振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

「Wikipedia ARTS 国立国際美術館 ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代」に参加する

 本エントリーはWikimedia Advent Calendar 2018に登録しています。

qiita.com

2018年12月15日(土)、大阪市北区国立国際美術館と西区の大阪市立中央図書館で開催された「Wikipedia ARTS 国立国際美術館 ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代」に参加しました。

wikipedia-arts-5th.peatix.com

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(写真)大阪市立中央図書館。

 

1. 主催者について

主催はARTLOGUE(アートローグ)と大阪市立中央図書館。ARTLOGUE代表取締役鈴木大輔さんによれば、ARTLOGUE「テクノロジーの力でアート業界にイノベーションを起こす」を合言葉に活動されている団体。もとは大阪市立大学の研究プロジェクトで、一般社団法人として活動したのち、2017年に株式会社化したそうです。

ウィキペディアタウンはまち(タウン)についてWikipediaで情報発信するイベントですが、Wikipedia ARTSは文化芸術(ARTS)についてWikipediaで情報発信するイベントです。ウィキペディアタウンにひねりを加えたWikipedia ARTSを提唱したのがARTLOGUEです。2015年4月に初開催してから今回が5回目であり、私は過去4回すべてのWikipedia ARTSに参加しています。

 

大阪市立中央図書館では2018年3月11日に、ウィキペディアタウンを “やってみる” イベントと “(ウィキペディアを編集してるところを)見る” イベントを同時開催しています。Library of the Year 2017優秀賞受賞機関が集まって開催されたイベントであり、私は “(ウィキペディアを編集してるところを)見られる” 側でした。

【中央】やってみる編「ウィキペディアタウン in 大阪市立中央図書館」

【中央】見る編「大阪ウィキペディアエディタソン」

 

2. スケジュールについて

10時に開館する国立国際美術館で展覧会「ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代」を各自で鑑賞してから、11時15分に国立国際美術館講堂でイベント午前の部開始。この展覧会の企画者でもある主任研究員の安來正博さんの講演を聞きます。

12時30分にはいったん解散し、移動と昼食の時間。地下鉄で3区間(歩けば2.5km)離れた大阪市立中央図書館に各自で移動します。14時に大阪市立中央図書館会議室でイベント午後の部開始。ウィキペディアンのMiya.mさんによるWikipedia編集方法のレクチャーを聞いた後、16時30分までWikipedia編集を行って成果発表でした。

スケジュール

---イベント午前の部(国立国際美術館)---

11:15-11:30 主催者挨拶

11:30-12:30 安來正博さんによる「ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代」の講演

---イベント午後の部(大阪市立中央図書館)---

14:00-14:30 Miya.mさんによるWikipedia編集方法のレクチャー

14:30-16:30 Wikipedia編集

16:30-16:45 成果発表

 

3. 展覧会について

2018年11月3日から2019年1月20日まで国立国際美術館では展覧会「ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代」が開催されており、1980年代の現代美術の潮流であるニュー・ウェイブの作家65人の作品が展示されています。基本的には1人1作品であり、ニュー・ウェイブという潮流を通して昭和末期の時代性を振り返ることに焦点が当てられています。

今回紹介されている作品は絵画や彫刻が主ですが、65人の中でも辰野登恵子や吉原英里の版画作品は私の実家にも飾られています。私の父は版画の収集家(単純にいえばただの美術ファン)であり、明治末期の創作版画から現代までの版画作品を集めているのです。私が子どものころには豊橋市知立市大垣市の画廊によく連れられたのを覚えています。今回紹介されている作家の中では吉本作次などが好きです。

www.nmao.go.jp

 

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(画像)展覧会のポスター。中西學「THE ROCK'IN BAND: The Guitar Man」。作品は中西學の著作物でありポスターは国立国際美術館の著作物です。

 

4. イベント午前の部

午前中は国立国際美術館の主任研究員である安來正博さんの講演です。安來さんは「ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代」の企画者であり、ニュー・ウェイブの時代の日本の美術について話していただきました。1980年代というのは安來さんが大学生だった頃や社会人になった頃だそうで、その後の人生に大きな影響を与えられた時代だそうです。

終戦後73年の歴史の中ではちょうど中間地点にあり、日本が成長/上昇した30年間と停滞/下降した30年間をつなぐ時代です。“オカルトブーム” や “ノストラダムスの大予言” などに象徴されるように内省的だった1970年代とは変わって、“新人類” などに象徴されるように新時代を迎えたのが1980年代だった、という話がありました。

美術の分野においては、モダニズムが行き詰ったことで世界的に新表現主義が流行。日本では横尾忠則(1936年-、1980年時点で44歳)、森村泰昌(1951年-、1980年時点で29歳)、日比野克彦(1958年-、1980年時点で22歳)などが登場して、ニュー・ウェイブと呼ばれる潮流が生まれたようです。展覧会で取り上げられた65人の作家を見わたすと、作品制作時に20代だった作家が多いとはいえ、制作時に50代だった作家などもいました。現在とは異なり “画壇” の存在感はまだまだ強く、画壇の権威への反発から独創性あふれるニュー・ウェイブの潮流が生まれたのではないか、という話もありました。

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(写真)国立国際美術館。完全地下型の美術館。

 

5. イベント午後の部

 

今回の編集方法

参加者は約20人。地元の図書館利用者、オープンデータ属性の方、大阪市内の公共図書館員、大阪府内の公共図書館員などが参加しています。運営側である大阪市立中央図書館の職員やARTLOGUE代表の鈴木さんもWikipedia編集に加わりました。

展覧会には65人の作家の作品が展示されていましたが、この中から主催者側で約10人が編集記事候補に選び、これらの作家の文献が事前に準備されました。Wikipediaの編集開始前に、参加者が編集したい記事を選び、それぞれ1-4人で1つの作家記事を新規作成/加筆しました。私は彫刻家の「舟越桂 - Wikipedia」のグループに入っています。国立国際美術館舟越桂『傾いた雲』(画像へのリンク。ぜひ見て。)などの作品を所蔵しています。

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 (左)Wikipediaについて説明するオープンデータ京都実践会の青木さん。(右)ノートPCが用意された机。

 

Wikipedia ARTSの文献準備

私がこれまでに個人的にWikipediaに新規作成/加筆した美術家の記事には、和田英作 - Wikipedia(昭和期の洋画家)、斎藤義重 - Wikipedia(戦後の現代美術家)、桂ゆき - Wikipedia女性芸術家の先駆者)などがあります。和田英作の場合は地元の公共図書館に相互貸借を依頼し、静岡県立中央図書館や鹿児島純心女子大学附属図書館などから展覧会図録等を取り寄せました。斎藤の場合は私が在学していた大学図書館の書庫にこもり、1960年代から80年代の『芸術新潮』や『美術手帖』や『みずゑ』を漁りました。

この際の経験から、美術(特に現代美術)という分野題材をWikipediaにきちんと書くには、地元の公共図書館の蔵書は大して役に立たないという印象を持っていました。今回は予想以上に多くの文献が準備されており、書籍、美術系の参考図書、新聞記事、美術雑誌など多彩なジャンルの文献がありました。

ウィキペディアタウンのための文献提供は公共図書館が日常的に行っているレファレンスと似ているとされますが、Wikipedia編集についてイメージできなければ司書はここまでしっかり文献を準備しないだろうし、そもそもこれだけの文献を所蔵している公共図書館があることに驚きです。

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 (写真)イベントのために準備された文献。

 

舟越桂」の編集

私たちのグループは既存のWikipedia記事「舟越桂」を加筆します。展覧会の中では65人の作家のひとりに過ぎず、また安來さんによる講演でもちらっと名前が出てきただけだったため、まずは舟越桂のイメージをつかむために文献をざっと読みました。その上で各自が興味を持った点を加筆することにしました。

私は既存の記事に大学時代以前の記述がほとんどないことが気になったため、彫刻家になる前の経歴についてインタビュー記事を出典に文章を追加しています。また『日本大百科全書』の項目を既存の文章の出典に追加したり、1960年代の『美術手帖』から父親の舟越保武の写真を追加したり、国立国際美術館が所蔵する舟越桂の作品への画像リンクを貼ったりしています。

静謐な空気を漂わせる舟越桂の作品は、一度見たら忘れられない印象的な作風の木彫り彫刻です兵庫県立図書館での展覧会サイトへのリンク。しかしWikipediaには本人の顔写真や作品の写真を入れられず、文字ばかりを並べるしかない。もどかしいしはがゆいです。

 

舟越桂ヴェネツィアビエンナーレに参加した際の様子の一文も加えましたが、これにはイベントが始まってから書庫から持ってきてもらった1980年代の『芸術新潮』を出典として使っています。参加者が編集に集中できるように、傍らで図書館職員が待機してくださっていたのがありがたいです。

各グループに準備されたノートPCでは聞蔵Ⅱビジュアルやヨミダス歴史館などの新聞記事データベースも使えるようになっていました。そもそも主催者側でノートPCを10台以上準備できるWikipediaイベントは限られるし、その場で新聞記事データベースが使えるWikipediaイベントは稀です。多彩な文献が準備されていたことも含めて、参加者の発想次第で多様な編集ができる環境が整えられていました。

 

今回編集された記事

今回は約20人の参加者によって8記事が編集されました。現代美術という分野では参加者によって興味を持つ人物がまったく異なるようです。3-5人で1記事を編集することが多い平均的なウィキペディアタウンと比べると、ひとつひとつの記事への編集量は少なくなります。

編集時間は1時間45分の予定が2時間に伸びましたが、それでも平均的なウィキペディアタウンより短め。ウィキペディアタウンの常連からはもっと編集時間を長くしてほしいという声もありましたが、私は参加者の負担を考えると2時間くらいが理想的ではないかと思っています。

森村泰昌 - Wikipedia(加筆)

舟越桂 - Wikipedia(加筆)

川俣正 - Wikipedia(加筆)

吉原英雄 - Wikipedia(加筆)

堀浩哉 - Wikipedia(加筆)

福田美蘭 - Wikipedia(新規作成)

野村仁 - Wikipedia(新規作成)

中西學 - Wikipedia(新規作成)

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(写真)Wikipedia編集中の会場。

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 (写真)Wikipedia編集中の会場。

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(写真)書庫ツアー。(左)大阪市立図書館は地上5階・地下6階建。地上高29mとほぼ同等の27m分が地下に埋まっているのです。(右)書庫には漫画本も多い。『王家の紋章』。

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(写真)書庫ツアー。(左)貴重書庫の文献の紹介。(中)書庫から地上に図書を運ぶ機械。(右)高齢者福祉施設に配送される図書。

6. まとめ

Wikipediaと現代美術の相性の悪さ

今回のイベントが告知された際、私はfacebookで今回のイベントの難しさについて書き、それがイベント批判だと捉えられてしまったかもしれません。過去4回のWikipedia ARTSで一般参加者として実際に頭を悩ませながら手を動かした経験から、また個人的に和田英作斎藤義重などのWikipedia記事を作成した経験から、Wikipediaで現代美術を題材とすることの難しさについて以下のように考えていました。

①一般的なウィキペディアタウンではまちあるき案内人等から得た知識がWikipedia編集にも活かされる。イベントの前半部分(まちあるき)と後半部分(Wikipedia編集)がうまくつながる。現代美術をテーマとするWikipedia ARTSでは前半部分(展覧会鑑賞/講演)と後半部分(Wikipedia編集)がうまく結びつかない。

②一般的なウィキペディアタウンではまちあるき時に撮った写真がWikipedia編集にも活かされる。現代美術作家を題材とするWikipedia ARTSの場合、題材が存命人物であることで本人の写真を掲載することが難しいし、作品に著作権があることから作品の写真を掲載できない。

③存命の現代美術作家の場合、その人物についての評価が定まっていないため、評価について詳細に記した文献がないことが多い。また、作家や美術評論家の言葉はエッセー的かつ難解であることが多く、文章の読解やWikipediaに加える内容の取捨選択が難しい。

 

このように、Wikipedia ARTSというイベントではWikipedia/ウィキペディアタウンの特徴が必ずしも活かされず、むしろ足を引っ張っているのではないかと感じていました。このため、Wikipediaというツールにこだわらずに別のツールを用いたほうが、主催者がイベントに込めた狙いを果たせるのではないかと思っています。

今回はARTLOGUEと大阪市立中央図書館が主催、国立美術館という権威の象徴のような組織が共催でした。研究者である学芸員に「Wikipediaを編集して情報発信」というイベントの趣旨を理解してもらうのは大変だったのではないかと思います。対象への知識や愛にあふれている安來さんの講演を聞くのはとても楽しかったです。

 

自分が運営側だったらこうしたかも

また、今回のイベントを終えて以下のようなことも考えました。これらは懇親会の場で大阪市立中央図書館の方に伝えています。

・イベントの前半と後半をうまくつなげるために、実際には10記事あった編集候補を「森村泰昌日比野克彦など主要人物のみ」とし、安來さんには「森村や日比野に焦点を当てたニュー・ウェイブの話」をしてもらったらよかったのではないか。

・イベントの前半と後半をうまくつなげるために、作家記事ではなく「ニュー・ウェイブという潮流」の記事を新規作成したらよかったのではないか。

国立国際美術館は外国人の来館者も多いと思われるので、出品作家や国立国際美術館の英語版記事を新規作成/加筆したらよかったのではないか。

 

大阪市立図書館とWikipediaの相性の良さ

大阪市立図書館は長年にわたって所蔵資料のデジタルアーカイブ事業を行っており、2017年にはこのデジタルアーカイブをオープンデータ化する取り組みで注目を集めました。収集した資料を閲覧しやすい形で提供するだけでなく活用することに取り組んでいることが先進的です。

オープンデータ化した画像をWikipediaに使うことをテーマとするイベントを開催したらおもしろいのではないでしょうか。例えば、「菱垣新綿番船川口出帆之図」の画像をWikipedia記事「大阪市」に貼ったり、「安治川橋(写真浪花百景 上編 中編)」の画像から着想を得てWikipedia記事「安治川橋」を新規作成したりするのです。

ウィキペディアタウン/Wikipedia ARTSのように図書館会議室を利用したオフラインイベントとして開催することも、また全国のWikipedia編集者が自宅のパソコンで編集することを想定したオンラインイベントとしても可能です。Wikipediaを用いたオンラインイベントは日本ではほとんど開催されたことがないですが、大阪市立図書館のオープンデータとの親和性はとても高いと思われます。大阪市立図書館でないとできないことです。

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(画像)「菱垣新綿番船川口出帆之図」。オープンデータ画像人気コンテスト第1位。©大阪市立図書館デジタルアーカイブ (CC BY)

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(画像)「安治川橋(写真浪花百景 上編 中編)」。オープンデータ画像人気コンテストエントリー。©大阪市立図書館デジタルアーカイブ (CC BY)

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章・写真は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。。