振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。図書館におけるウィキペディアタウンの開催を推進しています。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

駄知町の映画館

f:id:AyC:20191231090955j:plain

(写真)陶栄座から転用されたスーパー「サンマートトーエー」の廃墟。

2019年(令和元年)12月、 岐阜県土岐市駄知町(だちちょう)を訪れました。2館あった映画館は1977年(昭和52年)までにいずれも閉館しましたが、建物は2館とも現存している点が全国的に見て珍しいと思われます。

 

 

1. 駄知町を訪れる

土岐郡駄知町は1909年(明治42年)から1955年(昭和30年)まで存在した自治体。1955年(昭和30年)には駄知町を含めた土岐郡の5町3村が合併し、いったんは土岐市役所が旧駄知町に置かれました。駄知地区には歴史的に窯元が多く、特にどんぶり生産が盛んだったようです。現在でも約90の窯元が残っており、もう使用されていないものの14の煉瓦煙突が点在しています。

窯業の不振によって1972年(昭和47年)には東濃鉄道駄知線が休止され、現在は公共交通機関でのアクセスが不便な地区となっています。一般的には土岐市街地から路線バスで訪れますが、今回は多治見市の多治見駅でレンタサイクルを借り、多治見市笠原地区経由で駄知地区を訪れました。多治見駅の標高は約95m、駄知地区の標高は約240mであり、往復約30kmです。

f:id:AyC:20191231090330p:plain

(地図)©OpenStreetMap contributors

f:id:AyC:20200101020632p:plain

(地図)JR多治見駅から土岐市駄知町までのルート。

f:id:AyC:20200101020638p:plain

(地図)JR多治見駅から土岐市駄知町までの地形断面図。

 


2. 駄知町の映画館

駄知町には「陶栄座」と「陶宝会館」という2館の映画館がありました。駄知町にあった映画館は2館とも建物が現存しており、小さな町に複数館が現存しているのは全国的に見ても珍しい例だと思われます。"昭和30-40年代に建設された岐阜県内の映画館" の建物としては、この2館に加えて多治見市笠原町の「笠原劇場」、飛騨市神岡町の「銀嶺会館」の計4館のみが現存していると思われます。もし他にも残っていることをご存じの方は、コメントなどでお知らせください。

駄知町の映画館について調べたことは「岐阜県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(全国版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

www.google.com

 

f:id:AyC:20200101022825p:plain

(地図)1970年代の航空写真における駄知町の映画館跡地。国土地理院地理院地図

 

2.1 陶栄座(-1964年頃)

所在地 : 岐阜県土岐郡駄知町(1950年・1953年・1955年)、岐阜県土岐市駄知町栄町(1960年)、岐阜県土岐市駄知町栄2196(1966年)
開館年 : 1937年以前
閉館年 : 1964年頃
1950年・1953年・1955年・1960年・1963年の映画館名簿では「陶栄座」。1966年の映画館名簿では「駄知陶栄座」。1969年の住宅地図では「陶栄座」。跡地はスーパー「サンマートトーエー」の廃墟。

駄知町にあった2館のうち、早くに閉館した映画館が「陶栄座」です。駄知町の中心部を南北に貫く栄町通りにあり、またその敷地の広さもあって目立ちます。1964年(昭和39年)頃に映画館が閉館すると、跡地はスーパー「サンマートトーエー」に転用されましたが、このスーパーも2012年(平成24年)9月に閉店して廃墟となっています。これによって駄知町からスーパーがなくなり、現在はコンビニとドラッグストアが1軒ずつあるものの、生鮮食品が入手しづらい町になってしまいました。

f:id:AyC:20191231080338j:plainf:id:AyC:20191231075944j:plain

 (写真)スーパー「サンマートトーエー」の廃墟。

f:id:AyC:20200101024921p:plain

(写真)現在の航空写真における陶栄座跡地とその周辺。国土地理院地理院地図

 

2.2 陶宝会館(-1977年)

所在地 : 岐阜県土岐市駄知町小川町(1960年)、岐阜県土岐市駄知1868-1(1966年・1969年・1973年)、岐阜県土岐市駄知町小川町(1976年)
開館年 : 1958年以前
閉館年 : 1977年
1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「陶宝会館」。1966年・1969年の映画館名簿では「駄知陶宝会館」。1969年の住宅地図では「陶宝会館」。1976年・1977年の映画館名簿では「陶宝会館」。1978年・1980年の映画館名簿には掲載されていない。土岐市最後の映画館。跡地は「駄知陶磁器工業協同組合」の50m北東にある建物。

駄知町にあった2館のうち、遅くまで残っていた映画館が「陶宝会館」です。駄知町の中心部にあり、周囲には多くの個人商店が健在ではあるものの、映画館はややわかりにくい路地の先にあります。入口の戸には「市川経営会計事務所」の文字がありますが、いつまで会計事務所が営業していたのかは不明。

映画監督の塚本連平 - Wikipediaは駄知町出身であり、小学生の頃に陶宝会館で映画を観ていたようです。1963年(昭和38年)生まれの塚本監督はまだ50代。つい40年ほど前まで営業していた映画館なのです。1977年(昭和52年)の東濃地方に残っていた映画館は、陶宝会館、多治見大映(多治見市)、多治見東映(多治見市)、オレンジ座・ブルー劇場(瑞浪市)の4施設5館のみ。中津川市恵那市土岐市中心部からはすでに映画館が消滅していました。

f:id:AyC:20191231080002j:plain

(写真)陶宝会館の廃墟。

f:id:AyC:20200101025028p:plain

(写真)現在の航空写真における陶宝会館跡地とその周辺。国土地理院地理院地図

 

f:id:AyC:20200117192656j:plain

 (写真)「陶栄座」と「陶宝会館」が掲載された『映画年鑑 1963年版 別冊 映画便覧 1963』(時事通信社、1963年)。

 

3. 駄知町を歩く

3.1 駄知町の建物

駄知町は盆地にあるため市街地がぎゅっと詰まっています。本町通りや栄町通りの周辺には、思わず足を止めてしまう建物が数多くありました。なお、駄知町に図書館等の施設はありません。

f:id:AyC:20191231080009j:plainf:id:AyC:20191231080028j:plain

(左)駄知小売商業協同組合(旧駄知信用組合)。1932年竣工。下見板張りの木造2階建て建築。(右)山丸商店向いの民家。ガラス窓と木枠が美しい。

f:id:AyC:20191231080044j:plainf:id:AyC:20200101034434j:plainf:id:AyC:20200101034450j:plain

(右)千古乃岩酒造。土蔵造の建物の裏には店舗である和風建築がある。(中)藤本内科医院。戦前。水色の下見板が美しい。(右)八王子神社。駄知町の氏神。正中2年(西暦1326年)以前創立。
 

3.2 駄知町の煉瓦煙突

東濃地方の中でも歴史的に窯元が多かった駄知町には、すでにお役御免となった14本の古い煙突が残っているそうです。これらは昭和20年代から昭和40年代に建てられたもので、陶栄座や陶宝会館と同じくらいの歴史を歩んでいることになります。円柱もあれば角柱もあり、長さと太さのバランスも様々。隠れるように建っている煙突もあり、「窯風の里」マップを片手に煙突をめぐるのは楽しかったです。

f:id:AyC:20191231080127j:plainf:id:AyC:20191231080058j:plain

(左)山一製陶所。(右)塚本保夫邸。

f:id:AyC:20191231080108j:plainf:id:AyC:20191231080122j:plain

(左)快山製陶所。(右)山三製陶所。

f:id:AyC:20191231080133j:plainf:id:AyC:20191231080139j:plain

(左)三和アチハ。(中)すりばち館

 

関連エントリー

ayc.hatenablog.com