振り返ればロバがいる

Wikipediaの「利用者:Asturio Cantabrio」によるブログです。ロバです。東京ウィキメディアン会・関西ウィキメディアユーザ会所属。図書館界で静かなブームとなっている(?)ウィキペディアタウンの参加記録、図書館の訪問記録などを書きます。

京都オープンデータソン2016 vol.3(酒ペディア&酒マップ)に参加する

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ウィキペディアタウンサミット前日の2017年3月4日(土)、京都オープンデータソン2016 vol.3 (酒ペディア&酒マップ)に参加しました。2016年度の「オープンデータ京都実践会」は京都を舞台に3回のオープンデータソンを開催。2016年7月18日にはVol.1(青蓮院、円山公園粟田神社)を、10月1日にはVol.2(吉田神社)を開催しています。

 

亀岡市立図書館にいく

河原町をぶらぶらしてもよかったのですが、おとなりの亀岡市にある亀岡市立図書館に行きました。亀岡駅から国分寺跡を通って千代川駅まで約10kmフィールドワークしたり、亀岡運動公園体育館に京都ハンナリーズの試合を見に行ったり、夜間に亀岡から保津峡経由で嵯峨まで抜けたことがありますが、小旅行の気持ちです。

図書館は亀岡駅から徒歩10分。建物前の道路は狭く、建物全体を写真に収められる場所がありません。1980年竣工。3階建(図書館部分は1階と2階)で延床面積は1,822m2。築年数はそれほど古くありませんが、フロアの使い方は別の施設から図書館に転用したかのような、奇妙な印象を受けました。メインの書架は高さ2.4mでしょうか。

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酒ペディア&酒マップ

この日は12時開始。地下鉄烏丸御池駅の近く、高倉通を上った場所にある割烹 松長(まつちょう)が会場です。どんな場所も会場にしてしまう&どんなテーマもオープンデータイベントにしてしまう京都実践会。

前日には京都市右京中央図書館の地域資料と新聞データベースを使い、松長の単独記事化の可能性を探りました。京都市に4館ある中央図書館では2016年4月からKYOTO Wi-Fiが使える上に、右京中央図書館は広々としたレファレンスルーム(電源がある地域資料閲覧席)があり、貸出カードがなくても利用できます。

割烹 松長は1716年に創業したという老舗。京都の料理店ガイド本や烏丸御池周辺のガイド本に掲載されていることを期待したのですが探し出せませんでした。これは女将さんに聞くべきだったかもしれない。検索すると関西テレビ「よ~いドン!」で紹介されたという情報も。公式サイトには「生州八軒に認定された松屋長兵衛」というキーワードがあります。今回は単独記事化を断念したのですが、これらのキーワードを頭の片隅に入れておきます。

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(上)OpenStreetMapより。烏丸御池交差点から西に向かい、4本目の高倉通を上る。(左)青い自転車が立てかけてある中央の建物が割烹 松長。(右)是住さんが集めた酒ペディア用の文献。

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この日の講師は日本酒ジャーナリスト&日本酒コンシェルジュの江口崇さん。「日本酒の魅力」「テイスティング」「酒造り」「日本酒の歴史」「酒場」の5つの話をしつつ、途中からはお昼ごはん(松長のお弁当)と利き酒タイムとなりました。下の写真で江口さんが持っているのは酒井酒造の「五橋」。吹きこぼれないように少しずつ開栓する必要があるということで、数時間後の成果発表までおあずけとなりました。

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 「日本酒は本来は黄色い。活性炭で色素を吸着させる」「(本日の)喜楽長は10年物。バニラやメープルシロップの香りがすることも」という説明があった。お弁当を食べながら一杯、説明を聞きながらまた一杯。

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今回のイベントもウィキペディアタウンとマッピングパーティの同時開催。14時30分頃には酒ペディアチームと酒マップチームに分かれ、酒マップチームは周辺のサーベイに向かいます。酒ペディアチームは文献調査と執筆作業を開始。京都府の蔵元を執筆対象とし、丹後地方の宮津市にあるハクレイ酒造 - Wikipedia、伏見にある北川本家 - Wikipedia、東山にある松井酒造 - Wikipediaの3記事を作成することになりました。

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1時間ほどすると酒マップチームが帰ってきました。酒マップチームにいた大塚さんが酒ペディアチームに移り、酒造好適米酒米)の五百万石 - Wikipediaを作成。酒造好適米でも山田錦や雄町は単独記事になっていたのですが、五百万石や美山錦はないのでした。2つのチームが広くない部屋の中で飲みながら編集を行います。

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今回利き酒を行った5本は以下の通り。このエントリー冒頭部の写真の左から右の順に並べています。

・喜楽長(喜多酒造/滋賀県東近江市喜多酒造株式会社

・不老泉(上原酒造/滋賀県高島市上原酒造

西陣(佐々木酒造/京都・洛中)佐々木酒造株式会社

・富翁(北川本家/京都・伏見)北川本家

・五橋(酒井酒造/山口県岩国市)酒井酒造

 

松井酒造 - Wikipedia」を作成したのは荒川さん。松井酒造は「洛中で最古の歴史を持つ蔵元」(公式サイトより)であり、伏見を除く京都市街地に2軒しかない蔵元のひとつです。荒川さんはこの蔵元が1970年代に伏見に移転してから2009年に京都市街地に戻る経緯の出典を見つけ、イベント翌日にはそのドラマティックな歴史を加筆しています。

一方で、一般的には「佐々木酒造」が「洛中唯一の蔵元」とされるようです。松井酒造は鴨川東岸の東山にあり、この場所は現代の定義では洛中ではないらしい。オープンデータ京都実践会のFacebookページにも疑問を投げかけ、いただいたコメントを参考に文章を修正しました。「洛中」という言葉の使い方に気を付けていることに気付いていただけると嬉しい。

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ウィキペディア・タウン in 尾道に参加する

3月4日(土)には「京都オープンデータソン2016 vol.3(酒ペディア酒マップ」に参加。3月5日(日)には用事があって「ウィキペディアタウンサミット」に参加できなかったのですが、3月6日(月)には「ウィキペディア・タウン in 尾道」に参加しました。

参加したことのあるウィキペディアタウン系イベントは、京都×4、Wikipedia ARTS×4、精華町、瀬戸内×2、高遠×2、博物館をひらく、ウィキペディア街道、豊橋/田原×3、東久留米、富山、掛川、和歌山、尾道となりました。

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 尾道をあるく

イベント開始は13時。今回はまちあるきを行わない簡易版ウィキペディアタウンだったため、午前中にはひとりで軽く尾道のまちを歩きました。JR尾道駅から尾道本通りを歩いて尾道市立中央図書館(休館日)まで行き、古寺めぐりコースを歩いて尾道駅に戻ります。

本通りの西端にある尾道駅から東端にある中央図書館までの距離は約2km・20分。1990年完成の図書館は坂の途中にあり、住宅や寺に囲まれています。石材を多用したどっしりとした外観。周囲の道が狭い上に駐車場が少なく、車では来づらそう。

尾道市立図書館の設立は1906年(明治39年、当時は私立)であり、福山市松永図書館と並んで広島県公共図書館でもっとも歴史が古い館です。尾道と松永に続くのは1910年(明治43年)設立の市立竹原書院図書館と江田島市立図書館。広島市立図書館は1931年(昭和6年)、広島県立図書館は戦後の設立です。(出典は『ひろしまの図書館2003』)

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(上)尾道市立中央図書館。(下左)シネマ尾道。(下右)大山寺付近から見た千光寺方向。

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尾道市立大学に行く

11時45分に尾道駅を発車するバスに乗って尾道市立大学に向かいました。2012年の国立大学法人化までの名称は尾道大学。今回のイベントで「尾道市立大学」という名前を聞いて調べるまで、「私大の尾道大学」とは別の大学かと思ってました。いろいろ勘違い。学生数は約1,400人。
瀬戸内海に面した尾道駅から終点の尾道市立大学までバスでは40分。新幹線の新尾道駅を経由し、さらに新興住宅地を一周してから大学に向かいます。キャンパスは山に囲まれた平地にあるのですが標高は約100m。バスの本数が1時間に約2本と少ないこともあり、原付か車を持ってないと学生生活はつらそう。

同じバスにはウィキペディアン1人と「ふくちのち」の鳥越さんが乗っていたようです。大学が長期休暇中のこの時期に終点まで乗りとおす大人は珍しく、今回のイベント参加者なのではないかと思っていましたが、Facebookのプロフィール写真とは印象が違ったので気づきませんでした。

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 (右)正門。右奥の建物が附属図書館。右は水源地。

 

講義会場となる教室を確認してから、15分ばかり附属図書館を見学。キャンパスの中では附属図書館だけ離れた場所にあります。閲覧室部分は2階建、開架書庫部分は2階建の高さで4層になっています。職員さんに聞くと昔は学生が本を手に取れる開架がなかったとか。館内の撮影は許可してもらいましたが、SNSへの投稿はやめてほしいとのことでした。なおGoogle Mapは附属図書館の位置を間違えています。

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 (左)附属図書館。(右)附属図書館から見たキャンパスと水源地。

 

ウィキペディア・タウン in 尾道

らっこさんによる前半の講義部分は300人入る大教室で行い、後半の編集作業はこの春に完成予定のラーニングコモンズで行いました。月曜日ということで講義部分の参加者は20人弱。大学の長期休暇中ということで尾道市立大学生の参加者がゼロだったのは残念。

ウィキペディアンとしては講師のらっこさんに加えてTaisyoさん・後閑さん・Psjk2106さんが、大学の教員として都留文科大学の日向先生と香川短期大学の中俣先生が、図書館関係で鳥越さんが参加しています。Taisyoさん・Psjk2106さん・中俣さん・鳥越さんとは初対面。

今回のイベントに参加したかった理由は主に2つ、大学主催のウィキペディアタウンに参加したかったことと、らっこさんの本格的な講義を聴きたかったことです。どちらも初めて。何人かの方から「らっこさんの講義はわかりやすい」と聞いていたのでした。

らっこさんは約40分を「プロジェクトとしてのウィキペディア」に充て、残りの20分をウィキペディアタウンの説明に充てています。あちこちのウィキペディアタウンでウィキペディアの説明を聞いていますが、他の講師の説明とは全然違う。いままでで一番引き込まれた説明でした。目新しいことを言っているわけではないのですが、「ウィキペディアは信頼されるフリーな百科事典を創り上げるプロジェクトである」ということを一語ずつ説明した部分などが印象的でした。ウィキペディアプロジェクトの理念的な部分を重視するということからは、尾道から広島県の他地域や中国地方に広まってほしいという気持ちを感じます。

サミットでも披露されたという動画も入っていました。あの動画の中身は素晴らしいのですが、音楽がやや胡散臭い。このイベントではよく「項目を充実させることが地域貢献につながる」という説明があるのですが、これはなかなか実感できない部分でもあります。

会場から「ウェブサイトは出典になるか」「ウェブサイトは情報が失われやすいがどうか」という質問がありました。後者は難しい問題です。

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 編集作業会場であるラーニングコモンズは未完成でした。そこそこの面積を書架が占めています。パステルカラーで曲線を多用した什器などは、これぞラーニングコモンズといった感じで安心感があります。

執筆対象となった記事は天寧寺、大山寺、艮神社の3記事。14人の参加者を3グループに分け、天寧寺にはTaisyoさんが、大山寺には後閑さん&私が、艮神社にはPsjk2106さんが入ります。らっこさんはグループには入らず全体のまとめ役を担当。文献はあらかじめ準備してもらっていたのですが写真を撮り忘れたため、すべて附属図書館の蔵書だったのかどうかわかりません。

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同じグループでウィキペディア初編集なのは2人。なかのさんは尾道市に隣接する三原市在住、高岡さんはグラフィックデザインが専門の准教授で、本来はウェブメディアなどを作成されているデザイナーです。大山寺についてはなかのさんが「知らない」、高岡さんが「重要度でいえば尾道市内でも高くない」という知名度でした。

重要文化財があったような気がする」という情報から、おふたりには「歴史」節と「文化財」節を分担して書いてもらうことになりました。しかし文献をいくつか調べても文化財はないようで、文化財ではなく「大山寺の五猿」について書く方向に軌道修正しました。高岡さんには編集方法や著作権などについて過度な説明をする必要がない。説明はそこそこにして文献を読んで文章を作ることに時間をかけてもらいました。

下の写真を見るとわかるように、「大山寺の五猿」は3匹の猿で五感の重要性を表した石像ですが、5体の石像があると勘違いしかねない文献もありました。そこで「五猿」という表記を用いずに、別表記の「大山寺の三猿像」に変更しています。ひとりで作業してたら表記について迷うところですが、「三猿像」のほうが適切ということについてはグループ内で意見が一致しました。ウィキペディアの記事内にも写真があるとわかりやすいのですが。

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午前中に古寺めぐりコースを歩いていたTaisyoさんが天寧寺・大山寺・艮神社の画像をアップロード。Psjk2106さんは編集作業中に附属図書館まで行って足りない文献を持ってきたようです。今回の成果物は天寧寺 (尾道市) - Wikipedia大山寺 (尾道市) - Wikipedia艮神社 (尾道市長江) - Wikipedia。3記事とも記事名に括弧が付いていますが、特に艮神社は記事名を決定するのに苦労した形跡が見られます。

成果発表時にはもうひとりの教員のさくらださんから、「知識がリンクでつながっている」「(ウィキペディアは)ウェブを作った方が思い描いてたものに近いのではないか」というコメントがありました。今回のイベントが他地域に波及するきっかけになるとは思いませんが、教員の方2人はウィキペディアに興味を持ってくださったようで、今後の授業に役立ててくださるのではないかと思いました。(おわり)

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※ここからはできれば読まないでください。

午前中には念願かなってシネマ尾道に行くことができました。いつか行くというメールを送り付けたら支配人の河本清順さん(女性)から丁寧なお返事が返ってきたけどなかなかいけませんでした。河本さんにはお会いできなかったのですが、ロビーをうろうろさせてもらってオリジナルグッズの手ぬぐいを買いました。ウィキペディアタウン終了後、高岡さんにシネマ尾道の話をしたところ食いつきがよかった。実はシネマ尾道のロゴやポスターをデザインしたのは高岡さんだったのでした。高岡さんらが授業で学生と作成した地域情報誌『かみのらぼ』vol.2の特集は「映画」であり、この特集の中では高岡さん自身が「映画への想い」を熱く語っています。藝大出身の高岡さんは「むりやり知り合いに頼んで河本さんに会った」「最低でも週に5本観る」「今でも映画を撮りたいという気持ちがある」とか。この情報誌にはかつて尾道市内に存在した映画館をまとめた地図が掲載されているのですが、これはデザイン系の学生の調査力を越えており、高岡さんがいたから掲載できた地図なのではないかと思います。シネマ尾道に関する秘話(とても文字にはできません)なども聞くことができ、同じグループに高岡さんがいてくださったことに感謝しています。

 

高梁市図書館に行く

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2017年2月4日、岡山県高梁市高梁市図書館が開館しました。いわゆる4館目の「ツタヤ図書館」ということで話題になっています。

高梁市図書館オープン 【2月4日(土曜日)】 - 高梁市公式ホームページ

 

www.sankei.com

www.asahi.com

 

岡山市立中央図書館に行く

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瀬戸内市で行われた「ウィキペディアタウンin瀬戸内市 第2弾」に参加し、ついでに岡山市立中央図書館・岡山県立図書館・高梁市図書館も訪れました。

岡山市立中央図書館では平積みされたベストセラーの展示がありました。図書館と作家との関係が注目されてる中で不安になる展示方法だなあと思いつつ、10年前(適当)の職員が買ってしまった複本を活かす展示形態として肯定する見方もありなのだろうか、という複雑な気持ちを抱いたのでした。この画像をFacebookに投稿したところ何人かの図書館の方に意見をいただき、「この展示方法はあり得ない」という意見が複数ありました。複本問題についてもう少し勉強せねばと思います。

 

高梁市図書館に行く

 高梁市岡山市から見て北西にあり、倉敷経由の伯備線で行くことができます。普通列車では50分-60分。私が乗ったのは平日の8時16分に備中高梁駅に着く列車。大都会岡山から離れてゆくこの列車が混むはずはないと思っていたのですが、4両編成の列車は高梁市に着くまで立ち客が途絶えませんでした。

備中高梁駅までの列車は1時間に2本。8時16分着の列車には高校生&通勤客が、8時49分着の列車には大学生が多い印象でした。高梁市内には1990年に市が誘致した吉備国際大学があり、公立高校が2校、私立高校が1校あります。岡本真さんに「高梁市内に下宿せずに、岡山市に下宿して大学まで通う学生も多い」と聞きました。これは良くないです。

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(左)9時前の改札からはそこそこ人が出てくる。(右)駅に隣接している図書館。

 

高梁市図書館は備中高梁駅に隣接した建物にあります。図書館の入口は改札を出てすぐ。開館まで時間があったので40分ほど駅前を散策しました。高校生&通勤客が去った駅前は驚くほど人通りがありません。「人を写さない」という配慮をするまでもなく、駅前やアーケード商店街は以下のような感じです。現在の高梁市の人口は約31,000人、平成の大合併前の高梁市の人口は約17,000人でしょうか。こんな街にツタヤ図書館&スタバを作ったことに驚きます。

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9時の開館が近づくとお年寄りが集まってきました。どうやら図書館内のミーティングルームで何かの会合があるようです。返却ポストがあったので覗いてみたら、夜間に入れられた本を誰でも手に取ることができるポストでした。これはまずいだろうと思うのですが、ツタヤ図書館ってどこもこんなポストなのかな。

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スペイン史関連の蔵書を確認する

1.井上幸治『南欧史』山川出版社、1977年

2.飯塚一郎『大航海時代のイベリア』中央公論社中公新書〉、1981年

3.ミシェル・ルケーヌ『コロンブス創元社〈「知の再発見」双書〉、1992年

4.青木康征『コロンブス中央公論社中公新書〉、1979年

5.増田義郎コロンブス岩波書店岩波新書〉、1979年

6.斉藤隆『スペイン戦争』中央公論社中公新書〉、1978年

7.斉藤隆『スペイン戦争』中央公論社中公新書〉、1978年(複本)

8.堀田善衛『スペイン断章』岩波書店岩波新書〉、1980年

9.若松隆『スペイン現代史』岩波書店岩波新書〉、1992年

10.渡辺昌美『巡礼の道』中央公論社中公新書〉、1980年

11.渡辺昌美『巡礼の道』中央公論社中公新書〉、1980年(複本)

12.W・M・ワット『イスラーム・スペイン史』岩波書店、1976年

 

選書を確認するために「スペイン史」に関する本を書き出してみました。「スペイン・南欧史」(030)と区切られた一段です。計12冊10タイトルの本があり、10冊8タイトルが新書でした。6冊が1970年代刊行、4冊が1980年代刊行、2冊が1990年代刊行であり、2000年代刊行の本はありませんでした。

山川出版社は『南欧史』の後継として2000年に『スペイン・ポルトガル史』(世界各国史)を出しており、『スペイン・ポルトガル史』の後継として2008年には『スペイン史』(世界歴史大系)を出しています。『南欧史』は1957年に初版が出た本であり、図書館の開架で目にする機会はなかなかない。この他にも聞いたことのない著者の本・開いたことのないタイトルの本がいくつかありました。皮肉半分ですが、旅先で思いがけない本との出会いに嬉しくなります。上に書きだしたのは地元の図書館で再読するためでもあり、この日もこれらの本を片手についつい長居してしまったのでした。ツタヤ図書館の選書を批判するのは容易いですし、客観的にみればクソみたいな選書なのだと思いますが、3か月に1回くらい来たくなるような不思議な選書です。

 

写真撮影について

ツタヤ図書館は原則撮影禁止であり、以下のように書かれたウェブサイトの文章を武雄・海老名・多賀城でも使いまわしています。高梁市図書館では4階の屋外部分(展望テラス)のみ撮影可能なのですが、公式サイトでは撮影可能場所を明確にしていないのが残念です。

利用者の方のプライバシー保護のため、館内での写真撮影は基本的にお断りしています。一部の場所でのみ、写真撮影が可能です。詳しくはスタッフまでお問い合わせください。取材、視察等で撮影をご希望される場合は事前に図書館への申請が必要です。

 展望テラスで撮影していたところ、にこやかに撮影可能場所のことについて話しかけてきたスーツ姿の年配男性職員がいました。あの方はどのような役職の方だったのか気になります。館長は高梁市の元教育委員だそうです。

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(右上)スタバと観光案内所部分。(下)撮影可能な展望テラス。

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高梁市立高梁中央図書館に行く

備中高梁駅高梁市図書館から徒歩10分の場所には、昨年8月に閉館した高梁市立高梁中央図書館があります。建物は1970年竣工、延床面積は720m2、年間入館者数は3万人。大通りから見える場所にはありますが、気づかずに通り過ぎてしまうところでした。

2月4日に開館した高梁市図書館、開館から8日目で旧館の年間入館者数を越えたそうです。この数字はカフェを含めた入館者数であり、物珍しさも影響してるのでしょう。ガラガラの駅前や商店街、地元に下宿しない大学生、影が薄かった図書館。地域活性化のために何か手を打つ必要があったのは間違いありません。数年後にもう一度訪れて街を歩き、それから図書館を評価してみたいと思いました。

www.sanyonews.jp

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(右)高梁市図書館から見た備中松山城

 

ウィキペディアタウンin瀬戸内市 第2弾に参加する

瀬戸内市民図書館「もみわ広場」に行く

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瀬戸内市民図書館「もみわ広場」。右は旧館が入っていた中央公民館。

 

2月25日(土)には瀬戸内市民図書館「もみわ広場」に行きました。瀬戸内市を訪れたのは2016年2月以来で1年ぶりであり、6月の「もみわ広場」開館後には初めてです。「もみわ広場」の延床面積は2,400m2、開館時の蔵書数は約8万冊であり、総事業費は約10億円です。これだけ小規模の新館かつ中央館は訪れた記憶がなく、どんな図書館であるのか興味を持っていました。

雨が降っていた前回訪問時とは異なり、今回は雲が多いながらも穏やかな晴天でした。芝生の中庭には牛窓の特産品であるオリーブが植えられ、レンガや木材など茶色系の建物外観とよく調和しています。

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(左)市民によるタイルが飾られた外壁(右)前回訪れた“日本のエーゲ海牛窓

 

南向きの入口から入るとロビーがあり、ちょっとした飲食スペースや子どもの遊び場があります。この建物は複合施設ではなく単独館という位置づけだと思いますが、いい意味で図書館らしさを感じないロビーです。ロビーにはカフェの設置を見据えた場所があり、現在は自動販売機が置かれています。

建物はざっくりと言えば「L」字型であり、ロビーがある「L」字の内側は吹き抜けになっています。このロビーからは図書館の全体を見渡せるような印象を受けます。ロビーでおしゃべりする子どもの声が図書館の隅々まで聞こえてしまうということでもあります。「L」字の内側部分にはロビーのほかに、郷土資料館に近い「せとうち発見の道」というエリアがあります。

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(左)自販機コーナー。将来的なカフェスペース?(中・右)「せとうち発見の道」。床にも何か埋まってる。

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 (左・右)1階の書架やソファー。

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 (左)「全国津々浦々 図書館員の本棚 数珠繋ぎ」。知っている方も何人か。(右)酒の展示。酒樽や徳利まで置いてある。

 

ウィキペディアタウンin瀬戸内市 第2

今回のイベントも前回同様に、13時30分に始まって15時30分に終わります。まちあるきを行わない簡易版のウィキペディアタウンで、短時間なので参加しやすいというメリットがあります。イベント開始前には何度か、イベントを告知する館内放送が流れました。

講師はアカデミック・リソース・ガイドの岡本真さん。図書館の嶋田さんと村上さんも含めて10人が参加しました。聞いた限りでは瀬戸内市の教育委員、瀬戸内市の市民団体、他市の図書館司書、みんなの経済新聞ネットワークの記者などが参加していました。

前半の1時間は岡本さんによるウィキペディアの説明など。後半の1時間が文献探し・編集作業・成果発表です。岡本さんの説明の中では、「情報のアップデートが困難な紙の百科事典は内容が不正確なこともある」(現首相の名前、惑星の数など)、「ウィキペディアは批判されることもあるが、自分で改善することもできる」、「今日書いた文章が明日には変わっているかもしれない」などが記憶に残りました。

 

1年前のイベントでは運営側が「佐竹徳 - Wikipedia」(牛窓で活動した洋画家)を編集対象に選んだうえでイベントを行いました。今回は「瀬戸内市 - Wikipedia」「牛窓オリーブ園 - Wikipedia」「門田貝塚 - Wikipedia」「竹田喜之助 - Wikipedia」などを候補に挙げた上で、参加者が編集項目を決める形を取りました。2グループに分かれて「瀬戸内市」と「竹田喜之助」を編集しています。

ウィキペディアタウンイベントで自治体記事をメインの編集対象にすることはなかなかありません。新規作成の達成感はありませんが、自分が住んでいる自治体ということで誰もが主体的に編集に臨めるというメリットがあります。

瀬戸内市は図書館内で公衆無線LANサービスを提供しています。約10台のiPadが編集作業用に用意されましたが、数台のiPadからはウィキペディアへのアクセスができない(何らかのフィルタリング?)という謎のアクセス障害もありました。

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他のウィキペディアタウンイベントと比べると編集時間が短く、細かな修正が中心だったものの、地元の方でないと気づかない部分の修正(教育長の名前の更新、祭礼の名称の修正、幼稚園の休園の反映、瀬戸内市立図書館へのリンク追加など)、外部の者だから気づく部分の修正(出身有名人/ゆかりの有名人の追加、新市名候補への出典の追加、マスコットの記述の追加など)、両者が合わさって質が向上しました。

地域資料コーナーの書架には竹田喜之助に関連する資料がまとめられた段があり、また図書館内には竹田喜之助が操った人形のギャラリーがあります。「竹田喜之助」にはギャラリーに展示されている人形の画像が追加されました。図書館内には門田貝塚の地層をはぎとって展示している壁があり、この壁の写真を「門田貝塚」に掲載する編集も行われました。

現在上映中の映画『君と100回目の恋』は牛窓でロケが行われたそうですが、「瀬戸内市」にはフィルムコミッション関連の記述がないという指摘があり、今後の編集が期待されます。

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 (上左・上右)喜之助ギャラリー&シアター

 

旧館を振り返る

「もみわ広場」が開館したことで初めて図書館を訪れた瀬戸内市民は多いのではないかと思います。開館から8か月が経ち、図書館の存在が瀬戸内市に定着しているように感じました。ただ私としては、旧館の記録をきちんと残しておくことも重要だと考えます。

 

2010年度における瀬戸内市の1人あたり貸出数・1人あたり蔵書数・1人あたり資料費は、いずれも岡山県の24自治体中24位。旧館は図書館法における「図書館」という位置づけではありましたが、実質的には中央公民館図書室を改称しただけであり、118m2という延床面積は図書館を名乗るにはつらいものがありました。ただし、誰もがカウンターにひと声掛けてから入室するような雰囲気のいい図書館でもありました。

ウェブ上には「もみわ広場」についての文章や写真がいくつも見つかり、総じていい印象を持たれています。その一方で旧館時代の文章や写真はほとんどないようです。旧館の記憶を文章で記録しておくために作成したのが瀬戸内市立図書館 - Wikipediaであり、初版を作成したのは「もみわ広場」開館の3日前です。

この記事には旧館の館内の画像が掲載されていません。昨年2月に訪れた時には司書さんに撮影の許可をいただいたのですが、カメラの電池切れで撮影できませんでした。閉館した旧館の館内の写真を撮っておけなかったのが心残りです。

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(追記)前回の「ウィキペディアタウンin瀬戸内市」は完全に瀬戸内市民向けのイベントだと思っていました。岡山市上道(2016年11月)と尾道市(2017年3月)のイベントにつながったということを最近になって聞いて驚きました。今回のイベントも他自治体のイベントにつながりそうで楽しみ。

和歌山県立図書館・和歌山市民図書館を訪れる

和歌山県立図書館を訪れる

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和歌山県立図書館を訪れる。1908年開館で2008年に100周年記念式典を行っている。現行館は1993年開館。延床面積12,361m2。市街地の中にあるがバスを使わないと行きづらい。県立図書館2館の来館者数の合計49万人は、47都道府県の平均を越えているらしい。

 

地方紙の書架には和歌山新報(和歌山市)、有田タイムス(有田市)、紀州新聞と日高新報(御坊市)、紀伊民報田辺市)、紀南新聞と熊野新聞(新宮市)があり、紀伊民報和歌山県全域で配布されているらしい。閉館前に訪れたせいもあってガラガラで、19時の閉館時にはおそらく利用者より職員のほうが多かった。

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(右上)県立らしいと感じる、木を多用したやや重厚感のある什器。(左下)「木の文化資料」の書架4台。(右下)地方紙の書棚。

 

和歌山市民図書館を訪れる

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和歌山市民図書館は南海和歌山市駅から徒歩5分の場所にあり、市民会館、市民図書館、市立博物館の3施設が並んでいる。1981年開館。岡田新一設計事務所。延床面積は7,288m2(実質4,677m2)。1階が一般書と児童書のフロア、2階が参考図書と郷土資料のフロア、3階に移民資料室がある。2016年5月には図書館総合展フォーラムがここで開催された。2019年には南海和歌山市駅に直結する建物に移転する。

 

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1階奥には不自然な区画があり、2階も不思議な空間の使い方をしていた。オープンデータソンin和歌山市は3階の会議室で行われたが、3階やバックヤードは迷路のようだった。外観の印象に比べて図書館部分の床面積は狭い。閲覧席は少ない。

 

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 (中・右)一般書エリアの上部は大きな吹き抜けになっているので開放感がある。

オープンデータソンin和歌山市に参加する

和歌山城周辺を散策する

2月18日(土)にはオープンデータソンin和歌山市に参加しました。この日は朝から和歌山城周辺を散策し、天守の直下まで登ったり和歌山公園を歩きました。和歌山城が建っている虎伏山の標高は49mだそうで、和歌山平野を見渡せます。この場所に城が築かれたのも納得。

 

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 (左下)緑泥片岩の野面積み。鶴の渓付近。(右下)斜度11度の御橋廊下。2006年再建。

 

オープンデータソンin和歌山市

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 今回のイベントは和歌山市民図書館3階の会議室で開催されました。和歌山県情報化推進協議会(WIDA)が主催し、オープンデータ京都実践会と図書館が協力しています。

wida.jp

 

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 ICT利活用普及部会の満田成紀先生(和歌山大学)先生と主催者によるイベントの説明のあと、京都実践会がオープンデータ・ウィキペディアOSMの説明を行います。

 

まちあるきする

今回のイベントもウィキペディアタウンとマッピングパーティの複合イベント。ルートは「和歌山城コース」と「市堀川コース」の2ルートです。私は「市堀川コース」を選び、かつての外堀である市堀川を歩きました。

 

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 OpenStreetMapより

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舟大工町には「勝海舟寓居地」が、寄合町には「南方熊楠生誕地碑文」があります。参加者が寓居地碑の写真を撮っていたら、碑の奥にある店舗の方が関連する新聞記事のコピーを提供してくださいました。今年は熊楠の生誕150周年らしく、市民図書館には常設の展示コーナーが設置されていました。

南方熊楠生誕150周年記念事業|和歌山市

 

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市堀川のほとりを歩きます。現在は遊歩道が整備されているこの場所、かつては納屋河岸(なやがし)と呼ばれた河岸であり、紀の川から運ばれて来た産物を荷揚げしていたそう。南岸はかつての三の丸、北岸は商家が集まっていたエリアであり、南岸には石垣が残っています。

 

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 お昼ごはんは湯浅醤油を使ったラーメン「麺屋 ひしお」。2グループに分かれたのですが、もう一方のグループは「京橋 幸太郎」で和歌山ラーメンと鯖寿司を食べたそうです。ラーメンと鯖寿司。鯖寿司。

帰り道では3月8日から本格営業を開始するというブックカフェ「PLUG」に立ち寄りました。こういう店は文化発信の鍵になる気がする。

PLUG: a Shared Kitchen and Table Talks | みんなが使える、和歌山のキッチン&カフェ。和歌山市万町4 。

 

執筆作業

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 今回はWikipediaチームよりもOSMチームのほうが人数が多かった。Wikipediaチームは「市堀川コース」が約8人、「和歌山城コース」が是住さんひとりと偏りました。是住さんは和歌山城 - Wikipediaへの加筆、その他約8人は市堀川 - Wikipediaと寄合橋の新規作成を試みました。

寄合橋は市堀川に架かる橋のひとつです。江戸時代には三の丸から藩校の学習館に向かう藩士が渡ったという歴史ある橋ですが、期待したほど文献が多くなかったこともあり、新規作成とせずに市堀川の一節とすることにしました(現時点では寄合橋の執筆部分は反映されていない)。私はイベント中にはこれといった編集作業を行っていないのですが、さきほど市堀川など和歌山市中心部の河川の図を作成して記事に挿入しています。

是住さんは和歌山城の石垣について加筆しています。和歌山城を歩いてみると3種類の石垣の違いがはっきりわかるのですが、イベント前には記述されていなかったようです。是住さんは国立国会図書館デジタルコレクションから『紀伊国名所図会』(1812年)の図を挿入する編集も行っています。『紀伊国名所図会』には市堀川を描いた図もあるはず。城や寺社など歴史的な主題を扱う際にはデジタルコレクションが役に立つということがわかりました。

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イベント開始前には主催者の中でも「しほりがわ」と読む方と「いちほりがわ」と読む方がいたこの河川ですが、今回のイベント中には以下のような文章も追加されています。

名前の読み方は「しほりかわ」「しほりがわ」が正式とされるが、市場があった「堀川」という意味で「いちほりかわ」「いちぼりがわ」という名称も使われている。(『城下町和歌山夜ばなし』p. 459)

 

成果物

和歌山城 - Wikipedia(加筆)

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市堀川 - Wikipedia(新規作成)

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OpenStreetMapより

 

 

知多半島3市町の図書館

2016年11月30日に作成した近江八幡市立図書館 - Wikipedia、12月8日に作成した稲沢市図書館 - Wikipediaを良質な記事に選んでもらった。約2か月ぶりの図書館記事として武豊町立図書館 - Wikipediaおおぶ文化交流の杜図書館 - Wikipediaを作成した。

 

武豊町大府市はどちらも知多半島の東岸にあり、JR武豊線の起点と終点になっている。名古屋市郊外を走りながら武豊線は長らく非電化の単線だったが、2015年に電化された(単線は変わらない)。武豊駅から20kmを経て大府駅に到着した「電車」の一部は、その後東海道線を走って名古屋駅に直通する。

 

武豊町図書

(未訪問)

武豊町は人口4万人強の自治体。武豊町図書館はその外観にインパクトがある。アサリ池という池の上にギリシア建築のような柱を持つ建物が浮かんでいる。

・歴史節にある表は東浦町中央図書館から使いまわした。これではバイト数の水増しと言われても仕方がない。ただ、昭和初期の段階で町立図書館と私立図書館が存在したのは興味深い。海運と陸運の結節点として明治時代から発展していた土地ならではなのかも。

・私立の森田翁頌徳記念図書館は『愛知県下公私立図書館記念写真帖』(1928年刊行)に写真が掲載されている。記事にはまだ反映できていない。この時代の農村部で17,000円の建設費をかけた建物というのが驚き。この私立図書館が後にどうなったのかは定かでない。

・1970年代に建設された中央公民館はため池を埋め立てて建設されたらしい。1980年代に建設された図書館はため池を埋め立てずに建設された。時代の変化。両施設は隣接している。

・利用案内節にある地図は東浦町中央図書館から使いまわした。これではバイト数の水増しと言われても仕方がない。

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撮影者 : Opqr

 

おおぶ文化交流の杜図書

(2016年4月・2016年5月・2017年2月訪問)

・2014年開館。複合文化施設の中にある。

・2014年には大府市に新図書館が開館し、2016年にはみよし市に新図書館が開館した。2017年には安城市に新図書館が開館する。東浦町にも興味深い活動を行っている図書館がある。刈谷市は包囲されている。

・「PFI」「ワンフロア型としては愛知県最大の延床面積」「愛知県で初めて電子図書を導入」「自動閉架書庫や自動返却機を導入」「ICタグを導入」「貸出カードの作成制限を撤廃」と、もっと注目されてもいい図書館。図書館流通センターが指定管理者。

・ただし最寄り駅からの距離は2.5kmで徒歩30分、公共交通機関は不便なコミュニティバスのみ。建物は自転車だとつらい上り坂の上にある。そのため中高生は多くなく、車を持っている子ども連れの母親が多い。

・フロアの広さと比べてしまうせいか、地域資料は多くない印象。特に図書館の事業年報は最新版が2008年度版であり、複合施設開館後にも複合施設の事業年報は作成されていない。公式サイトは見づらい。

・天井が高くて書架は低い。ワンフロア型で通路はゆったり。窓は大きい。開放感があって居心地がいいです。

・12月20日から3月19日まで「戦前の本」に関する特集展示を行っている。特集展示では絵葉書の年代特定の仕方などを紹介していた。

・複合施設の利用者は自然に中央部のロビーに集まる。岡崎市立中央図書館のように各エリアが分断されている感じはしない。

・利用案内節にある地図は東浦町中央図書館や武豊町図書館から使いまわした。これではバイト数の水増しと言われても仕方がない。

 

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東浦町中央図書

2016年10月には東浦町中央図書館 - Wikipediaを作成している。カンタ家の檀那寺は東浦町緒川にある。どうやら16世紀後半に緒川から現住地に移ったらしい。

 

(2016年6月訪問)

知多半島東部には、北から順に大府市東浦町半田市武豊町がある。東浦町知多半島の一部であり、尾張地方の一部でもあるが、三河地方の刈谷市を核とする定住自立圏の中にある。

・ドーム型の外観も特徴的だが、樹木を模した柱や梁がある内部も特徴的。一般書フロアの床には落葉柄のカーペットが敷かれており、児童書フロアの床には木の実柄のカーペットが敷かれているらしい。訪れた時には気が付かなかった。

・2014年-2015年頃には図書館愛好者の団体「よむらびサポーターズ」が発足。図書館と共同でイベントを企画している。2016年にはまちライブラリー「ぐるぐる図書館」を開始。12月にぎふメディアコスモスで開催された講演会「次世代型図書館 岐阜市図書館の目指すカタチ」では、東浦町中央図書館の方とよむらびサポーターズの方にお会いした。

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