(写真)開館前の図書館。この写真は「大阪市立中央図書館 - Wikipedia」にも使用した。
このブログにおける文章・写真は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。ただし絵図はパブリックドメイン。空中写真の著作権者は国土交通省。Wikipediaのスクリーンショットが数枚ある。
2018年3月11日(日)、大阪市立中央図書館で開催された「大阪ウィキペディアエディタソン」に参加しました。
イベントの開催意図
・やってみる編「ウィキペディアタウン in 大阪市立中央図書館」
・みる編「大阪ウィキペディアエディタソン」
今回のイベントは、参加者自らがウィキペディアを編集する“やってみる編”と、ウィキペディアンによる編集作業を見学する“みる編”の同時開催でした。私は“みる編”の「編集者」として参加したので、“やってみる編”の様子はほとんどわかりません。
Library of the Year 2017(LoY2017)では「瀬戸内市民図書館」、「大阪市立中央図書館」、「ウィキペディアタウン」が優秀賞を受賞しています。Library of the Year 2016で優秀賞を受賞した4機関は岩手県紫波町で受賞記念サミットを開催しており、それが好評だったことから、LoY2017の優秀賞受賞機関も類似のイベントを企画したのだそうです。
主催者側の責任者は、LoY2017最終選考会で大阪市立中央図書館のプレゼンを担当した澤谷さん。この選考会でウィキペディアタウンのプレゼンを担当した宮澤さんがイベントの司会。特別ゲストとして、LoY2017選考委員長の山崎さん、瀬戸内市民図書館の館長である嶋田さんも参加してくださいました。
(写真)開会挨拶を行う澤谷さん。
(左)司会の宮澤さん。(中)LoY2017選考委員長の山崎さん。(右)瀬戸内市民図書館館長の嶋田さん。
「ウィキペディアタウン in 大阪市立中央図書館」の様子は以下のような感じ。午前中はガイドと一緒にまちあるきを行い、各自で昼食。午後には25人の参加者が4つのグループに分かれ、オープンデータ京都実践会のサポートを受けて、「土佐稲荷神社」「和光寺」「白髪橋」「間重富」「大阪市立中央図書館」の5記事を編集したようです。
「大阪ウィキペディアエディタソン」
「ウィキペディアタウン in 大阪市立中央図書館」と同時進行で行われた「大阪ウィキペディアエディタソン」では、5人のウィキペディアンが共同で「北の大火 - Wikipedia」を新規作成しました。災害の記事を選んだのは開催日が3月11日だったことも理由だそう。編集作業の参加者はのりまきさん、さかおりさん、Swaneeさん、アリオトさん、私(Asturio Cantabrio)。エディタソン会場の見学は自由となっており、宮澤さんが司会、くさかさんが解説役を担当しています。中の人がまとめてくださったtogetterがあります。
2017年7月の「甲州事編 百科涼覧 2017甲府ウィキペディア エディタソン」では2グループに分かれて2つの記事を新規作成していますが、今回は1グループで1記事。「北の大火」を編集対象とすることはイベントの1週間ほど前に正式決定しました。5人のうち4人は関東在住、私は愛知県在住ということで、大阪の地理や歴史には不慣れです。のりまきさんとSwaneeさんは国立国会図書館などで事前に文献を入手して参加していますが、さかおりさん・アリオトさん・私はイベント序盤に大火の概要を理解するところから始めています。
のりまきさんがリーダーとなり、まずは節構成や役割分担などを確認します。編集初心者が多いウィキペディアタウンでは文献をざっと読んだうえで何を書くべきか決めるように誘導することが多いのですが、今回は「質の高い記事を作成すること」がひとつの目標であるため、効率を重視して節構成を先に決めました。
Wikipedia:良質な記事 - Wikipediaでお手本となる記事(大火もしくは災害の記事)を探し、Category:日本の火災 - Wikipediaも確認。鳥取大火 - Wikipediaやどんどん焼け - Wikipediaの内容を参考にして、「経過」「原因」「被害」「影響」の4つを盛り込むことにしました。もっとも重要な「経過」節は予備知識があるのりまきさんとSwaneeさんが、「被害」節はアリオトさんが、「影響」節はさかおりさんが担当しています。この段階では「経過」節の中に「原因」を含めることになりましたが、「原因」は編集作業の終盤になって単独の節に昇格しています。私は文章作成の担当からは外れ、大火後に出版された絵図『驚天動地古今絶無大阪大火災実況図』と国土地理院のカラー空中写真を用いて、画像編集ソフトで焼失範囲を示す画像(File:Kita Osaka's great fire of 1909 burned down area.png - Wikimedia Commons)を作成しました。カラー空中写真は二次利用が許可されており、Wikipediaでは水尻池 - Wikipediaなどの地理記事を中心に使用されています。
このファイルの著作権者国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省は、あらゆる人があらゆる目的でこのファイルを使用することを許可しています。ただし著作権者の名義が適切に表示されることを条件とします。再頒布、二次的著作物の製作、商用利用等のあらゆる使用が許可されています。 |
帰属: Copyright © 国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省 |
(図)カラー空中写真のライセンス表示。
(図)私は左の絵図を参考に右の図を作成し、両者を並べて比較できるようにした。赤線は二次利用にあたって必ず必要な表示。
大阪市立中央図書館がLoY2017で優秀賞を受賞したのは、 大阪市立図書館デジタルアーカイブが評価されたため。そんなわけで今回のイベントではデジタルアーカイブを積極的に記事に用いています。AraiSyoheiさんが関連する画像をCategory:Kita Osaka's great fire of 1909 - Wikimedia Commonsにアップロードし、私はその中から6枚を記事中に掲載しました。
焼失範囲の画像作成のほかに、私は画像の掲載やリンクの追加を行っています。中身の薄さを文章でごまかす(みんなの森 ぎふメディアコスモス - Wikipediaなどが典型例)のは私の得意分野です。画像以外では、北の大火に言及しているWikipediaの全記事(例えば桜橋 (大阪市北区) - Wikipedia)に対してリンクを貼る、という作業も行ったため、イベント中の編集回数は私が33回、のりまきさん11回、Swaneeさん10回、アリオトさん1回、さかおりさん1回となりました。
(1枚目)Template:multiple imageによる画像の掲載方法。(2枚目)オーソドックスな画像の掲載方法。(3枚目)Template:Galleryによる画像の掲載方法。(4枚目)Commons Categoryへのリンク。(5枚目)左右交互に配置して視線を誘導する画像の掲載方法。
(写真)エディタソンの会場。左は見学席。
(左)「北の大火」の為の準備された文献。(右)エディタソン専用のデータベース用PC。
成果発表
16時頃からは「ウィキペディアタウン」と「エディタソン」のグループが共同で成果発表を行いました。白髪橋・土佐稲荷神社・和光寺の3記事には大阪市立図書館デジタルアーカイブの画像が使われ、大阪市立中央図書館の記事にはデジタルアーカイブについての言及などが追加されました。
白髪橋 - Wikipedia - ウィキペディアタウンで新規作成。約2,700バイト。
土佐稲荷神社 - Wikipedia - ウィキペディアタウンで加筆。
和光寺 - Wikipedia - ウィキペディアタウンで加筆。
間重富 - Wikipedia - ウィキペディアタウンで加筆。
大阪市立中央図書館 - Wikipedia - ウィキペディアタウンで加筆。
北の大火 - Wikipedia - エディタソンで新規作成。約25,000バイト。
イベント終了後にはバックヤードツアーが行われ、300万冊収蔵可能という地下6階・地上6階建(計12階層!)の図書館内を巡りました。
(写真)成果発表の様子。
(写真)貴重書庫で収蔵品の説明を行う澤谷さん。
(写真)大阪市立中央図書館の書庫の中。
ふりかえり
※「ウィキペディアタウン」の内容はほとんどわからないので「エディタソン」のみの振り返りです 。大阪市立中央図書館のイベント運営ははすばらしかったです。
2017年7月の「甲州事編 百科涼覧 2017甲府ウィキペディア エディタソン」は「ベテラン編集者の編集作業を見てみたい」という意見がイベントの開催につながったと記憶しています。甲府のイベントではfacebookにイベントページが設けられ、イベントの主催者・編集者・見学者の垣根が低く、全員が何かしら運営にかかわっているイベントだったのではないかと思っています。
今回はどうだったでしょうか。私は「ウィキペディアタウンの参加者」でも「エディタソンの参加者(見学者)」でもなく「エディタソンの編集者」として参加したのですが、なかなか情報が出てこないことに戸惑いました。告知ページには「Library of the Year 2017優秀賞受賞機関が大阪に集まり…」と書いてあるけれど、瀬戸内市民図書館はどのように関わるのか、せっかく嶋田さんが大阪までくるのに何の役割もない、ということが気になっていました。ウィキペディアタウンだけでなくエディタソンを開催するのは何のためだったのでしょう。
私は途中からfacebookの運営グループに入れてもらい、また当日には運営側の方に開催意図などの話を聞くことができました。クローズドな運営グループでしか話せない情報もあるでしょうが、情報を広く公開して今後につなげてほしいとも思います。