振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

静岡市清水区の映画館(3)

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(写真)建物が現存する蒲原映画劇場。

2020年(令和2年)6月、静岡県静岡市清水区(旧・清水市)を訪れ、最盛期の中心市街地に11館あった映画館跡地などをめぐりました。「静岡市清水区の映画館(1)」「静岡市清水区の映画館(2)」からの続き。

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3. 旧清水市郊外・旧蒲原町・旧由比町の映画館

清水市中心部にあった映画館のほかには、旧清水市の三保地区に1館、旧清水市の興津地区に1館、旧庵原郡蒲原町に2館、旧庵原郡由比町に1館の映画館がありました。

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(写真)旧清水市の映画館。地理院地図

 

3.1 興津公会堂(1960年代初頭-1965年頃)

所在地 : 静岡県清水市興津中町429(1965年)
開館年 : 1960年以後1963年以前
閉館年 : 1965年頃
1960年の映画館名簿には掲載されていない。1962年の清水市住宅明細図では「興津公会堂」。1963年の映画館名簿では「興津中宿公会堂」。1965年の映画館名簿では「中町公会堂」。1965年の映画館名簿では280席、東映大映を上映。1966年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「ファミリーマート清水興津駅前店」駐車場。最寄駅はJR東海道本線興津駅

旧・清水市興津地区にも映画館がありました。住宅地図に「興津公会堂」として描かれている施設が、映画館名簿で「興津中宿公会堂」または「中町公会堂」として登場する映画館と同一の施設であると判断しています。「清水映画館物語」には「興津駅近くには開情館という不定期上映の映画館があったようだ」と書かれていますが、開情館は興津公会堂と同一の施設であると思われます。

 

3.2 蒲原オリオン(1931年-1965年頃)

所在地 : 静岡県庵原郡蒲原町神沢198(1969年)
開館年 : 1931年6月
閉館年 : 1965年頃
『全国映画館総覧1955』によると1931年6月開館。1955年の映画館名簿では「蒲原桜座」。1958年・1960年の映画館名簿では「桜座」。1960年の富士川・蒲原地区明細図では「桜座映画館」。1963年の映画館名簿では「蒲原オリオン座」。1966年・1969年の映画館名簿では「蒲原オリオン」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「蒲原聖母幼稚園」北東隣の民家。最寄駅はJR東海道本線蒲原駅

旧・庵原郡蒲原町に2館あった映画館の片方が蒲原オリオンであり、1950年代の映画館名簿には桜座という名称で登場します。蒲原映画劇場とは2km以上離れており、最寄駅も異なります。『目でみる庵原の歴史 富士川・蒲原・由比』(緑星社出版部、1982年)には桜座の写真が掲載されています。

 

3.3 三保劇場(1950年代後半-1960年代後半)

所在地 : 静岡県清水市三保宮方192(1966年)
開館年 : 1955年以後1958年以前
閉館年 : 1966年以後1969年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1958年・1960年・1963年・1966年の映画館名簿では「三保劇場」。1962年の清水市住宅明細図では「三保劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「ほっともっと清水三保店」北側の空き地。最寄駅は静岡鉄道静岡清水線新清水駅

旧・清水市の三保半島には三保劇場がありました。三保半島には1984年(昭和59年)まで国鉄清水港線が通じていました。

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(地図)1962年の清水市住宅明細図。中央下に三保劇場。

 

3.4 由比映画劇場(1923年-1970年代初頭)

所在地 : 静岡県庵原郡由比町336(1969年)
開館年 : 1923年5月
閉館年 : 1969年以後1973年以前
『全国映画館総覧1955』によると1923年5月開館。1950年・1953年・1955年・1960年・1963年・1966年・1969年の映画館名簿では「由比映画劇場」。1960年の由比・蒲原地区明細図では「由比劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「角田生花店」。最寄駅はJR東海道本線由比駅

旧・庵原郡由比町には由比映画劇場がありました。『目でみる庵原の歴史 富士川・蒲原・由比』(緑星社出版部、1982年)や『目で見る清水100年史』(静岡郷土出版社、1990年)には由比町にあった巴座という映画館の写真が掲載されており、巴座は「由比町唯一の映画館」だったとされますが、巴座と由比映画劇場が同一施設であることの確証は得られていません。

 

3.5 蒲原映画劇場(1946年-1980年代前半)

所在地 : 静岡県庵原郡蒲原町蒲原1525-1(1980年)
開館年 : 1946年6月
閉館年 : 1980年以後1985年以前
『全国映画館総覧1955』によると1946年6月開館。1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「蒲原映画劇場」。1963年の映画館名簿によると経営者と支配人は井上巳好、木造平屋建て、収容人員270人。1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「蒲原劇場」。1969年の映画館名簿によると経営者と支配人は井上己好、木造平屋建て冷暖房あり、収容人員350人、大映東映・洋画を上映。1973年の映画館名簿によると経営者と支配人は井上己好、木造平屋建て冷暖房あり、収容人員350人、松竹・東宝東映・洋画を上映。1977年の映画館名簿によると経営者と支配人は井上巳好、木造平屋建て冷暖房あり、収容人員250人、邦画・洋画・成人映画を上映。1980年の映画館名簿では「蒲原映画劇場」。1985年の映画館名簿には掲載されていない。登録有形文化財「志田家住宅」の南南西100mに建物が現存。静岡県道396号沿いの「ファミリーマート蒲原本町店」の西50m。最寄駅はJR東海道本線新蒲原駅

旧・庵原郡蒲原町にあった蒲原映画劇場は、旧東海道と県道396号(東海道)に挟まれた場所に映画館の建物が現存しており、ホールの天井高を活かして材木置き場として使用されています。2014年(平成26年)には「するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ」の会場のひとつになったようです。『目でみる庵原の歴史 富士川・蒲原・由比』(緑星社出版部、1982年)に掲載されています。

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(写真)建物が現存する蒲原映画劇場。2019年夏。

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(写真)材木置き場として使用されている蒲原映画劇場の建物。2019年夏。

 

静岡市清水区の映画館について調べたことは「静岡県の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(中部版)」にマッピングしています。

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