振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。図書館におけるウィキペディアタウンの開催を推進しています。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

新発田市立歴史図書館を訪れる

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(写真)新発田市立歴史図書館。

2019年4月、新潟県新発田市新発田市立中央図書館と新発田市立歴史図書館を訪れました。

 

 

新発田市を訪れる

新発田市新潟市の西25kmにある自治体。新発田新発田城の城下町として発展した都市であり、近代には陸軍の歩兵連隊が置かれる軍都でもありました。戦後の1947年には新潟県で6番目に市制を施行し、現在の人口は約10万人です。

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(地図)下越地方における新発田市の位置。©OpenStreetMap contributors

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(地図)新発田市中心市街地。地理院地図を加工。

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(左)県立新発田病院。2006年移転。(右)新発田市役所「ヨリネスしばた」。2017年開庁。

 

新発田市駅前通り商店街

新潟駅からは新発田駅にはJR白新線が通じていますが、単線区間が多いので40-50分程度かかるうえに、列車は1時間に1本しかありません。この微妙な距離感のおかげで、新発田駅前の商店街は昭和のまま時間が止まっている印象を受けます。片屋根式アーケードは新発田駅前からなんと2km以上も延びており、主に3階建ての建物がすき間を作ることなく続いています。ほとんど歯抜けもなく昭和の建物が残されている美しい商店街です。

商店街活性化の試みは色々と行われているようで、例えばUターン者が2012年に開店させた古書店古本いと本」は、出張本屋や読書会やトークイベントなども開催しているらしい。2016年からは商店街の店主らが講師となるまちゼミも開催されています。日曜日ということで「古本いと本」は定休日でした。残念。

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(写真)新発田市駅前通り商店街。日曜朝だったので歩行者も車もほとんどいない。

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(写真)「古本いと本」が入る「街・まちカフェりんく」。定休日。

 

2017年には新発田市役所が商店街の中心部に移転。中心市街地の活性化を目的とする移転であり、市民に開放されたラウンジやテラスが設けられています。数年後に人通りがどう変化するか楽しみです。市役所のすぐ西側には気になる廃墟が。新発田市初の百貨店「ハヤカワデパート」跡だそうで、現在は建物の一部がカラオケ店になっているようです。廃墟にしか見えないけど営業してるらしい。驚き。

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 (左)新発田市役所西側の新発田中央町ビル。ハヤカワデパート跡。(右)新発田市役所周辺の銀行群。背後は飯豊山地

 

新道・掛蔵

新発田市役所やシバタレジャー会館の北側のエリアは、新発田市の盛り場である「新道・掛蔵」と呼ばれるエリアです。南側の新道には居酒屋などの飲食店が、北側の掛蔵にはスナックなどが多い。開明掛蔵稲荷神社には「玉垣寄進 町芸妓組合」とありました。日曜日の午前ということで人通りはありませんでしたが、代わりにねこがうろうろしていました。この地区にもう芸妓はいないでしょうが、新発田市内の月岡温泉では今でも芸妓遊びができるようです

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(写真)新発田市の盛り場は「新道・掛蔵」。写真はスナックなどが多い掛蔵。

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(写真)「新道・掛蔵」で見かけたねこ。

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 (写真)「新道・掛蔵」で見かけたねこ。

 

新発田城

新発田駅から商店街を歩き、「新道・掛蔵」を通って北西に向かうと、新発田市の象徴的存在である新発田城があります。水堀・石垣・表門・3つの櫓に満開の桜が華を添えています。

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(写真)新発田城。(左)旧二の丸隅櫓。重要文化財。(中)表門。重要文化財。(右)辰巳櫓。2004年復元。

 

新発田市の映画館

新発田市の映画館について調べたことは「新潟県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しています。

hekikaicinema.memo.wiki

新発田文化映画劇場(1950年以前-2005年)

新発田市役所の西150mには、屋上のボウリングピンが目立つビルがあります。このビルが「シバタレジャー会館」跡であり、パチンコ店、映画館「新発田文化映画劇場」(シバタ文映)、ボウリング場、カラオケ店が入る総合娯楽ビルでした。2005年春に閉館したとのことで、新発田市からもっとも近い映画館は25km西のイオンシネマ新潟南となりました。

 

新発田銀座映画劇場(1950年以前-1980年代)

新発田文化映画劇場のほかに、1980年代までは掛蔵の北端に新発田銀座映画劇場という映画館もありました。ウェブでは何一つ情報が出てきませんが、1979年の新発田市住宅明細図では「銀映」として掲載されています。新発田市役所別館の南側に建っている民家の場所です。

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(左)左の「大」は旧ダイエーカネダイ新発田店。右のボウリングピンの建物はシバタレジャー会館。(右)シバタレジャー会館1階部分。映画館の新発田文化映画劇場(シバタ文映)などが入っていた。

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(地図)新発田市の映画館。地理院地図

 

新発田市の図書館の歴史

新発田町出身の実業家である坪川洹平(つぼかわかんぺい)が図書館建設費を寄付し、1929年には現在の新発田市民文化会館北側に新発田町立図書館が開館しました。1947年には市制施行に伴って新発田市立図書館に改称。1952年には坪川に新発田市名誉市民(第1号)の称号が送られています。Wikipediaにはまだ坪川の記事がありません。

1984年には内井昭蔵 - Wikipediaの設計によって、現在の新発田市民文化会館南側に2代目の新発田市立図書館が開館しました。図書館の北側にある新発田市民文化会館や蕗谷虹児記念館も内井の設計だそうで、新発田城南側の文化施設群の外観には統一感があります。

2016年7月3日には3代目の新発田市立中央図書館が開館しました。2代目図書館は改修工事を行い、2018年7月7日に新発田市立歴史図書館として生まれ変わっています。初代と2代目は新発田城に近いエリアでしたが、3代目は新発田駅前の複合施設「イクネスしばた」内です。図書館を核とする複合施設を数多く手掛ける佐藤総合計画 - Wikipediaが「イクネスしばた」の設計を担当しています。

2016年から2017年の新発田市では、県立新発田病院跡地の公園整備(アイネスしばた)、新発田市庁舎の移転(ヨリネスしばた)、図書館を核とする複合施設の建設(イクネスしばた)という3大事業が相次いで完了しています。

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(写真)新発田市立歴史図書館の開館を伝える『新潟県図書館協会報』2018年10月号。

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(左)1928年の坪川洹平。出典は『新発田市史 下巻』。1956年までに発行された写真の著作物であるため著作権は消滅。パブリック・ドメイン(PD)。(右)新発田市立中央図書館1階にある坪川洹平の銅像

 

新発田市立歴史図書館を訪れる

改修工事を経て2018年7月7日に開館した新発田市立歴史図書館は、"古文書・郷土資料などを収蔵・閲覧・公開する歴史に特化した、全国的にも珍しい図書館" なのだそうです。児童閲覧室だった1階は展示室となり、一般閲覧室だった2階は歴史資料・郷土資料の開架室となり、会議室などがあった3階は特別収蔵庫となったようです。カレント・アウェアネスに投稿された記事によると、MLA(Museum・Library・Archive)の3要素をすべて持つ点が珍しいらしい。

傾斜が急な切妻屋根であり、冬季には雪がさーっと滑り落ちてきて危険だそうです。旧玄関前には開館5年後の1934年に設置された石碑が置かれており、坪川が利用者に求めた「探求せよ 真理の光 / 栄光の道 / 人々のために働こうとする意志」という言葉が刻まれていました。志が高い。

此処に御越しの方は

SEEK

THE LIGHT OF TRUTH

THE WAY OF HONOUR

THE WILL TO WORK FOR MEN

昭和九年十一月 坪川洹平

 

 

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(左)新発田市立歴史図書館。(右)1934年に坪川によって設置された石碑。

 

歴史関係図書(2類)と郷土資料は新発田市立中央図書館にもありますが、その多くは歴史図書館に集められているようでした。そのほかには、「新発田町立図書館時代からの蔵書」、三扶文庫、公餘文庫、関文庫、穂刈文庫、堀部安兵衛文庫という特別文庫がありますが、「これまで書庫にあった書籍を、とりあえずすべて出してみた」という印象。宮津市立図書館の前尾記念文庫コーナーほどではありませんが、「新発田町立図書館時代からの蔵書」は研究者以外に閲覧されることがほぼないと思われる文献ばかりです。

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(左)2類の歴史関係図書。(右)新発田市新潟県の郷土資料。

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(写真)新発田町立図書館時代からの蔵書。

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(左)三扶文庫。新発田藩時代の研究書など。(中)公餘文庫。よくわかりません。(右)堀部安兵衛文庫。赤穂事件関連の文献。

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(左)関文庫。遺跡発掘調査報告書など考古学の研究書。(右)穂刈文庫。近世文芸史など。

 

デジタルアーカイブズコーナーにあるパソコンでは、国立国会図書館デジタルコレクション、にいがた MALUI 連携・地域データベース、新発田市立歴史図書館デジタルアーカイブを閲覧できます。気になるのは新発田市立歴史図書館デジタルアーカイブ。現在では単なる文献のデータベースにすぎないように見えますが、今後は古めかしい文献の数々がデジタルアーカイブされていくとよいですね。

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 (左)テーマ展示。(右)郷土の偉人紹介コーナー。

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(左)デジタルアーカイブズコーナー。(右)館内撮影許可証。

 

新発田市立中央図書館を訪れる」に続きます。

ayc.hatenablog.com

 

 

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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