振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

遠州森町の映画館

f:id:AyC:20200116173259j:plain

(写真)映画館「中央劇場」を転用したスーパーヒラノの廃墟。

2020年(令和2年)1月、静岡県周智郡森町(遠州森町)を訪れ、2館あった映画館跡地、森の街並みや城下の街並み、森町立図書館などをめぐりました。映画館「中央劇場」の建物は廃墟として現存しています。

 

1. 遠州森町を訪れる

1.1 天浜線沿線の町

周智郡森町(もりまち)は静岡県西部の自治体。榛原郡吉田町(よしだちょう)などとは異なり、静岡県では唯一「~まち」と読む自治体だそうです。北海道の函館市近郊にも森町という自治体があり、区別のために遠州森町とも呼ばれます。今回はJR東海道本線掛川駅から天竜浜名湖鉄道天浜線に乗って森町を訪れました。

天竜浜名湖鉄道国鉄二俣線を引き継いだ第三セクターであり、1935年(昭和10年)から1940年(昭和15年)の開業時に建設された駅舎が多数あります。1998年(平成10年)と2011年(平成23年)には駅舎など計36件が登録有形文化財に登録されており、1935年の開業当時からある遠州森駅の駅舎も登録有形文化財です。

f:id:AyC:20200116173419j:plainf:id:AyC:20200116173429j:plain

(左)天浜線遠州森駅。駅舎は登録有形文化財。(右)天浜線の列車。

f:id:AyC:20200116190242p:plain

(地図)愛知県名古屋市から見た静岡県周智郡森町の位置。 ©OpenStreetMap contributors

 

1.2 遠州森町の農業

2015年(平成27年)の森町の茶産出額は約5億円で県内15位。2000年(平成12年)の茶産出額は約20億円であり、県内13位となっています。ピーク時からの減少率は県平均より大きく、特に2007年(平成19年)以降の8年間で約1/3になっているのが気になります。平地と山地の中間に位置することから、比較的高級な茶を多く生産しているようですが、川根茶や掛川茶のようなブランド名はないようです。

参考 : 「静岡県茶業の現状静岡県経済産業部農業局お茶振興課、2018年

f:id:AyC:20200116173451j:plainf:id:AyC:20200116173506j:plain

(左)森町役場。(右)1928年の森町産新茶の積み出し風景。『目で見る北遠・周智・浜北の100年』(郷土出版社、2002年)より。パブリック・ドメイン(PD)。

 

静岡県道278号と天浜線に挟まれた一角には、柿の品種である次郎柿 - Wikipediaの原木がありました。次郎柿は1844年(弘化元年)に森町の松本治郎吉が発見した品種であり、森町では現在も郎柿ではなく郎柿という表記を用いています。1908年(明治41年)からは次郎柿を天皇に献上しているそうで、2019年(令和元年)11月には106回目の献上が行われたそうです。

f:id:AyC:20200116173513j:plainf:id:AyC:20200116173524j:plain

(左)次郎柿原木。静岡県指定天然記念物。(右)1931年頃の森町産次郎柿の出荷風景。『目で見る北遠・周智・浜北の100年』(郷土出版社、2002年)より。パブリック・ドメイン(PD)。

 

2. 遠州森町を歩く

2.1 森の街並み

近世の森町は秋葉街道の宿場町であり、何度も折れ曲がる街道に沿って街並みが形成されています。天浜線遠州森駅から本町、仲町、横町、新町の順に歩きました。

f:id:AyC:20200116185930p:plain

(写真)遠州森町の古い町並みと通り。国土地理院 地理院地図

 

本町

天浜線と並行する静岡県道278号から一度折れると旅籠町であり、もう一度折れると本町です。古い町屋がもっとも多く残っている通りであり、「森町散策マップ」によると実業家の鈴木藤三郎 - Wikipediaの生家などがあるようです。現地には説明看板などが乏しく、散策マップに書かれている旧跡のいくつかは発見することさえできなかったのですが。

f:id:AyC:20200116173555j:plainf:id:AyC:20200116173547j:plain

(写真)本町の街並み。(左)本町西側の洋品店「ふくや」や割烹「古澤屋」付近。(右)鈴木藤三郎の生家など町屋が多く残る本町東側。

 

仲町

仲町の通りは球状の街路灯が商店街らしさを醸し出していますが、現在も営業中の商店は数えるほどしかありません。とはいえ、裏通りにある割烹料理屋「柏屋」の建物は見ごたえがあります。1929年(昭和4年)竣工と比較的新しい建物ではありますが、内部を見学したいと思わせられる外観です。

f:id:AyC:20200116173613j:plainf:id:AyC:20200116173603j:plain

(写真)仲町の街並み。(左)仲町南側の「仲町歯科医院」付近。(右)仲町北側の「泉嘉書店」付近

f:id:AyC:20200116173619j:plain

(写真)仲町の割烹料理屋「柏屋」。

 

三島神社

仲町から直角に伸びる路地の先にはこんもりとした丘があり、この丘の上には森市街地を氏子区域とする三島神社があります。毎年11月には例祭として「遠州森のまつり」を開催し、各氏子町から14台の山車が練り歩きます。寛文12年(1671年)建築の社殿は森町最古の建造物であり、森町指定文化財に指定されています。

f:id:AyC:20200116173627j:plainf:id:AyC:20200116173634j:plain

(写真)三島神社

f:id:AyC:20200116173645j:plainf:id:AyC:20200116173651j:plainf:id:AyC:20200116173701j:plain

(写真)「遠州森のまつり」の山車蔵。(左)明治町の山車蔵。(中)天宮の山車蔵。(右)城下の山車蔵。

 

横町

仲町と新町をつなぐ短い通りが横町です。森の街並みの中では営業中の店舗がもっとも多いエリアであり、特に3階建ての横長ビルが目につきました。鈴木藤三郎記念館という建物もありましたが、製糖工場を移築しただけの建物であり、展示品などは置かれていませんでした。

f:id:AyC:20200116173729j:plainf:id:AyC:20200116173736j:plain

(左)横町の街並み。(右)3階建てのビル。

 

天宮神社

森市街地の北端には旧県社の天宮神社(あめのみやじんじゃ)があります。本殿・拝殿は静岡県指定文化財、舞殿で催される「天宮神社十二段舞楽」は国指定重要無形民俗文化財、神木のナギは静岡県指定天然記念物と、指定文化財の多い神社です。三島神社と天宮神社に対する町民の関わり方の違いが気になります。森の街並みと城下の街並みは約2kmの距離があり、その中間付近にあるのが天宮神社です。

f:id:AyC:20200116173749j:plainf:id:AyC:20200116173757j:plain

(左)天宮神社の境内。(右)天宮神社の社殿。 静岡県指定文化財

f:id:AyC:20200116182637j:plainf:id:AyC:20200116173819j:plainf:id:AyC:20200116182701j:plain

(左)舞殿。国指定重要無形民俗文化財の「天宮神社十二段舞楽」が催される。(中)神木のナギ。静岡県指定天然記念物。(右)休憩所。祭礼の写真や新聞記事などが展示されている。

f:id:AyC:20200116173906j:plain

(写真)森市街地・城下市街地の東側を流れる太田川。  

 

2.2 城下の街並み

かねてから城下(しろした)の街並みは気になっていました。通りと町屋の正面が並行ではなくずれており、上空から見るとノコギリの歯のようにギザギザしているのが特徴です。

日本で初めて烏龍茶を生産した藤江勝太郎などの藤江家住宅などが目につきますが、街並みの規模は想像よりはるかに小さくて肩透かしを食らいました。かつて森町在住の方に「ギザギザした街並みがあるところですね」と言ったのに反応が鈍かったのも納得です。藤江家住宅は1863年文久3年)に建てられた、落ち着いた格子や障子が街道筋の町屋らしい建築ですが、文化財指定や登録はなされていないようです。

f:id:AyC:20200116173954j:plain

(写真)町屋が道路と並行していない街並みが特色ある城下市街地。左手前は藤江家。

f:id:AyC:20200116174008j:plainf:id:AyC:20200116174015j:plainf:id:AyC:20200116174022j:plain

(写真)城下市街地の街並み。

f:id:AyC:20200116174032j:plain

(写真)城下秋葉常夜灯。

 

城下の街道筋から路地を入った場所には旧城下学校があります。旧城下学校は1884年明治17年)の建築であり、磐田市の旧見付学校と松崎町の旧岩科学校に次いで、静岡県では3番目に古い学校建築だそうです。旧見付学校は国の史跡、旧岩科学校は国の重要文化財に指定されています。旧城下学校は森町指定文化財にとどまっていますが、建物が残っているだけでも貴重です。内部は壁で部屋が区切られておらず、また廊下などもないようで、反対側の窓の外も見通すことができました。

f:id:AyC:20200116174114j:plainf:id:AyC:20200116174123j:plain

(写真)旧城下学校。森町指定文化財

 

2.3 森町立図書館

森の街並みや城下の街並みを歩いた後には森町立図書館を訪れました。英語表記は「Morimachi Library」ですが、日本語表記の読みは「もり ちょうりつとしょかん」のようです。

森町立図書館は森町文化会館とともに森市街地から約1.5kmの距離にあり、1995年(平成7年)4月15日に森町文化会館との複合施設として開館した施設です。

森町立図書館の床面積は510m2。森町と人口が似通った自治体として駿東郡小山町があり、図書館の開館年(1992年)や施設の形態(文化会館との複合施設)も似通っています。森町立図書館と小山町立図書館を比較すると、床面積や蔵書数では小山町立図書館のほうが上ですが、貸出数では森町立図書館のほうが上となっています。

 

周智郡森町

人口 - 18,988人(2016年度末)

開館年 - 1995年

床面積 - 510m2

蔵書数 - 83,297冊(2016年度末)

貸出数 - 79,851冊(2016年度)

 

駿東郡小山町(参考)

人口 - 19,197人(2016年度末)

開館年 - 1992年

床面積 - 1,163m2

蔵書数 - 110,967冊(2016年度末)

貸出数 - 51,138冊(2016年度)

f:id:AyC:20200116174133j:plain

(写真)森町立図書館。

 

館内は天井が高く、ガラス窓部分が多いので開放的です。書架などの什器は新しく、照明の印象もあって洗練された雰囲気を感じます。開館から25年が経過しているとは思えず、近年にリニューアルがなされたのだと思われますが、ウェブ検索してもよくわかりません。森町の特産品である「茶」の資料は別置されていますが、それ以外に特色あるコーナーはありませんでした。図書返却ポストには「貸本返却口」と書かれていますが、図書館が "貸本" という用語を用いているのは珍しくて印象に残りました。

f:id:AyC:20200117004410j:plainf:id:AyC:20200116174413j:plain

(左)図書返却ポスト。「貸本」という表記が珍しい。(右)森町立図書館の館内。

 

 

3. 遠州森町の映画館

1920年大正9年)には遠州森町に劇場「明治座」が開館し、1936年(昭和11年)には劇場「森町劇場」も開館します。戦後の各年版『映画館名簿』に掲載されている映画館は、「森町劇場」と1956年(昭和31年)開館の「中央劇場」の2館でした。森町の映画館について調べたことは「静岡県の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(全国版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

www.google.com

f:id:AyC:20200116185758p:plain

(写真)遠州森町にあった映画館の位置。国土地理院 地理院地図

 

以下の図は映画館が2館あった自治体の典型例を示した図です。"戦前に和風建築の劇場が開館し、昭和30年代の映画ブームとともに映画館に転換。映画ブームの頃には洋風建築の映画専門館も開館するが、昭和40年代前半までに両館とも閉館する" という構図です。遠州森町の映画館事情はこの典型例に近いと思われます。

f:id:AyC:20200116192052p:plain

(図)映画館が2館存在した自治体の典型例。

 

3.1 森町劇場(1936年-1960年代中頃)

所在地 : 静岡県周智郡森町910(1958年・1960年)
開館年 : 1936年
閉館年 : 1963年以後1966年以前
1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「森町劇場」。1966年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「森町タクシー」。最寄駅は天竜浜名湖鉄道天浜線遠州森駅または戸綿駅。

1960年版『映画館名簿』には森町劇場の所在地として「周智郡森町910」と記載されています。現在は「周智郡森町森910」に森町タクシー本社がありますが、森町劇場の跡地が森町タクシーであることの裏付けを取ることが森町を訪問した目的のひとつでした。

新町の菓子司福むらの男性店主(70代?)に話を伺うと、「森町劇場は森町タクシーの場所にあった。立派な劇場であり、回り舞台や2階の桟敷席などがあった。のど自慢大会なども開催された。明治時代の建築かもしれない。僕が中学生だった1963年頃までは少なくとも営業していた」とのことでした。菓子司福むらは森町劇場ではなく中央劇場に近い和菓子屋ですが、この店主にとっては森町劇場のほうがなじみ深かったようです。

f:id:AyC:20200116173538j:plainf:id:AyC:20200116174421j:plain

(左)天浜線と並行する静岡県道278号。森町役場付近。(右)森町劇場跡地にある森町タクシー。県道278号沿い。

f:id:AyC:20200116174448j:plainf:id:AyC:20200116174441j:plain

(写真)森町劇場について話を伺った菓子司福むら。

 

3.2 中央劇場(1956年-1970年代初頭)

所在地 : 静岡県周智郡森町910(1969年)
開館年 : 1956年
閉館年 : 1969年以後1973年以前
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「森町中央劇場」。1966年・1969年の映画館名簿では「森中央劇場」。1973年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は映画館時代の建物を流用した「スーパーヒラノ」の廃墟。最寄駅は天竜浜名湖鉄道天浜線遠州森駅または戸綿駅。

新町には「スーパーヒラノ」の廃墟があり、Google mapsではこの場所が "中央劇場跡" と表示されています。スーパーヒラノの南側に隣接する荻野商店の女性店主(80代?)にこのスーパーについて話を伺うと、まずは「どこのスーパーのことか。太田川の対岸にあるスーパーか」と聞き直されました。スーパーヒラノは廃業してからかなりの年月が経っているようで、この女性店主にとってはスーパーだったという認識も薄れているようでした。「スーパーヒラノは中央劇場の建物をそのまま利用していた」とのことで、Google mapsの表示は誤りではありませんでした。

菓子司福むらの店主に中央劇場について聞いたところ、「営業をやめたスーパーの場所にあった。日活の石原裕次郎が流行った頃が中央劇場の全盛期だった」とのことでした。

 

なお、1966年版や1969年版の『映画館名簿』では「周智郡森町910」に中央劇場があるとされています。森町910は1960年版『映画館名簿』における森町劇場の番地であり、"1960年代初頭まで森町劇場があった建物に、1960年代中頃になって中央劇場が移転した" 可能性も考えました。しかし、菓子司福むらの店主の話を聞く限りでは中央劇場が移転したとは思えず、『映画館名簿』の記述が誤っているのだと思われます。※1960年代の映画館名簿は至る所に誤字脱字があり、映画館名や所在地が誤っていることも珍しくありません。

f:id:AyC:20200116174508j:plain

(写真)中央劇場を転用したスーパーヒラノの廃墟。

f:id:AyC:20200116174453j:plainf:id:AyC:20200116174523j:plain

(左)1959年の中央劇場。自転車で観客が詰めかけている。通りの入口にはアーチが見える。奥まった場所に建物があるように見えるが理由は不明。(右)中央劇場跡地の建物側面。

f:id:AyC:20200116174501j:plainf:id:AyC:20200116174516j:plain

(左)中央劇場跡地の全景と荻野商店。(右)中央劇場跡地と森町バスターミナル。

f:id:AyC:20200116174532j:plain

(写真)中央劇場について話を伺った荻野商店。

f:id:AyC:20200117191154j:plain

(写真)「森町劇場」と「森町中央劇場」が掲載されている『映画年鑑 1963年版別冊 映画便覧 1963』(時事通信社、1963年)。