振り返ればロバがいる

Wikipediaの「利用者:Asturio Cantabrio」によるブログです。ロバです。東京ウィキメディアン会・関西ウィキメディアユーザ会所属。

ウィキペディアタウンin富山 2016に参加しました

11/19(土)に「ウィキペディアタウンin富山」に参加しました。7月末以来、TOYAMAキラリには2度目の訪問です。こんな美しい図書館がある富山市民がうらやましい。

写真はいずれもAsturio Cantabrioが撮影。ただし最初の2枚は今回ではなく7月末に撮影。

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TOYAMAキラリを訪れる(2度目)

今年の7月末、開館1周年を前にしたTOYAMAキラリ - Wikipediaを訪れました。その後ウィキペディアの「TOYAMAキラリ」と「富山市立図書館 - Wikipedia」を加筆。『みんなの図書館』に掲載されていた瀬口敦子さんの「富山市図書館・こども図書館」という文献が役立ちました。これは富山駅前のこども図書館を主題とした文章で、本館との関わりやその立ち位置などが紹介されています。

今回のイベントの2日前に申込状況を確認した時には、「イベント担当者のセグチさん」が応対してくださいました。セグチさんからは集客に苦戦しているという話を聞き、図書館としては売り出し方の難しいイベントなのだろうと思いました。

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橙・黄・紺の什器や壁が鮮やかな富山市立こども図書館。

 

7月末に石川・富山を訪れた時には、往路に米原駅経由の特急しらさぎを使い、復路に富山-名古屋便の高速バスを使っています。今回は往路に高山駅経由の特急ひだを使い、復路に高速バスを使いました。今回で名古屋と富山を結ぶ主要3ルートを制覇したことになります。

私が乗った特急ひだは、名古屋駅富山駅を3時間46分で結びます。一方で昨年延伸した北陸新幹線は、東京駅と富山駅を最速2時間8分で結んでしまいます。今日の富山県民にとって名古屋はどんな立ち位置なのでしょうか。

 

この日は傘をさすべきかどうか迷う天気でした。路面電車に乗って13時前にTOYAMAキラリに着くと、土曜日にしては利用者が少ないように見えます。会場は5階のミーティングルーム。今回の参加者数にはちょうどよい、こじんまりとした部屋です。たまたま座った席の隣には富山市図書館の清水孝夫館長がいて驚きました。

図書館側の担当者である瀬口さんから名刺をいただき、『みんなの図書館』の瀬口さんと電話口のセグチさんが頭の中で結び付きました。平賀さんや是住さんが講演される1週間後の「東海・北陸地区別研修」では、富山の方も名古屋市鶴舞中央図書館に来られるようです。

参加者数は一般参加者・図書館の方・Code for Toyama Cityの方を合わせて10数人。北陸でのウィキペディアタウンは2015年9月の「図書館総合展2015フォーラムin富山」で一度開催されたきりなので、どんなイベントなのか想像できなかった市民が多かったのではないでしょうか。

ウィキペディアタウンは参加者が多ければいいというイベントではありません。小雨が降って街歩きのしにくかったこの日は、人数が控えめだったのは好都合でした。でも図書館としては参加者数の多寡で成功かどうか判断されちゃうのかな。

今回のスケジュールは以下の通り。

 

13:00-13:30 Wikipedia編集の説明

13:30-14:30 フィールドワーク

14:30-16:15 資料調査・Wiki編集

16:15-16:30 成果報告

 

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Code for Toyama Cityの富成さんによる挨拶のあと、同じくCode forの土田さんがウィキペディアの編集方法を説明します。Wikipedia管理人の日下九八さんが1年前に使ったスライドを基にしているようです。東久留米で見たくさかさんのスライドとは構成が全く違い、新たな発見があります。

 

 

TOYAMAキラリ周辺を街歩きする

13時30分からTOYAMAキラリ周辺を街歩き。今回の題材には「太田口通り」「臨池居」「日枝神社」「石倉延命地蔵尊」の4つがあり、富山市最大の神社である日枝神社のみが記事化されていました。それぞれ6-7人ずつ、「太田口通り・日枝神社」班、「臨池居・石倉延命地蔵尊」班の2班に分かれます。私は通りと神社を歩く班に入りました。

「ブラトヨハシ」における岩瀬さん・伊藤さん(第1回)や中村さん(第2回)のような明確なガイド役はいないのですが、図書館の瀬口さんの説明を聞きながら歩きます。

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 地図の原典はOpenStreetMap。作者はOpenStreetMap contributers。

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TOYAMAキラリのすぐ西から南側に伸びる太田口通りは、富山と飛騨高山を結んでいた飛騨街道の北端部の名称。地図を見ると周辺ではこの道路だけ斜めに伸びており、古い時代からあった道路であることが推測できます。傘をさして歩きながら、要所要所で写真を撮ります。道路の中央部には融雪装置が設置されており、心なしか両側に向かって傾斜が付いていました。

太田口通りは500m足らずの短い通り。起点と終点に案内板が設置されています。検索してみるとわかるように、この通りについてはネット上で得られる情報はほとんどありません。美濃から飛騨への起点の一つである美濃太田に関係しているのではないかと考えたのですが、案内板を読むと、富山市街地南部地域の旧称である太田庄が由来のようです。名称の由来については文献中に発見できず、この案内板を出典として書いています。

 

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富山市街地は1945年8月1日-2日の富山大空襲で焼失しました。市街地で焼け残った数少ない建物が富山大和であり、富山の賑わいの象徴的な建物でした。富山大和が老朽化によって取り壊された後、跡地に昨年開館したのがTOYAMAキラリです。重い歴史を背負っているTOYAMAキラリ、富山市民と私のような外部の人間では感じるものも異なるのでしょう。

富山大空襲が理由で、太田口通りには戦前の建物が一切ありません。建物以外で歴史を感じさせるものは案内板と足洗地蔵くらいでした。とはいえ、太田口通りを少し離れると、東京オリンピックのポスターを印刷するはずだった(?)山田写真製版所、北陸電力発祥の地だという星井町公園、富山大空襲の焼夷弾で割れた石畳などがあります。観光客が訪れるようなスポットではありませんが、富山市民でも知らずに通り過ぎてしまうものばかりです。

 

TOYAMAキラリで編集する

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2班とも14時30分頃に会場に戻ってきました。さすがコンパクトシティ富山、街歩き時間が1時間で収まりました。東久留米も1時間だったか(京都や豊橋はもっと長い)。

眼鏡をかけて立っている黒いコートの男性は富山新聞の記者さんです。Asturio氏もウィキペディアンとしての名刺をお渡ししましたが、本名非公開という体裁になっているので取材は他の方に任せました。

文献は富山市図書館の司書さんが事前に集めてくださっています。市史・県史・辞典類が多めでしょうか。「臨池居」と「石倉延命地蔵尊」の2つは事前にググっていたのですが、大した言及が見つかりません。充実した記事にするのは苦しいだろうと思っていました。ただし、ネットで調べられないからこそ、街の歴史を振り返るこの手のイベントにうってつけの題材であるとも言えます。

小規模な題材であるため、書籍よりも地元紙やパンフレット類が役に立ちそうな気がします。「石倉延命地蔵尊」については全国紙の聞蔵Ⅱとヨミダスでも一定の言及は見つかり、地蔵脇の湧水を使った日本酒があるなどの興味深い記事もありました。

ほんとうは北日本新聞のオンラインデータベースを使いたかったのですが、富山市図書館は北日本新聞を導入していません。北日本新聞のDBは富山県図書館と高岡市図書館にしかないのです。

 

「太田口通り・日枝神社」班には、昨年9月のウィキペディアタウンin富山に参加された方がいました。Code for Toyama Cityの方々も前回イベントに参加されているため、大きな停滞なく編集作業が進みました。ビジュアルエディターを使ったほうがよいのかどうか、くさかさんやらっこさんはどう考えているのかな。

私は班の中で特にタスクを持ちませんでした。文章作成は他の方にお任せして、記者さんや瀬口さんと話したり、会場内で写真を撮ったり、部屋を抜け出して新聞データベースを使わせてもらったりと、いつも通りふらふらして過ごしました。とはいえ、他の方は写真の掲載まで手が回らないだろうと思ったので、終盤になって5枚をアップロードして「太田口通り」の記事に貼っています。

 

太田口通り - Wikipedia(新規作成) - 飛騨街道の一部。

臨池居 - Wikipedia(新規作成) - 江戸時代の寺子屋

石倉町延命地蔵尊 - Wikipedia(新規作成) - 名水。

日枝神社 (富山市) - Wikipedia(加筆) - 富山市有数の神社。

 

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成果発表。

 

 

イベントの運営について

この一年でいくつかの地域のウィキペディアタウンに参加し、その多くの地域で熱い司書さんにお会いしました。瀬戸内には嶋田さん、高遠には平賀さんや諸田さん、田原には豊田さん、東久留米には藤井さんがいましたが、富山には瀬口さんがいたのでした。※京都の是住さんはもはや別格なので含めていません

周辺で類似のイベントが開催されていないなか、1年前の図書館総合展フォーラムを思い返して企画を練ったのだと思います。瀬口さんやCode for Toyama Cityの皆さんお疲れ様でした。富山を起点にイベントが北陸に広まってほしいし、富山でも2015年9月・今回に続いてほしい。

「街歩き」と「エディタソン」、まったく異なる性質のイベントを同時に開催するのは容易ではありません。特に図書館の方にとってはどちらのイベントも馴染みが薄いのではないかと思います。それぞれ得意分野を持つ4者が揃っているのが理想ではないでしょうか。

①イベント運営に長けたシビックテック

②場所や文献を提供する図書

③編集の手伝いをするウィキペディア

④街歩きのガイド(街に詳しい市民)

実際に4者すべてを揃えるのはたいへんなので、図書館やシビックテック団体が状況に応じて2つの役割を兼任。ただし最低でも2者、できれば3者で企画する。豊橋ウィキペディアタウンでは街歩きガイドとして愛大図書館の中村さんがいたわけですが、街歩きガイドを行っている学生団体があったりします。その地域の大学の先生や学生は今後うまく使えるかもしれません。

 

今回のイベントは13時開始・16時30分終了というスケジュールでした。午前中に開始すれば街歩き時間や編集時間を増やせますが、参加者は減るでしょうし、昼食の確保など運営も大変です。今回は天候が悪かったこともあり、13時開始でよかった。

3月に長野県の高遠で参加した「Wikipedia Town INA Valley」では、街歩きから戻ったのちに自力で文献を探して書く、という作業を行いました。今のところ、参加者に文献を探させているのは高遠だけでしょうか。

司書さんに任せずに自分で探すという行為には、図書館でウィキペディアタウンを開催する醍醐味が詰まっていると思います。高遠のような地方の町、あるいは京都府立のように文献がそろっている図書館で開催するとき、それも主催者がイベント開催慣れしてきたら、高遠スタイルもいいのではないかと思いました。

 

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夜の富山駅