振り返ればロバがいる

Wikipediaの「利用者:Asturio Cantabrio」によるブログです。ロバです。東京ウィキメディアン会・関西ウィキメディアユーザ会所属。図書館界で静かなブームとなっている(?)ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録などを書きます。

ウィキペディア・タウン in 尾道に参加する

3月4日(土)には「京都オープンデータソン2016 vol.3(酒ペディア酒マップ」に参加。3月5日(日)には用事があって「ウィキペディアタウンサミット」に参加できなかったのですが、3月6日(月)には「ウィキペディア・タウン in 尾道」に参加しました。

参加したことのあるウィキペディアタウン系イベントは、京都×4、Wikipedia ARTS×4、精華町、瀬戸内×2、高遠×2、博物館をひらく、ウィキペディア街道、豊橋/田原×3、東久留米、富山、掛川、和歌山、尾道となりました。

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 尾道をあるく

イベント開始は13時。今回はまちあるきを行わない簡易版ウィキペディアタウンだったため、午前中にはひとりで軽く尾道のまちを歩きました。JR尾道駅から尾道本通りを歩いて尾道市立中央図書館(休館日)まで行き、古寺めぐりコースを歩いて尾道駅に戻ります。

本通りの西端にある尾道駅から東端にある中央図書館までの距離は約2km・20分。1990年完成の図書館は坂の途中にあり、住宅や寺に囲まれています。石材を多用したどっしりとした外観。周囲の道が狭い上に駐車場が少なく、車では来づらそう。

尾道市立図書館の設立は1906年(明治39年、当時は私立)であり、福山市松永図書館と並んで広島県公共図書館でもっとも歴史が古い館です。尾道と松永に続くのは1910年(明治43年)設立の市立竹原書院図書館と江田島市立図書館。広島市立図書館は1931年(昭和6年)、広島県立図書館は戦後の設立です。(出典は『ひろしまの図書館2003』)

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(上)尾道市立中央図書館。(下左)シネマ尾道。(下右)大山寺付近から見た千光寺方向。

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尾道市立大学に行く

11時45分に尾道駅を発車するバスに乗って尾道市立大学に向かいました。2012年の国立大学法人化までの名称は尾道大学。今回のイベントで「尾道市立大学」という名前を聞いて調べるまで、「私大の尾道大学」とは別の大学かと思ってました。いろいろ勘違い。学生数は約1,400人。
瀬戸内海に面した尾道駅から終点の尾道市立大学までバスでは40分。新幹線の新尾道駅を経由し、さらに新興住宅地を一周してから大学に向かいます。キャンパスは山に囲まれた平地にあるのですが標高は約100m。バスの本数が1時間に約2本と少ないこともあり、原付か車を持ってないと学生生活はつらそう。

同じバスにはウィキペディアン1人と「ふくちのち」の鳥越さんが乗っていたようです。大学が長期休暇中のこの時期に終点まで乗りとおす大人は珍しく、今回のイベント参加者なのではないかと思っていましたが、Facebookのプロフィール写真とは印象が違ったので気づきませんでした。

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 (右)正門。右奥の建物が附属図書館。右は水源地。

 

講義会場となる教室を確認してから、15分ばかり附属図書館を見学。キャンパスの中では附属図書館だけ離れた場所にあります。閲覧室部分は2階建、開架書庫部分は2階建の高さで4層になっています。職員さんに聞くと昔は学生が本を手に取れる開架がなかったとか。館内の撮影は許可してもらいましたが、SNSへの投稿はやめてほしいとのことでした。なおGoogle Mapは附属図書館の位置を間違えています。

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 (左)附属図書館。(右)附属図書館から見たキャンパスと水源地。

 

ウィキペディア・タウン in 尾道

らっこさんによる前半の講義部分は300人入る大教室で行い、後半の編集作業はこの春に完成予定のラーニングコモンズで行いました。月曜日ということで講義部分の参加者は20人弱。大学の長期休暇中ということで尾道市立大学生の参加者がゼロだったのは残念。

ウィキペディアンとしては講師のらっこさんに加えてTaisyoさん・後閑さん・Psjk2106さんが、大学の教員として都留文科大学の日向先生と香川短期大学の中俣先生が、図書館関係で鳥越さんが参加しています。Taisyoさん・Psjk2106さん・中俣さん・鳥越さんとは初対面。

今回のイベントに参加したかった理由は主に2つ、大学主催のウィキペディアタウンに参加したかったことと、らっこさんの本格的な講義を聴きたかったことです。どちらも初めて。何人かの方から「らっこさんの講義はわかりやすい」と聞いていたのでした。

らっこさんは約40分を「プロジェクトとしてのウィキペディア」に充て、残りの20分をウィキペディアタウンの説明に充てています。あちこちのウィキペディアタウンでウィキペディアの説明を聞いていますが、他の講師の説明とは全然違う。いままでで一番引き込まれた説明でした。目新しいことを言っているわけではないのですが、「ウィキペディアは信頼されるフリーな百科事典を創り上げるプロジェクトである」ということを一語ずつ説明した部分などが印象的でした。ウィキペディアプロジェクトの理念的な部分を重視するということからは、尾道から広島県の他地域や中国地方に広まってほしいという気持ちを感じます。

サミットでも披露されたという動画も入っていました。あの動画の中身は素晴らしいのですが、音楽がやや胡散臭い。このイベントではよく「項目を充実させることが地域貢献につながる」という説明があるのですが、これはなかなか実感できない部分でもあります。

会場から「ウェブサイトは出典になるか」「ウェブサイトは情報が失われやすいがどうか」という質問がありました。後者は難しい問題です。

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 編集作業会場であるラーニングコモンズは未完成でした。そこそこの面積を書架が占めています。パステルカラーで曲線を多用した什器などは、これぞラーニングコモンズといった感じで安心感があります。

執筆対象となった記事は天寧寺、大山寺、艮神社の3記事。14人の参加者を3グループに分け、天寧寺にはTaisyoさんが、大山寺には後閑さん&私が、艮神社にはPsjk2106さんが入ります。らっこさんはグループには入らず全体のまとめ役を担当。文献はあらかじめ準備してもらっていたのですが写真を撮り忘れたため、すべて附属図書館の蔵書だったのかどうかわかりません。

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同じグループでウィキペディア初編集なのは2人。なかのさんは尾道市に隣接する三原市在住、高岡さんはグラフィックデザインが専門の准教授で、本来はウェブメディアなどを作成されているデザイナーです。大山寺についてはなかのさんが「知らない」、高岡さんが「重要度でいえば尾道市内でも高くない」という知名度でした。

重要文化財があったような気がする」という情報から、おふたりには「歴史」節と「文化財」節を分担して書いてもらうことになりました。しかし文献をいくつか調べても文化財はないようで、文化財ではなく「大山寺の五猿」について書く方向に軌道修正しました。高岡さんには編集方法や著作権などについて過度な説明をする必要がない。説明はそこそこにして文献を読んで文章を作ることに時間をかけてもらいました。

下の写真を見るとわかるように、「大山寺の五猿」は3匹の猿で五感の重要性を表した石像ですが、5体の石像があると勘違いしかねない文献もありました。そこで「五猿」という表記を用いずに、別表記の「大山寺の三猿像」に変更しています。ひとりで作業してたら表記について迷うところですが、「三猿像」のほうが適切ということについてはグループ内で意見が一致しました。ウィキペディアの記事内にも写真があるとわかりやすいのですが。

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午前中に古寺めぐりコースを歩いていたTaisyoさんが天寧寺・大山寺・艮神社の画像をアップロード。Psjk2106さんは編集作業中に附属図書館まで行って足りない文献を持ってきたようです。今回の成果物は天寧寺 (尾道市) - Wikipedia大山寺 (尾道市) - Wikipedia艮神社 (尾道市長江) - Wikipedia。3記事とも記事名に括弧が付いていますが、特に艮神社は記事名を決定するのに苦労した形跡が見られます。

成果発表時にはもうひとりの教員のさくらださんから、「知識がリンクでつながっている」「(ウィキペディアは)ウェブを作った方が思い描いてたものに近いのではないか」というコメントがありました。今回のイベントが他地域に波及するきっかけになるとは思いませんが、教員の方2人はウィキペディアに興味を持ってくださったようで、今後の授業に役立ててくださるのではないかと思いました。(おわり)

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※ここからはできれば読まないでください。

午前中には念願かなってシネマ尾道に行くことができました。いつか行くというメールを送り付けたら支配人の河本清順さん(女性)から丁寧なお返事が返ってきたけどなかなかいけませんでした。河本さんにはお会いできなかったのですが、ロビーをうろうろさせてもらってオリジナルグッズの手ぬぐいを買いました。ウィキペディアタウン終了後、高岡さんにシネマ尾道の話をしたところ食いつきがよかった。実はシネマ尾道のロゴやポスターをデザインしたのは高岡さんだったのでした。高岡さんらが授業で学生と作成した地域情報誌『かみのらぼ』vol.2の特集は「映画」であり、この特集の中では高岡さん自身が「映画への想い」を熱く語っています。藝大出身の高岡さんは「むりやり知り合いに頼んで河本さんに会った」「最低でも週に5本観る」「今でも映画を撮りたいという気持ちがある」とか。この情報誌にはかつて尾道市内に存在した映画館をまとめた地図が掲載されているのですが、これはデザイン系の学生の調査力を越えており、高岡さんがいたから掲載できた地図なのではないかと思います。シネマ尾道に関する秘話(とても文字にはできません)なども聞くことができ、同じグループに高岡さんがいてくださったことに感謝しています。