振り返ればロバがいる

Wikipediaの「利用者:Asturio Cantabrio」によるブログです。ロバです。

オープンデータソンin和歌山市に参加する

和歌山城周辺を散策する

2月18日(土)にはオープンデータソンin和歌山市に参加しました。この日は朝から和歌山城周辺を散策し、天守の直下まで登ったり和歌山公園を歩きました。和歌山城が建っている虎伏山の標高は49mだそうで、和歌山平野を見渡せます。この場所に城が築かれたのも納得。

 

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 (左下)緑泥片岩の野面積み。鶴の渓付近。(右下)斜度11度の御橋廊下。2006年再建。

 

オープンデータソンin和歌山市

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 今回のイベントは和歌山市民図書館3階の会議室で開催されました。和歌山県情報化推進協議会(WIDA)が主催し、オープンデータ京都実践会と図書館が協力しています。

wida.jp

 

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 ICT利活用普及部会の満田成紀先生(和歌山大学)先生と主催者によるイベントの説明のあと、京都実践会がオープンデータ・ウィキペディアOSMの説明を行います。

 

まちあるきする

今回のイベントもウィキペディアタウンとマッピングパーティの複合イベント。ルートは「和歌山城コース」と「市堀川コース」の2ルートです。私は「市堀川コース」を選び、かつての外堀である市堀川を歩きました。

 

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 OpenStreetMapより

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舟大工町には「勝海舟寓居地」が、寄合町には「南方熊楠生誕地碑文」があります。参加者が寓居地碑の写真を撮っていたら、碑の奥にある店舗の方が関連する新聞記事のコピーを提供してくださいました。今年は熊楠の生誕150周年らしく、市民図書館には常設の展示コーナーが設置されていました。

南方熊楠生誕150周年記念事業|和歌山市

 

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市堀川のほとりを歩きます。現在は遊歩道が整備されているこの場所、かつては納屋河岸(なやがし)と呼ばれた河岸であり、紀の川から運ばれて来た産物を荷揚げしていたそう。南岸はかつての三の丸、北岸は商家が集まっていたエリアであり、南岸には石垣が残っています。

 

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 お昼ごはんは湯浅醤油を使ったラーメン「麺屋 ひしお」。2グループに分かれたのですが、もう一方のグループは「京橋 幸太郎」で和歌山ラーメンと鯖寿司を食べたそうです。ラーメンと鯖寿司。鯖寿司。

帰り道では3月8日から本格営業を開始するというブックカフェ「PLUG」に立ち寄りました。こういう店は文化発信の鍵になる気がする。

PLUG: a Shared Kitchen and Table Talks | みんなが使える、和歌山のキッチン&カフェ。和歌山市万町4 。

 

執筆作業

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 今回はWikipediaチームよりもOSMチームのほうが人数が多かった。Wikipediaチームは「市堀川コース」が約8人、「和歌山城コース」が是住さんひとりと偏りました。是住さんは和歌山城 - Wikipediaへの加筆、その他約8人は市堀川 - Wikipediaと寄合橋の新規作成を試みました。

寄合橋は市堀川に架かる橋のひとつです。江戸時代には三の丸から藩校の学習館に向かう藩士が渡ったという歴史ある橋ですが、期待したほど文献が多くなかったこともあり、新規作成とせずに市堀川の一節とすることにしました(現時点では寄合橋の執筆部分は反映されていない)。私はイベント中にはこれといった編集作業を行っていないのですが、さきほど市堀川など和歌山市中心部の河川の図を作成して記事に挿入しています。

是住さんは和歌山城の石垣について加筆しています。和歌山城を歩いてみると3種類の石垣の違いがはっきりわかるのですが、イベント前には記述されていなかったようです。是住さんは国立国会図書館デジタルコレクションから『紀伊国名所図会』(1812年)の図を挿入する編集も行っています。『紀伊国名所図会』には市堀川を描いた図もあるはず。城や寺社など歴史的な主題を扱う際にはデジタルコレクションが役に立つということがわかりました。

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イベント開始前には主催者の中でも「しほりがわ」と読む方と「いちほりがわ」と読む方がいたこの河川ですが、今回のイベント中には以下のような文章も追加されています。

名前の読み方は「しほりかわ」「しほりがわ」が正式とされるが、市場があった「堀川」という意味で「いちほりかわ」「いちぼりがわ」という名称も使われている。(『城下町和歌山夜ばなし』p. 459)

 

成果物

和歌山城 - Wikipedia(加筆)

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市堀川 - Wikipedia(新規作成)

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OpenStreetMapより