振り返ればロバがいる

Wikipediaの「利用者:Asturio Cantabrio」によるブログです。ロバです。東京ウィキメディアン会・関西ウィキメディアユーザ会所属。図書館界で静かなブームとなっている(?)ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録などを書きます。

Wikipedia Town in 飯田に参加する(1)

「Wikipedia Town in 飯田」開催のお知らせ | 飯田市立図書館

2017年7月8日(土)、長野県飯田市飯田市立中央図書館で開催されたWikipedia Town in 飯田」に参加した。

 

飯田市を訪れる

 愛知県の尾張地方と長野県の伊那地方は中央道で結ばれている。愛知県の東三河地方と伊那地方はJR飯田線で結ばれている。一方で愛知県の西三河地方と伊那地方の間には奥三河高原と呼ばれる未知の土地が広がっており、西三河地方に住む私は伊那谷に対して距離を感じていた。

2016年3月にはWikipedia TOWN × 高遠ぶらりに参加したが、イベント開催日の前後には松本に泊まった。2017年1月にも第10回 Wikipedia Town × 高遠ぶらりに参加する - 振り返ればロバがいるに参加。当日朝に名古屋駅を出る高速バスではイベント開始に間に合わないため、この日が初対面の宮澤優子さんに飯田から高遠まで運んでもらった。やはり高遠は遠いと思ったものの、飯田までの高速バスは毎時1本あり、わずか2時間でたどり着けることがわかった。

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 (写真)飯田駅飯田駅から電車に乗ったことはあるが降りたことはない。

 

飯田市を歩く

名古屋=飯田便の第1便は7時ちょうどに名鉄バスセンターを出て、8時54分にJR飯田駅に着く。終点の飯田商工会館まで乗りとおす中村さんを横目に飯田駅でバスを降り、ぶらぶらと歩いて図書館に向かった。

お目当ては飯田センゲキシネマズ - Wikipedia飯田トキワ劇場 - Wikipedia。いずれも映画黄金期から60年以上営業を続けている映画館だ。センゲキシネマズがある中央通りには商業ビルが隙間なく並んでおり、映画館周辺には飲食店が密集している。街の反対側にあるトキワ劇場の周辺はやや活気がないように感じる。八十二銀行飯田支店や橋南公民館の存在から、銀座や知久町と呼ばれるこの地区がかつて賑わっていたことはわかるのだが。ただし中央通り沿いも、よく晴れた土曜日の午前9時台にしては車も歩行者も少なかった。

飯田といえばりんご並木と人形劇も欠かせない。飯田市川本喜八郎人形美術館周辺は近年に再開発が行われたらしく、小ぎれいな道路、小ぎれいなマンション、小ぎれいな商業施設、小ぎれいな横丁があった。今回のイベントで編集対象となる裏界線(りかいせん)もチェックしておく。飯田市公式サイトに全体のマップと各地の写真が掲載されているこの路地群、観光客向けに小ぎれいに整備されているかと思いきや、観光客などが歩いていると地元の方に怪訝な顔をされそうな生活道路だった。

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(図)イベント前に歩いたコース。地図はOpenStreetMapより。

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 (左)飯田市川本喜八郎人形美術館。(中央・右)りんご並木。

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 (写真)三者三様の裏界線。防火帯や避難路の役割を持つ路地。

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 (左)中央通りと飯田センゲキシネマズ。(右)飯田トキワ劇場。3スクリーンあるとは思えない間口の狭さ。

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 (写真)飯田トキワ劇場近くから川向うの鼎地区を見下ろす。これだけ飯田市中心市街地から近いのに、飯田市と鼎町の合併は1984年まで遅れた。

 

飯田市立中央図書館

今回は図書館内をゆっくり過ごす暇がなく、またコーナーごとに写真を撮る暇もなかった。雰囲気をつかむための写真だけ撮った。西側と東側それぞれから1階部分を見下して写真を取れる場所がある。東側の中2階は伊那谷河岸段丘をイメージしているのだろうか。

郷土資料室は圧巻の蔵書数。空襲を受けていない城下町という点では私が住んでいる某市と飯田市はよく似ているのに、こうもレベル差があるとは。最下段が斜めになっている書架は久々に見た。バリアフリー面でとやかく言われそうなレイアウトではあるけれど、本がぎっしり詰まった迷路のような空間はとても印象に残った。

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 Wikipedia Town in 飯田

今回のイベントのスケジュールは以下の通り。

10:00-10:15 館長挨拶・講師紹介・参加者全員自己紹介

10:15-11:00 ウィキペディアタウンの説明

11:00-12:30 「飯田おさんぽ」

12:30-13:15 昼食

13:15-13:40 図書館サイト説明・編集の注意事項説明

13:40-15:25 編集作業

15:25-16:00 成果発表・まとめ

17:00-19:00 懇親会

 

Wikipedia TOWN × 高遠ぶらり風に参加者全員が自己紹介。まちあるきで他の参加者に話しかけやすくなるかも。まちあるき時間は標準的なウィキペディアタウンの90分。この日は特に暑く、これ以上長いとつらかった。昼食は弁当を注文した方が多数。図書館の近くには昼食を取れる店があまりなく、主催者はできる限り弁当に誘導していたみたい。午後のはじまりは図書館の公式サイトの説明。図書館のPRを入れるのは今後につながってよいと思った。編集時間自体は105分。ウィキペディアタウンの平均よりやや短めかも。他のウィキペディアタウンよりやや早く、16時に終了した。1時間後の17時からは焼肉店「徳山」で懇親会。

 

飯田おさんぽ

参加者名簿によると今回の参加者数は24人で、これに講師などが加わった約30人が橋北コースと橋南コースに分かれる。ガイド役は飯田市歴史研究所や飯田市美術博物館の方が務めてくださった。

今回は飯田城城下町の痕跡をたどるまちあるき。1/2500都市計画基本図をベースに、かつて存在した堀・出丸・門の位置が書かれた地図が配布される。これによると図書館は本丸と堀の中間地点にある。裏界線を通って堀跡をめざし、Uターンして反対側の本丸跡まで歩いてから図書館に戻った。

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(図)橋南コースはだいたいこんなルート。図はOpenStreetMapより。

 

 

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(写真)図書館の脇にある飯田城桜丸御門。

 

桜丸御門(赤門)から西側に伸びている裏界線は、今回のルート上でもっとも華やかな裏界線だった。脇にはアジサイが咲き、鉢植えが置かれていた。驚いたのは駐車場の中に「歩行者通路」として裏界線が残されていた場所。裏界線とは市道扱いなのか私道扱いなのかということは聞き忘れた。

飯田城の外堀は全国的にみて早く埋められたという。遺構など残っていないと思いきや、銀座4丁目の柴田薬品横の地下駐車場は南堀の形をそのまま残しているらしい。追手町小学校の南西にも欅堀の形を残す坂と橋があった。飯田城におけるそのポイントの役割を想像し、裏界線や堀などの地形をたどるまちあるきは、寺社などのポイント数か所を訪れるまちあるきよりもずっと楽しい(※個人差があります)。図中に歩くルートも書き込まれているとよいのではないかと思った。

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(写真)裏界線を歩く。

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ブラタモリっぽい要素3連発。(左)歩行者用通路として残る裏界線。(中)外堀の形を伝える地下駐車場。(右)欅堀の形が残る坂。

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 (写真)現役で使用中の飯田市立追手町小学校 - Wikipedia。校舎と講堂は登録有形文化財。校舎は昭和初期(1929年)竣工のRC造で黒田好造設計。

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(左)飯田大火の痕跡を示すなまこ壁を撮影中の参加者。(右)柳田國男館の内部を撮影中の参加者。

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(写真)長姫神社。

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 (写真)長姫のエドヒガン。飯田市でもっとも大きな桜。

 

 

(2)につづきます。

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