振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

大野市の映画館

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(写真)半夏生さば。

2021年(令和3年)7月、福井県大野市を訪れました。かつて大野市には「亀山座」「大野劇場」「大野中央劇場」の3館の映画館がありました。

 

1. 大野市を訪れる

大野市福井県の内陸部(奥越)にある自治体。越前大野城の城下町として発展し、城下町の町割がほぼそのまま残っています。

町割のそれぞれのブロックは南北方向に長く、南北の通りは本町通り(一番通り)、二番通り、三番通り、四番通り、五番通り、寺町通り、東西の通りは正膳町通り、石灯籠通り、八間通り、七間通り、六間通り、横町通りという名称。はっきりした "へそ" がありませんが、六間通りの五番六間交差点や三番六間交差点がこの町の中心点でしょうか。

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(地図)明治初期の大野町の地図。『大野町絵図』坂田玉子、1975年。

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(写真)1968年の大野市地図・空中写真閲覧サービス

 

1.1 五番商店街付近

1950年代から60年代の大野市勢要覧を見ると、複数の年度で写真が掲載されていたのが五番商店街です。この時代に各地で発行されていた市勢要覧を見ると、"ネオン輝く〇〇商店街" といった写真が多く、商店街におけるネオンアーチや街路灯が先進的だったことがわかります。

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(写真)ネオンが輝く五番商店街。『おおの 1963』大野市、1963年。

 

現在の五番商店街にもアーチがありますが、1963年(昭和38年)の市勢要覧に写っているものとは異なります。仕出し料理屋からカフェに転換したうおまさかふぇ(魚正)の駐車場では鯖が丸焼きにされていました(半夏生さば)。

宝暦年間(1751年-1763年)創業の酒蔵である真名鶴酒造、天保12年(1841年)創業の和菓子屋である美濃喜、創業約150年の料理旅館である三浦屋など、五番商店街には老舗が多いのですが、気軽に入りにくいともいえるかもしれません。毎年春と秋には五番商店街で越前大野小京都まつりが開催され、大野市を含めて全国の "小京都" から店舗が集まるようです。

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(写真)現在の五番商店街。

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 (左)真名鶴酒造。(右)丸焼きにされる前の鯖。

 

1.2 七間朝市通り付近

近代の和風建築と1970年代頃のビルが向かい合ってて興味深かったのが七間朝市通り(七間通り)。朝市は城下町の建設時から400年以上の歴史を持つとのことで、毎年春分の日から大晦日まで、毎日開催されているようです。

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(写真)七間朝市通り。

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(左)松田金物店。(右)南部酒造場。

 

大野市には市街地にも湧水が多数あり、名水百選に選定されている御清水(おしょうず)もあります。

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 (写真)御清水。

 

1.3. 大野市図書館

大野市役所の東側にある有終公園には、1985年(昭和60年)5月21日に開館した大野市立図書館と1986年(昭和61年)に開館した大野市歴史博物館があります。1980年代の公共図書館の典型といえる赤茶色&箱型の外観であり、少しレトロな明朝体で書かれた施設名、"図書館がおやすみの時はここから本をかえしてください" というブックポストの表示が愛らしい。

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(写真)大野市図書館の入口。

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(左)大野市立図書館の銘板。(右)ブックポスト。

 

福井県立図書館における大野市の最古の住宅地図は1969年(昭和44年)のゼンリン住宅地図です。亀山座と大野劇場についてはこの住宅地図にも掲載されていますが、1960年代初頭に閉館した大野中央劇場については跡地がわかりませんでした。

大野市立図書館には1961年(昭和36年)刊行の住宅地図である『住宅産業別特殊地図』があり、大野中央劇場はスター劇場として描かれていました。一般的に1960年代前半の住宅地図は方位や距離が正確でないことが多いのですが、『住宅産業別特殊地図』は航空写真を持ちにしているようであり、建物の大きさまで正しく描かれています。

 

2. 大野市の映画館

2.1 大野中央劇場(1957年頃-1962年頃)

所在地 : 福井県大野市中央通(1962年)
開館年 : 1957年頃
閉館年 : 1962年頃
1955年・1956年・1957年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1961年・の映画館名簿では「大野中央劇場」。1960年の映画館名簿では経営者が指岡金也、支配人が本庄幸一、木造2階、221席、邦画・洋画を上映。1961年の住宅産業別特殊地図では「スター劇場」。1962年の映画館名簿では「中央劇場」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「瑞祥寺」南南西120mにあるかえで通りの道路上。最寄駅はJR越美北線越前大野駅

五番商店街の南端には東西に横町通りがありますが、横町通から熊野町通りを南に入ると大野中央劇場がありました。1970年代以後にはかえで通りが開通し、大野中央劇場跡地はかえで通りの一部となっています。

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(地図)1961年の住宅地図における大野中央劇場。中央上の "スター劇場" 。※他の2枚とは異なり、上が南で下が北。『住宅産業別特殊地図』大野世論調査研究所、1961年。大野市図書館所蔵。

 

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(地図)現在の地図における大野中央劇場跡地。Google My Maps

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(写真)大野中央劇場跡地付近。かえで通りと熊野町通りの交差点にある横断歩道。

 

2.2 大野劇場(1951年-1970年代初頭)

所在地 : 福井県大野市明倫町8-12(1970年)
開館年 : 1951年12月
閉館年 : 1970年以後1973年以前
『全国映画館総覧 1955』によると1951年12月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「大野劇場」。1961年の住宅産業別特殊地図では「大野劇場」。1966年・1969年・1970年の映画館名簿では「福井大野劇場」。1969年の映画館名簿では経営者が水上八郎、支配人が上田六郎、木造2階冷暖房付、354席、松竹・大映東宝・洋画・成人映画を上映。1969年のゼンリン住宅地図では「大野劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は三番六間交差点南東門にある「福井銀行大野支店」。最寄駅はJR越美北線越前大野駅

現在の福井銀行大野支店の場所には大野劇場がありました。1961年の地図を見ると福井銀行は通りの西側にあり、現在のこの場所は福井銀行の駐車場となっています。6車線の六間通りは違和感を覚えるほど広いのですが、1899年(明治32年)の大火後に拡幅したためとのこと。

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(地図)1961年の住宅地図における大野劇場。中央上。『住宅産業別特殊地図』大野世論調査研究所、1961年。大野市図書館所蔵。

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(写真)大野劇場跡地にある福井銀行大野支店。

 

2.3 亀山座(1926年-1980年代初頭)

所在地 : 福井県大野市本町9-3(1980年)
開館年 : 1926年12月
閉館年 : 1980年以後1982年以前
『全国映画館総覧 1955』には開館年が記載されていない。1943年・1950年・1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「亀山座」。1960年の映画館名簿では経営者が指岡金也、支配人が本庄幸一、木造2階、400席、邦画・洋画を上映。1961年の住宅産業別特殊地図では「亀山座」。1966年・1969年・1973年・1976年・1980年の映画館名簿では「大野亀山座」。1969年の映画館名簿では経営者が指岡金也、支配人が指岡達也、鉄筋造2階冷暖房付、500席、東映・日活・洋画・成人映画を上映。1969年のゼンリン住宅地図では「亀山座」。1980年の映画館名簿では経営者・支配人ともに指岡達也、鉄筋造1階、480席、邦画・洋画を上映。1982年・1985年の映画館名簿には掲載されていない。大野市最後の映画館。跡地は三番通り沿いの商業ビル「フィンガーヒル」。最寄駅はJR越美北線越前大野駅

大野市で最も早く開館し、最も遅くまで営業していたのが亀山座。2車線の三番通り沿いにあり、跡地は商業ビルが建っています。

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(写真)戦前の亀山座。『坂井・あわら・奥越の昭和』いき出版、2017年。

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(地図)1961年の住宅地図における亀山座。中央右。『住宅産業別特殊地図』大野世論調査研究所、1961年。大野市図書館所蔵。

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(写真)亀山座跡地にある商業ビル。

 

大野市の映画館について調べたことは「福井県の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(福井県版)」にマッピングしています。

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