振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

新潟島北部の映画館

f:id:AyC:20190501020827j:plain

(写真)旧新潟税関庁舎と満開の桜。新潟市歴史博物館に隣接。

Wikipedia新潟ローカルタウンプロジェクト」が開催された2019年4月13日(土)朝、新潟島北部にある映画館「映劇大要」やその周辺の地区を歩きました。新潟市中心市街地から北東に1km程度。新潟島北部からは新潟市歴史博物館周辺を通って沼垂地区に向かいましたが、歴史博物館周辺の桜は満開でした。

ayc.hatenablog.com

f:id:AyC:20190501023844p:plain

(地図)新潟市街地における新潟島北部。©OpenStreetMap contributors

f:id:AyC:20190501023850p:plain

(地図)新潟島北部の映画館の位置。地理院地図。

f:id:AyC:20190501020533j:plainf:id:AyC:20190501020535j:plainf:id:AyC:20190501020539j:plain

(左)旧新潟税関庁舎付近の満開の桜。(中)新潟市歴史博物館。(右)信濃川河口に停泊する佐渡汽船のフェリーと満開の桜。

 

 「映劇大要

新潟市中心市街地にある国道7号の古町交差点から北に向かうと、飲食店が密集しているのは古町通9番町までであり、広小路通を過ぎると下町感が強くなります。国道7号から約800m歩くと、やや広い通りの向こう側に映劇大要 - Wikipediaがありました。映画館らしい箱型の大きな建物ではありますが、外壁に館名が大きく書かれているわけでもなく、上映作品のポスターが目立つように貼られているわけでもないので、周囲の街並みに溶け込んでいます。地域との付き合い方を心得ているのでしょう。

映劇大要はやや特徴のある成人映画館なので、詳しくはWikipediaの記事を参照してください。建物は1962年に映劇大要に改称した際に建設されたものでしょうか。1964年からはずっと成人映画の専門館だそうで、他地域の成人映画館と比較しても専門館としての歴史が長いように思われます。

f:id:AyC:20190501020551j:plain

(写真)映劇大要

 

Wikimedia Commonsにアップされている2006年の映劇大要の写真と比較すると、「24HRオールナイト」だったのが「毎日朝9:30分~翌朝6:50分まで」に変わったようです。また、2006年にはピンク映画の新作(?)を上映していたのに対して、現在はアダルトビデオをブルーレイ上映しているように見えます。2006年には存在していたらしい公式サイトはもう存在しません。閉館が徐々に近づいているのかもしれません。

上映案内掲示板には4月8日-4月14日の週の上映案内が掲載されているし、建物入口に近づくと内部には人の気配がしました。現時点で映劇大要は確実に営業しています。しかし、『映画年鑑 2018年版別冊 映画館名簿』に掲載されている新潟市の映画館は、新潟シネ・ウインド、ユナイテッド・シネマ新潟(10スクリーン)、T・ジョイ新潟万代(8スクリーン)、イオンシネマ新潟西(9スクリーン)、イオンシネマ新潟南(9スクリーン)の5施設だけであり、映劇大要は掲載されていません。ピンク映画雑誌『PG』のサイト内にある「全国成人映画館リスト」を見ても、映劇大要は掲載されていません。なぜだろう。

(※映劇大要には入館していないので詳しいことはわからないのですが、上映形態が業界内で映画館扱いされていないのかもしれません。なお、一般的に『映画館名簿』にはビデオシアターであっても掲載されます。)

f:id:AyC:20190501020600j:plainf:id:AyC:20190501020604j:plainf:id:AyC:20190501020606j:plain

(左・右)映劇大要の上映作品ポスター。(中)映劇大要の上映案内。

f:id:AyC:20190501040136j:plain

(写真)2006年の映劇大要。CC BY-SA 2.0。作者 : Matt Watts 

 

映劇大要は成人映画館としては珍しく広い通りに面しているため、2枚のついたてで入口を巧妙に隠していますが、それでも人通りが多そうな交差点脇に入口があります。この広い通りは御祭堀(ごさいぼり、五菜堀とも)という名称で、戦前までは新潟市街地を縦横に流れる堀のひとつ、戦後になって埋め立てられたことで広い通りになったようです。新潟市の堀が埋め立てられたのは昭和30年代頃とのことですが、すべての堀が道路用地になっています。堀があったころを想像しながら歩くのはとても楽しい。

f:id:AyC:20190501020620j:plainf:id:AyC:20190501020624j:plainf:id:AyC:20190501020626j:plain

(左・中・右)映劇大要の入口付近。

f:id:AyC:20190501020618j:plain

(写真)映劇大要と御祭堀。

f:id:AyC:20190501035323p:plain

(地図)かつて新潟島北部にあった堀の位置。地理院地図。

 

「おおとり映画劇場」跡地付近

映劇大要から古町通を北に向かうと、東堀通との交差点を過ぎた場所にセブンイレブン新潟横七番町通店があります。この場所には2011年まで第四銀行本町北支店があり、さらにさかのぼると1956年から1966年まで映画館「おおとり映画劇場」がありました。開館当初のおおとり映画劇場は新東宝の封切館でしたが、やがて大映・日活・新東宝などの二番館になったようです。

1945年頃の周辺地図を見ると、道路沿いに第四銀行があり、その奥に「おおとり映画館」とあるので、開館は1956年より古いのかもしれません。セブンイレブンの建物左側には妙な路地があり、その先には旅館本田や質福田という、いかにも遊郭跡といえる施設も。旅館本田は現役のようです。

f:id:AyC:20190501020635j:plainf:id:AyC:20190501020638j:plain

 (左)セブンイレブン新潟横七番町通店。(右)セブンイレブン奥にある路地。旅館本田と質福田。

 

路地を抜けると大岩ビルの裏に出ます。大岩ビルの場所にはかつてストリップ場のセントラル劇場がありました。大岩ビルが面する本町通に出ると、大岩ビルの南側には妓楼からの転業旅館であり "貸座敷の名残を留める" とされる福田旅館があります。

本町通14番町付近には、1889年(明治21年)の大火後に十四番町遊郭(新潟遊郭)が建設されたそうです。本町通の突き当りには、航海の安全祈願を行う入船地蔵尊浄信院がありますが、緩やかな坂の上にあって、十四番町遊郭を見下ろすような位置にあります。

十四番町遊郭には常盤町遊郭が隣接していたそうで、常盤町遊郭の大門付近には銭湯「門の湯」があったそうです。「門の湯」は2014年7月に廃業したとのことで、跡地は駐車場になっていました。

f:id:AyC:20190501020641j:plainf:id:AyC:20190501020648j:plainf:id:AyC:20190501020644j:plain

(左)福田旅館。(中)大岩ビル。(右)た入船地蔵尊浄信院。

f:id:AyC:20190501045710j:plain

(写真)常盤町遊郭の大門。

 

「東光映画劇場」跡地付近

「おおとり映画劇場」からバス通りを東に向かうと、「横七番町二丁目」バス停を過ぎたあたりにドラッグストアのウエルシア新潟横七番町店があり、ウエルシアの駐車場付近には1956年から1974年まで映画館「東光映画劇場」がありました。東光映画劇場は東宝・松竹・日活の二番館だったということで、おおとり映画劇場と合わせると、新潟島北部の映画館では配給6社中5社(東映以外)の映画を観れたようです。

ウエルシアの西側には曹洞宗の智泉院があり、歌手の小林幸子 - Wikipediaの実家は現在の智泉院の敷地にあったらしい。小林幸子の実家は精肉店を営んでおり、「3軒隣が映画館」だったと語っています。

f:id:AyC:20190501020654j:plain

(写真)ウエルシア新潟横七番町店と智泉院。

 

新潟県の映画館について調べたことは新潟県の映画館 - 消えた映画館の記憶にまとめています。また、新潟県の映画館の所在地図は消えた映画館の記憶地図(全国版) - Google My Mapsにまとめています。

 

関連エントリー : 「沼垂の映画館」

ayc.hatenablog.com

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章・写真は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。