振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

豊田市の映画館

f:id:AyC:20200221144934j:plain

(写真)豊田市中心市街地。名鉄豊田市駅から東を見る。

2020年(令和2年)1月、愛知県豊田市中心市街地を訪れました。現在の中心市街地唯一の映画館「イオンシネマ豊田KiTARA」や、かつて中心市街地に存在した映画館「挙母劇場」「アート座」「昭和劇場」の跡地などをめぐっています。

 

1. 豊田市を訪れる

豊田市は愛知県西三河地方にある人口約42万人の町。2005年(平成17年)に周辺6町村を編入したことで、面積は愛知県第1位、人口は名古屋市に次いで愛知県第2位です。トヨタ自動車の本社がある町として知られ、製造品出荷額等は全国の自治体の中で群を抜いて多い。2018年以後は豊田市中央図書館を訪れる回数が増え、月に2-3度は足を運んでいます。

ayc.hatenablog.com

f:id:AyC:20200221180135p:plain

(地図)愛知県における豊田市の位置。©OpenStreetMap contributors

 

豊田市中心市街地

2010年代には名鉄豊田市駅東側で「豊田市駅前通り北地区市街地再開発事業」が行われ、2018年(平成30年)には複合商業施設「KiTARA」がオープンしました。豊田市駅東地区第一種市街地再開発事業」によって1995年(平成7年)にオープンした複合商業施設「GAZA」、豊田市民センター地区市街地再開発事業によって1998年(平成10年)にオープンした複合施設「参合館」、「豊田市駅前通り南地区第一種市街地再開発事業」によって2007年(平成19年)にオープンした複合商業施設「コモ・スクエア」などもあり、高層で巨大な再開発ビルが林立する市街地となっています。

f:id:AyC:20200221145002j:plain

(写真)豊田市中心市街地。中央奥は名鉄豊田市駅。右は豊田KiTARAイエロー棟(パークタワー豊田)。


挙母神社

上の写真の撮影地点からわずか200mの場所にあるのが、山車まつりである挙母祭りを開催する挙母神社(ころもじんじゃ)です。豊田市は1951年から1959年まで挙母市という名称であり、1951年以前は西加茂郡挙母町でした。

f:id:AyC:20200221145026j:plain

(写真)挙母神社の社殿。

f:id:AyC:20200221145031j:plainf:id:AyC:20200221145038j:plainf:id:AyC:20200221145045j:plain

(左)挙母神社の社号碑と鳥居。(中)挙母神社の建築物。右から神輿殿、拝殿、社殿。(右)挙母神社の境内。右は「挙母神社のクス」。樹齢約650年。豊田市指定天然記念物。

 

 

2. 豊田市の映画館

現在の豊田市にはシネコンイオンシネマ豊田KiTARA」(2017年-)があります。かつての豊田市中心市街地には、「挙母劇場」「アート座」「昭和劇場」と3館の映画館がありました。

郊外にも目を向けると「トヨタグランド」(1977年-2019年)、「ジャスコファミリーシアター高橋」(1988年-2000年)、「豊田コロナシネマ」(1992年-1999年頃)、「猿投劇場」(-1960年代中頃)、「上伊保劇場」(-1960年代中頃)、「上野劇場」(-1964年)、「弁天座」(1913年-1963年)、「若林座」(1933年-1959年)があり、2005年(平成17年)に編入した地域にも多数の映画館がありましたが、別ページで紹介することとします。

f:id:AyC:20200221163442p:plain

(写真)1960年代の豊田市中心市街地。昭和劇場と挙母劇場は戦前からの和風建築。国土地理院 地理院地図

f:id:AyC:20200221163449p:plain

(写真)1970年代の豊田市中心市街地。昭和劇場は閉館。挙母劇場はビルに建て替えられ、アート座は長崎屋豊田店6階に入居した。国土地理院 地理院地図

f:id:AyC:20200221163453p:plain

(写真)2007年の豊田市中心市街地。挙母劇場跡地にはマンションが建ち、アート座跡地の長崎屋豊田店は建物のみ残っている。国土地理院 地理院地図


2.1 昭和劇場(1913年-1960年代中頃)

所在地 : 愛知県豊田市久保町4-1(1963年)
開館年 : 1913年(大正座開館)、1921年10月(昭和劇場開館)、1938年(昭和劇場建て替え)
閉館年 : 1963年以後1966年以前
Wikipedia昭和劇場
『全国映画館総覧 1955』によると1921年10月設立。1953年・1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「昭和劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。1968年のアイゼン住宅地図では跡地に空き地。跡地は「竹生町山車蔵」など。

1913年(大正2年)に劇場の大正座として開館し、1938年(昭和13年)の新築時に昭和劇場に改称しました。1951年(昭和26年)の挙母市制施行当時にあった映画館は挙母劇場と昭和劇場の2館のみ。当時の市街地の北側にあり、北部郊外の町村からも観客を集めていたというのは納得です。跡地は竹生町山車蔵・東区区民会館・民家・駐車場の用地になっており、映画館の建物の大きさに驚きます。竹生町(たきょうちょう)の山車蔵は挙母神社の祭礼である挙母祭りで用いられる山車の保管庫です。

f:id:AyC:20200221145129j:plain

(写真)昭和劇場跡地にある竹生町山車蔵。

f:id:AyC:20200221164152j:plainf:id:AyC:20200221145140j:plain

(左)1950年の昭和劇場。『株式会社アート座のあゆみ』アート座、1996年より。パブリック・ドメイン(PD)。(右)1950年の写真と同じ向きから見た昭和劇場跡地。

f:id:AyC:20200221145133j:plainf:id:AyC:20200221145158j:plain

(左)新旧の竹生町山車蔵。左手前が旧蔵。(右)児ノ口公園の一角にある児ノ口社。

f:id:AyC:20200221145208j:plainf:id:AyC:20200221145214j:plain

(写真)竹生通りの「竹生町4丁目」交差点。

 

2.2 アート座(1951年-1991年)

所在地 : 愛知県豊田市喜多町2-36(1990年)
開館年 : 1951年10月
閉館年 : 1991年
Wikipediaアート座
『全国映画館総覧 1955』によると1951年10月設立。1953年・1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「アート座」。1968年のアイゼン住宅地図では「アート座劇場」。1966年・1969年・1976年・1980年・1985年・1990年・1992年の映画館名簿では「豊田アート座」。1993年・1995年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「KiTARAグリーン棟」。

昭和劇場と挙母劇場は戦前からの劇場であり、建物や設備の古さが難点だったようです。1951年(昭和26年)には豊田市初の本格的な映画専門館として、名鉄豊田市駅前の駅前通りにアート座が開館しました。当初は洋画を上映し、やがて洋画と日活作品を上映しています。

1971年(昭和46年)にはアート座とその隣接地に7階建ての長崎屋ビルが竣工し、1階から6階には百貨店の長崎屋豊田店が、7階にはアート座が入居しました。1991年(平成3年)には長崎屋豊田店が閉店し、1992年(平成4年)にはアート座も閉館しています。

長崎屋ビルが取り壊されたのは2015年(平成27年)以後のことであり、跡地にはKiTARAのグリーン棟が建ちました。2017年(平成29年)にはKiTARAのブルー棟にイオンシネマ豊田KiTARAが開館しています。

f:id:AyC:20200221145230j:plain

(写真)アート座があった長崎屋豊田店跡地にある豊田KiTARAグリーン棟。

f:id:AyC:20200221164740j:plain

(写真)1951年の開館当時のアート座。『株式会社アート座のあゆみ』アート座、1996年より。パブリック・ドメイン(PD)。

f:id:AyC:20200221145236j:plainf:id:AyC:20200221145247j:plain

(左)豊田KiTARAのグリーン棟とイエロー棟の1階部分。右奥に喜多神社が見える。(右)豊田KiTARAの敷地の一角にある喜多神社。背後は挙母まつりの際に使用される喜多町の山車蔵。 


2.3 挙母劇場(1882年-1992年頃)

所在地 : 愛知県豊田市神明町2-9(1990年)
開館年 : 1882年、1904年5月
閉館年 : 1992年
Wikipedia挙母劇場
『全国映画館総覧 1955』によると1904年5月設立。1953年・1955年・1960年・1963年・1966年・1969年・1976年・1980年の映画館名簿では「挙母劇場」。1968年・1971年のアイゼン住宅地図では「挙母劇場」。1982年・1985年の映画館名簿では「コロモ劇場・コロモシネマ」(2館)。1990年・1992年の映画館名簿では「コロモ劇場1・2・3」(3館)。1993年・1995年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は1996年竣工のマンション「ライオンズシティ豊田東棟」。

1882年(明治15年)には豊田最古の劇場である祝栄座が開館し、1934年(昭和9年)に挙母劇場に改称しています。妻入りの和風建築で100年近く営業した後、1975年(昭和50年)に鉄筋コンクリート造3階建手のビルに建て替えています。1980年代にはまず2スクリーン体制に、次いで3スクリーン体制になり、1992年(平成4年)頃に閉館しています。跡地はマンションのライオンズシティ豊田東棟が建っています。

豊田市中心市街地では最後まで営業していたとされる映画館ですが、その閉館時期すらはっきりせず、Google検索ではビル化後の画像の1枚も見ることができません。豊田市中央図書館で挙母劇場に関するレファレンスを行ったところ、豊田市郷土資料館や豊田市近代の産業とくらし発見館でさえもビル化後の写真は持っていないとのことでした。現時点では1988年7月24日付の『新三河タイムス』に掲載されている写真がビル時代の唯一の写真です。豊田市郷土資料館の敷地内には、和風建築時代の建物に使用されていた鬼瓦が展示されています。

f:id:AyC:20200221145308j:plainf:id:AyC:20200221164821j:plain

(左)挙母劇場跡地のマンション「ライオンズシティ豊田東棟」。(右)1951年の挙母劇場。「明治・大正・昭和・平成 まちなかの変遷豊田市近代の産業とくらし発見館より。パブリック・ドメイン(PD)。

f:id:AyC:20200221174815j:plainf:id:AyC:20200223004432j:plain

(写真)1988年のコロモ劇場・コロモシネマ。「駅東商店街 迫る危機感 サウナ、映画館、飲食店、駐車場を併設 都心夜の活性化を」『新三河タイムス』1988年7月24日より。著作権は切れていません。

f:id:AyC:20200221145313j:plainf:id:AyC:20200221145327j:plain

(左)ライオンズシティ豊田東棟の手前にある常夜灯。(右)ライオンズシティ豊田東棟が面する神明通り。


2.4 イオンシネマ豊田KiTARA(2017年-)

所在地 : 愛知県豊田市喜多町2丁目170番地(2018年)
開館年 : 2017年11月25日
閉館年 : 営業中
2015年・2017年の映画館名簿には掲載されていない。2018年の映画館名簿では「イオンシネマ豊田KiTARA 1-9」(9館)。

2017年(平成29年)にはKiTARAのブルー棟にイオンシネマ豊田KiTARAが開館し、挙母劇場の閉館から25年を経て中心市街地に映画館が復活しました。名鉄豊田市駅から徒歩3分の好立地であり、豊田市中央図書館がある参合館のはす向かいにあります。イオンシネマ豊田KiTARAに観客を奪われたためか、2019年(平成31年)には郊外のトヨタグランドがひっそりと閉館しました。

f:id:AyC:20200221145012j:plain

(写真)KiTARA。白い建物がイオンシネマ豊田KiTARAが入るブルー棟。

f:id:AyC:20200221145506j:plainf:id:AyC:20200223015338j:plainf:id:AyC:20200223015345j:plain

(左)イオンシネマ豊田KiTARAのロビー。(中・右)イオンシネマ豊田KiTARAの座席。
 

豊田市の映画館について調べたことは「豊田市の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめており、跡地については「消えた映画館の記憶地図」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

www.google.com