振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

映画館情報サイト「消えた映画館の記憶」

 

「消えた映画館の記憶」

hekikaicinema.memo.wiki

“愛知県の映画館の総合情報サイト” であり、“日本の映画館の総合データベース” であるサイト「消えた映画館の記憶」を作成しています。無料レンタルwikiサービスのSeesaawikiにありますが、管理人である私のみが編集可能な設定としています。2017年1月に作成を開始。永遠に未完成だと思いますが、この2019年3月で情報量を増やすのはひと段落です。

このサイトは図書館に埋もれている情報をウェブに出すためのサイトであり、映画館の文章・写真・位置情報(地図)の保管庫と位置付けています。基本的には営業中の映画館ではなく “消えた” 映画館が中心です。あなたの知っている “消えた” 映画館をサイト内検索してみるとおもしろいかもしれません。データベース部分のライセンスはCC0(パブリック・ドメイン)、文章部分のライセンスはCC BY-SAです。

 

サイトの作成意図

閉館した映画館の情報がウェブには断片的にしか存在しないことに不満を持っていました。紙媒体の自治体史や地域写真集にはかつて存在した映画館の文章や写真が掲載されていても、それらの情報は図書館に埋もれたままになっていました。先人が作成してくれた映画館の記録を掘り起こし、ウェブに出すことでもう一度光を当てたい。数百冊の書籍の中に、数百冊の住宅地図の中に、さらにはウェブの片隅にころがっていた映画館の情報をひとつずつ探し出して掲載しています。なお、著作権侵害を回避するために、全文引用ではなく要約という形をとっています。

中原行夫の部屋(リンクはインターネットアーカイブというサイトには1957年の日本に存在した映画館一覧が掲載されていましたが、2016年11月にニフティホームページサービスが閉鎖されたことで「中原行夫の部屋」も閲覧不可能に。それ以後は全国の映画館を一覧できるウェブサイトが存在せず、紙媒体の映画館名簿を見るしかありませんでした。「中原行夫の部屋」は1957年の1年間分のデータベースでしたが、「消えた映画館の記憶」では1930年/50年/53年/55年/60年/63年/66年/69年/76年/80年/85年/90年/95年/2000年/05年/10年/15年/18年の18年間分のデータベースとし、各年代における比較も可能としました。

これらの情報を体裁よくまとめるとWikipedia記事になります。Wikipediaにおける私(User:Asturio Cantabrio)の副アカウント(User:Razgrad)では、「フォルツァ総曲輪 - Wikipedia」や「十日町シネマパラダイス - Wikipedia」など約70の映画館記事を作成しています。

 

コンテンツ

コンテンツ1「消えた映画館の記憶地図」

映画黄金期以後の愛知県に存在した全映画館の所在地を登録。場所の特定には住宅地図や各種書籍などを用いている。全国版地図にはゆるゆると登録中。以下はコンテンツ例。

www.google.com

www.google.com

 

コンテンツ2 各年代の映画館データベース

各年代の日本に存在した映画館のデータベース。全国分は約10年ごとに、東海地方は約5年ごとに掲載。以下はコンテンツ例。

hekikaicinema.memo.wiki

hekikaicinema.memo.wiki

 

コンテンツ3 各地域の映画館情報

図書館の文献から得られる愛知県の映画館情報をかき集めた。以下はコンテンツ例。

hekikaicinema.memo.wiki

hekikaicinema.memo.wiki

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者は「Asturio Cantabrio」です。