:AyC:20190109192815j:plainf:id:AyC:20190109192817j:plain

(左)図書館外観。(中)「あぶない なだれに注意」。時期によって湖北は積雪がある。(右)図書館入口。

 

3. 長浜にあった映画館

私が作成したサイト「消えた映画館の記憶」の「1960年の映画館(近畿地方)」(元の出典は『全国映画館録 1960』)によると、1960年の長浜市には協映劇場(横町)、長浜東映(西本町)、大和映画劇場(南呉服町)、長浜映画劇場(永保町)の4館の映画館があったようです。京都市に近いのが理由か、滋賀県全体でも41館しかありませんでした。大津市6館、彦根市6館、長浜市4館、近江八幡市4館、八日市市3館、草津市3館の順でした。「1980年」には長浜協映と長浜東映の2館に、「1990年」には長浜協映の1館になります。

※1990年には長浜協映のほかに、長浜楽市にドライブインシアターもあった。

 

長浜協映にしても長浜東映にしてもウェブ上の情報で場所は特定できますが、市立長浜図書館にある住宅地図で裏付けを取りました。長浜東映は現在の滋賀銀行長浜駅前代理店の場所にあったそうです。

長浜市史』を確認すると、長浜東映は下郷共済会文庫の建物を転用していたらしい。下郷共済会文庫は下郷久成 - Wikipedia(2代目下郷傳平)によって大正期に開館した私立図書館です。大正時代の文庫が劇場としても使えるほど大きな建物だったことや、1980年代になっても大正時代の建物を劇場としていたことに驚きます。

f:id:AyC:20190109192821j:plainf:id:AyC:20190109192823j:plain

 (左)滋賀銀行長浜駅前代理店。長浜東映跡地。(右)有名な長浜タワービル。1964年竣工。

 

長浜市街地に3本あるアーケード街のうち、いちばんさびれているのが浜京極商店街。アーケード中央部の東側、駐車場になっている部分に長浜協映があったようです。長浜協映が閉館したことで湖北地方から映画館がなくなり、長浜市からいちばん近い映画館は彦根ビバシティシネマとなりました。1996年の北近江秀吉博覧会以前に閉館したようですが、正確な閉館時期は不明。長浜市には滋賀夕刊新聞社 - Wikipediaという地方紙があるようですが過去の記事は調べていません。

f:id:AyC:20190109192829j:plainf:id:AyC:20190109192832j:plainf:id:AyC:20190109192835j:plain

 (左)浜京極商店街。(中・右)浜京極商店街にある長浜協映跡地。

f:id:AyC:20190109192842j:plainf:id:AyC:20190109192847j:plain

(左)アーケードの大手門通り商店街。(右)アーケードのゆう壱番街祝町通り商店街。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章・写真は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

米原市立山東図書館を訪れる

f:id:AyC:20190108215212j:plain

(写真)米原市立山東図書館の館内。

 

2019年1月初頭、滋賀県米原市米原市立山東図書館を訪れました。

 

1. 米原市山東地区を訪れる

滋賀県平成の大合併で大きな変化があった。坂田郡浅井郡伊香郡の3郡からなる湖北地域には、かつて1市12町の13自治体がありましたが、平成の大合併長浜市米原市の2市に再編されています。

2005年2月に米原町(まいらちょう)・山東町伊吹町が新設合併して米原市(まいらし)が発足すると、同年10月に近江町を編入して今日の米原市域が確定しています。愛知県から京都/大阪を訪れる際にいつも通過する米原市。聞きなれない「山東町」(さんとうちょう)という地名は、JRの駅で言うと近江長岡駅柏原駅がある場所です。

 

米原市の図書施設は2図書館2図書室。山東地域に米原市立山東図書館が、近江地域に米原市立近江図書館があります。自治体中心部の米原地域に図書館はありませんが、自治体東部(山東図書館)と自治体西部(近江図書館)に1館ずつというのはバランスが良いし、いずれも2000年頃の開館で新しく、当分は中央図書館の建設計画は浮上しなさそうです。蔵書数は山東図書館が約14万冊、近江図書館が約13万冊で同規模。

f:id:AyC:20190110015019p:plain

 (地図)滋賀県米原市の位置。©OpenStreetMap contributor。

 

JR東海道本線近江長岡駅から北に歩くと、ゲンジボタルの発生地である天野川 (滋賀県) - Wikipediaを渡る際に、この地域を象徴する伊吹山 - Wikipediaがきれいに見えます。なお、米原市山東地区はその名に反して、伊吹山の東側ではなく西側にあります。「山の東の土地」という意味ではなく「山が東にある土地」という意味なのかな。

米原市立山東図書館は米原市民交流プラザ「ルッチプラザ」の2階にあります。ルッチとはイタリア語で「蛍」を意味するlucciole(ルッチオーレ)や「光 / 希望」を意味するluce(ルッチェ)が由来。ゲンジボタルの天然記念物となっている全国の11か所の中で、“特別” 天然記念物は天野川だけだそうです。 建物の設計は長浜市の豊建築設計事務所であり、豊建築設計事務所は市立長浜図書館も手掛けています。

f:id:AyC:20190108215355j:plainf:id:AyC:20190108215358j:plain

 (左)天野川伊吹山。(右)米原市民交流プラザ「ルッチプラザ」。右側の棟の2階が図書館。

 

2. 米原市立山東図書館を訪れる

2005年の合併時点で山東町の人口は13,000人。2018年時点で米原市の人口は38,000人。この人口規模からすると、米原市立山東図書館は人口に不釣り合いにも感じられる立派な図書館です。ワンフロアで天井が高く、入口以外の三方がほぼガラスなので開放感がある。冒頭の写真に見える観葉植物が雰囲気を落ち着かせているし、巨大なぬいぐるみを置く遊び心もある。元々の広さに加えて、インターネットコーナーや新聞雑誌コーナーを館外(の同一フロア内)に押し出しているおかげで、館内はとてもゆったりしています。図書館員の手が行き届いている感じがするのに、余計な張り紙などはありません。展示や小物のひとつひとつにセンスが感じられます。

山東町民以外の米原市民の中にはこの図書館を訪れたことがない方も多いはず。この図書館はすべての米原市民に知ってもらいたい。米原市立図書館公式サイトにも写真を載せるべきではないでしょうか。

『平成29年度版 図書館年報』によれば、米原市の住民1人あたり貸出数は10.5冊。滋賀県内の公共図書館の平均は東京都に次いで第2位の7.97冊だそうですが、10.5冊は全国的に見ても高い数字だと思われます。

f:id:AyC:20190108215404j:plainf:id:AyC:20190108215406j:plain

 (左)館内中心部。(右)巨大地球儀と展示。

f:id:AyC:20190108215411j:plainf:id:AyC:20190108215413j:plain

 (左)展示「2020年東京オリンピック」。イーゼルを使った新年の挨拶にセンスを感じます。後ろはお正月のラッキーナンバープレゼント。(右)展示「江戸時代小説」。

 

児童文学作家であり市立長浜図書館初代館長の中島千恵子 - Wikipediaは、開館準備中の山東町立図書館で顧問を務めたそうです。開館直前の1999年11月16日に死去し、死後には遺族から児童書など4,146冊が寄贈されました。2000年4月1日に山東町立図書館が開館した際には、開館記念展示として「中島千恵子展」を行ったそうです。

f:id:AyC:20190108215419j:plainf:id:AyC:20190108215418j:plain

 (左)図書館外同一フロアのおはなし室。(右)絵本。時計がかわいらしい。

f:id:AyC:20190108215425j:plainf:id:AyC:20190108215428j:plain

 (左)漫画本コーナー。(右)児童書。

 

最近までは入口脇の小部屋が郷土資料室だったみたい。現在は開架室に郷土資料があり、小部屋は視聴覚資料室となっています。郷土資料コーナーに展示されている写真は山東町域出身の郷土史家である中川泉三 - Wikipediaだそうです。

f:id:AyC:20190108215430j:plainf:id:AyC:20190108215434j:plain

 (左)郷土資料コーナー。中川泉三の写真がある。(右)据え付けの扇風機。

 

『平成29年度版 図書館年報』を読むと、山東図書館の購入雑誌数は49誌、スポンサー提供雑誌数は51誌、寄贈雑誌数は24誌であり、スポンサー提供雑誌数が購入雑誌数を上回っている。一般的に雑誌スポンサー制度の目的は「民間事業者の情報発信」と「図書館の新たな財源の確保や資料の充実」の2つだと思いますが、スポンサー提供雑誌数が山東図書館くらい多いと「民間事業者の情報発信」に役立っているような気がします。

読売新聞メディアデータ2018によると、滋賀県における朝刊の世帯普及率は『読売新聞』(23%)、『朝日新聞』(16%)、『京都新聞』(13%)の順だそうですが、滋賀県の中でも特に岐阜県に近い米原市ではどうなのでしょうか。図書館職員に聞けばよかった。新聞コーナーには全国紙5紙と『京都新聞』と『中日新聞』がありました。こちらのサイトによると米原市における朝刊のシェアは『京都新聞』3%、『中日新聞』62%とのことですが、『中日新聞』のシェアはそんなに高いのだろうか。行政資料をぱらぱらめくった限りでは、滋賀県長浜市/彦根市に加えて、岐阜県大垣市も主要な通勤先のようです。

f:id:AyC:20190108215438j:plainf:id:AyC:20190108215446j:plainf:id:AyC:20190108215449j:plain

 (写真)図書館外同一フロアの新聞雑誌コーナー。

f:id:AyC:20190108215452j:plainf:id:AyC:20190108215458j:plainf:id:AyC:20190108215459j:plain

 (左)図書館外同一フロアのAVコーナー。(中)視聴覚資料。館内。(右)図書館外同一フロアのインターネットコーナー。

f:id:AyC:20190108215503j:plain

 (写真)同一フロアのカフェ。

 

3. 参考文献

伊藤尚典『みんなの図書館 山東町立図書館ができるまで』2004年

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章・写真は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

堺市立中央図書館と大阪市立住之江図書館を訪れる

f:id:AyC:20190108141927j:plain

(写真)堺市大阪市を隔てる大和川

 

2019年1月初頭、堺市立中央図書館と大阪市立住之江図書館を訪れました。

 

1. 堺市立中央図書館を訪れる

1. 堺市立中央図書館堺市駅前分館

まず訪れたのは堺市立中央図書館堺市駅前分館。JR阪和線堺市駅前の商業施設「ベルマージュ堺」の3階にあります。開館は20年前の1999年4月1日ということで新しいわけではなく、駅前にある従来型の図書館といった感じです。なお、堺市立図書館は7図書館5分館2室の計14施設からなります。館内の写真撮影は不可と言われましたが、堺市立図書館の統一見解ではなく対応してくださった職員の判断かもしれません。

f:id:AyC:20190108142001j:plainf:id:AyC:20190108142005j:plainf:id:AyC:20190108142008j:plain

 

2. 堺東商店街・堺東映シネマ跡地

JR堺市駅から西に約1.5km歩き、南海高野線堺東駅前の堺東商店街へ。途中では2018年7月14日に「厄払い!オープンデータソン in さかい」でWikipedia & OpenStreetMapの編集対象となった方違神社を通っています。にぎわいのあるアーケード商店街の西側、「パーターさかもと第1ビル」には堺東映シネマ跡地があります。

東映シネマは2010年12月26日に閉館したそうですが、エレベーター前のフロア案内には「3階 堺東映シネマ」の文字がそのまま残っていました。試しにエレベーターで3階に上がってみると3階フロアに降りることができるのですが、真っ暗でこわい。

堺市立中央図書館では2000年の住宅地図を確認しましたが、堺東商店街の商業ビル「ヤングタウン103」4階に堺東宝が、「ヤングタウン103」2階に堺シネマ1・2が、商業ビル「パーターさかもと第2ビル」2階に堺東銀座ニューシネマが、同じく「パーターさかもと第2ビル」2階に堺東AVシネマがあったことが確認できました。これらは消えた映画館の記憶地図(全国版) - Google My Mapsマッピングしています。

f:id:AyC:20190108142013j:plainf:id:AyC:20190108142015j:plainf:id:AyC:20190108142019j:plain

 (写真)2010年まで堺東映シネマがあったパーターさかもと第1ビル。

 

3. 堺市立中央図書館

堺東商店街から南に約2km歩き、堺市立中央図書館へ。長方形の町割りに一条通から七条通りまで名付けられた街を通りました。戦後の町ではないと思いましたが、今昔マップで確認すると昭和初期にはもうこの町割りができているようです。

堺市立図書館は1916年に大阪府初の市立図書館として開館。現行館の堺市立中央図書館は1971年竣工であり、2階が重たい印象的な外観ですが、1階中央部の階段を上って2階の開架室に入る館内も印象的。1971年当時の図書館事情を考えると、都道府県立図書館に匹敵する立派さだったのではないかと思います。

愛知県では常滑市立図書館や瀬戸市立図書館とほぼ同時期の建物であり、大阪府でもかなり古い部類に入るのではないかと思います。建築系雑誌では『新建築』1971年12月号「堺市立図書館」や『建築文化』1971年12月号の「特集 図書館建築6題」などに掲載されているようですが、古すぎて愛知県図書館には所蔵されていません。

 

『みんなの図書館』2018年4月号の「市民とつくる地域資料サービスの可能性」(竹田芳則)に登場する「堺メモリー倶楽部」が気になります。写真のデジタル化などで堺市の歴史を保存・発信する活動を、図書館と市民が協力して行っているようです。このような団体がいてくれるのはありがたい。

堺市立中央図書館は2017年3月19日2018年2月11日に「ウィキペディアタウン in さかい」を開催しており、この論考ではウィキペディアタウンが “新しい市民参加による地域資料サービスの可能性” と表現されています。この論考によると「堺メモリー倶楽部」はウィキペディアタウンとは別にウィキペディア記事の作成も行っているのでしょうか。気になります。

 

2016年には図書館開館100周年を迎え、記念講演会、パネル展、シンポジウムなどの記念事業を実施したようです。『堺市立図書館100年史』を購入しようと思ったのですが忘れてしまいました。

堺市立中央図書館は全国紙5紙のデータベースをそろえていますが、利用者カードがないと使えないようでした。新聞データベースは利用者カードなしでも使用可能な図書館が多いという印象がありますが、全国的にはどうなんでしょう。

f:id:AyC:20190108142023j:plainf:id:AyC:20190108142025j:plain

 (左)堺市立中央図書館。(右)建物から離れた場所にある返却ポスト

f:id:AyC:20190108142029j:plainf:id:AyC:20190108142034j:plain

 (左)一般室と子ども室で分かれている建物入口。(右)1階から2階に上る階段。

f:id:AyC:20190108142038j:plainf:id:AyC:20190108142041j:plain

 (左)一般書の書架。(右)郷土資料。

 

4. 堺市立青少年センター図書室

堺市立中央図書館からは宿院の堺山之口商店街を通り、約4km歩いて堺市立青少年センター図書室へ。昔はこのアーケード商店街が堺の筆頭の商店街だったらしい。おしゃれな公式サイトがありますが、“羽衣国際大学小川雅司研究室プロデュース” とあり納得。“第二次世界大戦後まで、大阪の心斎橋と並ぶ、第一級の繁華街として大変賑わっていました” とあります。

堺市立青少年センター図書室にはただ立ち寄っただけですが、堺市の環濠地区内唯一の図書施設のようです。

f:id:AyC:20190108142046j:plainf:id:AyC:20190108142049j:plainf:id:AyC:20190108142052j:plain

(写真)堺市立青少年センター図書室。

 

 5. 綾之町東商店街

堺市立青少年センター図書室からは紀州街道などを歩き、約3.5km歩いて大阪市立住之江図書館へ。阪堺電車綾ノ町電停の東側には綾之町東商店街がありましたが、営業中だったのは数軒のみ。これでアーケードの維持費や電気代を捻出できるのか不安になります。

f:id:AyC:20190108142057j:plainf:id:AyC:20190108142100j:plainf:id:AyC:20190108142103j:plain

 (左)商店街の中央を阪堺電車が通る綾之町東商店街。(右)玉子店なのか茶葉販売店なのかクリーニング店なのかわからない店。店名もニューファーストなのか西端ショップなのかわからない。

 

2. 大阪市立住之江図書館を訪れる

1. 安立本通り商店街

大和川に架かる大和橋を渡ると大阪市紀州街道をそのまま北に向かうとアーケードの安立本通り商店街がありました。これだけにぎわっている商店街であれば、かつては映画館のひとつくらいあってもおかしくない。しかし私が『映画館名簿』で簡単に調べた限りでは、1974年の発足以後の住之江区に映画館が存在したことはなかったようです。

f:id:AyC:20190108142109j:plainf:id:AyC:20190108142113j:plain

(写真)安立本通り商店街。

 

安立本通り商店街の50m東に並行して安立東通り商店街がありますが、こちらはがらがらでした。

f:id:AyC:20190108142117j:plainf:id:AyC:20190108142120j:plain

(写真)安立東通り商店街。

 

安立本通り商店街と安立東通り商店街をつなぐ商店街として銀座通り商店街(商店会)がありますが、屋外部分も屋内部分も廃墟と化していました。

f:id:AyC:20190108142125j:plainf:id:AyC:20190108142130j:plain

(写真)銀座通り商店街。

 

2. 大阪市立住之江図書館

堺市立中央図書館からだらだら歩きすぎたせいで、大阪市立住之江図書館にたどり着いたのは閉館9分前の16時51分。館内をじっくり見学することはできませんでした。
この図書館では「思い出のこし」事業を行っています。市民が提供する思い出を土台に、司書が文献調査や聞き取りを行って公開する取り組みです。

“ウリが多く栽培されていた” “南港でイワガキを獲って食べた” などといった思い出を文字化し、地域別・年代別に分けてファイルで保存。本ブログと同じくクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公開しています。図書館の特徴、司書の専門性を活かした素晴らしい取り組みだと思います。“利用者と図書館の間でコミュニケーションをとるきっかけを生み出してくれた” (『みんなの図書館』2018年4月号)という言葉が印象的です。

 

参考

地域情報発信のありかたについて−「思い出のこし」と「戦国時代を舞台にした歴史小説:calilリンクつき」の事例より− :第313回研究例会報告

公立図書館における住民との協働による地域資料サービスの構築 / 相宗大督 | カレントアウェアネス・ポータル

相宗大督「大阪市立図書館『思い出のこし』事業について 立案者としての立場から感じたことなど」『みんなの図書館』2018年4月号、pp.7-15

f:id:AyC:20190108142135j:plainf:id:AyC:20190108142140j:plainf:id:AyC:20190108142145j:plain

(写真)大阪市立住之江図書館。

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章・写真は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。