振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

桑名市の映画館

f:id:AyC:20201118162116j:plain

(写真)桑名市立中央図書館が入るくわなメディアライブ。2020年10月。

2020年(令和2年)10月、三重県の北勢地域にある桑名市を訪れました。かつて桑名市には「桑名キネマ」「楽天地劇場」「セントラル劇場」「桑名東映劇場」「三重大劇」の5館の映画館がありました。現在は8スクリーンのシネコンイオンシネマ桑名」があります。

 

 

1. 桑名市を歩く

1.1 六華苑

揖斐川の河岸にはジョサイア・コンドルが設計した六華苑があります。1913年(大正2年)建築の重要文化財建造物であり、洋館と和風建築が繋がっている不思議な邸宅でした。

f:id:AyC:20201118191132j:plain

(写真)邸宅と庭園。邸宅の右側は洋館、左側は和風建築。2020年6月。

f:id:AyC:20201118191138j:plainf:id:AyC:20201118191144j:plain

(左)洋館部分。2020年6月。(右)和風建築部分。2020年6月。

 

1.2 桑名市立中央図書館

図書館の歴史

1947年(昭和22年)には桑名市立図書館が設立され、2004年(平成16年)にはくわなメディアライブの中に現行の桑名市立中央図書館 - Wikipediaが開館しました。桑名市立中央図書館は「日本で初めてPFI方式によって建設・運営されている図書館」であり、図書館雑誌などで言及されることも多い。

f:id:AyC:20201118162450j:plain

(写真)桑名市立中央図書館が入るくわなメディアライブ。2016年6月。

 

図書館の郷土資料

郷土資料室への入館に申請が必要なのは鬱陶しいのですが、市民から郷土に関する情報を広く収集する「昭和の記憶」事業など、郷土資料の収集に力を入れているのには好感を持ちます。データベース類が乏しい四日市市立図書館や津市津図書館と比べるとオンラインデータベースが充実しており、特に新聞データベースは中日新聞朝日新聞(聞蔵Ⅱビジュアル)、読売新聞(ヨミダス歴史館)、日本経済新聞日経テレコン)と4種類あります。

f:id:AyC:20201118162459j:plainf:id:AyC:20201118162508j:plainf:id:AyC:20201118162513j:plain

(左)一般書の書架。2016年6月。(中)自動貸出機。2016年6月。(右)テーマ展示「連鶴再考」。「桑名の千羽鶴」は桑名市無形文化財。2016年6月。

f:id:AyC:20201118162520j:plainf:id:AyC:20201118162539j:plainf:id:AyC:20201118162534j:plain

(左)学習席。2016年6月。(中)自動化書架。2020年10月。(右)くわなメディアライブ1階のタリーズコーヒー。2020年10月。

 

2. 桑名市の映画館

かつて桑名市には「桑名キネマ」(1962年-1995年9月)、「楽天地劇場」(1951年-1971年)、「セントラル劇場」(1946年-1966年)、「桑名東映劇場」(1951年-1965年)、「三重大劇」(1951年-1962年)の5館の映画館がありました。現在は8スクリーンのシネコンイオンシネマ桑名」(1995年3月-)があります。

 

2.0 映画館の歴史

1925年(大正14年)には桑名駅中心市街地を結ぶ八間通りが開通し、1927年(昭和2年)9月には八間通りに路面電車の桑名電軌も開業。1927年(昭和2年)夏には八間通り沿いに旭ビルという象徴的な近代建築が竣工し、旭ビルにあった映画館「旭劇場」では名古屋と同時に作品がロードショー公開されました。戦後の1951年(昭和26年)、旭ビルの跡地に開館したのが「三重大劇」です。

1951年(昭和26年)4月には「三重大劇」、5月には「桑名東映劇場」、12月には「楽天地劇場」が相次いで開館していますが、いずれも経営者は三重興行株式会社を設立した松谷清です。1958年(昭和33年)には経営者が大野久吉に交代。1960年(昭和35年)にピークを迎えた映画観客数が減少すると、1962年(昭和37年)には「三重大劇」、1965年(昭和40年)には「桑名東映劇場」、1971年(昭和46年)には「楽天地劇場」と、ひとつづつ閉館させていきました。

1962年(昭和37年)には桑名駅北の畷町に「桑名キネマ」が開館。1971年(昭和46年)には桑名市唯一の映画館となり、1975年(昭和50年)の火災後には2スクリーンを持つ建物に建て替えます。1995年(平成7年)3月に三重県初のシネコンとして「ワーナー・マイカル・シネマズ桑名」(現・イオンシネマ桑名)が開館すると、「桑名キネマ」は同年9月に閉館しています。

 

f:id:AyC:20201118184359p:plain

(地図)かつて桑名市にあった映画館。Google My Maps

 

5館の映画館があった自治体としては「桑名キネマ」以外の閉館時期が早く、また郷土資料における言及が少ない。三重県の各都市の映画館を紹介する久保仁『ローカル映画館史』(三重県興行環境衛生同業組合、1989年)以外の書籍での言及はほとんどないです。

三重県立図書館における桑名市の住宅地図の最古は1973年版、桑名市立中央図書館における桑名市の住宅地図の最古は1990年版であり、桑名市立中央図書館に「4ページ分だけある1967年版住宅地図の複製」や「1958年や1967年の都市計画図」がなかったら、5館中3館は跡地すら判明しませんでした。

 

2.1 三重大劇(1951年-1962年)

所在地 : 三重県桑名市相生町(1963年)
開館年 : 1951年4月
閉館年 : 1962年12月
『全国映画館総覧1955』によると1951年4月開館。1950年の映画館名簿では「桑名旭劇場」。1953年・1955年の映画館名簿では「三重大劇」。1958年の映画館名簿では「三重大劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「三重大劇」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「寺町通り商店街」アーケード北端部の広場。

f:id:AyC:20201118163016j:plain

(写真)寺町通り商店街アーケード北端部と三重大劇跡地の広場。

f:id:AyC:20201118163020j:plainf:id:AyC:20201118163025j:plain

(左)寺町通り商店街アーケード南端部。(右)三重大劇跡地の広場。

f:id:AyC:20201118163032j:plain

(地図)1958年の桑名市都市計画図。寺町通り商店街周辺。中央上に三重大劇を表す「映」。

 

2.2 桑名東映劇場(1951年-1965年)

所在地 : 三重県桑名市寿町(1963年)
開館年 : 1951年5月
閉館年 : 1965年
『全国映画館総覧1955』によると1951年5月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年の映画館名簿では「桑名劇場」。1960年・1963年の映画館名簿では「桑名東映劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「桑名市総合医療センター」立体駐車場。

f:id:AyC:20201118163044j:plainf:id:AyC:20201118163050j:plain

(左)桑名東映劇場跡地の桑名市総合医療センター立体駐車場。(右)桑名東映劇場が面していた寿町通り。

f:id:AyC:20201118163056j:plain

(地図)1958年の桑名市都市計画図。国鉄近鉄名駅前。右下に桑名東映劇場を表す「映」。中央左に楽天地劇場を表す「映」。

f:id:AyC:20201118163101j:plain

(地図)1967年のゼンリン住宅地図。中央左に桑名東映劇場跡地を表す「アキヤ 元映画館」。

 

2.3 セントラル劇場(1946年-1965年)

所在地 : 三重県桑名市大字矢田崩(1966年)
開館年 : 1946年7月
閉館年 : 1965年
『全国映画館総覧1955』によると1946年7月開館。1950年・1953年の映画館名簿では「セントラル・シアター」。1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「セントラル劇場」。1966年の映画館名簿では「桑名セントラル劇場」。1969年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「サンマンションアトレ益生駅前」。

f:id:AyC:20201118163108j:plain

(地図)1958年の桑名市都市計画図。国鉄関西本線益生駅周辺。中央左にセントラル劇場を表す「映」。

 

2.4 楽天地劇場(1951年-1971年)

所在地 : 三重県桑名市寿町楽天地21(1969年)
開館年 : 1951年12月
閉館年 : 1971年3月
『全国映画館総覧1955』によると1951年12月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「楽天地劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「桑名楽天地劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。跡地はマンション「サンファーレ北館」(サンマンションアトレ桑名)建物北側。

f:id:AyC:20201118163112j:plainf:id:AyC:20201118163116j:plain

(左)楽天地劇場跡地にあるサンファーレ北館。(右)1955年開設の桑名一番街。楽天地劇場があった時代の名残を残す。

f:id:AyC:20201118163122j:plain

f:id:AyC:20201118163129j:plain

(地図)1967年のゼンリン住宅地図。1枚目の南が2枚目。「楽天地劇場」。

f:id:AyC:20201118163056j:plain

(地図)1958年の桑名市都市計画図。国鉄近鉄名駅前。中央左に楽天地劇場を表す「映」。右下に桑名東映劇場を表す「映」。

f:id:AyC:20201118163135j:plain

(地図)1967年の桑名市都市計画事業 桑名駅市街地再開発事業平面図。右下に「楽天地劇場」。

 

2.5 桑名キネマ(1962年-1995年)

所在地 : 三重県桑名市畷町301(1995年)
開館年 : 1962年7月1日
閉館年 : 1995年9月25日
1963年の映画館名簿には掲載されていない。1966年・1969年・1973年・1976年の映画館名簿では「桑名キネマ」。1980年の映画館名簿では「桑名キネマ・キネマ2」(2館)。1985年・1990年・1995年の映画館名簿では「桑名キネマ・桑名キネマ2」(2館)。2000年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「桑名市子ども・子育て応援センターキラキラ」。最寄駅は近鉄名古屋線・JR関西本線名駅

f:id:AyC:20201118163141j:plain

(写真)桑名キネマ跡地にある桑名市子ども・子育て応援センターキラキラ。

f:id:AyC:20201118163147j:plain

(地図)1967年のゼンリン住宅地図。中央上に「桑名キネマ」。

f:id:AyC:20201118163152j:plain

(地図)1980年代のゼンリン住宅地図。中央右に「1F桑名キネマ 2Fキネマ2」。

f:id:AyC:20201118163159j:plain

(地図)1969年の昭文社桑名市全図。桑名駅東に「桑名キネマ」。

 

2.6 イオンシネマ桑名(1995年-)

所在地 : 三重県桑名市新西方1丁目35 イオンモール桑名3番街4階(2020年)
開館年 : 1995年3月24日
閉館年 : 営業中
イオンシネマ桑名は1995年(平成7年)に開館した8スクリーンのシネコンです。東海3県初・三重県初という記念すべきシネコンであり、開館当初の名称はワーナー・マイカル・シネマズ桑名でした。

JR・近鉄名駅から西に約2km、丘陵に開発された住宅地のイオンモール桑名にあり、公共交通機関で訪れる場合はバスの乗車が必須。2013年(平成25年)にはわずか7kmの距離に、イオンシネマ桑名より多い10スクリーンのイオンシネマ東員が開館しています。同じイオンシネマで観客の奪い合いは起こっていないのでしょうか。

2020年(令和2年)の新型コロナウイルスの流行時、緊急事態宣言の発令中にはイオンシネマ桑名も長期休館していました。5月18日には全国のイオンシネマが一斉に営業を再開し、再開初週にイオンシネマ桑名を訪れました。

f:id:AyC:20201118164221j:plainf:id:AyC:20201118164227j:plain

(写真)イオンシネマ桑名。(左)エスカレーター。2020年5月。(右)ロビー。2020年5月。

f:id:AyC:20201118164327j:plainf:id:AyC:20201118164233j:plainf:id:AyC:20201118164238j:plain

(写真)イオンシネマ桑名。(左)ロビーの入口。2020年5月。(中)ホールの入口。2020年5月。(右)ホール。2020年5月。

 

桑名市にあった映画館について調べたことは「三重県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(中部版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

www.google.com