読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

振り返ればロバがいる

Wikipediaの「利用者:Asturio Cantabrio」によるブログです。ロバです。

記事「柳窪」について その1

f:id:AyC:20170428074118j:plain

Copyright © 「国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省」。カラー航空写真を使用する場合は、Wikimedia Commonsだけでなくウィキペディアの本文中にも「国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。」と入れなくてはならない謎仕様。

 

 

記事「柳窪」の歩み

2017年2月25日、ウィキペディア柳窪 (東久留米市) - Wikipediaという記事が作成されました。作成者はこの柳窪が初編集の方(Harwell1212さん)。とても完成度の高い記事を初心者が作成したということで、2ちゃんねるではこの方は別アカウントの生まれ変わりではないかと疑われていたそうです。

2月27日夜にはWikipedia:メインページ新着投票所 - Wikipediaに推薦されました。約24時間で7票を集め、2月28日夜から3月1日夜まではメインページに掲載されました。24時間での選考通過は「とても早い」部類。この記事の通常時の閲覧回数は10-15/日ですが、2月28日は281回、3月1日には637回に跳ね上がっています。3月2日から3月10日にはWikipedia:月間新記事賞 - Wikipediaの選考にかけられ、5票を得て月間新記事賞を受賞しました。月間新記事賞を受賞したことでWikipedia:良質な記事/良質な記事の選考 - Wikipediaに自動推薦され、最終的に選出には至りませんでしたが、その過程で他者の編集も入って記事の質が大きく向上しています。

 

なぜ記事「柳窪」がすばらしいか

ウィキペディアには新しく作成された記事が一覧できるページがあります。2月27日に柳窪が作成されて半日後くらいにはこの記事の存在に気づき、「第1回ウィキペディアタウンin東久留米」の参加者の誰かであることを確信しました。

第1回で一緒のグループにいたNさん、もしくはふじいさん本人がHarwell1212さんなのではないかと推測しましたが、ごにょごにょしたメッセージで別の方だということが判明しました。第1回ウィキペディアタウンの際の懇親会で私の正面に座っていた方(仮に「ハーウェルさん」らとします)でした。

私がこの記事に引き込まれたのは主に2点、「初版から完成度が高かった点」、「『柳窪』でググってもほとんど情報が出てこない点」です。

f:id:AyC:20170428074703j:plainf:id:AyC:20170428074705j:plain

 ・東京から川を越え林を抜けるとそこには東久留米の町が!

 

完成度が高い初版

いわゆるウィキ記法を使いこなすのには慣れが必要です。各地のウィキペディアタウンではウィキペディアを初めて編集する方を何人も見てきましたが、初編集からマークアップを自在に使いこなせる人はいません。

この記事は初版から、出典の付け方、箇条書き、数字の半角化、外部リンクやカテゴリなどが整っていました。いくつか修正したい点はあったものの、大多数の初心者との違いは歴然としていました。

 

それぞれの節には文章を解説するのに効果的な写真が添えられています。1枚目の写真がアップロードされたのは2016年12月30日であり、記事が作成されたのは2017年2月25日です。何か月もかけて1つの記事を作成していたのだということがよくわかります。いずれもきちんとした構図で撮られており、説明写真として申し分ないものばかりです。(ただし写真のサイズが小さい点とメタデータが失われている点は気になり、ハーウェルさんが撮影者ではないのではないかと思いました)

この記事の初版のバイト数は19,000バイト。能力のある方ならこのくらいの文章を書くのは難しくないです。ちらっと聞いたハーウェルさんの現在の肩書や過去の経歴を考えると、このくらいは余裕だったでしょう。とはいえ、「簡潔に短く書かれているのが百科事典」「箇条書き主体、どうでもいい部分だけは冗長に書かれているのがウィキペディアの地誌」(例:東久留米市 - Wikipedia)という思い込みを外すのは容易ではありません。どんな記事をお手本にしたのかが気になりました。

 

ウェブ検索しても出てこない情報

「有志が市街化調整区域への逆線引きを申請」した出来事など、この柳窪という記事には興味深い歴史が書かれています。Googleマップ地理院地図と見比べながら記事を読み進めました。空中写真を眺めると「緑の島」がはっきりと見えます。「ウィキペディアタウンin東久留米」で南沢湧水群を訪れ、東京にも自然豊かな地域があることは理解していたのですが、柳窪の歴史と現代の保護活動まで合わせて、東久留米にはこんな地域があるのかと驚きました。

他の情報を得ようとウェブ検索してみたものの、単に「柳窪」と検索するだけではほとんど情報は得られません。これほど特色がある地域であれば、市民団体なり個人ブログなりで情報発信されていてもおかしくありません。所在地が東京都ということで埋もれてしまっているのでしょうか。ハーウェルさんはいままでウェブ上に出てこなかった紙の文献の存在を示してくださいました。

 

良質な記事の選考

新着投票所(メインページへの掲載)、月間新記事賞、良質な記事というのはウィキペディアコミュニティが内輪で行っている選考ごっこにすぎないのですが、メインページに掲載されることで閲覧数が跳ね上がったり、選考で隅から隅まで読んで的確なコメントを付けてくださる方がいたりと、記事を書く動機付けになります。

4月11日に始まった良質な記事の選考でも、質の向上の助けとなるコメントが付けられています。選考開始時点ではいくつか改善すべき点が残っており、おそらく選出されないだろうと思っていました。4月22日には三重県の地誌記事(志摩町和具 - Wikipediaはいつも私のお手本)を書いているMiyuki Meinakaさんが歴史節を加筆し、地理節や交通節を付け加える大幅加筆を行いました。さかおりさんは航空写真を貼付し、完成度の高い記事となりました。……

その2につづくかも。

 

ayc.hatenablog.comhttp://ayc.hatenablog.com/entry/2016/09/27/0832

 

 

 

 

 

 

 

小布施町立図書館まちとしょテラソを眺める

Library of the Yearを受賞した図書館

2016年3月にWikimedia TOWN×INA Valleyに参加する前、伊那市立図書館について検索してみた。2013年に「Library of the Year」という賞を受賞しているすごい図書館らしい。どうすごいのかはググってもよくわからなかった。

実際に高遠町図書館と伊那図書館を訪れてみると、いろいろな点に目を見張った(ただしそれは「Library of the Year」の受賞理由とは違う部分だと思う)。コピーして持ち帰った文献からは深い歴史が見えてきた(それも受賞理由とは違う部分だと思う)。自分の目で伊那市立図書館を見て、伊那市立図書館についての文献を読むことで、確かにこの図書館はいい図書館だと思った。

 

2016年8月には、前年に「Library of the Year」を受賞している多治見市図書館を訪れた。まとまった量の陶磁器資料コーナー以外で分かりやすい「ウリ」はないように見えた。「Library of the Year」でどんな点が高く評価されたのはわからなかったけれど、家に帰ってから小嶋智美さんによるプレゼンのPDFを読んで、少しだけ納得した。

同じく8月には、2011年に「Library of the Year」を受賞している小布施町立図書館まちとしょテラソ - Wikipediaを訪れた。中も外も印象的な建物で、居心地の良さを感じたが、やはり「Library of the Year」の受賞理由はわからない。「まちづくり」とのかかわりが評価されているようなので、図書館に入って2時間過ごしただけでわかるものではないのかもしれない。

f:id:AyC:20170424233308j:plain

 

まちとしょテラソを訪れる

8月に現地を訪れる前から、ウィキペディアのまちとしょテラソの記事を加筆しようと考えていた。初夏には文献を集め始めており、まずは地元の愛知県図書館で『はなぼん』や『明日をひらく図書館』などの書籍を、『新建築』や『図書館雑誌』などの雑誌記事を確認した。そして8月には現地で建物と館内の写真を撮影し、その日の午後に県立長野図書館を訪れて『小布施町立図書館 図書館のあゆみ』をコピーした。

ただ、長野県には『愛知県図書館史年表資料考察: 愛知県における図書館のあゆみ』のような文献がないらしい。頼みの綱の『近代日本図書館のあゆみ 地方編』にも言及がない。『-図書館のあゆみ』はOPACで検索するとヒットする唯一の文献だったが、ただのパンフレットだったのでがっかりした。核となる文献がみつからないので加筆を取りやめていた。

f:id:AyC:20170424233348j:plain

 

まちとしょテラソが加筆される

2017年3月20日には県立長野図書館でウィキペディアタウン「WikipediaLIB@信州」が行われた。平賀館長の推薦でまちとしょテラソも加筆対象となった。イベントに参加していたAncorone3さんはイベント終了後にも加筆を続け、「WikipediaLIB@信州」までとはまったく別の記事になった。

書籍、雑誌記事、新聞記事、町史、町報、ウェブサイトと、いろんな種類の文献が使われている。私は町報や町史などを手に取る前に文献集めをやめていた。『月刊社会教育』、ビッグイシュー 、『関東地区公共図書館協議会研究集会報告書』などにはそもそもたどり着けなかったと思う。

 まちとしょテラソ以前には小布施町に図書館がなかったのではないかという先入観があった。WikipediaLIB開催前のページには2006年以前の歴史が一行も書かれていない。ところが、Ancorone3さんの加筆で長い歴史が見えてきた。小布施町の図書館サービスは1923年からずっと続いているらしい。2006年まで図書館があった場所や、まちとしょテラソが建つ前にあった施設のこともわかるようになった。沿革節の小節タイトルは悩んだのではないかと思う。「小布施町立図書館まちとしょテラソ」という記事名なのに、まちとしょテラソができる前の歴史のほうがずっと長い。

Library of the Year受賞の要因となる「取り組み」節も充実した。「まちじゅう図書館」、「デジタルアーカイブ」、「花の童話大賞」の三本立てになっている。

f:id:AyC:20170424233627j:plain

 

まちとしょテラソを読む

加筆された文章を読むと、現地を訪れた時のことを思い出す。

サクラの老木を避けるようにして作られた光庭がある

敷地には何本かのサクラの老木が植わっており、建物に向けて張り出している。この老木の枝を避けて壁が窪んでいる一角はとても印象的だった。外に出て写真を撮ろうと思っていたが、どうやら撮り忘れたらしい。

 

室内の気配を感じ取れる

小布施町の人口は2万人に過ぎない。まちとしょテラソの延床面積はわずか1,000m2。ワンフロアのうえにバックヤード部分が少ない。館内の人の動きを感じ取れるような雰囲気がある。

 

まちじゅう図書館

「主な取り組み」節にはまちじゅう図書館のイメージ画像が使われているが、この画像は図書館内の展示を撮っただけであって、実際のまちじゅう図書館ではないのが申し訳ない。いつか本物のまちじゅう図書館の写真を撮りに行きたい。

 

外壁の薄黄色は小布施町の名産である栗や土壁などから選ばれた

Infobox内のメイン画像はプロの写真家が撮ったものらしく、この場所の雰囲気をよく表しているけれど、外壁の色はわからない。「主な取り組み」節には昼間の外観の画像が使われていて、この薄黄色にもきちんと理由があったことは初めて知った。

 

布施正倉・小布施人百選・花の童話大賞

デジタルアーカイブ事業や花の童話大賞については、図書館を訪れただけではわからない。その意義が伝わりにくい事業にも思えるので、公式サイトの紹介ページ以外でネット上に残すのは重要なことだと思う。

 

 

昨秋にMiyuki Meinakaさんが飛騨市図書館 - Wikipediaを加筆された時には、現地を訪れて撮ってきた写真を追加した。まちとしょテラソでも何か援護射撃したい。

『長野県史』、『長野県教育史』、『長野県社会教育史』には何か言及があるだろうか。東京や愛知の図書館から相互貸借することは可能とはいっても、書棚から手に取って調べたい。

OPACで検索しても、小布施町立図書館単体での事業年報はみつからない。ということは町の社会教育施設全体の事業年報があるのだろうか。これは小布施町立図書館に対してレファレンスを行ってみないとわからない。

信濃毎日新聞データベースで検索するとどんな記事が見つかるだろう。全国紙にも取り組みが取り上げられるような図書館なので、何も見つからないことはないと思う。新聞記事データベースは現地在住でないと利用が難しい。

f:id:AyC:20170424233554j:plain

 

※写真の撮影者はいずれもAsturio Cantabrio。Category:Machi tosho terrasow - Wikimedia Commonsにオリジナルサイズの画像があります。

瀬戸市立図書館を訪れる

瀬戸市立図書館はよい図書館です。
公式サイトでは統計情報を閲覧でき、貴重資料をウェブ上で閲覧できるデジタルアーカイブサービスを行っています。周辺自治体の5大学と相互利用協定を結んでるし、活発な友の会があるようです。
図書館史の刊行が盛んな愛知県の中でも立派な50年史を1996年に刊行しています。県内で2番目に定期休館日をなくした図書館でもあります。北川民次が原画を描いた壁画にはインパクトがあります。
先日訪れた名古屋市守山図書館(1972年竣工)には、1階の奥に積層書架がありました。1970年竣工の瀬戸市立図書館も同時代の建築物。建物の中央部に積層書架があり、守山図書館より大規模です。一般書が積層書架に詰め込まれている一方で、雑誌コーナー、地域資料室、児童書エリア、AV&インターネットコーナーはゆったりとしており、建物の古さを感じさせないような努力がなされています。
 
2016年には「瀬戸市立図書館整備基本構想」が策定されました。
管理運営体制(直営 / 一部業務委託 / 指定管理)や施設(増築 / 新築 / 移転)についていくつかの案が出され、それに対してパブリックコメントも行われたようです。新築や移転を行わずに現行館を増築するとしても、現行館がいまの状態で見られるのはあと数年でしょうか。
 

f:id:AyC:20170416235150j:plain

(写真)満開のサクラと瀬戸市立図書館。ナンバープレートは修正済。
 
サクラが満開の日に瀬戸市立図書館を訪れ、カウンターで写真撮影の可否を尋ねました。まず嘱託の方が「人が映らなければ撮影してもよいのではないか」と言い、別の嘱託の方が「念のため別室にいる職員に聞いてみる」とのことで、最終的には「ルールなので撮影は不可」(別室の人)ということになりました。
残念。もし嘱託の方の判断で撮影許可を出してしまったら後で別室の人に怒られてたのかな。明確なルールがあるのであれば撮影できないのは仕方ないですが、館内の様子は誰かに記録しておいてもらいたいものです。
 

f:id:AyC:20170416235214j:plainf:id:AyC:20170416235217j:plain

(上左)建物の先端部分の壁画が「妄想におびえる人間が本で知識を付けて妄想を拭い去る」というやつか。瀬戸市立図書館は北川民次最後の壁画。

(下)駐車場はすごい傾斜。

f:id:AyC:20170416235420j:plain

スペインの自治体記事を作り続ける

2014年からスペインの自治体記事を作り続けている。ウィキペディアの根幹となるのが地名/自治体記事だと思っている(地理学徒のうぬぼれ)。

バルセロナなどの大都市、パンプローナなどの州都/県都クラスの都市はすでに記事があった。人口5万人以下の自治体は未作成の自治体も多かった。新規作成したスペインの自治体は100自治体弱、スペイン以外の自治体を含めると100自治体を越えた。ひとつひとつ、コツコツと作り続けている。

スペインには約8,100の基礎自治体がある。Xaponesさんが約400自治体を、Magyonさんが約200自治体を、私が約100自治体を作成し、この3人以外が約100自治体を作成している。記事があるのは約800自治体。自治体総数のたった10%でしかない。

これらの自治体の多くは、日本語ではまったく言及されることがないか、たった1つの視点からしか言及されない。これらの自治体について初めて日本語で言及するメディアがウィキペディアとなることも多い。おもしろい。

新規作成した自治体の中からいくつか紹介。

 

 

スペイン北部・東部

アウリッツ/ブルゲテのホテルにはヘミングウェイが泊まった。『日はまた昇る』の主人公ジェイク・バーンズによるとこのホテルは「高すぎる」。(ナバーラ州)

ランツの謝肉祭では人形が村中を引き回された上に焼き殺される。フランコ政権が問題視したもの無理もない。(ナバーラ州)

スガラムルディには魔女が住む洞窟がある。今日でも毎年「魔女の集会」が行われるが、若者が乱痴気騒ぎを楽しむ場になってしまったらしい。(ナバーラ州)

ソペラにはヌーディストビーチがある。老若男女130人がフルヌードで走るマラソン大会が開催されている。集団で駆ける参加者の画像への外部リンク有。(バスク州

ビジャロヤの人口は8人。選挙になると9時前から投票所前に住民が集まる。9時に投票所が開くと一斉に投票を行い、9時1分には閉まってしまう。イリャン・デ・バカスはれっきとした基礎自治体なのに登録人口が0人だったこともある。(ラ・リオハ州

マンシージャ・デ・ラ・シエラダム湖の底に沈んだ。乾季には湖の底から廃墟が現れる。(ラ・リオハ州

ベルチテはスペイン内戦で市街地が完全に破壊されたが、フランコ政権によって意図的に「廃墟が残された」。(アラゴン州

サン・サドゥルニ・ダノヤビラフランカ・ダル・パナデスはカバワインの拠点であり、スペインを代表するワイナリーが集まっている。(カタルーニャ州

カステリョー・ダンプリアスには「スペインのヴェネツィア」がある。何もない湿地帯に別荘併設型マリーナを築いた。(カタルーニャ州

マニゼスはスペインにおける窯業の首都であり、その根底にはイスラーム教徒の製陶技術がある。(バレンシア州

f:id:AyC:20170405055914j:plainf:id:AyC:20170405055917j:plain

(左)ランツの謝肉祭(右)スガラムルディの洞窟

f:id:AyC:20170405055920j:plainf:id:AyC:20170405055929j:plain

 (左)ベルチテの廃墟(右)マニゼス陶器

 

スペイン中央部・南部

メホラーダ・デル・カンポには、1人の修道士が手作業で作り続けている「大聖堂」があるが、56年経ってもまだ完成していない。(マドリード州

世界遺産に登録されたアルマデンには世界最大の水銀鉱床がある。かつて囚人労働者や奴隷労働者が強制的に働かされた負の歴史を持つ。(カスティーリャ=ラ・マンチャ州

コンスエグラカンポ・デ・クリプターナには十数基の風車がある。ドン・キホーテがどちらの町に突進したのかは判明していない。(カスティーリャ=ラ・マンチャ州

アンテケーラはアンダルシア4大都市を結ぶ四角形の中央にあり、「アンダルシアの心臓」と呼ばれる。2016年にはヨーロッパ有数のドルメンが世界遺産に登録された。(アンダルシア州

マリナレーダ共産主義者ユートピアであり、この自治体に来ればみな平等。(アンダルシア州

f:id:AyC:20170405061328j:plainf:id:AyC:20170405061332j:plain

(左)フスト大聖堂(右)コンスエグラの風車


スペイン島嶼

インカはスペインにおける靴製造の中心地だ。フィロキセラでブドウの木が壊滅したことがきっかけだった。(バレアレス諸島州

・人口700人のデイアには国外の上流階級が別荘を持つ。「ブランド品を付けているのは村人、サンダルや麦わら帽子で生活しているのは上流階級」というジョークがある。(バレアレス諸島州

テルデは日本のマグロ漁船の基地があったラス・パルマスに近い。日本国憲法9条に共感した首長によってヒロシマナガサキ広場が建てられた。(カナリア諸島州

・1492年、大西洋横断前のコロンブス氏はサン・セバスティアン・デ・ラ・ゴメラに立ち寄った。(カナリア諸島州

f:id:AyC:20170405062252j:plain

 (写真)コロンブスが立ち寄った島

 

 

 

写真はいずれもWikimedia Commonsより。

ランツの謝肉祭("Panzermix" CC BY-SA 3.0)、スガラムルディの洞窟("Argia.com" CC BY-SA 3.0)、ベルチテの廃墟(CC0)、マニゼス陶器("team a" CC BY-SA 2.5)、フスト大聖堂("Tony Rotondas" CC BY-SA 3.0)、コンスエグラの風車("Hugo Díaz-Regañón" CC BY-SA 2.0)、コロンブスが立ち寄った島("Andree Stephan" CC BY-SA 2.0)

カタラン・カルチャー・チャレンジ2017

この種の物としては、まことに世界一の本じゃ。よいかね、この物語では、騎士というものが飯をちゃんとくうし、眠るにも死ぬにも床へはいるし、臨終には遺言をしたためるし、どんな騎士物語にも書いてないいろいろの事をするのじゃ。

セルバンテスドン・キホーテ』第1部第6章より

 

マルトゥレイ、セルバンテスディケンズバルザックトルストイコンラッドトーマス・マン、彼らは小説において物量と野望が文学的巧緻と語りの戦略と同様に大事であることを教えてくれました。

バルガス=リョサノーベル文学賞受賞演説より

 

昨秋から今春にかけて、いくつかの図書館の新着図書コーナーでジュアノット・マルトゥレイ『ティラン・ロ・ブラン』(岩波文庫)をみかけました。カタルーニャ語学者の田澤耕が2007年に刊行した単行本を基に、2016年10月から1か月に1巻ずつ文庫化。2017年1月の第4巻で完結しました。セルバンテスドン・キホーテの口を借りて『ティラン・ロ・ブラン』を絶賛。バルセロナ在住経験のあるマリオ・バルガス=リョサは、2010年のノーベル文学賞受賞演説でマルトゥレイの名前を挙げています。

マルトゥレイは15世紀カタルーニャの騎士道小説作家。地中海の覇権を握っていたこともあるカタルーニャ君主国において、15世紀は「カタルーニャ語文学の黄金時代」であり、「スペイン文学の黄金時代」(16-17世紀)より一足早く文学が花開いています。詳しくはカタルーニャ語文学 - Wikipediaにて。

 

アナ・マリア・マトゥテやフアン・ゴイティソーロカタルーニャ出身だし、ガルシア=マルケスやバルガス=リョサバルセロナで暮らしていたことがある。一方、カタルーニャ語の現代作家で邦訳されている作家は少ない。私の乏しい知識の中では、都会的で洗練されているキム・ムンゾーは日本人好みだと思われます。村上春樹的。そういえば村上氏は「バルセロナのサイン会で女性読者がキスを迫って来るので大変だった」と語っており、日本人とカタルーニャ人の感性は似通っているのかもしれません。

 

-----

さて、3月前半にはWikipedia:Catalan culture challenge - Wikipedia(カタラン・カルチャー・チャレンジ)というオンラインの執筆コンテストに参加しました。ウィキメディア財団カタルーニャ支部が主催し、全言語版の執筆者が参加可能。あらかじめ指定された10人の人物記事(現代カタルーニャの学者)を自言語版に翻訳するコンテストです。私はジュアン・ウロー - Wikipediaなどを作成してポイントを得ています。2016年大会では22人中3位となったこのコンテスト、今回も7人中3位となって入賞することができました。

前回は副賞として「Wikipedia15周年記念Tシャツ」をもらいました。今回の副賞は「1 novel (in English language) from a Catalan speaking author」。何が届くのか楽しみにしていたら、ジュアン・サレスという作家の『Uncertainly Glory』というペーパーバックが送られてきました。オリジナルは1956年にカタルーニャ語で書かれた本であり、送られてきたのはイギリス人翻訳家のピーター・ブッシュによって2014年に英訳された版です。

この著者のことは全く知りませんが、ウィキペディアには8言語版に単独記事がありました。1912年生まれで1983年死去。共産主義的思想を持ち、共和国派としてスペイン内戦に従軍、内戦後はフランスに亡命し、1948年に帰国すると現代カタルーニャ語文学で重要な位置を占める作家になったようです。1955年にはこの『Uncertain Glory』でサン・ジョルディ文学賞を受賞。ただし、1955年当時のこの文学賞はジュアノット・マルトゥレイ賞という名前でした。

カタルーニャから(正確にはアメリカから)送ってくれたのはうれしいのだけど、写真も図もない460ページもの英語小説を読むだけの英語力と根気がありません。この本どうしよう。

(おわり)

 

f:id:AyC:20170329193807j:plain

シネ・エスパニョーラ2017

3月25日からシネマート新宿とシネマート心斎橋でスペイン映画5本の特集上映「シネ・エスパニョーラ」が開催されています。ウィキペディアタウンin東久留米の前日には、シネマート新宿で『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』と『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』を観賞しました。

 

「シネ・エスパニョーラ」で上映中の5作品

『ザ・レイジ 果てしなき怒り』監督:キケ・マイーリョ

『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』監督:オリオル・パウロ

『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』監督:イニャキ・ドロンソロ

『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア

『キリング・ファミリー 殺しあう一家』監督:アドリアン・カエターノ

 

この5本の中だけでも、マリオ・カサス - Wikipediaは3本、ルイス・トサール - Wikipediaは2本に出ています。シネコンではなかなかお目にかかれませんが、特集上映/映画祭上映やDVDでの鑑賞を含めれば、彼らはいまいちばんよく見るスペイン人俳優かもしれない。

 

『クリミナル・プラン』は2時間前にチケットを買って残り12席でした。実は現地での公開日は4月末であり、日本公開は現地よりも1か月以上早い。作品中ではマドリードが舞台となっていますが、バスク州ビルバオの中心市街地でロケが行われています。

監督のイニャキ・ドロンソロもバスク州ビトリア=ガステイス出身。金庫破りに扮した潜入捜査官が、犯人グループを一網打尽にしたのになぜか銀行強盗を続行する、というストーリー。副題やあらすじが面白そうだったので期待していた下が、やや拍子抜け。ヒロインのアルバ・ガローチャはモデル出身。

 

『クローズド・バル』はベルリン国際映画祭のコンペ外で上映された。スペイン公開は日本公開の前日、実質的には同日公開。アレックス・デ・ラ・イグレシア監督は日本にもファンが多く、この日も4時間前にチケット買ったのに残り8席でした。この監督らしい悪趣味なコメディで、バルに取り残された8人の客がばったばったと死んでいく。

ヒロインはブランカスアレス。『クリミナル・プラン』よりも娯楽要素・お色気要素が強く、胸の大きさを強調するシーンもあります。スアレスは正統派の美人ですが、物語後半にはオリーブオイルを塗りたくった下着姿で下水道内を逃げ回ります。

 

www.albatros-film.com

 

WikipediaLIB@信州に参加する(2)イベント当日

f:id:AyC:20170324144632j:plain

みんなの一体感とか表情がすごくいいので再掲載。

 

3月19日は京都・大原にて「ウィキペディアタウン大原」に参加。「もっと大原里山研究所」が主催、是住さんらのししょまろはんが協力、東京から始発で来たというくさかさんが講師でした。くさかさんとは400km離れた長野でも顔を合わせることになります。

f:id:AyC:20170324202559j:plainf:id:AyC:20170324202601j:plainf:id:AyC:20170324202603j:plain

f:id:AyC:20170324202609j:plainf:id:AyC:20170324202611j:plain

 

長野に向かう

くさかさんは東京の自宅に帰って翌朝の新幹線に乗ったそうですが、私はその日のうちに長野に入る。定番の東海道新幹線&特急しなの(名古屋経由)では芸がないため、特急サンダーバード&北陸新幹線(金沢経由)というルートを選びました。交通費や所要時間はほぼ同等であり、大原を出る時間によっては名古屋経由に切り替えることも検討していました。

長野到着時には翌日に発表するスライドが1枚もできていない状態。20日のWikipediaLIB@信州当日は朝早く起き、スライドと発表のための原稿を準備して県立長野図書館に向かいます。9時に到着したらもう宮澤さんがおり、小澤さん・篠田さん・槌賀さんが最終準備をしています。宮澤くんに挨拶する気持ちの余裕もなかったのですが(ごめんねー)、どこかでお会いしたことのある方が何人かおり、Facebookで名前や顔を見かけたことのある方も多かったので落ち着きました。

f:id:AyC:20170324204359j:plain

 

ウィキペディアとは何か」

 司会は小澤さん。館長に続いて篠田さんが本日のイベントの趣旨を説明します。アーバンデータチャレンジ、1月の高遠ぶらりに続いてこの手のイベントが3回目だという篠田さんは、「何を書いていいかわからない」ということを強調されていました。ウィキペディアを始めて編集する方から何度か聞いたことのあるコメントですが、編集に慣れすぎているウィキペディアンはこのことになかなか気付かない。調べる楽しさのあるイベント、立場の違いに関係なく考えるプロセスや考える機会を提供するイベントという言葉もありました。

 

f:id:AyC:20170324204857j:plainf:id:AyC:20170324204419j:plain

 10時20分からは槌賀さんが担当の書庫ツアー。実は昨年8月に県立長野図書館を訪れた際に、今回のイベントにも参加されていた北原さんに館内ツアーをしてもらっています。もちろんアポなしの訪問で、館内の写真を撮りたいという怪しいお願いをしたところ、書庫も含めた館内を説明してくれたのでした。

 書庫ツアー後にはらっこさんによる「ウィキペディアとは何か」。3月6日にも尾道でらっこさんの説明を聞いていますが、司書が多い今回の参加者層に合わせてグレードアップさせた印象です。スライドに何回も表示していた短縮URLはホワイトボードへのメモでもよかった気が。

f:id:AyC:20170324205846j:plainf:id:AyC:20170324204416j:plain

 

ウィキペディアと図書館をつなぐ」

 11時25分からは宮澤さんの「ウィキペディアと図書館をつなぐ」。私にとっては宮澤さんの発表がこの日のハイライトでした。小学生の調べ学習から入り、なぜウィキペディアを使うのかということ、レファレンスとウィキペディアの関わりについて説明します。宮澤さんは是住さんや藤井さんとはまた違った視点でウィキペディアを見ています。

 私が図書館の記事に手を出し始めた時には、図書館が社会教育施設であるという当たり前の知識がなく、図書館にある379の棚で文献を探すことを思いつきませんでした。郷土写真集に古い図書館の写真が載っていることにも気づかなかった。自力で一通り文献を探してみたものの思うように文献が集まらなかった時に、いつもヒントをくれるのは愛知県図書館の司書さんです。文献はできる限り自力で探したいと思っていますが、より充実した記事にしたいとき、未知の分野に手を出すときなどにはレファレンスを行っています。

「伊勢春慶」という記事があります。昨年9月のウィキペディアタウンin伊勢で執筆対象となった記事です。私はこのイベントには参加しなかったのですが、図書館総合展で岡野先生に挨拶したことでこの記事に興味を持ち、ネットで検索したり、伊勢春慶デザイン工房や桑名市立図書館を訪れて文献を探しました。デザイン工房では文献がほとんどないという話を聞き、自分で調べても確かに文献が少ないことがわかりました。最後に三重県立図書館の地域資料コーナーに行ってレファレンスを行うと、対応してくださった司書さんは私の話を聞く前から伊勢春慶の文献の少なさを知っており、PCで検索もせずに書棚に向かうと、私が気付かなかった文献をいくつか引っぱり出してくださったのでした。司書に頼ることを学びました。

f:id:AyC:20170324204339j:plain

 

ウィキペディアに記事を書くこと」

  らっこさん・宮澤さん・諸田さんとは違い、私は人前で話し慣れていません。「ウィキペディアとは何か」や「ウィキペディアの編集方法」についての最低限の説明はできますが、平賀さんから与えられたお題は「ウィキペディアに図書館記事を書く」です。

今回のイベントは「図書館」という明確なテーマを持っており、司書の参加が多いことが想定されました。日ごろから司書の業務とウィキペディアの執筆の共通点を感じており、また一般的な司書の能力の高さからしても、話すことがあるのだろうかという不安を感じていました。2月中旬には練っていないスライドを作成していたものの、話す内容が固まらないまま時間が過ぎ、長野入りした午前3時から本番用のスライドを作ったのでした。なお、発表用の原稿はA4 5枚分のうち1枚分話し忘れた。スライドに入れなかった部分なので違和感がなかったのかも。下にリンク先を示した発表用原稿には入っています。

www.slideshare.net

2017年3月20日 「WikipediaLIB@信州」県立長野図書館... - Cantabrio Asturio | Facebook

 

編集ワークショップ

役目が終わって気持ちが軽くなってたので諸田さんの説明はほとんど聞いてませんでしたー。

 午後の編集ワークショップは2時間20分ですが、主催者によって【方針・準備】【調査】【構成】【執筆】に4分割されています。ワークショップでやるべき内容を理解しているからこその4分割だと感じました。一方でくさかさんやらっこさんがプログラム作成を担当する場合は、参加者の自主性に任せるべく、わざわざ分割しないのではないかと思います。

 私はふだん、ウィキペディアタウンでは必ずどこかのグループに入って作業を行います。今回は悲しいことにグループに入れてもらえなかったので、会場内を徘徊して写真を撮りつつ、何か聞かれたらそれに答えて、また写真を撮りながら会場内を徘徊していました。ウィキペディアタウンの講師として場数を踏んでいるくさかさんやらっこさんは、参加者が何か疑問を投げかけてくるまで待つ、というのがうまい。こちらからあれこれ教えてしまってはいけないイベントだということがわかってきました。

f:id:AyC:20170324204342j:plain

f:id:AyC:20170324204346j:plainf:id:AyC:20170324204348j:plainf:id:AyC:20170324204344j:plain

 

発表・講評・意見交換

 5班 下條村立図書館 - Wikipedia(新規)

「奇跡の村」下條村には「サンモリーユ下條」という施設があり、愛知県刈谷市在住・在勤・在学者と下條村在住者しか宿泊できないという決まりがあります。私は刈谷市民、宮澤さんは下條村民です。下條村立図書館を担当した5班は全員が図書館関係者。2種類の統計によって蔵書数や貸出数が異なっているという問題を、両方の数値を示すこと、ただしインフォボックス内にはより信頼性の高い(?)ほうを示すことでクリアしています。これが最適な方法なのかどうかはわかりませんが、6人が一緒に頭を悩ませたようです。

このグループは編集競合を避けるためにGoogleドキュメントを使用していました。文章がリアルタイムで更新されていきます。良いアイデア信濃毎日新聞の記事を出典として使用しているのも嬉しいです。出典=書籍というイメージを持ってしまいがちですが、地域の話題を書くときには地方紙が頼りになり、データベースを利用できる図書館で開催した甲斐がありました。

翌日にはMiyuki Meinakaさんというウィキペディアンが内容を加筆していることに気づかれたでしょうか。履歴表示画面から差分を見ると、ベテランのウィキペディアンがどのような文章を追加し、どのような修正を行ったのかがよくわかります。Miyukiさんは「指宿市立図書館」や「川上村文化センター図書館」などを書かれた方です。

 

6班 県立長野図書館 - Wikipedia(加筆)

この図書館で開催されるからには、県立長野図書館という記事の加筆は必須でした。6班は参加者の属性がいちばん多様だったグループかも。今回のイベントに講師として参加したウィキペディアンは私・らっこさん・くさかさんの3人ですが、実はこのグループには4人目のウィキペディアンが紛れ込んでいました。

イベント中に部屋から出るのには勇気がいりますが、このグループはイベント中に館長室の写真を撮ってきて記事に使用しています。私が「歴史的な記述が貧弱」と言ったせいか、信濃図書館時代、旧館時代、現行館時代の歴史がバランスよく書かれており、『保科百助の揮毫』という興味深い写真も掲載されています。書庫には県立の魯桃桜それ自体について書かれた文献もあるようです。開花時の写真は4月になったら平賀さんが追加してくれるのでしょうか。

 

2班 市立小諸図書館 - Wikipedia(新規のはずだったが加筆)

長野県有数の歴史を持つ市立小諸図書館を担当したのは2班。新規作成を行うはずでしたが、イベント前日に記事が作成されていました。とはいえ加筆の余地が十分にあったため、2班にはそのままこの記事を担当してもらいました。このグループはとても堅実な加筆を行っています。出典がまったくなかった記事に出典を追加し、沿革や特色に関する文章も追加しています。

「県内第一号(の図書館)」という言葉が追加されました。出典のことばを独自に解釈して「長野県最古」などという言葉に置き換えてしまいがち(「最古」はとてもあやふやな言葉)ですが、文献の記述通りの言葉を使ったようです。自治体広報誌も引っぱりだしたとか。このブログ冒頭部の写真は2班ですが、加筆度合い以上の達成感があったようです。 

 

7班 松本市図書館 - Wikipedia(加筆)

 1月には松本市中央図書館を訪れました。カウンターではいつも通り写真撮影の可否を尋ねたところ、カウンター近くにいた年配の男性職員が「撮影していいに決まっている」という反応をしていたのが印象的でした。撮影の可否を訪ねて館長や副館長クラスに持ち込まれてしまう場合、良い結果が得られないことも多いです。あの方は誰だったのでしょう。

7班が担当した松本市図書館はインフォボックスすらなく、県内有数の歴史を持つのに開館年しかわからなかった記事。インフォボックスには地図も加えていただきました。文章部分ではイベント中に長い歴史に関して加筆されたほか、イベント翌日にも参加者によって特殊文庫の記述が加えられています。

 

1班 諏訪市図書館 - Wikipedia(新規)

意外にも記事がなかった諏訪市図書館。諏訪市図書館本館のほかに専門図書館諏訪市立信州風樹文庫があるということで、1班は節構成について悩んだのではないかと思います。まずは作成したインフォボックスや文章のみを投稿し、その後出典を加えていったようです。リンクがないこと、名称の誤り、地図や座標がないことなどに一つ一つ気づいて修正していった過程がよくわかります。

 

3班 中野市立図書館 - Wikipedia(新規)

新規立項の6分後に即時削除依頼を出されるという、ちょっとした混乱があったグループです。結果的には削除されることもなく、編集に対して即座に反応があるというウィキペディアの特徴がわかる例として受け取ってもらいたいです。図書館プロジェクトテンプレートを使用して内容の更新を進めていったグループで、履歴には編集プロセスがわかりやすい形で残っています。

 編集中に外部から介入されると厄介なため、一般的なウィキペディアタウンには“不慣れな編集があったり、一時的に編集回数が増加したりしますが、何とぞご容赦願います。”などという文章をノートに記す「おまじない」をすることが多い。今回講師となった3人のウィキペディアン全員が忘れていたのか、それとも「おまじない」の必要性まで主催者に気付いてほしかったのでしょうか。

 

4班 辰野町立図書館 - Wikipedia(新規)

辰野町立図書館は2館からなる点で諏訪市図書館と似ていますが、4班は1班とは異なり、「沿革」という大節の中に2館をまとめる方法を取りました。2館とも歴史ある図書館。出典のひとつに1928年の『小野村誌』を使っているほかに、著作権面の問題がないことをはっきりさせたうえで、県立長野図書館が所蔵していた小野図書館の古い写真も掲載しています。この写真が撮影された時期についての説明がないため、どなたか説明を補ってください。

 

8班 小布施町立図書館まちとしょテラソ - Wikipedia(加筆)

昨年8月に訪れた図書館です。まちづくりと図書館を絡めた例として知名度の高い図書館であり、愛知に戻ってから加筆を試みましたが、文献の少なさから断念していた館です。手を加えていただきありがとうございました。訪問時に撮った館内の写真をCategory:Machi tosho terrasow - Wikimedia Commonsに上げており、今回の加筆時には何枚か使用していただきました。

目立つ新館があると忘れられがちなのが新館以前の歴史。人口1万人の自治体なのに1923年/1951年から図書館があるとは知りませんでした。後日加筆された「習わし」についての一文は興味深いです。まったく触れられていなかった建築についての文章も加筆されました。やりたいことに作業が追い付かないという言葉があり、「おぶせまちじゅう図書館」などまちづくりとの関わりが加筆されることも期待しています。

トップ画像は写真家の大井川茂さんによる写真。前館長の花井裕一郎さん本人が投稿しているように見えます。ライセンスはこのままで大丈夫なのかという心配はありますが、私が撮影した写真とは比較にならない抜群の存在感を放っています。

f:id:AyC:20170324204355j:plainf:id:AyC:20170324204352j:plainf:id:AyC:20170324204350j:plain

 くさかさんのありがたい講評時には、書いた経験が読み手の気持ちを成長させるという言葉がありました。最善を尽くしたうえでまず書いてみるということが大事とも。ありがたい。

 

 2016年に図書館記事を書き始めたのは、「ウィキペディア/ウィキペディアタウンに興味を持つ図書館員が増えれば」「ウィキペディアを書く図書館員が増えれば」という気持ちからでした。藤井さんや宮澤さんはもうすっかりウィキペディアを自分のモノにしており、それもこちらの想定を超えた踏み込み方をしているように見えます。

講師陣があれこれ出した意見を、小澤さん・篠田さん・槌賀さんの3人がうまくまとめてくださいました。らっこ→宮澤→かんた→諸田と4人のゲストがうまくバトンをつなげたのは練りこんだプログラムのおかげでした。

昨夏に「図書館をテーマとするウィキペディアタウン」の構想を聞いた時には現実的ではないと思って笑っていましたが、平賀さんはほんとうにこのイベントを開催し、講師として呼んでくださいました。イベントの主役は参加者。次につながらなければ意味がないというイベントでした。私が役目を果たせたかどうかは怪しいですが、次回も呼んでもらえたらより洗練された発表をしたいと思います。

f:id:AyC:20170324204358j:plain

 

 

・懇親会で撮った写真はたいていぶれているのに、小澤さんが某氏にセクハラされてる写真だけはぶれてなかった。