(写真)津島市立図書館。
2021年(令和3年)11月、愛知県津島市を訪れました。かつて津島市には映画館「津島映画劇場」と「巴座」があり、現在は「TOHOシネマズ津島」があります。「津島市を訪れる」からの続きです。
1. 映画館に関する文献
かつて津島市には2館の映画館がありましたが、尾張地方西部の中心都市として栄えた歴史、毛織物工業の中心地のひとつとして栄えた歴史を考えると少ない。毛織物工場で働く女工
映画館名簿には上映系統も掲載されています。一つの町に2館の映画館がある場合は "東映・大映の上映館" と "松竹・日活・東宝の上映館" というように上映系統が分かれていたことが多いですが、津島市や尾西市はいずれの映画館も単に "邦画の上映館" と記されており、毛織物工場で働く女工が多かったことが関係しているかもしれません。
津島市の映画館に関する文献は少なく、書籍レベルで文章を確認できるのは『津島町史』(津島町、1938年)、『西尾張今昔写真集』(樹林舎、2007年)、『郷土の歴史絵物語』(津島ロータリークラブ、2021年)くらいです。
1.1 郷土資料
(写真)津島映画劇場と巴座の上映案内が掲載されている『津島新聞』1949年9月3日。
(地図)巴座と豊富座が掲載されている1936年頃の「津島町切図」『昭和初年津島風俗画集』 。津島市立図書館所蔵。
(地図)温泉マークのような地図記号で映画館2館が描かれている「津島町全図」『津島町勢要覧 昭和13年版』愛知県海部郡津島町、1938年。津島市立図書館所蔵。
(写真)津島映画劇場と巴座の広告。『津島商工名鑑 1963』津島商工会議所、1963年。津島市立図書館所蔵。
(写真)合資会社津島映画劇場と津島劇場株式会社(巴座)が掲載されている商工名鑑。『津島商工名鑑 1966』津島商工会議所、1966年。津島市立図書館所蔵。
1.2 映画館名簿
1930年の映画館名簿
(写真)『日本映画事業総覧(昭和5年版)』 国際映画通信社、1930年。国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開。
1936年の映画館名簿
(写真)『全国映画館録 昭和11年度』キネマ旬報社、1935年。国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開。
1955年の映画館名簿
(写真)『全国映画館総覧 1955年版』時事通信社、1955年。愛知県図書館所蔵。
1966年の映画館名簿
(写真)『映画年鑑 1966年版 別冊 映画便覧 1966』時事通信社、1966年。愛知県図書館所蔵。
1982年の映画館名簿
(写真)『映画館名簿 1982年』時事映画通信社、1981年。愛知県図書館所蔵。
1.3 住宅地図
1965年の住宅地図
(地図)津島映画劇場と巴座が掲載されている1965年の住宅地図。愛知県図書館所蔵。
1976年の住宅地図
(地図)津島映画劇場と巴座跡地のパチンコ津島一番が掲載されている1976年の住宅地図。愛知県図書館所蔵。
1984年の住宅地図
(地図)津島映画劇場と巴座跡地の空き地が掲載されている1984年の住宅地図。愛知県図書館所蔵。
1.4 航空写真
1966年の航空写真
(写真)1966年の航空写真における津島市の映画館。地図・空中写真閲覧サービス
現在の航空写真
(写真)現在の航空写真における津島市の映画館跡地。地理院地図
(写真)現在の空中写真における天王通りと津島市の映画館跡地。津島市立図書館における「天王通りの今昔写真展」。
2. 津島市の映画館
2.1 巴座(1906年12月-1966年頃)
所在地 : 愛知県津島市金町18(1966年)
開館年 : 1906年12月、1951年12月
閉館年 : 1966年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1951年12月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「巴座」。1966年の映画館名簿では「津島巴座」。1967年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「天王通パーク・ホームズ」。最寄駅は名鉄尾西線・津島線津島駅。
1872年(明治5年)から1873年(明治6年)頃には津島町初の芝居小屋として寿美喜座が開館。1906年(明治39年)6月には寿美喜座の跡地に株式会社組織の巴座が落成しまし、『津島町史』が刊行された1938年(昭和13年)時点では津島町唯一の芝居小屋でした。
(写真)1932年の巴座。文献名不明。津島市立図書館における「天王通りの今昔写真展」。
(写真)巴座など津島町の劇場について書かれている『津島町史』愛知県海部郡津島町、1938年。津島市立図書館所蔵。
戦後には津島映画劇場とともに津島市に2館ある映画館の片方となりますが、映画館名簿によると両館とも特定の配給会社の系列には加わっていなかったようです。巴座は1966年(昭和41年)頃に閉館し、跡地はパチンコ店の津島一番となります。1992年(平成4年)には14階建てのマンションである天王通パーク・ホームズが建っています。
(写真)天王通りと巴座跡地のマンション。2021年6月。
本町通りにある平徳呉服店の女性(70代?)に話を聞くと、
「津島には巴座と映画館の2館があった。巴座は芝居などもやっていた劇場である。平徳呉服店のはす向かいにある大きな家は巴座の経営者の自宅である。今も住んでいるかはわからないが、存命なら100歳くらいだろうか」
とのことです。津島映画劇場を単に "映画館" と呼んだこと、伊藤長八氏の邸宅を "大きな家" と呼んだことが印象的でした。
(写真)巴座の経営者である伊藤長八邸。2021年6月。
(写真)巴座株式会社の札がかかる伊藤長八邸。2021年11月。
2.2 津島映画劇場(1925年7月-1985年頃)
所在地 : 愛知県津島市池須町67(1985年)
開館年 : 1925年7月、1940年11月
閉館年 : 1985年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1940年11月開館。1930年の映画館名簿では「秋津館」。1936年の映画館名簿では「大勝館」と「豊富館」の双方が掲載されている。1943年・1949年・1950年・1953年・1955年・1958年・1960年・1963年・1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1985年の映画館名簿では「津島映画劇場」。1986年・1990年の映画館名簿には掲載されていない。1987年4月17日焼失。跡地はマンション「サンハウス津島」。最寄駅は名鉄尾西線・津島線津島駅。
『津島町史』(津島町、1938年)によると、1925年(大正14年)7月には津島初の活動写真専門館として秋津館が開館。1930年(昭和5年)7月に大勝館に改称し、1934年(昭和9年)8月に豊富館に改称したとのこと。1936年(昭和11年)の映画館名簿には大勝館と豊富館の双方が異なる電話番号・経営者で掲載されており、『津島町史』とは齟齬があります。
津島映画劇場は1985年(昭和60年)頃に閉館。1987年(昭和62年)4月17日には池須町の料理旅館から出火する火災が発生し、津島映画劇場の建物を含む8軒が焼失する惨事となっています。発生したのが昼の12時40分ということで、1.5km離れた愛知県立津島高校からも炎が見えたそうです。
(写真)「津島の中心街火事 8軒を全半焼」『中日新聞』1987年4月18日朝刊。
1990年(平成2年)には跡地に11階建てのマンションであるサンハウス津島が建っています。
(写真)津島映画劇場跡地にあるマンション。2021年6月。
2.3 TOHOシネマズ津島(2005年12月8日-営業中)
所在地 : 愛知県津島市大字津島字北新開351 ヨシヅヤ津島本店南(2020年)
開館年 : 2005年12月8日
閉館年 : 営業中
2005年の映画館名簿には掲載されていない。2006年・2008年・2010年・2012年・2015年・2018年・2020年の映画館名簿では「TOHOシネマズ津島1-10」(10館)。
(写真)ヨシヅヤ津島本店シネマ棟。2019年5月。
津島市の映画館について調べたことは「尾張地方の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(愛知県版)」にマッピングしています。