振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

津島市立図書館を訪れる

f:id:AyC:20190513173237j:plain

(写真)津島市立図書館。2019年5月。

 

津島市を訪れる

f:id:AyC:20190514154306p:plain

(地図)愛知県における津島市の位置。©OpenStreetMap contributors


2019年(令和元年)5月、愛知県津島市を訪れました。

津島市は歴史ある町。全国に約3,000社ある津島神社/天王社の総本社があり、近世には津島神社門前町として栄えました。尾張津島天王祭は日本三大川祭りのひとつであり、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の構成遺産です。近代には日本最大の毛織物産地として栄え、天王川公園には "毛織物の父" 片岡春吉の銅像が建っています。愛知県立津島高校の前身は1900年(明治33年)開校の愛知県第三中学校であり、愛知県立旭丘高校(愛知一中)、愛知県立岡崎高校(愛知二中)に次ぐ歴史を有しています。

かつては尾張地方でもっとも活気があった町のはずですが、近代には主要な鉄道路線の経路から外れ、戦後には毛織物業などの紡績業は衰退しました。現在は市街地のさびれ具合が目立ちますが、街道沿いには古い町並みが残っているし、河床の痕跡など地形に着目して歩くのも楽しい町です。

f:id:AyC:20190513174038j:plainf:id:AyC:20190513174042j:plain

 (左)津島神社。作者 : full moon69。(右)尾張津島天王祭。歌川広重『六十余州名所図会』。

f:id:AyC:20190513174048j:plainf:id:AyC:20190513173548j:plain

(左)天王川公園にある片岡春吉の銅像。(右)愛知県立津島高校の正門。登録有形文化財。いずれも2019年5月。

 

名鉄津島駅の構内には津島市立図書館と愛西市中央図書館の返却ポストがあります。愛西市は北・西・南の三方から津島市を取り囲んでいる自治体であり、津島市への通勤通学者は多そう。両自治体はいずれもNPO法人まちづくり津島が指定管理者を務めていることから、このように自治体の境界を越えた連携ができるようです。

f:id:AyC:20190514155222j:plainf:id:AyC:20190513180056j:plain

(左)名鉄津島駅。2016年7月。(右)名鉄津島駅構内にある津島市立図書館と愛西市中央図書館の返却ポスト。2019年1月。

 

名鉄津島駅からは西に向かって天王通りが伸びており、その突き当りに津島神社があります。境内南側の鳥居のわきには「わざ・語り・伝承の館」がありますが、この建物は1967年から2000年まで津島市市立図書館(「市」の字が並ぶ)として使用されていた建物です。

津島市市立図書館から南に向かうと、尾張津島天王祭が開催される天王川公園があります。天王川公園の南、かつて河床だったと思われる場所には津島市立天王中学校や愛知県立津島高校があり、それらの脇に現在の津島市立図書館の現行館があります。

f:id:AyC:20190513180441j:plain

(写真) 「わざ・語り・伝承の館」。1967年から2000年まで津島市市立図書館。2019年5月。

 

津島市立図書館を訪れる

図書館の館内

津島市立図書館の建物は尾張津島天王祭の巻藁船(まきわら舟)を模しているそうです。丸みを帯びた建物右側や、オーダーが2階のテラスを突き抜けているように見えるところなどでしょうか。

図書館の玄関ホールには展示コーナーが設置されており、「古銭からみる元号」という展示を行っていました。津島市は歴史ある町ですが博物館や資料館は存在しません。この展示コーナーではいつも、一般的な図書館とは違う質の高い展示が行われています。

f:id:AyC:20190514160359j:plain

(写真)津島市立図書館。2019年5月。

f:id:AyC:20190513173245j:plainf:id:AyC:20190513173249j:plain

(左)図書館情報掲示板。(右)展示「古銭から見る元号」。いずれも2019年5月。

f:id:AyC:20190514160555j:plainf:id:AyC:20190514160558j:plain

(左)一般書。(右)児童書。いずれも2016年6月。

f:id:AyC:20190514160603j:plainf:id:AyC:20190514160606j:plain

(左)雑誌コーナー。(右)郷土資料コーナー。いずれも2016年6月。

 

郷土資料の収集と製作

津島市立図書館は、1895年に日清戦争の戦勝を記念して創設された書籍館を起源とし、1897年には愛知県で初めて/全国で31番目に公共図書館として認可されました。2015年12月に創立120周年を迎えた際の新聞記事では "県内最古の公立図書館" と紹介されています。この歴史の古さに興味を持って図書館について調べ、2016年7月には津島市立図書館 - Wikipediaを作成しました。

此の図書館は明治28年、我国の清国に勝ちし記念に創立されたるに、日清戦争記念の図書館としては、日本に此の図書館あるばかり。小さしと雖も誇るに足るなり。(中略)儒教、哲学、教育、文学、兵事、美術……お伽噺の所に至るまで四千五百冊、燦然として光輝あり。想ひの外なる立派さに喜悦感歓の涙を禁ずるに能はず。   『読売新聞』1913年7月1日

f:id:AyC:20190514162518p:plain

(写真)津島市立図書館 - Wikipedia


雑誌コーナーの手前には津島市に関係する人物の著書を集めた「ふじいろ文庫」が設置されており、その脇には「津島・古地図さんぽ」というコーナーが設けられていました。「第0回」は "図書館が所蔵する古地図の中には偽図もある" という内容で、今後も連載が続いていくようです。おもしろい。
f:id:AyC:20190513173253j:plainf:id:AyC:20190513173256j:plain

(左)ふじいろ文庫。(右)ふじいろ文庫にある「津島・古地図さんぽ」コーナー。いずれも2019年5月。

 

津島市立図書館はLibrary of the Year 2016で第一次選考を通過しました。郷土資料の収集はもちろん、郷土資料の製作も積極的に行っており、刊行物は質の高いものばかりです。『地方新聞集成 海部・津島』(津島市周辺で刊行されていた新聞の再版)、『歴史写真集 津島』(古写真集)、『津島市立図書館編年資料集成 1895-2015』(図書館史)、「戦時下の津島と片岡毛織」(映像資料)などがあります。

f:id:AyC:20190513173259j:plain

 (写真)津島市立図書館が刊行している『地方新聞集成 海部・津島』(第1輯-第3輯)。2019年5月。

 

図書館公式サイトには「津島の新聞記事」というページがあり、中日新聞朝日新聞・読売新聞・毎日新聞中部経済新聞などに掲載された津島市関連の新聞記事の情報が掲載されています。見出しだけではなく内容の要約まで入力されています。これはたぶん珍しい。キーワード検索も可能であり、ためしに "津島市立図書館" と検索すると143件もの記事が出てきました。

f:id:AyC:20190514211512p:plain

(写真)「津島の新聞記事」の例。

 

津島市立図書館の分室を訪れる

f:id:AyC:20190514164932p:plain

(地図)津島市立図書館の分室の位置。©OpenStreetMap contributors

 

神守分室

神守(かもり)地区の津島市生涯学習センターには神守分室があります。佐屋街道の神守宿が設置されていた地区であり、式内社の憶感神社、神守の一里塚、尾張津島天王祭で用いられる山車の蔵などがありました。神守分室は床面積42m2、蔵書数4,871冊(2014年)という図書室ですが、蔵書は総じて新しく、スタッフが室内に常駐していました。このような図書室が身近にあれば入り浸ることは間違いないと感じるような図書室です。

f:id:AyC:20190513175955j:plainf:id:AyC:20190513175958j:plain

 (左)神守分室がある津島市生涯学習センター。(右)津島市立図書館神守分室。いずれも2019年5月。

 

 

神島田分室

神島田地区の神島田公民館には神島田分室があります。こちらは床面積45m2、蔵書数5,120冊(2014年)。事務室の正面が図書室ということで、室内にスタッフはいません。こちらも蔵書は新しいのですが、神守分室と比べるとスタッフの手が入っていない印象が強く、単なる学習スペースとして使用されていそうな気がします。

f:id:AyC:20190513180145j:plain

(写真)神島田公民館。2019年5月。

 

津島市の映画館

かつて津島市には映画館が2館ありました。繁栄の歴史を考えると少ない気がしますが、高度経済成長期にはすでに尾張地方の拠点としての地位をなくしていたのかもしれません。津島市に限らず海部・津島地方には映画館が少なく、1960年以降には計4館(津島市2館、弥富市1館、蟹江町1館)があったのみです。

津島映画劇場と巴座はいずれも天王通り沿いにありました。跡地はそれぞれ14階建て・11階建てのマンションになっており、低層の建物が多い天王通り沿いではよく目立ちます。津島市の映画館について調べた結果は尾張西部の映画館 - 消えた映画館の記憶に掲載しています。

f:id:AyC:20190514154242p:plain

(地図)津島市街地における映画館の位置。地理院地図

f:id:AyC:20190514214105p:plain

(地図)明治時代の津島町。

 

巴座(1951年-1960年代後半)

書籍での言及は確認できていない。1970年代の住宅地図を見ると跡地に「パチンコ津島一番」がある。現在の跡地は1992年3月竣工の14階建てマンション「天王通パーク・ホームズ」。

f:id:AyC:20190514182340j:plain

(写真)巴座跡地にある天王通パーク・ホームズ。

 

津島映画劇場(1940年-1980年代後半)

『西尾張今昔写真集』(樹林舎、2007年)には昭和30年代の津島映画劇場の写真が掲載されている。跡地は1990年3月竣工の11階建てマンション「サンハウス津島」。

f:id:AyC:20190514182330j:plain

(写真)津島映画劇場跡地にあるサンハウス津島。左奥が津島神社

 

TOHOシネマズ津島(2005年-)

2005年12月8日開館。ヨシヅヤ津島本店南側のシネマ棟にある。西尾張地方では1999年開館のユナイテッド・シネマ稲沢、2004年開館のTOHOシネマズ木曽川に次いで開館したシネコン。開館時の新聞記事には「名古屋市三重県北部からの来場者も見込み」とある。

f:id:AyC:20190514170906j:plain

(写真)ヨシヅヤ津島本店シネマ棟。2019年5月。