振り返ればロバがいる

Wikipediaの「利用者:Asturio Cantabrio」によるブログです。ロバです。東京ウィキメディアン会・関西ウィキメディアユーザ会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録などを書きます。

「桜ペディア」に参加する

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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログにおける文章・写真は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA 4.0)の下に提供されています。一部を除き著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。桜の写真2枚に関しては作者の表示を参照のこと。地図の出典はOpenStreetMap、作者はOpenStreetMap contributor。

 

 宮澤さんの個人企画「桜ペディア」に参加するために、2018年4月7日(土)には飯田市を訪れました。名古屋からは意外と近い飯田市、高速バスで約2時間です。

 自宅を6時前に出て名鉄に乗り、7時に名鉄バスセンターを出る便に乗ると9時にはもう飯田駅。まずは宮澤さんの車で飯田市内の一本桜をいくつか案内してもらう。まずは元善光寺にある「麻績の里 舞台桜」(おみのさと ぶたいざくら)へ。前日の雨でだいぶ散ってしまったようですが、今回は桜の花ではなく幹や枝を見る楽しさを教えてもらいました。飯田市には樹齢200年を超える一本桜が100本以上あるそうで、これは全国的に見てもかなり珍しいそうです。

 隣には長野県指定文化財(長野県宝)の旧座光寺麻績学校校舎。学校校舎兼人形劇舞台という不思議な建物であり、1984年まで現役の学校校舎だったということに驚く。100m南西には石塚古墳の石室の上に桜が植わっている「麻績の里 石塚桜」があり、こちらもかなりインパクトがある一本桜です。

麻績の里舞台桜 - 飯田市ホームページ

旧座光寺麻績学校校舎 - 飯田市ホームページ

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(写真)「麻績の里 舞台桜」と「旧座光寺麻績学校校舎」。

 

 飯田市街地に戻り、橋北地区の正永寺(しょうえいじ)に。樹齢400年のシダレザクラがありますが、この数年でかなり弱ったとのこと。住職がカメラ好きなのか、公式サイトには桜の写真がたくさん。2017年7月の「ウィキペディアタウンin飯田」でも重要なキーワードとなった「橋北」(きょうほく)と「橋南」(きょうなん)ですが、範囲が漠然とした広域地名は地図やウェブに出てきづらい情報であり、地元の方が何らかの形で発信してほしいと思っています。

圜悟山 正永寺 – 長野県飯田市にある 圜悟山 正永寺 のホームページです

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(写真)正永寺のシダレザクラ。作者 : じゃ・いあん。Wikimedia Commonsより。撮影日は2018年3月29日。

 

 その後飯田市街地を横断して愛宕稲荷神社へ。深い谷を挟んだ対岸には飯田市動物園があります。ここの「清秀桜」(せいしゅうざくら)は飯田市で最も古い樹齢760年とのことですが、幹は正永寺のシダレザクラよりもかなり細い上に樹勢もよい。760年を経ている幹は花を咲かせている幹とは別だろうとのことです。

愛宕神社の清秀桜 - 飯田市ホームページ

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(写真)愛宕稲荷神社の「清秀桜」。作者 : Kzu06。Wikimedia Commonsより。撮影日は2018年4月3日。

 

 飯田市立中央図書館の開館時間である10時を過ぎたところで図書館に向かいます。裏手にはヒガンザクラとシダレザクラの2本が根元でつながった「桜丸の夫婦桜」があります。図書館入口近くでは桜に関連する本の展示が行われていました。図書館でモロタンとも合流し、2階の会議室でそれぞれがPCを開いて編集作業を開始しました。きょう使う文献は宮澤さんや司書のHさんが準備してくれており、司書のSさんも新たな文献を提供してくれました。

 おひるごはんは図書館から徒歩5分の上海楼へ。中華そば(並)と揚げ餃子。餃子がおいしい。中華そばは食べきれなかった。

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 上海楼を出るとその足で飯田市立上郷図書館へ。エプロン姿で働いていた小柄な司書・Iさんが白くまのぬいぐるみを見せびらかしてきました。それどこで買ったの、って聞いてあげればよかったかな。

 中央図書館でもそうですが、上郷図書館でも地域資料の書架に「文献リスト」のファイルが挟んであります。このリストは公式サイトの「いいだの情報・いいだの資料」でも公開されています。書架へのファイル設置、ウェブ上での公開、どちらもとてもいい取り組みだと思うのですが、真似する図書館が少ないのはなぜでしょう。知られてないだけならもったいない。

 上郷図書館を出ると、Iさんの情報をもとに飯田女子高校の裏手にある飯沼諏訪神社へ。モロタンは飯田女子高校に思い入れがあるそうです。上郷図書館ではぼんやりしていたのでこの神社を訪れた理由を覚えていないのですが、諏訪系とのことで太くて長い2本の御柱が立ててありました。Google Mapでは単に「飯沼神社」となっています。

 飯沼諏訪神社河岸段丘の上段と下段の境目にあり、下段からは300段もの石段を上る必要がある。宮澤さんは高校時代に体育の授業でこの石段を上っていたとのこと。単なる道路地図を見ても地形の変化がわかりづらいのですが、航空写真では森が一直線に連なっているのが見えて感動します。下のOpenstreetMapでも森の存在がわかります。

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(左)上郷図書館の地域資料の書架。(右)飯沼諏訪神社御柱

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(地図)この日訪れた一本桜と図書館。

 

 14時30分頃に中央図書館に戻り、宮澤さんが「いとうや」で買った桜餅を食べながら編集作業を行いました。私が編集したのは「愛宕稲荷神社」(新規作成)と「飯田市美術博物館」(加筆)です。神社による発行物として『愛宕稲荷神社 由来記』があり、この『由来記』を基に長野県神社庁ウェブページを作成してくれています。一見すると楽に思えたこの題材ですが、『由来記』・神社庁ウェブページの言及(1185年-1190年に神社が創始)と『名勝愛宕』の言及(1344年生の坂西由政が神社を創始)に約200年もの食い違いがあったことで、この神社の正しい歴史を把握するのに時間がかかりました。

愛宕稲荷神社 - Wikipedia

飯田市美術博物館 - Wikipedia

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(写真)いとうやの桜餅。上が道明寺(関西系)、下が長明寺(関東系)。

 

 図書館の閉館時間である18時まで編集作業をねばる3人。その後は鼎のコメダ珈琲に移動。コメダ珈琲がある国道153号飯田バイパスにはロードサイド店舗が集積しておりにぎやかですが、ひっそり静まり返った飯田市街地からは2kmしか離れていません。この道路は通称「アップルロード」というそうですが、道路の愛称も地図やウェブに出てきづらい情報のひとつだと感じています。

 名古屋までの高速バス最終便は19時30分に飯田商工会館を発車し、19時49分に伊賀良バス停を出ます。この便の時間まで宮澤さんやモロタンと雑談してから帰りました。

 

ふりかえり

 飯田市立中央図書館の司書・Sさんとは2017年1月の「第10回 ウィキペディアタウン×高遠ぶらり」で、上郷図書館の司書・Iさんや鼎図書館の司書・Tさんとは2017年3月の「WikipediaLIB@信州#01」でお会いし、それぞれその後も何度かお会いしています。

 初めて飯田を訪れたのは2017年7月の「ウィキペディアタウンin飯田」。11月には個人的に飯田市立中央図書館・鼎図書館・上郷図書館・喬木村椋鳩十記念図書館をめぐり、今年3月上旬には「ウィキペディアタウンin安曇野松川村」の帰りに立ち寄って映画を見ました。

 一年前には飯田が名古屋からこれほど近いとは思っていませんでしたが、今では地理的にも心理的にも、長野県でもっとも近い町だと感じています。飯田には4月後半か5月前半にまた一度行く予定です。