振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。図書館におけるウィキペディアタウンの開催を推進しています。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

「ブラアカバネ〜街歩きで、赤羽根の魅力発見、発信!」に参加する

 本エントリーはWikimedia Advent Calendar 2018に登録しています。

qiita.com

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2018年12月9日(日)、愛知県田原市赤羽根文化会館で開催された「ブラアカバネ〜街歩きで、赤羽根の魅力発見、発信!」に参加しました。田原市図書館で開催されたウィキペディアタウンは、2017年1月21日の「ブラタハラ」、同年12月2日の「ブラアツミ」に次いで3度目です。前々回は旧・田原町、前回は旧・渥美町が対象地域であり、今回は旧・赤羽根町が対象地域でした。

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www2.city.tahara.aichi.jp

赤羽根の魅力ウィキで発信 12月にブラアカバネ」『東日新聞』(東三河の地方紙)、2018年10月31日

 

 

1. 田原市赤羽根地域を訪れる

 平成の大合併時に3町が合併した田原市において、旧・赤羽根町は面積・人口ともに3町の中で最小でした。旧・田原町と旧・渥美町は内海の三河湾側に中心市街地がありますが、旧・赤羽根町は太平洋に向かって市街地があります。

公共交通機関では、豊橋市豊橋駅から豊橋鉄道渥美線で終着駅の三河田原駅に向かい、三河田原駅から豊鉄バスに乗って訪れることができます。今回は赤羽根地域外からの参加者を意識してか、イベント開始時間に合わせて三河田原駅から会場に向かうマイクロバスが運行されました。

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(左)愛知県における田原市の位置。(右)渥美半島における旧3町の位置。©OpenStreetMap contributors

スケジュール

10:00 豊橋鉄道三河田原駅に集合 

---マイクロバスで移動---

10:30-10:40 主催者挨拶・趣旨説明(田原市図書館 是住副館長・豊田館長)

10:40-11:00 Wikipediaの説明(ウィキペディアン Miya.mさん)

11:00-11:20 赤羽根地域の説明(田原市博物館 清水さん)

11:30-13:30 赤羽根地域のバスツアー

13:30-14:10 昼食

14:10-16:10 Wikipediaの編集

16:10-16:30 成果発表・感想シェア

---マイクロバスで移動---

17:00-19:00 豊橋鉄道三河田原駅前で懇親会

 

2. 赤羽根文化会館

赤羽根文化会館は図書館・文化ホール・会議室・視聴覚室などを併せ持つ複合施設です。会場は扉の閉まる会議室ではなく、建物入口からよく見えるホールのような場所が会場でした。

イベント当日の約1か月前の11月3日には、図書館窓口、電話、告知サイトの入力フォームの3種類の方法で申し込みが開始されています。1週間以上前に定員の20人に達したようです。参加者には地元の高校教員、地元中学校の外国語指導助手(アメリカ人)、東京都や千葉県や宮城県福井県の図書館員、愛知県三河地方の図書館員、静岡県の行政職員、田原市の行政職員などがいました。運営側のスタッフは田原市図書館の是住副館長と豊田館長、田原市図書館の職員3人、田原市博物館清水学芸員がおり、講師としてウィキペディアンのMiya.mさんがいました。

 

是住さんによる趣旨説明

告知サイトやチラシでは今回の対象記事が「赤羽根のスポット」とだけ記されていました。運営側であらかじめ20人の参加者が4グループに分けられており、グループごとの編集記事も決められていました。「近藤寿市郎」(豊川用水の発案者)、「電照菊」(赤羽根を象徴する農産物)、「厳王寺」(山門は赤羽根町指定有形文化財第1号)、「赤羽根海岸」(サーフィン世界大会を開催)の4記事+αが今回の編集記事であり、私は赤羽根海岸のグループでした。

今回の編集記事をざっくり分ければ「歴史」(近藤寿市郎・厳王寺)、「経済」(近藤寿市郎・電照菊)、「文化」(赤羽根海岸)の3タイプであり、いろんなタイプの題材を揃えたようです。おそらく運営側は地元住民を各グループに分散させ、ウィキペディアの編集経験者も分散させていたと思います。まちあるき開始時点で編集記事が決まっていることで、まちあるき時に見るポイントがはっきりします。とはいえ、“歴史が苦手な方” や “編集記事にこだわりのある方” などのために、「昼からの編集開始前にグループを移動してもOK」というアナウンスがありました。運営側で事前に決めておく部分と参加者に決めさせる部分のバランスがよいです。

 

Miya.mさんによるWikipediaの説明

Miya.mさんはお騒がせ有名人の「カルロス・ゴーン - Wikipedia」を例に出し、Wikipediaの速報性は短所にも長所にもなると説明されました。「エビフリャー - Wikipedia」のようなくだけた記事もあること、英語版には「Cape Irago - Wikipedia」という記事があることなども。Miya.mさんの説明は十数回は聞いていますが、毎回新しい話やその土地に合わせた話が入っています。

私もMiya.mさんのようにWikipediaについての説明を行う機会がありますが、著作権についてどのように説明すればいいかいつも悩みます。著作権法は日本国の法律でありWikipediaのルールとはまったく別。著作権法違反・著作権侵害となる基準は明確に説明できません。コピペがダメなのは誰もが理解できるけれど、翻案転載の基準はどこにあるのでしょう。

 

清水学芸員による赤羽根地域の説明

田原市博物館清水学芸員は、赤羽根地域の地理、歴史、文化財、漁業について説明してくださいました。今回は田原市外からの参加者が多いため、赤羽根地域の基本的な知識を得られるのはとてもありがたいです。また田原市内からの参加者にとっても、知っているはずの地域について改めて知る機会になります。名古屋市でのウィキペディアタウンでも主催者による同様の説明がありますが、他地域でも取り入れてほしいな。

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(写真)編集記事について説明する是住副館長。

 

3. 赤羽根地域のバスツアー

 今回は会場と各スポットの間を20人乗りのマイクロバスで移動しました。赤羽根文化広場で学芸員から近藤寿市郎の説明を受け、弥八島海浜公園で学芸員から赤羽根海岸の説明を受け、厳王寺で住職から寺の説明を受け、電照菊農家で農家から電照菊の説明を受けました。

赤羽根港にも立ち寄る予定だったようですが、時間が押していたためパスしています。終盤には道の駅あかばねロコステーションと赤羽根文化会館前のコンビニに立ち寄り、参加者がおひるごはんを調達しました。

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(地図)バスツアーのルート図。©OpenStreetMap contributors

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 (地図)地理院地図 色別標高図海域部は海上保安庁海洋情報部の資料を使用して作成)を加工。

 

赤羽根文化広場(近藤寿市郎像)

最初の目的地は赤羽根文化広場の近藤寿市郎像。高松村(後の赤羽根町、現・田原市)出身の近藤は豊川用水 - Wikipediaの発案者だそうで、豊橋市長や衆議院議員も務めた政治家だそうです。発案者の死後に用水が通水したというのは明治用水の都築弥厚と同じですが、都築は政治家ではなく豪農でした。これは明治時代と昭和時代の違いかな。

地理院地図 色別標高図を見るとわかるように、赤羽根町の農地は低地ではなく赤羽根台地・天伯原台地の上に成り立っています。赤羽根漁港に流れ出る池尻川が小規模な低地を形成していますが、水不足に悩まされたのは容易に想像できます。1932年(昭和7年)に渥美の岡田儀八がはじめた施設園芸は戦後に普及し、1968年(昭和43年)の豊川用水通水後には急激に拡大したそうです。
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 (左)移動に使ったマイクロバス。(中)近藤寿市郎像。(右)温室の海。

 

②弥八島海浜公園(展望台)

弥八島海浜公園の展望台からは、砂浜海岸の赤羽根ロングビーチを見渡すことができます。幅の広い砂浜も目を引きますが、それ以上に高さ30mもある海食崖に驚かされます。海岸から内陸に向かって、砂浜海岸→海食崖→古い集落→農地が形成されており、地図上で見るより太平洋と集落は隔てられています。赤羽根海岸は数kmにわたってこのような海食崖が続いており、河川が大西洋に流れ出る隙間は赤羽根漁港周辺しかありません。この地形は「かまぼこ型」と表現されるそうです。

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(写真)展望台から見た赤羽根ロングビーチと海食崖(右側)。中央奥は渥美半島最高峰の大山。

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(地図)地理院地図 色別標高図海域部は海上保安庁海洋情報部の資料を使用して作成)を加工。

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(左)展望台。植わってるのは亜熱帯の植物であるドラセナ。(右)展望台から砂浜海岸に降りる階段。

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 (写真)一色の磯周辺。12月なのにサーフボードをもって海に入ってる人がいる。

 

③厳王寺

1500年に開創された厳王寺(ごんのうじ)では29代目住職の話を聞きました。1706年に建てられた山門は赤羽根地域最古の木造建築だそうです。本堂には住職が葬儀などの際に乗るかごが吊り下げられていました。赤羽根地域に300軒の檀家を有し、1996年に本堂を新築したそうですが、それだけの檀家でこんな立派な本堂が建つんでしょうか。

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厳王寺。(左)本堂。(右)山門。

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 厳王寺。(右)本堂内部に吊り下げられているかご。

 

④電照菊農家

Google Mapを見ても赤羽根町の農地の特徴はわかりづらいのですが、航空写真や地理院地図を見ると電照菊を栽培する温室の海が広がっていることがわかります。農協に菊を出荷している農家だけで約1000軒あり、田原市だけで日本全体の30%の菊を生産しているそうです。

電照菊とは日照時間を人工的に調整することで一年を通じて出荷できるようにした菊のこと。見学させてもらった農家では年間45回も出荷を行っているそうです。温室は鉄骨造ガラス張りで、重油の暖房とエアコンを完備。人工的に炭酸ガスを発生させる機械などもある。温室1軒で家が1軒建つくらいのお金がかかっているそうです。何人かが柄の長い鎌で収穫体験をさせてもらっていましたが、鋏(はさみ)ではなく鎌であることに驚きました。

話をしてくださった農家の方は菊への愛があふれでている方でした。仏花としての需要は緩やかに減少しているようで、生産者も時代に合わせて対応しなければならないということをおっしゃっていました。渥美半島の温室ではカーネーションの生産も盛んだと思うのですが、「電照○○」という栽培方法を行っているのは菊だけなんでしょうか。

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(地図)国土地理院 地理院地図。温室の海。海岸線と平行に走る国道より北の赤い長方形は全部温室。

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 (左)電照菊の温室内。(中)温室内で話を聞く参加者。(右)収穫に用いる鎌。

 

⑤道の駅あかばねロコステーション(赤羽根漁港)

上に挙げた色別標高図や地形図を見るとわかるように、赤羽根漁港は海岸線からかなり内陸に向かって掘削されています。単調な砂浜海岸に漁港は造成できません。もともと赤羽根町では(港や船を使わない)地引網が漁業の中心だったのが、戦後に赤羽根漁港を建設したことで、底びき網漁や船びき網漁ができるようになったとのこと。

これだけ大掛かりな工事を行うからには豊川用水の近藤寿市郎のような立役者がいたに違いない、と思ったのですが、今回のイベント中には時間が足りず見つけられませんでした。

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 (左)赤羽根漁港。(右)道の駅あかばねロコステーション。田原市は花卉の生産量日本一。

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 (写真)赤羽根文化会館2階にある田原市赤羽根図書館。

 

4. Wikipediaの編集

赤羽根文化会館には公衆無線LANフリースポット」がありますが、フリースポットテザリングを使わなくてもいいようにレンタルWi-Fiが用意されていました。グループによっては「パソコンの数が少ない」という問題があったようですが、これはうまい解決方法がないです。私が入った赤羽根海岸のグループは5人であり、2人がノートパソコンを、1人がタブレットを持っていたため、パソコンのない2人は紙に原稿を執筆してもらいました。

編集開始前にはグループごとに自己紹介カードを使って自己紹介を行いました。また、編集作業の進行と成果発表を担当するグループリーダーも決めました。地元の元高校教員の方がグループリーダーの役割を担い、ウィキペディアタウンに慣れている豊田館長が進行をフォローしています。

私のグループは赤羽根海岸の定義(どこからどこまでなのか)と名称(太平洋ロングビーチなのか赤羽根ロングビーチなのか)に悩みました。また、節分けが「概要」「赤羽根漁港」「アカウミガメ」「ワールドサーフィン」「将来構想」でよいのかどうかも迷いましたが、よい節分けが思い浮かばなかったためこのままにしてあります。

グループごとの4記事に加えて、外国語指導助手のキアナ・ホワイト先生が田原市の英語版記事を編集したため、今回は下記の5記事が編集されました。

近藤寿市郎 - Wikipedia - 加筆

厳王寺 (田原市) - Wikipedia - 新規作成

電照菊 - Wikipedia - 加筆

赤羽根海岸 - Wikipedia - 加筆

Tahara, Aichi - Wikipedia - 加筆(英語版)

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(左)編集会場。(右)イベントのために用意された文献。

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 (写真)2階から見た編集会場。

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 (写真)編集作業中の各グループ。

 

5. 成果発表・感想シェア

ちょうど120分の編集時間を終えると成果発表です。各グループリーダーが編集内容を報告した後、Miya.mさんと清水学芸員が講評を行います。Miya.mさんの講評は(とーーってもいやらしい言い方をすれば)予定調和的、「皆さんよくできました」という感じです。しかし清水学芸員は、各グループが編集した記事の課題を鋭く見抜き、(ややいやらしい言い方をすれば)批評的でした。私がいた赤羽根海岸のグループで言えば節名や節構成の悩ましさを見抜かれました。

 

鋭いが厳しいと感じる方もいただろう清水学芸員の講評について、イベント進行役の是住さんははらはらしたのではないかと思います。清水学芸員が指摘したことの多くはおそらくMiya.mさんも気づいており、参加者に楽しい気持ちのまま帰ってもらうためにあえて言わなかったのだと思います。Miya.mさんの考え方にも一理ありますが、今後も地域住民とか関わっていくはずの学芸員ではなく、“よそもの” である “講師” が指摘してほしいことです。

ただし、清水学芸員の講評はウィキペディアタウン講師関東勢(くさかきゅうはちさん・海獺さん・さかおりさん・Araisyoheiさん)が普段から行っているような講評でした。私も長野県内のウィキペディアタウンで講師を務める際は、イベント中に編集された点を評価するのはもちろん、さらに改善できる点を指摘するように心がけています。今回は文献調査能力に長けた図書館員が多かったし、地元住民の中でも元高校教員など地域への関心が強い参加者が多かったため、清水学芸員の講評は “身になる話” だったのではないかと思います。

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(写真)成果発表。

 

6. まとめ

今回のイベントでは私も含めて他市・他県からの参加者が多く、赤羽根地域在住者や田原市民は少なかった。これはチラシは告知サイトで編集対象を明確にしていないことも理由ではないかと思います。“タモリ赤羽根に来る” と誤解する住民もいたという今回のイベント、近藤寿市郎・電照菊・厳王寺・赤羽根海岸という編集対象を明確にしていれば食いついてくる地域住民もいたのではないかと思います。ただし、編集対象を明確にすることで問題が発生したウィキペディアタウンもあり、悩ましいところです。

 

もともとウィキペディアタウンの開催経験がある中に是住副館長が加わり、またMiya.mさんの人柄などもあって、田原市図書館のウィキペディアタウンの運営面の安定感は日本一です。ウィキペディアタウンの見本が同県内にあることは、愛知県在住のウィキペディアンと愉快な仲間たちにとってうれしい限りです。

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章・写真は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。チラシは田原市立図書館の著作物です。