(写真)会場の県立長野図書館。2018年5月。
2020年1月25日、県立長野図書館で開催された「WikipediaLIB@信州#03 -調べる・知る・表現する・伝える」に参加しました。
このイベントは、県立長野図書館が "これからの図書館" を市民と共に考えるために開催している「信州発・これからの図書館フォーラム」の一環であり、2017年3月に初開催された「WikipediaLIB@信州#01」、2017年8月に開催された「WikipediaLIB@信州#02【小諸編】」に続いて3回目の「WikipediaLIB@信州」です。私は1回目・2回目と同じく講師として招聘してもらいました。
1. イベント概要
1.1 WikipediaLIB@信州とは
2013年にはまちあるきとWikipedia編集を組み合わせた「ウィキペディアタウン」が初開催され、2016年頃から全国各地で開催されるようになりました。今回のイベントはウィキペディアタウンではなくWikipediaLIBと名乗っていますが、これは "長野県内の図書館を編集対象としていること"、"(主に)図書館員を参加対象としていること" の2つが理由です。ウィキペディアタウンとは違ってまちあるきを行わず、開始から終了まですべてのプログラムが図書館内で進行します。一般市民の参加も可能ですが、図書館員向け研修という意味合いも持っています。
今回の編集対象は長野県にある4つの公共図書館です。約20人の参加者のうち、半数は公共図書館/大学図書館/高校図書館に勤めている方でした。図書館員以外では、県内の地域おこし協力隊、県内の林業センター、県内の地域振興局、他県の博物館、他県の県庁生涯学習課などの方がおり、またウィキペディアンの一般参加者もいました。
1.2 イベントスケジュール
今回のイベントのスケジュールは以下の通り。外部からの講師は私(Asturio Cantabrio=かんた)とAraisyoheiさんであり、いずれもウィキペディアンとして参加。この2人以外には、著作権関連の講義などで県立長野図書館の職員も講師を務めています。私の役割は、主に「Wikipediaに関する講演」、「編集作業のサポート」、「編集記事に対する講評」の3点です。
10:00-10:05 主催者挨拶(県立長野図書館 平賀館長)
10:05-10:15 企画趣旨説明(県立長野図書館 小澤さん)
10:15-10:20 自己紹介
10:20-11:00 【講義】Wikipediaってナニ?(Araisyoheiさん)
11:00-11:40 【講演】Wikipediaと関わること(Asturio Cantabrio)
11:40-12:00 【講義】新しい著作権のカタチ CCライセ
12:00-13:00 昼休み
13:00-13:20 編集に関するガイダンス(県立長野図書館 朝倉さん)
13:20-13:30 関連資料紹介(県立長野図書館 槌賀さん)
13:30-15:45 Wikipedia編集
15:55-16:45 発表・講評・意見交換(Asturio Cantabrio・Araisyoheiさん)
16:45-17:00 まとめ・写真撮影
2. 午前:講義・講演
2.1 Araisyoheiさんの講義
Araisyoheiさんの講義は「Wikipediaってナニ?」と題し、Wikipediaというウェブサイトの概要、Wikipediaを運営する組織、Wikipediaの基本的なルールなどについて説明してくださいました。それぞれの題材をすべて自分の言葉で説明しており、即座に参加者の身になる説明にはほれぼれします。講師としての安定感・安心感には強い刺激を受けており、私もAraisyoheiさんに近づけるように努力しています。
(Araisyoheiさんが講義で使用したスライドは、近いうちに県立長野図書館公式サイトイベント開催報告ページなどに掲載されると思われます)
2.2 Asturio Cantabrioによる講演
私は「ウィキペディアと関わること -情報を拓くためのツール-」と題した講演を行いました。Araisyoheiさんや畔上さんの "講義" とは違って "講演" と銘打ってあります。Wikipedia編集に直接役立つ知識を話すのではなく、Wikipediaとの関わり方の変化とその意味を実体験に基づいて話しました。2019年3月に東久留米市立中央図書館で開催された「ウィキペディア実験室(ラボ)」で講師を務めた際の発表がベースになっています。
私は2014年にWikipediaでの活動を開始しました。Wikipediaを趣味として捉えていた時期(2014年-2016年)、ウィキペディアタウンに参加して図書館/図書館員に興味を持つようになった時期(2016年-2018年)を経て、Wikipediaでの活動に固執しなくなった時期(2018年-)を迎えています。多くの編集を重ねていた時期を経て、現在はWikipediaの編集に囚われなくなったことで、「ウィキペディアは情報を拓くためのツールとして有効である」ことを実感した、というのが私の講演の趣旨です。
私が講演で使用したスライドはSlide Shareにアップロードしています。ライセンスはCC BY-SA 4.0です。
2.3 畔上さんによる講義
私の講演の後は県立長野図書館資料情報課の畔上さんによる講義。Wikipediaが採用しているクリエイティブ・コモンズライセンス(CCライセンス)についての解説です。インターネットが普及したことで重要になったライセンスであり、従来の著作権法では利用できなかったものが利用可能になるとのこと。Wikimedia Commonsにアップロードされている写真や、大学機関が公開している画像を紹介し、CCライセンスの中にも細かな違いがあること、機関がCCライセンスを採用することで著作物の活用の可能性が広がることがわかりました。
県立長野図書館に勤務して2年目の畔上さんにとって、イベントなどで講義を行うのは今回が初めてとのことでした。確かに緊張している様子がうかがえましたが、CCライセンスが採用されている著作物の実例などが挙げられており、とてもわかりやすい説明でした。今後、私がWikipediaやCCライセンスの説明をする際には、畔上さんのスライドを参考にさせてもらおうと思います。
(畔上さんが講義で使用したスライドは、県立長野図書館公式サイトイベント開催報告ページなどに掲載されるかもしれません)
(写真)県立長野図書館の畔上さんによる講義。
3. 午後:Wikipedia編集
3.1 Wikipedia編集の概要
編集対象記事
今回の編集対象記事は以下の4記事であり、1グループ5人前後で編集を行いました。主催者が事前にグループ分けを行っており、ウィキペディアタウン参加経験者、Wikipedia編集未経験者、リーダーシップを取れる方などがバランスよく配置されています。
箕輪町図書館 - Wikipedia(新規作成)
Wikipedia編集のスケジュール
13:30-13:45 【方針・準備】執筆する節・項目を決める - 15分
13:34-14:00 【調査】資料を探す・読み込む - 15分
14:00-14:05 【構成】Wikipediaの編集方法(Araisyoheiさん) - 5分
14:05-14:15 【講義】構成を決める - 10分
14:15-15:45 【執筆・公開】執筆してアップロードする - 90分
3.2 WikipediaLIB@信州独自の編集方式
一般的なウィキペディアタウンとは異なり、WikipediaLIBでは午後の編集時間を【方針・準備】の時間、【調査】の時間、【構成】の時間、【執筆・公開】の時間などに細かく区切っています。これは "Wikipediaイベントの仕組みを学び、自館/自団体で実践できる人を育てたい" とする主催者の意図からであり、文章量の多い記事を書くことは重要視していません。特に編集時間の前半はあわただしく過ぎていきます。
一般的なウィキペディアタウンでは、編集時間の使い方は各グループに委ねられています。しかしこのやり方では、自身が行うべきことを見失ってしまう参加者が出てしまうこともあります。編集時間を細かく区切ることで、そのような参加者が出にくくなるようで、WikipediaLIBでは第1回からこの方式を採用しています。一般的なウィキペディアタウンでは、講師がことあるごとに参加者に声をかけてサポートしますが、編集時間を細かく区切っているWikipediaLIBでは講師の声かけが邪魔になりかねないため、今回は各グループの議論や編集を見守ることに徹しました。
(写真)WikipediaLIB独自の編集方式について説明する県立長野図書館の朝倉さん。
(写真)グループごとに編集を進める参加者。
3.3 講師による編集記事の講評
編集時間の終了後には、私とAraisyoheiさんが編集記事の講評を行いました。まずはグループごとに編集内容について成果発表を行ってもらい、続いて私が講評を行うと、それを踏まえてAraisyoheiさんが自身の講評を行っています。私は講評は以下の通りです。
Asturio Cantabrioによる編集記事の講評
1. 箕輪町図書館 - Wikipedia(新規)
箕輪町図書館のグループは4グループ中唯一新規作成を行うグループとなった。作成する節として「建物」節と「沿革」節の2節を設定し、「沿革」節の文献として『箕輪町史』、『長野県公共図書館概要』、『図書館のあゆみ』などを見つけたうえで、文献ごとに担当者を決めて役割分担をしていた。これによって、「沿革」節には4つの小節が作られている。文章作成のスピードには個人差があるが、小節ごとの文章量に差が出てしまうことなく、バランス良く記述されている。
私はいつもウィキペディアの記事を書くときに、現状の記事の欠点を埋める記述をすること、その題材のおもしろみを見つけて記述することを心掛けている。記事を新規作成する場合は雑多なことに時間を奪われ、おもしろみを記述する作業に時間を取りづらい。箕輪町図書館のグループもそうだったと思われるが、図書館記事に必要な記述を手堅くまとめている。これは編集を主導したウィキペディア編集経験者の力も大きかったと思われる。記事を新規作成するのは時間がかかるが、既存の記事に加筆するのは新規作成よりかなりハードルが低い。今後、箕輪町図書館の特色などを見つけた際には、今回作成した記事への加筆を行ってほしい。
2. 池田町図書館 - Wikipedia(加筆)
池田町図書館は2017年8月の「WikipediaLIB#02」で新規作成対象になった記事である。2019年10月には新館が開館したことから、新館について加筆してほしいともくろんで今回の編集対象となった。
池田町図書館のグループはまず節構成を決めた上で、題材ごとではなく調査手段ごとに役割分担するという珍しい方法を取った。ネット検索する人、他グループに参加している副館長に聞き取り調査する人、池田町広報や新聞データベースを探す人、古い文献を探す人など。広報めくりは成果が出づらいのでもくもくと作業できる人、聞き取りは聞き上手な人など、各参加者の得意分野を活かしているように見えて面白かった。特に聞き取り調査からは、旧館/新館の建物の違い、新館を建てた経緯などを得られたようで、文献をめくっただけでは入手しにくい情報を得ていたように思われる。
イベント前までは2016年度の蔵書数が掲載されていたが、2019年度の情報に更新する編集も行われた。新館開館を前にして蔵書数などの数値は大きく変化していると思われ、たった3年分ではあるが意義のある編集だと思われる。
3. 長野市立図書館 - Wikipedia(加筆)
長野市は県庁所在地ではあるが、県立図書館の存在が理由で1985年(昭和60年)まで市立図書館が設置されなかったという経緯がある。その一方で、篠ノ井町立図書館に起源を持つ南部図書館は戦前からの長い歴史を有する。まったく沿革が異なる2館を併記しなければならず、記事のまとめ方が難しい図書館だと感じていた。
長野市立図書館のグループは、記事の短所を埋めたい方とおもしろみを記述したい人が混じり合っており、4グループの中でもっともバランスよく記事が発展したのではないか。例えば、個々の図書館についての沿革については既に記述されていたが、長野市立図書館全体の沿革がないと気づいて加筆した方がいた。また、歴史節はあるが近年の歴史について書かれていないことに気づいて加筆した方がいた。また、出典がほとんどないことに気づいて既存の記述に出典をつけた方がいた。また、まったく書かれていなかった特色を一から記述した方がいた。バランスよく発展させたことで、長野市立長野図書館、長野市立南部図書館の各館を単独記事にできるほどになった。
イベント会場のそばには新聞データベース閲覧コーナーがある。他県の県立図書館と比べて県立長野図書館の新聞データベースは利用しやすく、4グループそれぞれが信濃毎日新聞のデータベースを使用して情報を探していた。長野市立図書館のグループでも、見出し検索を行った上で紙面そのものを眺めていた方がいた。私はいくつもの県立図書館で全国紙や地方紙のデータベース検索を行っているが、信濃毎日新聞のデータベースは実用性が高い。検索できる年代が幅広く、紙面が見やすい。中日新聞/岐阜新聞/静岡新聞/北國新聞の各地方紙データベースと比べると、ウィキペディアの編集にもっとも役立つ地方紙データベースは信濃毎日新聞だと思っている。
4. 県立長野図書館 - Wikipedia(加筆)
県立長野図書館は2017年3月の「WikipediaLIB#01」で加筆対象になった記事である。一般論として県立図書館は長い歴史を有しており、県立長野図書館も明治時代にさかのぼることができる。既存の記述には保科百助・田澤次郎・乙部泉三郎・叶澤清介など黎明期の重要人物の名前が書かれており、彼らの貢献について調べれば興味深いエピソードが数多く見つかりそうではある。
しかし県立長野図書館のグループは、既存の記述の短所を埋める編集ではなく、この図書館のおもしろみや光る個性に目を付けて記述していくことを選んだ。県立長野図書館は従来からの型にはまらない図書館であり、県立長野図書館だからこその編集だと感じる。もし愛知県図書館が題材となった場合は、県立長野図書館のような編集はなされないのではないかと感じる。
「WikipediaLIB#01」で加筆した際には、文献から1929年の古い写真を見つけて掲載した方がいたり、特色ある収蔵品の写真を追加した方がいたり、館長室の写真をアップロードした方がいた。今回のイベント中には、移動図書館車「おはなしぱけっと号」について記述した方がいたり、信州・学び創造ラボに象徴される施設のリニューアルについて記述した方がおり、さらに記事としてのおもしろみが増した。このリニューアルによって開館時間が変化しており、正確ではない開館時間が掲載され続けていたが、正しい開館時間に修正された方もいた。
今後の加筆の方向性としては、文章以外の部分はもっと工夫できると感じる。写真の置き方を変えて文章を引き立たせたり、3階の改修前と改修後の写真を並べて変化を明確にしたり、写真に加えて図(フロアマップ)や表などで表現したりすることでより魅力的な記事になる。インフォボックスのトップ画像は私が撮影した写真であり、無難な構図の写真ではあるが面白みに欠ける。よりよい写真を撮れる方はトップ画像を変更してほしい。
(写真)Wikipedia記事「県立長野図書館」。
4. まとめ
私が県立長野図書館の平賀研也館長に初めてお会いしたのは2016年2月の「Wikipedia TOWN in INA Valley x 高遠ぶらり」でした。平賀さんはイベントの運営側ではあるものの、参加者のひとりとしてウィキペディアタウンに参加する、それまでに出会ったことのない図書館員でした。平賀さんらに刺激を受けて図書館/図書館員に興味を持ち、「伊那市立図書館 - Wikipedia」を作成したのが2016年6月。この記事を読んだ平賀さんが私の活動に興味を持ってくれ、「WikipediaLIB@信州#01」における講師を打診されたのが2016年12月のことでした。
「WikipediaLIB@信州」は2017年3月、2017年8月、2020年1月と3度開催され、私はいずれのイベントでも講師として招聘してもらいました。人前で話をするのは初めて、しかも一般人である私が "50人の図書館員に向かって図書館の話をしなければいけない"(ちょっと誇張しています)という状況には泣きそうになりました。実際に「WikipediaLIB@信州#01」における私の講演の質は低かったと思われ、イベントに関わった県立長野図書館の職員の方々や他の講師の方々、そして私の講演を聞いてくださった参加者の方々には申し訳ない気持ちがありました。しかし、その後も県立長野図書館はイベントでの講師を打診してくださり、私は成長の機会を与えてもらいました。イベントごとに講師としての質の高められるように努力してきたつもりです。
2020年3月をもって、平賀さんは5年間の任期を終えて県立長野図書館館長を退任されます。館長は交代しますが、私は今後も県立長野図書館と関わり続けたいと思っているし、平賀さんや県立長野図書館の方から学び続けたいと思っています。また、3回開催された「WikipediaLIB@信州」では多くの参加者と出会いました。いまも交流を続けている方も多く、これらの方々との縁は今後も大切にしたいと思っています。
(写真)カタルーニャのロバ。CC BY-SA 4-0 撮影者 : CeGe