振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

八百津町の映画館

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(写真)八百津橋から見た木曽川

2019年12月、岐阜県加茂郡八百津町(やおつちょう)を訪れました。

 

1. 八百津町を訪れる

名古屋市から公共交通機関八百津町を訪れる場合、まず名鉄犬山線広見線可児市新可児駅に向かいます。さらに広見線末端区間に乗って明智駅で降りると、明智駅から八百津町ファミリーセンターに向かうコミュニティバスが1時間に1本運行されています。

可児市経由以外では美濃加茂市のJR美濃太田駅からもコミュニティバスが運行されているようですが、本数が少ない。平成の大合併時、八百津町美濃加茂市を中心とする合併協議会に加わりましたが、結局は単独での町制を継続しています。

八百津市街地に入る前には、美しいアーチ橋の八百津橋で木曽川を渡ります。冒頭の写真は八百津橋から見える木曽川の写真。4km上流に丸山ダムが築かれていることで、湖と勘違いしそうな水量を湛えています。木曽川八百津町域で何度も湾曲しており、その名の通り "津" が多そうです。木曽川を川船が遡れるのは八百津までであり、川湊で物資の積み替えを行う必要があったため、この地に大きな町が形成されたのもうなづけます。

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(地図)愛知県名古屋市から見た岐阜県八百津町の位置。©OpenStreetMap contributors

 

1.1 八百津町中央公民館図書室

八百津町は図書館未設置自治体であり、図書館等施設は100m2ほどの八百津町中央公民館図書室のみです。図書室の入口すぐの場所には、八百津町名誉町民の吉田茂から寄贈された「吉田茂文庫」がありました。株式会社イビサの取締役会長である吉田は社会貢献活動に熱心で、八百津町は寄付をもとに吉田茂国際交流基金を設立。八百津町からは毎年数十人の中学生がこの基金で海外研修に赴くようです。

室内の中央部の柱の周りには、外交官の「杉原千畝」コーナーと、小説家の「池井戸潤」コーナーがありました。八百津町役場は杉原千畝の出身地を八百津町だとしており、八百津町には杉原千畝記念館や「杉原千畝実家跡」などがありますが、近年には杉原が武儀郡上有知町(現・美濃市)出身だとする説が浮上して論争となっています。池井戸潤は1963年(昭和38年)に八百津町に生まれ、美濃加茂市岐阜県立加茂高校卒業後に慶應義塾大学に進学しています。

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(左)八百津町中央公民館の入口。(右)八百津町中央公民館図書室の入口。正式名称は八百津町中央図書室でも八百津町図書室でもなく八百津町中央公民館図書室です。

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(左)杉原千畝コーナーと池井戸潤コーナー。(右)「読書カウンター」席。

 

八百津町中央公民館の西側には八百津町立八百津小学校があり、小学校の目の前には「杉原千畝実家跡」の看板が立っています。ただし、杉原邸は1989年(平成元年)頃に取り壊されて別の民家が建っているし、そもそも杉原千畝の出生地が八百津町ではないとする説が有力になっていることもあって、悩ましい看板だと思いました。

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(左)八百津町立八百津小学校。(右)「杉原千畝実家跡」の看板。背後の民家は杉原邸ではない。

 

1.2 八百津の街並み

八百津市街地には2軒の酒蔵があります。八百津町役場の西側にあるのが蔵元やまだ(合資会社山田商店)、本町通りにあるのが花盛酒造です。蔵元やまだは公式サイトだけでなく、ウェブ新聞やブログなどでも情報発信をしているようです。

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(写真)蔵元やまだ。

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(写真)花盛酒造。

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(写真)本町通りの街並み。

 

1.3 和菓子屋と栗きんとん

八百津町のメインストリートは南北に延びる本町通りです。通り沿いには花盛酒造があり、まつや旅館も健在。しかしそれらよりも、わずか300mの距離に3軒ある和菓子屋が目につきます。北から順に「亀喜総本家」、「緑屋老舗」、「梅屋」。緑屋老舗の方の話によると、以前はもう1軒あったそうです。「八百津町は栗の産地であり、栗きんとんで知られる。そのせいで和菓子屋が多いのではないか」とのことでした。いずれの和菓子屋も栗きんとんが看板商品であり、3軒とも栗きんとんの "元祖" を主張しています。

緑屋老舗には八百津名物の「八百津煎餅」もありました。「八百津煎餅」は八百津町で製造される煎餅のブランド名のようです。『八百津町史』では八百津煎餅について10ページも記述され、工業節をほぼ独占してしています。大正時代に八百津町で煎餅の製造が始まると、高度成長期にどこでも煎餅を製造できるようになるまでは、全国的に知名度のある煎餅産地だったようです。

 

緑屋老舗の栗きんとん

1872年(明治5年)、白木甚四郎(初代翠翁)が緑屋老舗を創業した。3代目翠翁である鍵次郎は、名古屋から和菓子職人を呼び寄せて研鑽を積んだ。大仙寺の住職の助言を受けて、3代目翠翁は美濃地方で初めて栗きんとんを製造。緑屋老舗の栗きんとんは中津川を経由して、全国に広く知られるようになった。---店内に掲示された文章を要約

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(写真)和菓子屋「緑屋老舗」。

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(左)緑屋老舗の店内。(中)八百津煎餅。(右)緑屋老舗の栗きんとん。

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(左)和菓子屋「亀喜総本家」。(右)和菓子屋「梅屋」。

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(写真)昭和初期の1933年に刊行された『汎八百津』。梅屋製菓舗(右下)と緑屋商店(左下)の広告。

 

2. 八百津町の映画館

2.1 八百津栄座(-1970年代初頭)

所在地 : 岐阜県加茂郡八百津町3961(1969年)
開館年 : 1950年以前
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1950年・1953年・1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「栄座」。1966年・1969年の映画館名簿では「八百津栄座」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は和菓子屋「梅屋」の南東40mの空き地。

八百津町には「八百津栄座」という映画館がありました。1969年の映画館名簿によると住所は八百津町3961であり、この住所をGoogle Mapに打ち込んでみると、和菓子屋「梅屋」に近い空地の場所が表示されます。この場所が映画館跡地で正しいのか確かめる必要があります。

 

八百津町中央公民館図書室の40-50代の女性職員に聞いてみると、「自分は栄座の場所を知らないものの、夫から栄座の話を聞いたことがある」とのことでした。女性職員と一緒に1990年代の住宅地図を見ていると、ちょうど70代の女性が本の返却に訪れました。この女性は場所をはっきり覚えており、住宅地図にあった駐車場を指し示してくれました。

現在はただの空き地に見えましたが、1990年代には駐車場として使用されていたようです。この空き地は本町通りと旭町通りの交差地点にあります。現在ではほとんど商店のない旭町通りですが、かつてはもっと栄えていたそうです。

 

本町通りは旭町通り以南で急坂となって八百津橋に接続しています。八百津橋の対岸には名鉄八百津線八百津駅があり、八百津駅で降りた客は栄座周辺を通って八百津町中心部に向かう必要がありました。往時の栄座周辺はどれだけ賑わっていたのでしょう。

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(写真)八百津栄座跡地の空地。

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(写真)木曽川に架かる八百津橋。左側が旧橋、右側が新橋。

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(地図)1970年代の航空写真における八百津栄座の位置。八百津橋は1954年に架けられた旧橋。国土地理院 地理院地図

 

八百津町の映画館について調べたことは「岐阜県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(全国版)」にマッピングしています。ただし、映画館名簿以外で八百津町の映画館に言及している文献は発見できていません。

hekikaicinema.memo.wiki

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