振り返ればロバがいる

Wikipediaの利用者であるAsturio Cantabrioによるブログです。「かんた」「ロバの人」などとも呼ばれます。愛知県在住。東京ウィキメディアン会所属。ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録、映画館跡地の探索記録などが中心です。文章・写真ともに注記がない限りはクリエイティブ・コモンズ ライセンス(CC BY-SA 4.0)で提供しています。著者・撮影者は「Asturio Cantabrio」です。

WikipediaLIB@信州に参加する(1)開催準備

このブログはFacebookの運営グループでのやり取りの記録に基づいています。このブログはちょっとずつ修正するかも。

 

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まとめ

WikipediaLIB@信州の発案者は館長の平賀さん。県立長野図書館の担当者は小澤さん・篠田さん・槌賀さんの3人であり、講師は私・らっこさん・宮澤さん・諸田さんの4人です。準備段階ではこの8人で意見を出しあい、県立長野の3人がまとめて形にしています。

準備にはかなりの時間を割いていたはず。県立長野の3人はそれぞれ、わざわざ高遠や京都のイベントに参加しました。Facebookでは22時台、23時台、0時台にやり取りすることもままありました(ブラック上司!)。私自身の役目はイベント当日に何分か話すことだと思っていたのですが、実際にはイベント前日までの議論の方が遥かにウェイトが高かったのでした。イベントのコーディネートを経験者に丸投げすれば、図書館側の負担はそれほどではありません。WikipediaLIB@信州ではそれをせず、ひとつひとつ内容を検討していきました。最終的なプログラム自体は一般的なウィキペディアタウンと大差なかったのですが、開催までのプロセスには大きな違いがあったのではないかと思います。

 

プロジェクト開始前

2016年3月5日、私は伊那市高遠町図書館で開催された「Wikipedia Town INA Valley ×高遠ぶらり」に参加しました。高遠や伊那以外にも長野県各地から参加者が集まっていたイベントで、ここで初めて平賀さんや諸田さんにお会いしています。この際に伊那市立図書館に興味を持ち、6月15日には「伊那市立図書館 - Wikipedia」を作成しました。その後、どこかのタイミングで平賀さんが「伊那市立図書館」をおもしろがり、図書館をテーマにしたウィキペディアタウンの開催をひらめいたようです。

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写真:2016年3月のWikipedia Town INA Valley ×高遠ぶらり

 

8月末には初めて県立長野図書館を訪れました。2階一般図書室の改装が終わったばかり。WikipediaLIB@信州で使うことになるイベントスペースが生まれています。平賀さんの姿を横目に見ながら、K係長に館内ツアーをしてもらいました。11月末には平賀さんが講演のために名古屋市鶴舞中央図書館に来たので、東海地区のライブラリアンが平賀さんを囲んでご飯を食べる懇親会に参加させてもらいました。この時にはもうイベントの開催と日程が決定していたはずです。

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 写真:2016年8月の県立長野図書館

 

顔合わせ

2017年に入り、1月28日には「第10回Wikipedia Town INA Vallery × 高遠ぶらり」に参加。ここでも平賀さんや諸田さんにお会いしたほか、県立長野図書館でイベントの運営を担当する小澤さん・篠田さん・槌賀さんと初めて顔を合わせます。宮澤さんとも初対面でしたが、飯田から高遠まで車に乗せてもらいました。

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 写真:2017年1月のWikipedia Town INA Vallery × 高遠ぶらり。右の写真左は小澤さんかな?

 

利用者:Asturio Cantabrio - Wikipediaによると、WikipediaLIB@信州までに私は23回のウィキペディアタウンに参加しています。その主催者は市民団体(京都など)だったり、行政(掛川など)だったり、図書館だったりさまざまでしたが、図書館が主催者となるときには企画発案者が運営担当者も兼ねていました。

WikipediaLIB@信州は違いました。館長の平賀さんが発案し、小澤さん・篠田さん・槌賀さんの3人が運営を担当します。1月28日に3人と初めて顔を合わせた時には、平賀さんと小澤さんの意識のずれを感じました。「館長の思い付きに振りまさわされてるんです!」という顔をしていた小澤さんには不安も感じましたが、館長の期待に応える能力や意思のある方々だということはすぐにわかりました。

3人がウィキペディアタウンに参加したのは1月28日が初めて。不慣れなウィキペディアの編集を行いながら、諸田さんがイベントをどのように運営しているか学び、県立長野の独自色を加えて開催を成功させる、というのは無茶ではないかとも思いました。

 

プロジェクトの開始

ウィキペディアタウンはまちあるきとエディタソンを同時に行うイベントです。街歩きガイド、ウィキペディアの説明者、会場と資料の提供者がいれば成り立ち、図書館は会場と資料の提供者になることが多い。内容については他地域の事例を踏襲し、イベント全体のコーディネートは熟練者(くさかさん・らっこさん・Miya.mさん・岡本真さん)に任せることで、図書館の役割は会場と資料の提供、参加者集め、ガイドの依頼などに限定されます。

WikipediaLIB@信州の開催プロセスはやや異なります。「イベント運営を通じた職員の成長」も大きな目的だったと思います。口下手な私が講師になるところからして、県立長野の3人が頑張らないとイベントが成り立ちません。平賀さんは3人を1月28日の高遠ぶらりに参加させたうえで、開催の目論見「県立長野図書館『WikipediaLIB@信州』の概要と開催の目論見」(アカデミック・リソース・ガイド632号)のみを示し、3人にイベントの内容を一から考えさえました。

高遠ぶらり終了後にはFacebookにWikipediaLIB@信州運営グループがつくられ、平賀さん・県立長野の3人・私・諸田さん・宮澤さんで開催に向けた計画がスタートしました。出だしは低調で、2月上旬時点では編集項目を図書館にするかどうか、まちあるきを行うかどうかさえ決まっていませんでした。定員に対してウィキペディア経験者が少ないことから、2月中旬にはらっこさんも講師に呼ぶことが決定しています。

 

 

プロジェクトが本格化する

2月14日には公式サイトでイベント開催の広報を開始し、17日には小澤さんがプログラム案を出します。グループ内で意見を募ったのち、数日後にプログラム案を改訂。篠田さんが趣旨説明、槌賀さんが書庫ツアー、小澤さんがオリエンテーション、講師4人が何かしらの発表を行うことが確定しました。

3月5日に京都で開催されたウィキペディアタウンサミットには、小澤さん・篠田さん・らっこさん・諸田さん・宮澤さんが参加しました。私と平賀さんは不参加。特に小澤さんは前日の酒ペディア&酒マップにも参加しており、京都の2日間で手ごたえをつかんだようです。プログラムは3月11日に確定。らっこさんの持ち時間は当初の20分から40分に、私の持ち時間も30分から40分に増えています。

告知開始時の定員は35人。3月2日時点の参加申込者は25人でしたが、3月10日の受付終了時には47人に、最終的には50人にふくれあがりました。ウィキペディアタウンサミットが影響したのでしょうか。公共図書館/学校図書館の方が30人。50人の前で話をしなければいけないのは気が重い。

 

編集項目の選定

参加者の申し込み状況を見た上で、3月はじめには編集項目の選定を開始。新規記事と加筆記事のバランス、館の規模や地域的なバランスを考えた上で、最終的に諏訪市、諸市、中野市辰野町、下条村、県立長野、松本市小布施町の8記事に落ち着きました。参加者の所属館、文献の量などを踏まえて、編集項目は最初に出された案から何記事か変更されています。

Wikipediaについてきちんと理解していない主催者は、特筆性や文献に乏しい記事を執筆対象に選んでしまったり、執筆にはあまり役立たないパンフレットばかり用意してしまったりするものです。高遠や京都で鍛えられた3人が選んだ文献は申し分ないものでした。当日用意された文献一覧は資料として配布されています。3人のうちどなたが文献を担当されたか知らないのですが、「Wikipediaを書くこと」について深く理解しています。

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班分け・ワークショップ構成

槌賀さんが担当されたという班分けも絶賛されています。班内の議論を主導できる方や社交的な方が各班に配置されていたようにみえました。

今回のイベントは主催者と接点がある参加者が多く、図書館で働いているとか図書館が好きという共通点があり、1グループが6人で構成されていました。これは大都市/県立図書館だからできることであるとも言えます。「年配の男性と若者がお互いの知識やスキルを活かして共同作業を行う」のが理想的なウィキペディアタウンの一形態ですが、参加者同士がうまくかみ合わないと、ほとんど会話を行わずに文字入力に専念するようなイベントになることもあります。

今回のイベントではウィキペディアンがグループに入らず、会場内を徘徊してフォローするという形式をとりました。小澤さんによる編集ワークショップの構成は、2時間20分を【方針・準備】【調査】【構成】【執筆】の4つに分けるという、高遠でも京都でも経験していないはずの構成となりました。ホワイトボードの存在も議論を活発化させた一因だったし、役割分担に効果を発揮していました。グループに1人は編集の流れがわかっている方がいないと難しいイベントですが、槌賀さんの班分けや小澤さんのワークショップ構成のおかげで、どの班も活発なワークショップが行われているように見えました。

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メインページに掲載された図書館記事

ウィキペディアで図書館記事を書いている方に利用者:Miyuki Meinaka - Wikipediaさんという方がいる。もともとは三重県伊勢志摩地方の地理記事を中心に活動されていた方ですが、2016年後半には三重県の図書館記事を精力的に作成され、2017年には長野県の図書館や指宿市立図書館などの記事を作成されています。私はMiyukiさんのファンなので、どこかでお会いできないかな。

 

アカウント別のメインページ掲載記事数

2016年以降(2017年3月15日時点)にメインページに掲載された(≒一定の質を持った)図書館記事の数をアカウントごとに比較するとこんな感じ。

27記事 Asturio Cantabrio陸前高田市、TOYAMAキラリ、富山市、金沢海みらい、越前市鯖江市、伊那市、上伊那図書館、熱海市静岡市御幸町、ぎふメディアコスモス、津島市一宮市稲沢市清須市みよし市大府市東浦町武豊町安城市岡崎市田原市近江八幡市、江北図書館、赤穂市瀬戸内市、男木島図書館)
25記事 Miyuki Meinaka鹿嶋市山中湖村飯山市喬木村、川上村、飛騨市飛騨市神岡、高山市三重県伊賀市、熊野市、尾鷲市紀北町大台町、少女マンガ館TAKI、松阪市伊勢市、津市、鈴鹿市菰野町いなべ市桑名市桑名市中央、丸亀市指宿市
4記事 掬茶秋田県、東京都、千代田区、大学図書館
2記事 Unimoi武蔵野市静岡県

 

都道府県別にするとこんな感じ。Asturio Cantabrioは愛知県を中心に中部地方をまんべんなく。Miyukiさんは三重県中心。

なお、やってることのレベルは文句なしにMiyukiさんの方が高い。Asturioは規模が大きく文献が豊富な愛知県の図書館記事を書いていますが、Miyukiさんが書いているのは規模が小さく文献に乏しい三重県の図書館記事です。Asturioは愛知県民ですが、Miyukiさんは三重県民ではなく関東在住です。

27記事 Asturio Cantabrio(岩手1、富山2、石川1、福井2、長野2、静岡2、岐阜1、愛知11、滋賀2、兵庫1、岡山1、香川1)
25記事 Miyuki Meinaka(茨城1、山梨1、長野3、岐阜3、三重15、香川1、鹿児島1)
4記事 掬茶(秋田1、東京2、その他1)
2記事 Unimoi(東京1、静岡1)

 

 

ウィキペディアの記事評価制度

ウィキペディアには記事の質を評価する制度があります。「新着記事/強化記事」(メインページ掲載)と「月間新記事賞/月間強化記事賞」は相対評価の制度、「良質な記事」と「秀逸な記事」は絶対評価の制度です。

新着記事/強化記事は70点の記事、月間新記事賞/月間強化記事賞は75点の記事、良質な記事は80点の記事、秀逸な記事は90点の記事、と考えるとわかりやすい。なお、ウィキペディア完璧な記事はありません

Asturio Cantabrioがいままで作成した図書館記事は27記事、メインページに掲載してもらった図書館記事も27記事。これらの記事評価制度、所詮は内輪で行っている投票/選考ごっこではありますが、見本になりうる記事の目安として常に意識しています。

 

図書館記事の評価

2016年以降にメインページに掲載された記事(70点以上の記事)は61記事。一週間に1回以上の頻度で図書館記事がメインページに掲載されています。うち18記事が月間新記事賞/月間強化記事賞(75点の記事)を受賞し、15記事が「良質な記事」(80点の記事)に選ばれています。61記事という記事数は、「図書館」が「鉄道」や「競馬」や「イスラーム」のようにひとつのジャンルとして確立されたと言える記事数かもしれません。

 

アカウント別の良質な記事数

「良質な記事」に選ばれた記事数では、Asturio CantabrioとMiyukiさんにはやや差があります。これは作成した図書館の規模や文献量の差に加えて、Asturioがこれらの投票/選考に積極的に参加している(≒自分で書いた記事にも投票する)ことも大きいと思われます。

11記事 Asturio Cantabrio陸前高田市富山市伊那市静岡市御幸町一宮市稲沢市津島市安城市岡崎市田原市近江八幡市
3記事 Miyuki Meinaka高山市飛騨市松阪市
1記事 Unimoi静岡県

 

京都オープンデータソン2016 vol.3(酒ペディア&酒マップ)に参加する

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ウィキペディアタウンサミット前日の2017年3月4日(土)、京都オープンデータソン2016 vol.3 (酒ペディア&酒マップ)に参加しました。2016年度の「オープンデータ京都実践会」は京都を舞台に3回のオープンデータソンを開催。2016年7月18日にはVol.1(青蓮院、円山公園粟田神社)を、10月1日にはVol.2(吉田神社)を開催しています。

 

亀岡市立図書館にいく

河原町をぶらぶらしてもよかったのですが、おとなりの亀岡市にある亀岡市立図書館に行きました。亀岡駅から国分寺跡を通って千代川駅まで約10kmフィールドワークしたり、亀岡運動公園体育館に京都ハンナリーズの試合を見に行ったり、夜間に亀岡から保津峡経由で嵯峨まで抜けたことがありますが、小旅行の気持ちです。

図書館は亀岡駅から徒歩10分。建物前の道路は狭く、建物全体を写真に収められる場所がありません。1980年竣工。3階建(図書館部分は1階と2階)で延床面積は1,822m2。築年数はそれほど古くありませんが、フロアの使い方は別の施設から図書館に転用したかのような、奇妙な印象を受けました。メインの書架は高さ2.4mでしょうか。

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酒ペディア&酒マップ

この日は12時開始。地下鉄烏丸御池駅の近く、高倉通を上った場所にある割烹 松長(まつちょう)が会場です。どんな場所も会場にしてしまう&どんなテーマもオープンデータイベントにしてしまう京都実践会。

前日には京都市右京中央図書館の地域資料と新聞データベースを使い、松長の単独記事化の可能性を探りました。京都市に4館ある中央図書館では2016年4月からKYOTO Wi-Fiが使える上に、右京中央図書館は広々としたレファレンスルーム(電源がある地域資料閲覧席)があり、貸出カードがなくても利用できます。

割烹 松長は1716年に創業したという老舗。京都の料理店ガイド本や烏丸御池周辺のガイド本に掲載されていることを期待したのですが探し出せませんでした。これは女将さんに聞くべきだったかもしれない。検索すると関西テレビ「よ~いドン!」で紹介されたという情報も。公式サイトには「生州八軒に認定された松屋長兵衛」というキーワードがあります。今回は単独記事化を断念したのですが、これらのキーワードを頭の片隅に入れておきます。

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(上)OpenStreetMapより。烏丸御池交差点から西に向かい、4本目の高倉通を上る。(左)青い自転車が立てかけてある中央の建物が割烹 松長。(右)是住さんが集めた酒ペディア用の文献。

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この日の講師は日本酒ジャーナリスト&日本酒コンシェルジュの江口崇さん。「日本酒の魅力」「テイスティング」「酒造り」「日本酒の歴史」「酒場」の5つの話をしつつ、途中からはお昼ごはん(松長のお弁当)と利き酒タイムとなりました。下の写真で江口さんが持っているのは酒井酒造の「五橋」。吹きこぼれないように少しずつ開栓する必要があるということで、数時間後の成果発表までおあずけとなりました。

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 「日本酒は本来は黄色い。活性炭で色素を吸着させる」「(本日の)喜楽長は10年物。バニラやメープルシロップの香りがすることも」という説明があった。お弁当を食べながら一杯、説明を聞きながらまた一杯。

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今回のイベントもウィキペディアタウンとマッピングパーティの同時開催。14時30分頃には酒ペディアチームと酒マップチームに分かれ、酒マップチームは周辺のサーベイに向かいます。酒ペディアチームは文献調査と執筆作業を開始。京都府の蔵元を執筆対象とし、丹後地方の宮津市にあるハクレイ酒造 - Wikipedia、伏見にある北川本家 - Wikipedia、東山にある松井酒造 - Wikipediaの3記事を作成することになりました。

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1時間ほどすると酒マップチームが帰ってきました。酒マップチームにいた大塚さんが酒ペディアチームに移り、酒造好適米酒米)の五百万石 - Wikipediaを作成。酒造好適米でも山田錦や雄町は単独記事になっていたのですが、五百万石や美山錦はないのでした。2つのチームが広くない部屋の中で飲みながら編集を行います。

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今回利き酒を行った5本は以下の通り。このエントリー冒頭部の写真の左から右の順に並べています。

・喜楽長(喜多酒造/滋賀県東近江市喜多酒造株式会社

・不老泉(上原酒造/滋賀県高島市上原酒造

西陣(佐々木酒造/京都・洛中)佐々木酒造株式会社

・富翁(北川本家/京都・伏見)北川本家

・五橋(酒井酒造/山口県岩国市)酒井酒造

 

松井酒造 - Wikipedia」を作成したのは荒川さん。松井酒造は「洛中で最古の歴史を持つ蔵元」(公式サイトより)であり、伏見を除く京都市街地に2軒しかない蔵元のひとつです。荒川さんはこの蔵元が1970年代に伏見に移転してから2009年に京都市街地に戻る経緯の出典を見つけ、イベント翌日にはそのドラマティックな歴史を加筆しています。

一方で、一般的には「佐々木酒造」が「洛中唯一の蔵元」とされるようです。松井酒造は鴨川東岸の東山にあり、この場所は現代の定義では洛中ではないらしい。オープンデータ京都実践会のFacebookページにも疑問を投げかけ、いただいたコメントを参考に文章を修正しました。「洛中」という言葉の使い方に気を付けていることに気付いていただけると嬉しい。

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ウィキペディア・タウン in 尾道に参加する

3月4日(土)には「京都オープンデータソン2016 vol.3(酒ペディア酒マップ」に参加。3月5日(日)には用事があって「ウィキペディアタウンサミット」に参加できなかったのですが、3月6日(月)には「ウィキペディア・タウン in 尾道」に参加しました。

参加したことのあるウィキペディアタウン系イベントは、京都×4、Wikipedia ARTS×4、精華町、瀬戸内×2、高遠×2、博物館をひらく、ウィキペディア街道、豊橋/田原×3、東久留米、富山、掛川、和歌山、尾道となりました。

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 尾道をあるく

イベント開始は13時。今回はまちあるきを行わない簡易版ウィキペディアタウンだったため、午前中にはひとりで軽く尾道のまちを歩きました。JR尾道駅から尾道本通りを歩いて尾道市立中央図書館(休館日)まで行き、古寺めぐりコースを歩いて尾道駅に戻ります。

本通りの西端にある尾道駅から東端にある中央図書館までの距離は約2km・20分。1990年完成の図書館は坂の途中にあり、住宅や寺に囲まれています。石材を多用したどっしりとした外観。周囲の道が狭い上に駐車場が少なく、車では来づらそう。

尾道市立図書館の設立は1906年(明治39年、当時は私立)であり、福山市松永図書館と並んで広島県公共図書館でもっとも歴史が古い館です。尾道と松永に続くのは1910年(明治43年)設立の市立竹原書院図書館と江田島市立図書館。広島市立図書館は1931年(昭和6年)、広島県立図書館は戦後の設立です。(出典は『ひろしまの図書館2003』)

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(上)尾道市立中央図書館。(下左)シネマ尾道。(下右)大山寺付近から見た千光寺方向。

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尾道市立大学に行く

11時45分に尾道駅を発車するバスに乗って尾道市立大学に向かいました。2012年の国立大学法人化までの名称は尾道大学。今回のイベントで「尾道市立大学」という名前を聞いて調べるまで、「私大の尾道大学」とは別の大学かと思ってました。いろいろ勘違い。学生数は約1,400人。
瀬戸内海に面した尾道駅から終点の尾道市立大学までバスでは40分。新幹線の新尾道駅を経由し、さらに新興住宅地を一周してから大学に向かいます。キャンパスは山に囲まれた平地にあるのですが標高は約100m。バスの本数が1時間に約2本と少ないこともあり、原付か車を持ってないと学生生活はつらそう。

同じバスにはウィキペディアン1人と「ふくちのち」の鳥越さんが乗っていたようです。大学が長期休暇中のこの時期に終点まで乗りとおす大人は珍しく、今回のイベント参加者なのではないかと思っていましたが、Facebookのプロフィール写真とは印象が違ったので気づきませんでした。

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 (右)正門。右奥の建物が附属図書館。右は水源地。

 

講義会場となる教室を確認してから、15分ばかり附属図書館を見学。キャンパスの中では附属図書館だけ離れた場所にあります。閲覧室部分は2階建、開架書庫部分は2階建の高さで4層になっています。職員さんに聞くと昔は学生が本を手に取れる開架がなかったとか。館内の撮影は許可してもらいましたが、SNSへの投稿はやめてほしいとのことでした。なおGoogle Mapは附属図書館の位置を間違えています。

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 (左)附属図書館。(右)附属図書館から見たキャンパスと水源地。

 

ウィキペディア・タウン in 尾道

らっこさんによる前半の講義部分は300人入る大教室で行い、後半の編集作業はこの春に完成予定のラーニングコモンズで行いました。月曜日ということで講義部分の参加者は20人弱。大学の長期休暇中ということで尾道市立大学生の参加者がゼロだったのは残念。

ウィキペディアンとしては講師のらっこさんに加えてTaisyoさん・後閑さん・Psjk2106さんが、大学の教員として都留文科大学の日向先生と香川短期大学の中俣先生が、図書館関係で鳥越さんが参加しています。Taisyoさん・Psjk2106さん・中俣さん・鳥越さんとは初対面。

今回のイベントに参加したかった理由は主に2つ、大学主催のウィキペディアタウンに参加したかったことと、らっこさんの本格的な講義を聴きたかったことです。どちらも初めて。何人かの方から「らっこさんの講義はわかりやすい」と聞いていたのでした。

らっこさんは約40分を「プロジェクトとしてのウィキペディア」に充て、残りの20分をウィキペディアタウンの説明に充てています。あちこちのウィキペディアタウンでウィキペディアの説明を聞いていますが、他の講師の説明とは全然違う。いままでで一番引き込まれた説明でした。目新しいことを言っているわけではないのですが、「ウィキペディアは信頼されるフリーな百科事典を創り上げるプロジェクトである」ということを一語ずつ説明した部分などが印象的でした。ウィキペディアプロジェクトの理念的な部分を重視するということからは、尾道から広島県の他地域や中国地方に広まってほしいという気持ちを感じます。

サミットでも披露されたという動画も入っていました。あの動画の中身は素晴らしいのですが、音楽がやや胡散臭い。このイベントではよく「項目を充実させることが地域貢献につながる」という説明があるのですが、これはなかなか実感できない部分でもあります。

会場から「ウェブサイトは出典になるか」「ウェブサイトは情報が失われやすいがどうか」という質問がありました。後者は難しい問題です。

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 編集作業会場であるラーニングコモンズは未完成でした。そこそこの面積を書架が占めています。パステルカラーで曲線を多用した什器などは、これぞラーニングコモンズといった感じで安心感があります。

執筆対象となった記事は天寧寺、大山寺、艮神社の3記事。14人の参加者を3グループに分け、天寧寺にはTaisyoさんが、大山寺には後閑さん&私が、艮神社にはPsjk2106さんが入ります。らっこさんはグループには入らず全体のまとめ役を担当。文献はあらかじめ準備してもらっていたのですが写真を撮り忘れたため、すべて附属図書館の蔵書だったのかどうかわかりません。

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同じグループでウィキペディア初編集なのは2人。なかのさんは尾道市に隣接する三原市在住、高岡さんはグラフィックデザインが専門の准教授で、本来はウェブメディアなどを作成されているデザイナーです。大山寺についてはなかのさんが「知らない」、高岡さんが「重要度でいえば尾道市内でも高くない」という知名度でした。

重要文化財があったような気がする」という情報から、おふたりには「歴史」節と「文化財」節を分担して書いてもらうことになりました。しかし文献をいくつか調べても文化財はないようで、文化財ではなく「大山寺の五猿」について書く方向に軌道修正しました。高岡さんには編集方法や著作権などについて過度な説明をする必要がない。説明はそこそこにして文献を読んで文章を作ることに時間をかけてもらいました。

下の写真を見るとわかるように、「大山寺の五猿」は3匹の猿で五感の重要性を表した石像ですが、5体の石像があると勘違いしかねない文献もありました。そこで「五猿」という表記を用いずに、別表記の「大山寺の三猿像」に変更しています。ひとりで作業してたら表記について迷うところですが、「三猿像」のほうが適切ということについてはグループ内で意見が一致しました。ウィキペディアの記事内にも写真があるとわかりやすいのですが。

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午前中に古寺めぐりコースを歩いていたTaisyoさんが天寧寺・大山寺・艮神社の画像をアップロード。Psjk2106さんは編集作業中に附属図書館まで行って足りない文献を持ってきたようです。今回の成果物は天寧寺 (尾道市) - Wikipedia大山寺 (尾道市) - Wikipedia艮神社 (尾道市長江) - Wikipedia。3記事とも記事名に括弧が付いていますが、特に艮神社は記事名を決定するのに苦労した形跡が見られます。

成果発表時にはもうひとりの教員のさくらださんから、「知識がリンクでつながっている」「(ウィキペディアは)ウェブを作った方が思い描いてたものに近いのではないか」というコメントがありました。今回のイベントが他地域に波及するきっかけになるとは思いませんが、教員の方2人はウィキペディアに興味を持ってくださったようで、今後の授業に役立ててくださるのではないかと思いました。(おわり)

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※ここからはできれば読まないでください。

午前中には念願かなってシネマ尾道に行くことができました。いつか行くというメールを送り付けたら支配人の河本清順さん(女性)から丁寧なお返事が返ってきたけどなかなかいけませんでした。河本さんにはお会いできなかったのですが、ロビーをうろうろさせてもらってオリジナルグッズの手ぬぐいを買いました。ウィキペディアタウン終了後、高岡さんにシネマ尾道の話をしたところ食いつきがよかった。実はシネマ尾道のロゴやポスターをデザインしたのは高岡さんだったのでした。高岡さんらが授業で学生と作成した地域情報誌『かみのらぼ』vol.2の特集は「映画」であり、この特集の中では高岡さん自身が「映画への想い」を熱く語っています。藝大出身の高岡さんは「むりやり知り合いに頼んで河本さんに会った」「最低でも週に5本観る」「今でも映画を撮りたいという気持ちがある」とか。この情報誌にはかつて尾道市内に存在した映画館をまとめた地図が掲載されているのですが、これはデザイン系の学生の調査力を越えており、高岡さんがいたから掲載できた地図なのではないかと思います。シネマ尾道に関する秘話(とても文字にはできません)なども聞くことができ、同じグループに高岡さんがいてくださったことに感謝しています。