振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。図書館におけるウィキペディアタウンの開催を推進しています。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

「小さなit相談室 Wikipedia Labo 岐阜市の伝統産業編」に参加する

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 (写真)岐阜和傘。

 

 

2019年4月21日(日)、Code for Gifuが主催する「小さなit相談室 Wikipedia Labo 岐阜市の伝統産業編」に参加しました。Code for Gifuは岐阜県をエリアとするシビックテック団体。2016年秋から1か月に1回の頻度で「小さなit相談室」というミニ講座を開催しているそうで、今回はWikipediaについてのミニ講座です。小さなit相談室を紹介するこのスライド、とてもかっこいいしわかりやすい。

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(写真)2016年8月のみんなの森 ぎふメディアコスモス。

 

ぎふメディアコスモスを訪れる

「小さなit相談室」の会場はみんなの森 ぎふメディアコスモス - Wikipedia。この複合施設は1階に市民活動交流センターや多目的ホールなどがあり、2階に岐阜市立中央図書館があります。団体のミーティングやコピー/印刷/その他作業に使える1階の「つくるスタジオ」は、活動団体登録をしていれば無料で使用できるそうです。大きなガラス窓からは1階のロビー部分が見え、1階のロビーからもつくるスタジオで何をしているかわかります。

ぎふメディアコスモス内ではGifu-City Free Wi-Fiが使えますが、この2019年1月には接続時間が「15分×4回」(1日1時間)から「30分×8回」(1日4時間)となりましたWikipediaの編集をする上では、そのIPアドレスがブロックされていないことが重要だし、1回あたりの接続時間が長いことが重要です。30分ごとに接続し直す手間はかかっても、今回のようなイベントに公衆無線LANが使えるのはありがたい。

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(写真)岐阜市立中央図書館。(左)この日がお披露目式だった「共読本棚」。(右)2018年7月に設置された「川舟型読書スペース」。

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(写真)ぎふメディアコスモス1階の「つくるスタジオ」。

 

編集する題材を選ぶ

参加者はCode for Gifuの石井さん、私(かんた)も含めて4人。私はWikipediaの編集対象として岐阜市加納地区の伝統工芸品である「岐阜和傘 - Wikipedia」を選び、イベント中にはWikipediaの説明役を務めました。

昨年秋にはぎふメディアコスモス1階の天井に色とりどりの岐阜和傘が吊るされていたように、岐阜和傘は岐阜市民にはおそらくなじみ深い伝統工芸ですが、詳しく知っている方は多くない伝統工芸だと思います。Wikipediaの記事は12年も前から存在しますが、文章量はそれほど多くなく、出典がひとつもつけられていない状態でした(イベント前日の状態)。

「岐阜和傘」という題材を選んだことで、岐阜大学地域科学部の富樫幸一先生が参加してくださいました。富樫先生は経済地理学を専門とする研究者であり、岐阜和傘や加納地区についても研究されています。2017年12月にはブラタモリに出演し、この2019年3月に刊行された『岐阜市史 現代版』では編さん専門委員会委員長を務めた方でもあります。

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(写真)岐阜和傘 - Wikipedia

 

Wikipedia「岐阜和傘」を編集する

今回のイベントでは以下のようなスケジュールを考えました。まずは標準的なウィキペディアイベントと同じように、Wikipediaについて簡単な説明を。その後、何枚か持って行った新聞記事を出典として「岐阜和傘」に一文を加筆してもらい、Wikipediaの編集の仕方を理解したり、加筆の方向性を考えてもらう。次に図書館の郷土資料コーナーで文献を集め、手持ちのノートパソコンで本格的な編集を行ってもらうという流れです。Wi-Fiや電源が使えるイベントスペースが簡単に借りられ、同一施設内で文献集めもできる点で、ぎふメディアコスモスは全国的に見て稀な施設だと思います。

 

スケジュール(13:00-16:00)

1. Wikipediaの説明

2. Wikipediaのミニ編集

3. 図書館で文献調査

4. Wikipediaの本格的な編集

 

いちおう図書館での文献集めも行いましたが、今回は富樫先生や別の参加者の方が文献を持参してくださいました(※文献持参という告知はしてない)。『加納町史』や刊行されたばかりの『岐阜市史』などの硬い文献から、下の写真のようなやわらかい文献まで。

写真の右下は私が持参した文献のコピーです。写真や図などを多用した文献で岐阜和傘の概要を掴んだうえで硬い文献に取り掛かる、という流れを想定していましたが、こちらがそんな配慮をする必要がないほど、岐阜和傘について理解されている方々が参加者でした。

編集対象記事:「岐阜和傘 - Wikipedia

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(写真)参加者が持参した文献。

 

イベント後には参加者全員で「長良川てしごと町屋CASA」を訪れました。川湊として栄えた川原町 (岐阜市) - Wikipedia地区にあるこの店は、岐阜和傘を取り扱う唯一の小売店だそうです。艶やかな和傘が何十本も並べられており、富樫先生が複雑な構造について説明してくださいました。傘の開閉時に上下させる「ロクロ」の話が気になりました。

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 (左)川原町を歩く参加者。(右)川原町にある「長良川てしごと町屋CASA」。

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(写真)「長良川てしごと町屋CASA」の岐阜和傘。(左)複雑な和傘の構造。(中)構造について説明してくれる富樫先生。(右)閉じた状態だと黒一色に見える和傘。

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(写真)「長良川てしごと町屋CASA」の岐阜和傘。(左)和傘の表面。(中)開いた和傘と閉じた和傘。(右)漆が塗られた骨部分。

 

岐阜和傘の生産は1950年頃がピークで、この地域だけで年間1,500万本も生産していたらしい。当時の日本の人口は約8,000万人なので、日本人の5人に1人が岐阜和傘を買っていた計算になる。当時の日本は熱帯雨林に覆われていて、毎日滝のように雨が降っていたんだろうと思います。

岐阜和傘はいわゆる伝統工芸品 - Wikipediaであり、伝統工芸品は一般的に「守らなければいけない」ものと考えられていると思います。守らなければいけないかどうかはともかく、私は「伝えていかなければいけない」と思っています。富樫先生のような研究者が『加納町史』や『岐阜市史』をまとめてくださっています。それらの文献をウェブ上でまとめかえて伝えたいと思い、今回の題材に岐阜和傘を選びました。

 

現在の岐阜和傘の生産本数は年間数万本だそう。ネットで検索すると1万円から3万円程度の価格の商品が多く、日用品ではなく美術品というべきかも。これから日用品としての需要が増加することは考え難いですが、このままなくなる産業ともいえないようです。前述の「長良川てしごと町屋CASA」のオープンは2018年5月のこと。この2019年2月にはエミリー・ブラントに桜和傘を贈ったことがtwitterで話題になるなどしており、動きのある伝統工芸品といえるかもしれません。

新発田市立中央図書館を訪れる

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(写真)新発田市立中央図書館が入っている複合施設「イクネスしばた」。

 

新潟県新発田市新発田城近くにある新発田市立歴史図書館(旧・新発田市立図書館)を訪れた後、JR新発田駅前の "駅前複合施設"「イクネスしばた」にある新発田市立中央図書館を訪れました。「イクネスしばた」は、図書館、こどもセンター(あそびの広場・一時預かり室)、市民活動施設(多目的室・音楽練習室・キッチンスタジオ)の機能を有する複合施設です。

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(地図)下越地方における新発田市の位置。©OpenStreetMap contributors

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(地図)新発田市中心市街地。地理院地図を加工。

 

佐藤総合計画による図書館

「イクネスしばた」の設計は佐藤総合計画 - Wikipedia。佐藤総合計画は図書館を核とする複合施設を多数手がけており、設計した図書館等の文化施設には以下のような施設があります。

 

鹿角市文化の杜交流館・コモッセ(秋田県鹿角市)、会津若松市生涯学習総合センター(福島県会津若松市)、高崎市立中央図書館(群馬県高崎市)、東京工業大学附属図書館(東京都世田谷区)、ルミエール府中(東京都府中市)、東京都立多摩図書館(東京都国分寺市)、河辺タウンビル(東京都青梅市)、大和市文化創造拠点シリウス(神奈川県大和市)、聖籠町立図書館(新潟県聖籠町)、岡崎市図書館交流プラザ(愛知県岡崎市)、おおぶ文化交流の杜(愛知県大府市)、くわなメディアライブ(三重県桑名市)、和泉シティプラザ(大阪府和泉市)、赤穂市立図書館(兵庫県赤穂市)、周南市学び・交流プラザ(山口県周南市)、基山町立図書館(佐賀県基山町

 

「イクネスしばた」 

1階

1階には社会福祉法人が運営する「cafe あすなろ」がありましたが、土日祝日は定休日とのこと。私だったら図書館に来てもこのカフェは使わずに、すぐ外にあるコンビニに行くと思います。1階の階段下には坪川洹平の銅像が建っています。

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(左)建物入口。(右)1階の「cafe あすなろ」

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 (左)写真撮影許可証。腕章とネックストラップを両方つける。(右)1階にある坪川洹平銅像

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 (左)1階の多目的室1。この日は学習室として開放。(中)1階の音楽練習室。(右)3階の多目的室6。

 

2階

2階はかなりの部分を「こどもセンター」が占めており、「こどもセンター」には「あそびのひろば」(遊具が置かれたフリースペース)、一時預かり室、食事コーナー、授乳室などがあります。「こどもセンター」手前にはサービスデスクがあり、一般の図書館利用者がふらりと入っていけないようになっています。「こどもセンター」の対象は未就学児とその保護者であり、小学生は利用できません。「こどもセンター」の前には育児書や関連雑誌があり、2階中央部には絵本・紙芝居・その他の児童書があります。

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(左)2階の「あそびのひろば」。中央奥に標準サイズロディが。(右)2階の児童書。

 

2階東側の一般書は、趣味・暮らし、6類(産業)、7類(芸術)など。藩政期から茶道が盛んだった新発田では和菓子の伝統もあるようで、和菓子を紹介する棚もありました。市として食育を重視しているそうでキッチンスタジオもありました。キッチンスタジオ自体は都城市 中心市街地中核施設「Mallmall」や学びの杜ののいち カレードなどにもありますが、新発田ほど一般書の書架に近いキッチンスタジオは初めて見ました。

キッチンスタジオ脇の多目的室2は昼間のみ飲食スペースに割り当てられていました。1階に1室、2階に4室、3階に2室の多目的室があり、状況に応じていろいろな使い方をしているようです。これらの多目的室を活かせるかどうかは図書館次第ですね。

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 (写真)2階の多目的室2。この日の昼は飲食スペースとして開放。

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 (左)2階のキッチンスタジオ。(右)2階の展示室。ガラス張りだし扉はない。

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 (左)3階の窓際の閲覧席。(右)2階の調査研究用閲覧席。

 

3階

3階は0類(総記)・1類(哲学)・2類(歴史)・3類(社会科学)・4類(自然科学)・5類(技術)・8類(言語)・9類(文学)に加えて、郷土資料と行政資料があります。歴史関係図書と郷土資料の多くは新発田市立歴史図書館に集められていると思われますが、中央図書館にも一定数の郷土資料がありました。

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 (左)3階の名誉市民コーナー・新潟県ゆかりの人物コーナー。刀匠の天田昭次、実業家の坪川洹平、小説家の火坂雅志。(中)2階の新発田ブランド認証商品の展示。(右)3階のテーマ展示。「令和」。

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 (写真)3階の一般書の書架。

 

外部から「イクネスしばた」の建物を見ると、冒頭の写真のようにかなり大きな施設に見えます。実際にはバックヤード部分が大きいので、1階も2階も3階も書架が窮屈に押し込められている印象です。いろいろな施設・設備を詰め込みすぎのような。特にキッチンスタジオと音楽練習室は強引に押し込んだように見えます。

せっかく市街地にもうひとつ図書館がある(新発田市立歴史図書館)のだから、こちらの図書館は駅前型の利点を生かして、ブラウジングコーナー、「こどもセンター」など "子育て世代の居場所" 、学習室やティーンズコーナーなど "中高生の居場所" に特化した図書館にしてもよかったのでは。

3階の窓際にある閲覧席は夕方以降になると学習者で埋まってしまうのでは。閲覧席と一般書の書架がとても近いため、本を借りたい利用者のほうが学習者に配慮してそろりそろりと歩かなければいけない雰囲気を感じます。南面と東面は3層分のガラス張り。冬季には窓際の閲覧席が寒そうですが、現地の方の評価を聞いてみたい。

下越地方の平野部ではありますが、雪の多い地域には変わりません。濃い色のカーペット、木製の書架、重みのある木製の照明は温かさを感じさせます。側板部分が山形になっている書架は初めて見たような気がします。書架の上部に設置されている照明は、垂れる稲穂をイメージしているそうです。

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新発田市立歴史図書館を訪れる

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(写真)新発田市立歴史図書館。

2019年4月、新潟県新発田市新発田市立中央図書館と新発田市立歴史図書館を訪れました。

 

 

新発田市を訪れる

新発田市新潟市の西25kmにある自治体。新発田新発田城の城下町として発展した都市であり、近代には陸軍の歩兵連隊が置かれる軍都でもありました。戦後の1947年には新潟県で6番目に市制を施行し、現在の人口は約10万人です。

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(地図)下越地方における新発田市の位置。©OpenStreetMap contributors

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(地図)新発田市中心市街地。地理院地図を加工。

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(左)県立新発田病院。2006年移転。(右)新発田市役所「ヨリネスしばた」。2017年開庁。

 

新発田市駅前通り商店街

新潟駅からは新発田駅にはJR白新線が通じていますが、単線区間が多いので40-50分程度かかるうえに、列車は1時間に1本しかありません。この微妙な距離感のおかげで、新発田駅前の商店街は昭和のまま時間が止まっている印象を受けます。片屋根式アーケードは新発田駅前からなんと2km以上も延びており、主に3階建ての建物がすき間を作ることなく続いています。ほとんど歯抜けもなく昭和の建物が残されている美しい商店街です。

商店街活性化の試みは色々と行われているようで、例えばUターン者が2012年に開店させた古書店古本いと本」は、出張本屋や読書会やトークイベントなども開催しているらしい。2016年からは商店街の店主らが講師となるまちゼミも開催されています。日曜日ということで「古本いと本」は定休日でした。残念。

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(写真)新発田市駅前通り商店街。日曜朝だったので歩行者も車もほとんどいない。

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(写真)「古本いと本」が入る「街・まちカフェりんく」。定休日。

 

2017年には新発田市役所が商店街の中心部に移転。中心市街地の活性化を目的とする移転であり、市民に開放されたラウンジやテラスが設けられています。数年後に人通りがどう変化するか楽しみです。市役所のすぐ西側には気になる廃墟が。新発田市初の百貨店「ハヤカワデパート」跡だそうで、現在は建物の一部がカラオケ店になっているようです。廃墟にしか見えないけど営業してるらしい。驚き。

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 (左)新発田市役所西側の新発田中央町ビル。ハヤカワデパート跡。(右)新発田市役所周辺の銀行群。背後は飯豊山地

 

新道・掛蔵

新発田市役所やシバタレジャー会館の北側のエリアは、新発田市の盛り場である「新道・掛蔵」と呼ばれるエリアです。南側の新道には居酒屋などの飲食店が、北側の掛蔵にはスナックなどが多い。開明掛蔵稲荷神社には「玉垣寄進 町芸妓組合」とありました。日曜日の午前ということで人通りはありませんでしたが、代わりにねこがうろうろしていました。この地区にもう芸妓はいないでしょうが、新発田市内の月岡温泉では今でも芸妓遊びができるようです

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(写真)新発田市の盛り場は「新道・掛蔵」。写真はスナックなどが多い掛蔵。

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(写真)「新道・掛蔵」で見かけたねこ。

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 (写真)「新道・掛蔵」で見かけたねこ。

 

新発田城

新発田駅から商店街を歩き、「新道・掛蔵」を通って北西に向かうと、新発田市の象徴的存在である新発田城があります。水堀・石垣・表門・3つの櫓に満開の桜が華を添えています。

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(写真)新発田城。(左)旧二の丸隅櫓。重要文化財。(中)表門。重要文化財。(右)辰巳櫓。2004年復元。

 

新発田市の映画館

新発田市の映画館について調べたことは「新潟県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しています。

hekikaicinema.memo.wiki

新発田文化映画劇場(1950年以前-2005年)

新発田市役所の西150mには、屋上のボウリングピンが目立つビルがあります。このビルが「シバタレジャー会館」跡であり、パチンコ店、映画館「新発田文化映画劇場」(シバタ文映)、ボウリング場、カラオケ店が入る総合娯楽ビルでした。2005年春に閉館したとのことで、新発田市からもっとも近い映画館は25km西のイオンシネマ新潟南となりました。

 

新発田銀座映画劇場(1950年以前-1980年代)

新発田文化映画劇場のほかに、1980年代までは掛蔵の北端に新発田銀座映画劇場という映画館もありました。ウェブでは何一つ情報が出てきませんが、1979年の新発田市住宅明細図では「銀映」として掲載されています。新発田市役所別館の南側に建っている民家の場所です。

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(左)左の「大」は旧ダイエーカネダイ新発田店。右のボウリングピンの建物はシバタレジャー会館。(右)シバタレジャー会館1階部分。映画館の新発田文化映画劇場(シバタ文映)などが入っていた。

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(地図)新発田市の映画館。地理院地図

 

新発田市の図書館の歴史

新発田町出身の実業家である坪川洹平(つぼかわかんぺい)が図書館建設費を寄付し、1929年には現在の新発田市民文化会館北側に新発田町立図書館が開館しました。1947年には市制施行に伴って新発田市立図書館に改称。1952年には坪川に新発田市名誉市民(第1号)の称号が送られています。Wikipediaにはまだ坪川の記事がありません。

1984年には内井昭蔵 - Wikipediaの設計によって、現在の新発田市民文化会館南側に2代目の新発田市立図書館が開館しました。図書館の北側にある新発田市民文化会館や蕗谷虹児記念館も内井の設計だそうで、新発田城南側の文化施設群の外観には統一感があります。

2016年7月3日には3代目の新発田市立中央図書館が開館しました。2代目図書館は改修工事を行い、2018年7月7日に新発田市立歴史図書館として生まれ変わっています。初代と2代目は新発田城に近いエリアでしたが、3代目は新発田駅前の複合施設「イクネスしばた」内です。図書館を核とする複合施設を数多く手掛ける佐藤総合計画 - Wikipediaが「イクネスしばた」の設計を担当しています。

2016年から2017年の新発田市では、県立新発田病院跡地の公園整備(アイネスしばた)、新発田市庁舎の移転(ヨリネスしばた)、図書館を核とする複合施設の建設(イクネスしばた)という3大事業が相次いで完了しています。

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(写真)新発田市立歴史図書館の開館を伝える『新潟県図書館協会報』2018年10月号。

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(左)1928年の坪川洹平。出典は『新発田市史 下巻』。1956年までに発行された写真の著作物であるため著作権は消滅。パブリック・ドメイン(PD)。(右)新発田市立中央図書館1階にある坪川洹平の銅像

 

新発田市立歴史図書館を訪れる

改修工事を経て2018年7月7日に開館した新発田市立歴史図書館は、"古文書・郷土資料などを収蔵・閲覧・公開する歴史に特化した、全国的にも珍しい図書館" なのだそうです。児童閲覧室だった1階は展示室となり、一般閲覧室だった2階は歴史資料・郷土資料の開架室となり、会議室などがあった3階は特別収蔵庫となったようです。カレント・アウェアネスに投稿された記事によると、MLA(Museum・Library・Archive)の3要素をすべて持つ点が珍しいらしい。

傾斜が急な切妻屋根であり、冬季には雪がさーっと滑り落ちてきて危険だそうです。旧玄関前には開館5年後の1934年に設置された石碑が置かれており、坪川が利用者に求めた「探求せよ 真理の光 / 栄光の道 / 人々のために働こうとする意志」という言葉が刻まれていました。志が高い。

此処に御越しの方は

SEEK

THE LIGHT OF TRUTH

THE WAY OF HONOUR

THE WILL TO WORK FOR MEN

昭和九年十一月 坪川洹平

 

 

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(左)新発田市立歴史図書館。(右)1934年に坪川によって設置された石碑。

 

歴史関係図書(2類)と郷土資料は新発田市立中央図書館にもありますが、その多くは歴史図書館に集められているようでした。そのほかには、「新発田町立図書館時代からの蔵書」、三扶文庫、公餘文庫、関文庫、穂刈文庫、堀部安兵衛文庫という特別文庫がありますが、「これまで書庫にあった書籍を、とりあえずすべて出してみた」という印象。宮津市立図書館の前尾記念文庫コーナーほどではありませんが、「新発田町立図書館時代からの蔵書」は研究者以外に閲覧されることがほぼないと思われる文献ばかりです。

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(左)2類の歴史関係図書。(右)新発田市新潟県の郷土資料。

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(写真)新発田町立図書館時代からの蔵書。

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(左)三扶文庫。新発田藩時代の研究書など。(中)公餘文庫。よくわかりません。(右)堀部安兵衛文庫。赤穂事件関連の文献。

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(左)関文庫。遺跡発掘調査報告書など考古学の研究書。(右)穂刈文庫。近世文芸史など。

 

デジタルアーカイブズコーナーにあるパソコンでは、国立国会図書館デジタルコレクション、にいがた MALUI 連携・地域データベース、新発田市立歴史図書館デジタルアーカイブを閲覧できます。気になるのは新発田市立歴史図書館デジタルアーカイブ。現在では単なる文献のデータベースにすぎないように見えますが、今後は古めかしい文献の数々がデジタルアーカイブされていくとよいですね。

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 (左)テーマ展示。(右)郷土の偉人紹介コーナー。

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(左)デジタルアーカイブズコーナー。(右)館内撮影許可証。

 

新発田市立中央図書館を訪れる」に続きます。

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「Wikipedia新潟ローカルタウンプロジェクト」に参加する

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(写真)新潟市立中央図書館。

 

2019年4月13日(土)、新潟県新潟市新潟市立中央図書館で開催された「Wikipedia新潟ローカルタウンプロジェクト」に参加しました。新潟県初のウィキペディアタウンです。

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名古屋=新潟線の夜行バスで新潟市を訪れ、新潟島や沼垂を3時間ほど散策してから会場入り。新潟市内の桜はこの週末に満開を迎えており、冒頭の写真のとおり新潟市立中央図書館の前に植わっている桜も見事でした。私は2018年7月にも新潟市を訪れており、新潟市立中央図書館を訪れるのは今回が2回目です。

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(左)旧新潟税関庁舎。(右)旧新潟税関庁舎の桜。

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(写真)新潟市立中央図書館。

 

Wikipediaの講義

この日のスケジュール

10:30-10:50 オリエンテーション
10:50-11:55 Wikipediaの講義
12:00-13:00 昼休み兼まちあるき/図書館見学ツアー
13:00-16:00 Wikipediaの編集ワークショップ
16:30-17:00 成果発表・まとめ

 

河野知樹さんと目黒幸恵さんを中心とするWikipedia新潟ローカルタウンプロジェクトが今回のイベントの主催者。Code for Niigataが共催、Code for Japanが協賛、新潟市立中央図書館「ほんぽーと」が協力しています。会場は新潟市立中央図書館の3階にある多目的ホールです。

まずは河野さんと目黒さんが主催者としてあいさつ。ウィキペディアの編集を通じて、『調べること』『知ること』『表現すること』『伝えること』の楽しさを体験してもらいたくて開催したとのこと。会場正面のメインスクリーンの脇にはサブスクリーンが置かれており、会話を視覚化するアプリ「UDトーク」を使ってリアルタイムの字幕作成が行われています。

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(写真)Code for Niigataの河野知樹さん、新潟県中越図書委員会(仮)の目黒幸恵さん。

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(左)この日のスケジュール。(右)UDトークで講義を実況中のスクリーン。誤字が多い場面を切り取っちゃったみたい。本当はもっと正確に字幕化されます。

 

主催者の挨拶の後は講師の海獺(らっこ)さんによる講義。YouTubeの「ウィキペディア:事実が重要」の動画を見た後、ウィキペディアウィキペディアタウンの説明がありました。「ウィキペディアを信頼してはいけない」と言ってから、過去と現在のティラノサウルスの想像図を例に挙げて「信頼できる情報とは何なのか」という話をされました。

今回は他地域でのウィキペディアタウン開催に興味のある参加者や図書館関係者もおり、ウィキペディアタウンを開催することにおける参加者/図書館のメリットの話もありました。参加者側のメリットとしては、地域の価値や弱点を再認識できること、世代間交流ができることなど。図書館側のメリットとしては、地域資料の活用という図書館本来の使われ方ができることや、司書のレファレンス能力が向上することなどがありました。講義の後には質疑応答の時間が設けられ、参加者から質問が多数出てよい意見交換の場となりました。

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 (写真)講師である海獺さんの講義。

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(左)ゴジラティラノサウルスの想像図。昔はこの姿が「正しい情報」だった。Wikimedia Commonsより。パブリック・ドメイン。(右)現在のティラノサウルスの想像図。Wikimedia Commonsより。作者 : DerHexer


 

まちあるきと図書館見学ツアー

今回のイベントではWikipedia編集ワークショップの内容として、「Wikipedia記事の新規作成」と「既存のWikipedia記事への加筆・出典追加」の2つが用意されました。海獺さんによる講義の後には参加者がそれぞれの希望によって各グループに分かれ、神社への見学ツアーか図書館見学ツアーに向かいました。

新規作成の対象となったのは新潟市立中央図書館 - Wikipedia白山神社 (新潟市中央区沼垂東) - Wikipedia蒲原神社 (新潟市) - Wikipediaの3記事。私(かんた)、京都府で学校司書をする伊達深雪さん、Code for ふじのくに/Numazuの市川博之さん・市川希美さんが各グループのテーブルファシリテーターを務めています。

私は新潟市立中央図書館のグループに入ったため、新潟市立中央図書館の副参事(館長補佐)である辰口裕美さんの案内で図書館見学ツアーに参加しました。図書館内の写真撮影については、「申請をした方には首から下げる撮影許可証を渡す」という対応を取っているそうです。

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(写真)今回の編集対象記事。

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(地図)今回の会場と編集対象記事の場所。地理院地図

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 (写真)バックヤードの自動出納書庫。開架には35万冊、閉架には45万冊を収蔵可能。

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 (写真)2階の特別コレクション室。会津八一鷲尾雨工吉屋信子中田瑞穂坂口安吾がメイン。

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(写真)1階の「こどもとしょかん」(児童図書室)。

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(左)「こどもとしょかん」名誉館長である黒井健の紹介。(中)ファミレスの席みたいな親子コーナー。(右)児童図書研究室。

図書館見学ツアー後には1階のカフェで昼食。冒頭の写真中央にある円柱形のスペースがカフェであり、窓の外の桜を見ながら食事ができます。

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(写真)1階のカフェ「カーブドッチ」。

Wikipedia編集ワークショップ

午後のスタートは、かつて学校司書をしていた目黒さんによるミニ講座「図書館で地域資料を調べるには?」。私は図書館で調べものをすることが多いのですが、情報の探し方は体系的な理解に基づくものではありません。図書館での情報の調べ方については深く聞いてみたい。

話をする目黒さんの背後では、テーブルファシリテーターでもある市川希美さんが話をグラフィックレコーディングで視覚化しています。前述のUDトークも含めて、シビックテック団体が持つ技術や知識に触れると何か新しいことができそうという気分になります。

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(左)目黒さんによる地域資料の調べ方ミニ講座。(右)グラフィックレコーディング中の市川希美さん。

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(左)図書館が準備してくれた文献。(右)今回のイベントで海獺さんが参加者に求めたこと。

 

今回の私の役目はテーブルファシリテーターであり、約2時間30分の編集時間でWikipedia記事「新潟市立中央図書館」を新規作成することが求められました。まずは海獺さんの講義の補足として、百科事典たるWikipediaにおける歴史の記述の重要性を説明し、今回の場合は開館の経緯について記述することが重要ではないかと伝えました。

次は私がかつて作成した岡崎市立中央図書館 - Wikipediaの記事を見てもらい、「新潟市立中央図書館」の記事にはどんなことを書くべきか話し合ってもらいました。「歴史」に加えて「特色」を記述することも大事だという意見が出たため、8人の参加者に2チームに分かれてもらい、それぞれ「歴史節」と「特色節」の文章の作成を担当してもらいました。参加者に文献を読みこんでもらう時間を使って、私は最低限の情報のみを記した状態で「新潟市立中央図書館」の初版を作成(この状態)。その後は各チーム1台ずつのノートパソコンを使って、空っぽの「歴史節」と「特色節」に文章を追加してもらいました。

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(写真)新潟市立中央図書館の敷地内にある「長嶺小学校跡」の石碑。ここに碑がある理由は「新潟市立中央図書館 - Wikipedia」の歴史節を参照。

 

海獺さんが参加者に求めたことの中で、「今日できることを優先すること」という言葉が印象に残りました。

記事「新潟市立中央図書館」の質の高さを優先するのであれば、図書館が毎年作成している『図書館要覧』の沿革部分をうまく要約することに専念すればいいのです。でも、それではとてもつまらないし、『図書館要覧』はウェブで公開されているので自宅でもできます。「今日できること」(≒今日しかできないこと)は何だろうと考え、何か興味を持ったことについて掘り下げてもらいたいと思いました。その結果として、書かれるべき重要なことが書かれないこともあります。参加者が取り組んでいることを把握して、私は書かれるべき重要なことを埋める作業も行いました。

 

2階の郷土資料コーナーでは新潟日報の記事データベースや国立国会図書館デジタルコレクションが使えます。郷土資料コーナーの隣にはレファレンスカウンターがあり、司書が常駐しています。ある参加者はイベント中に郷土資料コーナーまで出かけ、新潟日報の記事をデータベースからプリントアウトして持ってきました。別の参加者は新潟日報の縮刷版を探し、データベースに収録されていない時代の新聞記事をコピーして持ってきました。紆余曲折あった開館までの経緯に興味を持った方もおり、新潟市立図書館に長く勤める辰口さんの話を聞きながら文献を探していました。

図書館でないと新聞データベースや新聞縮刷版は閲覧できないし、図書館の方がいないと開館の経緯について正確に理解するのは難しいです。それぞれの参加者が自発的に「今日できること」(今日しかできないこと)に取り組んでいたと思います。

 

その一方で、「沼垂白山神社」と「蒲原神社」のグループは「新潟市立中央図書館」のグループより苦労していたように思えます。その理由にはWikipediaの題材としての小ささ(≒文献の少なさ)もあるだろうし、まちあるき時に歴史や特色を説明できるガイド役がいなかったこともあるだろうと思います。単純に「新潟市立中央図書館」のグループより参加者の人数が少なかったことも理由かも。知識のあるガイドがいるのが理想ですが、準備が大変だし連携が複雑になるので難しいところです。

今回のイベントには『にいがた経済新聞』(新潟県の地域情報を発信する月刊紙)の記者さんが参加してくださり、その日のうちに「県内初のWikipedia新潟ローカルタウンプロジェクトが開催される」という記事が掲載されました。

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 (写真)文献調査 & Wikipedia編集中の会場。

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(写真)成果発表。文献調査で使用した情報カードを紹介している。

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(写真)新規作成した「新潟市立中央図書館 - Wikipedia」。

 

まとめ

主催者であるCode for Niigataの河野さんにお会いしたのは今回が初めてですが、目黒さんには2016年3月の「WikipediaLIB@信州 #01」で初めてお会いしてから今回で3回目。WikipediaLIBの際には挨拶しそびれたのですが、超かっこいいイベント参加報告を書いてくださったのを読んで気になっていたのでした。

ウィキペディアタウンを図書館が主催する場合、図書館は講師から一歩引いた立場にとどまり、ウィキペディアタウンを開催する目的やウィキペディアの意義について多くを語らないことが多いです。しかし今回の主催者は、その点を講師の海獺さんに任せっきりにせず自分たちの言葉で明快に説明され、「参加者に伝えたいことがある」という意志を強く感じました。

今回の私はいち参加者ではなくテーブルファシリテーターという立場でしたが、過去に60回以上参加したウィキペディアタウンでこれだけ楽しいと思ったのは久々でした。夜行バスで名古屋=新潟を往復するのは大変でしたが、このような主催者だから参加したいと思ったのだし、参加してよかったと思ったのでした。

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(写真)会場設営中のロバ。

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章・写真のうち、「海獺さんのWikipedia説明スライドの写真」と「地理院地図」以外は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。